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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第四章 たった一人の親衛隊長編Ⅱ(ダンジョンマスターvs魔将王)
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おどろおどろしい???


 薄暗い階段を下りていく。

 通路には湿気が篭もっていて、壁はじっとりと濡れていた。

 生温かい風が吹いて、その度に人の悲鳴にも似た音が木霊していく。


「むぅ。想像以上に『おどろおどろしい牢屋』です」


 先頭を行くスピアも眉根を寄せる。

 不気味な気配を嫌っているのではなく、不満げな表情だ。


「メニューから選ぶだけでなく、ちゃんと設計した方がよかったかも知れません」


「よく分からんが、おまえの趣味ではないということか?」


「当然です。わたしだったら、もっと爽やかな牢屋にします」


「それもどうかと思うが……」


 屋敷の地下に設けられた牢屋には、すでに近衛騎士たちが放り込まれていた。

 重い鉄柵で仕切られた部屋には、数名ずつが入れられている。壁から伸びた鉄鎖が全員の首に嵌められていて、動きを制限している。天井に刻まれた複雑な紋様は、魔法の発動を防ぐためのものだ。


 つまりは、まず脱出は不可能。

 この場なら安全に尋問が可能だと、シロガネが自信ありげに勧めていた。


「確かに安全性は高そうですね。一日分の魔力を注ぎ込んだだけはあります」


 呟きながら、スピアは首を捻る。


「お花とか飾ったら、少しは雰囲気よくなりますかね?」


「おまえは牢屋になにを期待しているんだ!」


 エキュリアの怒鳴り声が通路に響いて、スピアは丸まるように耳を押さえた。

 そんな二人の後に、セフィーナとエミルディットも続いている。


「牢屋に入ったのは初めてですけど……何処も、このように不気味な場所なのでしょうか?」


「えっと、私も牢屋なんて初めてですし……」


「あ、そうですね。エミルディットも知らないことはあるのですよね」


「真面目に生きていれば、牢屋なんて普通は一生関わりませんから」


 二人とも、心なしか普段よりも声が控えめになっている。

 陰惨な気配に押されているのだろう。

 それでも足は止めずに、セフィーナは牢屋をひとつずつ確認していく。

 近衛騎士と話をしたいと言い出したのはセフィーナなのだから。


「あ……」


 小さな呟きを漏らして、セフィーナは立ち止まった。

 見つめるのは、囚われている一人の騎士だ。


 他の近衛騎士と同じように武器を奪われ、質素な服一枚しか着ていない。首輪を嵌められ、項垂れていて、場所が場所だけにずいぶんと暗い印象になっている。

 けれどその騎士の顔を、セフィーナは覚えていた。


「ザーム卿、ですね?」


「……レイセスフィーナ殿下?」


 相手もセフィーナに気づき、目を見開く。

 壁に背を預けていた姿勢を正すと、すぐに片膝をついて臣下の礼を取った。


「このような無様な姿を晒してしまい、申し訳ございませぬ」


「いいえ……変わらぬ忠義、安心いたしました」


 ザームはまだ若い騎士だが、剣技にも魔法にも長け、なにより真面目な男だった。その誠実な性格を買われて、ロマディウスが王位に就く前から護衛騎士に任ぜられていた。


 いま取っている態度も、他の近衛騎士とは異なる。

 レイセスフィーナの名を聞いても、敵意の眼差しを向けてくる者ばかりだ。

 あるいは、狂気だろうか。

 隙あらば牢を脱出して、なんとしても王命を果たす―――、

 尋常でない強固な意志を、血走った目から感じさせていた。


 低く呻り声を漏らす者もいる。カリカリと床に爪を立てている者もいる。

 そんな中で、ザームの態度はとても落ち着いて見えた。


「貴方は、兄が暴挙に及んでいると理解しているようですね」


「なんだと、貴様! 陛下を愚弄するつもり―――」


 叫んだのは同じ牢屋にいた別の騎士だ。

 けれどシロガネが軽く指を弾くと、空気に殴り飛ばされたように転がる。

 そのまま意識を失って大人しくなった。


「失礼。監視が手ぬるかったようです。お話を続けてくださいませ」


 何事もなかったかのように、シロガネは一礼する。

 セフィーナは目をぱちくりさせていたが、咳払いをひとつすると、あらためてザームと向き合った。


「彼女たちのことは、その、気にしないでください」


「はい……此度の王命に関してですが、自分も忸怩たる思いです。罪も無い民を虐げるなど騎士として恥ずべき行い……しかし同時に、ロマディウス様に従えることを悦ばしくも感じているのです」


 ザームは頭を下げたまま、ゆっくりと言葉を確かめるように語る。

 自分が口に出す言葉さえ疑っているようだった。


「異常な精神状態にあると、自分でも感じています。ですが、どうにもならないのです。気づけばこの手で、教会にいた人々を殺していました」


「ザーム卿……貴方に罪は無いと、わたくしは確信しております」


「……その御言葉だけで、自分は救われました」


 一段と深く、ザームは頭を垂れる。

 まるで自分の首を差し出すような姿だった。


「とっても真面目そうな人ですね。将来、禿げちゃいそうです」


「こんな時に、おまえはなにを言っている!?」


「エキュリアさんはきっと大丈夫ですよ」


「待て。意味はよく分からんが、いまとても不安になったぞ。詳しく聞かせろ。真面目なのと頭髪と、どう関係があるのだ?」


 騒々しい遣り取りに、セフィーナは頬を歪ませる。

 思わず、苦笑が零れた。

 そんなセフィーナの表情を、ザームは呆気に取られて見つめていた。


「……姫様は、随分と柔らかな表情をするようになられたのですね」


「ふふっ、そうでしょうか。楽しい方々と一緒にいたおかげでしょう」


「あ、いえ、不敬なことを申し上げました」


 ザームはまた慌てて頭を下げる。

 洗脳されていても、命令以外の部分では己の意思が広く残っているらしい。

 精神操作にも個人差がある、ということだろう。

 セフィーナの笑顔に引かれたのか、幾分かザームの口調も柔らかくなっていた。


「それで……答えられる範囲で構いません。いまの王都や城がどうなっているのか、教えていただけますか?」


「王都は、まだ平穏を保っております。しかしいつ民の不満が爆発するか分かりませぬ。逆に、城の中は凍りついたように静かで……いまや完全に陛下の手中にあると言えるでしょう」


 大勢の精神を操る、なにかしらの手段があるのだろう。

 そう推測するのは、セフィーナにも簡単だった。

 けれどそれだけに深刻な事態であると察して、また表情を曇らせてしまう。


「兄は、わたくしに関してはなにか仰っていましたか?」


「……レイセスフィーナ様が城を出られたことは、捜索部隊が編成されたことで承知しておりました。ですが、それ以外の話はなにも……」


「そう、ですか……」


 兄王と敵対すると決めた以上、セフィーナは捕らえられる訳にはいかない。

 けれど無関心でいられるのも、妹として嬉しくない。

 複雑な感情を押し隠そうと、セフィーナは静かに目蓋を伏せた。


「やはり、ロマディウス様を討たれるおつもりですか?」


「討ちたくはありません。国の乱れを正し、また兄が笑って生きていけるよう、努力したいと思っております。困難であるのも承知の上です」


 ですが、とセフィーナは微笑を取り繕う。


「頼れる味方には恵まれました。彼女たちと一緒であれば可能であると、そう信じております」


 誇らしげに口元を緩めて、セフィーナは振り返る。

 そこにはエミルディットと、そしてスピアとエキュリアがいて―――、


「―――という訳で、髪は長い友達なんです」


「ふむ、そんな手入れの方法が……父が気にしていたから、教えて差し上げれば喜ぶかも知れんな」


 なんだかどうでもいい話をしていた。

 緊張感の欠片もない。


「ほ、本当に頼りになる方々なのです。その、普段はちょっとアレですけど」


「……殿下の心労、お察しいたします」


「あの、ザーム卿? 勘違いしないで欲しいのです。ここで哀れみは必要ないのですよ?」


 セフィーナは慌てて言い訳じみた言葉を連ねる。

 薄暗い牢獄に、まったく深刻でない悲嘆の声が流れていった。







 黒壁に囲われ、おどろおどろしい雰囲気を纏った都市長邸宅。

 けれどその内部は、普通の居住空間になっている。

 まだ家財道具は揃っていないが、“スピア式の”野営のようなものだ。

 割り当てられた部屋に入ると、セフィーナはほっと息を吐いた。


「今日もまた、とても驚かされました」


「まったくです。スピアさんにはもっと慎重に行動するよう、きつく言っておきます」


 エミルディットは厳しい口調で述べる。

 だけどその表情はさほど怒ってもいなかった。

 楽しげでもあるエミルディットに手伝ってもらいながら、セフィーナは着替えを済ませる。そうしてベッドに腰掛けた。


「でも、スピアさんのおかげで王都の様子も聞けました」


「はい……魔族に関しては、ザーム様は何も存じておりませんでしたね」


「王国内に入り込んでいるのは疑いようがないのですけど。兄が上手く隠しているのか、それとも魔族が巧妙に立ち回っているのか……」


 セフィーナとしては後者であることを望みたい。

 魔族に操られているとなれば、兄を救える可能性も広がるのだから。


 もっとも、いずれにしても魔族との衝突は避けられそうにない。

 それも間違いなく強大な相手だろう。

 並の兵士など指一本で屠れるような―――、

 そう考えると、セフィーナの胸にはまた不安も渦巻いてくる。


「明日には城へ向かうつもりでしたが、慎重になった方がよいのかも―――」


 気弱な呟きは、ノックの音で遮られた。

 エミルディットが返答をしてドアへ向かおうとする。

 だけど、その前に勢いよく開かれた。


「お風呂です!」


 スピアだった。

 ばばーんと開け放ったドアから、部屋の中へと駆け込んでくる。

 タオル一枚を巻いた半裸の姿で。


「す、スピアさん? その格好は?」


「だから、お風呂です。むしろ温泉っぽいです。一緒に入りましょう」


「は? あの、お誘いは嬉しいのですけど……」


「『おどろおどろしいお風呂』が赤かったんです。入らないと勿体無いですよ」


 ちっとも説明になっていない説明をして、スピアはセフィーナの手を取った。

 そのまま部屋の外へと連れ出す。


「え……あ、姫様!」


 エミルディットが止める暇もない。

 笑顔を輝かせるスピアは、問答無用でセフィーナを引っ張っていった。



次回はお風呂回……ではありません。

ちゃんと寄り道せずに、王都へ向かいます。

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