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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第一章 さすらいの少女(ダンジョンマスターvsオークキング)
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逆襲のお兄さん

 お腹いっぱいになったスピアは、屋敷の庭へと足を運んだ。

 食事はとても美味しかった。侍女長や料理人、それとエキュリアにもちゃんとお礼を述べた。


「喜んでくれたのなら、こちらも嬉しいのだが……」

「どうかしましたか?」

「いや、文句ではないのだが、とても子供が食べきれる量ではなかっただろう?」

「そうですね。いまなら、いくらでも食べられる気がします」


 恐らくは、ダンジョンコアを取り込んだことが影響している。

 魔力を吸収して蓄えられたり、罠を操作できたりと、コアから得られた能力は多い。その影響はスピア自身にも及んでいる。幾分か身体のキレが冴えてきているし、スピアが自覚していない部分もあるのだろう。


 とはいえ、スピアはその能力に頼るつもりはない。

 所詮は棚から牡丹餅。唐突に得られただけのものに信は置けない。

 あくまで利用するだけ、といった心積もりは出来ていた。


「まあ今回は特別です。美味しいものは別腹、といった諺もありますから」

「待て。その諺は間違っている気がするぞ」


 スピアはそっと目を逸らすと、駆け出した。

 広い庭の中央で、ぷるるんが日向ぼっこをしていた。スピアが来たことに気づくと、黄金色の体を嬉しそうに跳ねさせる。


「ぷるるん、おはよう。大人しくしてた?」


 頷くように、ぷるるんは震える。主人スピアに撫でられて喜んでいるようだった。

 その近くにいた見張り役の兵士二名は、目を白黒させていた。

 キングプルンが人に懐くなんて、やはり目の前で見ても信じ難いのだ。


「お前たちは休憩を取っておけ。あの子がいる限りは安全だ」


 エキュリアが兵士たちに声を掛ける。

 兵士たちは躊躇う態度を見せた。けれど安堵する部分もあったのだろう。キングプルンと言えば、オークよりもずっと手強い魔物として知られている。見た目は可愛くても、いつ襲われるかと思うと緊張せずにはいられない。


 一礼した兵士たちは、ほっと肩の力を抜いて下がっていった。


「それで、ぷるるんの様子はどうだ? 見たところ元気そうだが」

「はい。この庭も気に入ったみたいです」


 ぷるるんの気持ちなど、きっとスピア以外には分からないだろう。

 だけど広い芝生の上を跳ねる黄金色の塊は、確かにのびのびとして見えた。


「それじゃ、また稽古に付き合ってね」


 ぷるるんを軽く撫でてから、スピアは軽く足を開いて立った。

 背筋を伸ばす。というよりも、自然と体の芯が真っ直ぐになっているようだった。そのまま深呼吸をして、”護身術”の構えを取る。


 その苛烈な技を知っているエキュリアから見れば、徒手空拳で戦うための構えだ。

 けれどスピアは護身術と言い張っている。

 相手の攻撃を受け流し、反撃の拳を突き出す基本の型。

 踊るように動きながら、手刀や足刀、肘や膝まで繰り出す円舞の型。

 さらに流麗な動きが絡み合う複雑な型などなど。


 ひとしきり体を動かしたスピアは、呼吸を整えると、ぷるるんと向き合った。

 一礼してから黄金色の塊と実戦稽古を始める。

 実戦形式とはいえ、ほとんどスピアが一方的に攻めていく。ぷるるんは物理攻撃を無効化できるので避けようともしない。けれどいつか、ぷるるんを拳で打ち倒すのが目標だと、スピアは宣言していた。

 まあもちろん、それが可能な時は手加減するつもりだが。


 時折、ぷるるんも思い出したように反撃する。体当たりだけでなく、体の一部を伸ばして殴り掛かる。触手と言えるほど長くは伸びず、棍棒といった程度だ。

 それでも、小柄な少女くらいは簡単に吹き飛ばせる威力がある。

 けれどスピアは、ぷるるんの攻撃を華麗に捌く。受け流すと同時に反撃もする。


「いいよ。ぷるるんも、もっと攻めて。攻撃は最大の防御なんだから」

「ぷるぅっ!」

「また喋った……いや、もう言うだけ無駄か。スピアも集中して気づいていないようだからな」


 小柄な少女とキングプルンの対決は、傍目にはかなり異常なものと映っていた。

 侍女長や、庭の端で休んでいる兵士たちも、唖然として言葉を失っている。

 エキュリアも初めて見たときには己の目を疑ったものだ。


「しかし見事なものだな」


 感嘆とともに呟く。

 いまのエキュリアには、じっくりと観察する余裕も生まれていた。


「森でも稽古はしていたが、ここまで本格的なものではなかっただろう?」

「あんまり余裕がなかったですから。体をほぐしていただけです」


 スピアは動きを止めて、ゆっくりと息を吐いた。

 けれど呼吸を整えるだけで休憩は取らない。また黄金色の塊と向き合うと、今度は突きや蹴りなど、同じ動作を確かめるように繰り返した。


「実戦でしか得られない経験もありますけど……お爺ちゃんが言ってました。どれだけ才能のある人でも、稽古で培った以上の力は出せないと」

「なるほど。至言だな。日々の積み重ねこそが大切ということか」


 うんうんと、エキュリアは頷く。


「スピアが身につけている武芸を見ても分かる。その祖父殿は、並々ならぬ研鑽を重ねた人物なのだろうな」


 なにやら感銘を受けている様子を横目に、スピアは中段突きを繰り返した。

 勘違いされてるなあ。

 ただの畑いじりが好きなだけのお爺ちゃんなのに。

 熊に出遭った時だって、睨んで追い払ったくらいで護身術以上のことは―――、


 そんな雑念も頭を掠めたスピアだが、すぐに鍛錬へと集中していく。ひとつひとつの動作を丁寧に、かつ素早く、磨き上げていく。

 やがてスピアは時間が経つのも忘れていた。


「……俺を打ちのめしたのも偶然ではなかったか」


 耳慣れない声に、スピアは動きを止めて振り返った。

 鎧を着た大柄な男が腕組みをして、不機嫌そうな顔でスピアを見据えていた。


「兄上……あの、怪我はもうよろしいのですか?」


 エキュリアが戸惑いながらも問い掛ける。その視線は、ラスクードの顔と股間の間を行ったり来たりしていた。


「ふん。あんな小娘の攻撃など大して効いておらぬ。俺は鍛え方が違うのだ」


 そう言い張るラスクードだが、僅かに内股になっていた。無意識に股間を庇う仕草をしてしまっている。

 一歩、スピアの方へ歩み寄ると、顔色も心なしか蒼ざめた。

 それでもラスクードは傲然と言い放つ。


「小娘、貴様に勝負を申し込む!」

「え? お断りします」


 平然と、スピアは小首を傾げて拒絶した。

 だって意味が分からない。いきなり勝負とか言われても受ける理由もない―――、

 そう考えるのは、スピアにとって当り前だった。


「なっ……き、貴様! あれだけのことをしておいて逃げると言うのか!?」

「逃げません!」


 反射的に言い返す。

 だけど直後、あ!、とスピアは思い返して手を叩いた。


「そうだ、昨日はすいませんでした」

「……は? なんだと? 今更、どういうつもりだ?」

「えっと、わたしの勘違いだって分かったんです。ラスクードさんも、本当はエキュリアさんを心配してたんですよね。とても優しいお兄さんだって聞いてます。誕生日にはいっぱい贈り物を用意したり、子供の頃には詩まで作って……」

「だ、黙れぇ―――!」


 顔を真っ赤にして、ラスクードは叫んだ。

 さすがにスピアも驚かされて、きょとんとしたまま言葉を止める。

 静まり返った場に、ラスクードの荒い呼吸音だけが流れた。


「と、ともかくだ! 私は貴様と手合わせをしに来たのだ。子供に負けたままでは、騎士の名折れだからな。本来なら決闘と言いたいところだが、そこまでは望まん」

「ああ、勝負ってそういう……」


 でも子供相手に勝負を挑むのはどうなんだろう?

 それこそ騎士の名折れなんじゃ? 決闘じゃないからいいのかな?

 そもそも、わたしは子供じゃないんだけど―――、

 などと思考を巡らせるスピアだったが、ラスクードは構わずに言葉を続けた。


「もしも貴様が勝てば、なんでも願いを聞いてやろう。さあ勝負だ!」

「……なんでもって、そういう言葉は危ないと思うんですけど」


 呟いて、スピアは溜め息を堪えながら頷く。

 断ってもしつこく食い下がられるのは、スピアにも簡単に予想できた。







 ラスクードが木剣を構える。

 対峙するスピアも腰を落として、拳を脇に構えた。


「貴様、本当に武器も防具も使わんのだな」

「だから言ったじゃないですか。私のはあくまで護身術で、戦うための技じゃないんです」


 訝しげに眉根を寄せるラスクードだが、緊張感は纏ったままだ。

 広い庭の中央で向き合った二人は、試合開始の合図を待っている。審判役のエキュリアは少し離れた位置で、まだ不安げな顔をしていた。


 スピアだって、この試合にはあまり乗り気ではない。

 騒動の種を撒いた責任は感じている。でも大柄な男に睨まれるのは、それだけでも怖い。木剣だって武器には違いないのだし、それを向けられるだけで身が縮まりそうになる。


(うぅ~……やっぱり不意打ちで倒しちゃった方がよかったかな。だけどこういう人って、騎士道精神とかなんとか変な文句つけてきそうだし……)


 泣き出したい気持ちを懸命に抑え込む。

 そして表情を引き締めると、涼やかな声で告げた。


「全力でいきます!」

「ふん、良い気迫だ。面構えだけは一人前の戦士のようだな」


 ラスクードは不敵に口元を吊り上げる。

 子供相手に真剣な顔で向き合っている様子はかなり奇妙なのだが、当人は気づいていない。


「兄上、スピアも、くれぐれもやり過ぎには注意して……」

「分かっている。さっさと合図を出せ」


 ラスクードが催促する。

 やはり不安を拭いきれないエキュリアだが、仕方なく、試合開始を告げた。


 直後、スピアが突進する。

 一撃で仕留める。確実に殺す―――そんな気迫が黒い瞳から溢れていた。

 やっぱり絶対に護身術じゃないだろ!、とエキュリアに余裕があったら声を荒げていただろう。


 けれど誰かが声を上げる暇もなく、スピアは一瞬で距離を詰めていた。

 ラスクードは咄嗟に剣を払う。

 しかしスピアは身を屈めて、地面スレスレを駆けた。狙いはラスクードの足首だ。

 超低空のタックルが、鎧の隙間にある足首をがっちりと捉えた。


「くっ……!」


 自身の根元から引き倒されたラスクードは、抵抗もできずボコボコに―――、

 それがスピアの描いた予想図だ。

 けれどラスクードは倒れなかった。全身から青白い光を溢れさせると、足に組みついたスピアを、そのまま力任せに跳ね上げる。


「わぁっ!?」


 小柄な体は空中高くへ放り出された。

 しかしスピアが自分から投げられたという部分もある。無理に抵抗しなかった分だけ余裕もあって、空中で身を翻すと、スピアは受け身を取って地面に転がった。

 すぐに立ち上がって、あらためてラスクードと対峙する。


「身体強化術っていうものですか?」

「その通りだ。しかし並の兵士ならば、強化術があっても倒されていただろう。貴様の技は奇抜で、本当に面白いな。今後の参考にさせてもらおう」


 ラスクードは剣を構えなおしながら、また不敵な笑みを浮かべる。

 戦いを楽しんでいる様子だ。

 スピアには理解し難い心情だけど、参考にさせてもらう、という部分には同意だった。


 この世界は、スピアの常識では考えられないほどに危険が溢れている。どれだけ身を守る術を持っていても安心できないくらいだ。なにせ、神と呼ばれる存在が人攫いをするほど無法がまかりとおっているのだから。

 だから―――もっともっと護身術も磨かなきゃいけない。

 騎士の強さというものも、参考にさせてもらう。

 そう考えて、スピアは一段と気を引き締めた。


「次は、こちらから仕掛けてやろう」


 ラスクードが地面を蹴る。一直線にスピアへと迫り、剣を振り下ろした。

 力の乗った鋭い一撃だ。

 しかも同時に、周囲への警戒も忘れていない。スピアは地面を滑らせる罠を発動させたのだが、ラスクードは歩幅をずらして避けていた。


「貴様の『固有魔法』も面白い。だが魔力を探っていれば、避けるのは容易だな」

「っ……!」


 魔物との戦いでは気づけなかった弱点だ。

 驚かされたスピアだが、それで動きが鈍りはしない。振り下ろされる剣を避けて、ラスクードの懐へ飛びこもうとする。

 小柄なスピアは、相手との距離を詰めたほうがずっと有利に動ける。

 けれどそうはさせまいと、ラスクードも巧みな足捌きを見せながら剣撃を返す。


 木剣と拳が幾度も交錯して、しばらくは互角の攻防が続いた。

 真っ正面から技を繰り出しあう二人の様子に、観戦している者たちも息を呑む。

 とはいえ―――、


(ああもう! なんなのこの人!? 木剣とはいえ思い切り殴られたら怪我じゃ済まないかも知れないんだよ! 手加減とは言わないけど、せめて配慮くらいはしてよ! 剣と魔法の世界だからって、戦いたい人ばかりじゃないんだから!)


 真剣な表情の裏側で、スピアはイライラを募らせていた。

 対照的にラスクードは笑みを深めて、さらに容赦無く剣を振るう。鋭利さを増していく目の輝きは、スピアの危機感を煽るのに充分だった。


(これはもう、試合っていうか真剣勝負だよね……だったら!)


 スピアは身を屈め、剣撃を避けると、自身の足下へ魔力を流した。


「なに、っ!?」


 地面ごと滑走スライドして、スピアは後方へと大きく距離を取った。

 ダンジョン魔法は、なにも相手を罠に嵌めるばかりではない。使い方次第では自身の動きを補佐できるし、他にも応用手段は多い。


 ラスクードも魔力の流れは察知していた。

 けれど目の前の少女が一気に離れていく光景は予想外だった。

 唖然としたラスクードは動きを止めてしまう。けれどすぐさま我に返ると、追撃するべく地面を蹴った。


 だけど、スピアが迎撃する方が早かった。


「恨みっこなしですよ」


 スピアは軽く地面に手をつくと、そこから魔力を流し込んだ。

 ダンジョン魔法を発動できるのは、スピアが認識している領域のみだ。だけど直接に手を触れる必要はない。ただ手で触れて繋がっていた方が発動しやすい気がした。


 ぶっつけ本番の魔法だったので自信がなかった、という理由もある。

 それでも上手く発動した。

 ラスクードの行く手を阻む形で、地面が勢いよく隆起した。


「っ……檻、だと!?」


 すぐ足下に罠を仕掛けても避けられる。

 だったら避けられない距離から、罠で囲えばいい。

 そう考えたスピアは、ラスクードの四方に鉄柵を出現させた。地面からせり上がってきた鉄柵は、途中で折れ曲がり、上部からも逃げられないように塞ぐ。

 まるで大きな鳥籠みたいな檻が、ラスクードを閉じ込めた。


「わたしの勝ちです。降参してください」


 そう宣言して、スピアは悠然と歩み寄る。

 もしもスピアがその気になれば、檻の中を火の海にしたり、鉄柵から無数の矢を放ったりもできる。さすがにそこまでやるのは自重したが、勝利宣言をするのも当然だった。

 しかしラスクードは顔を歪めて―――、


「ふざけるなよ! このような檻など、力尽くで、ぇ―――!?」


 鉄柵を圧し折ろうと掴んだ途端、その手に青白い光が走った。

 電流だ。もちろん命に関わらない程度の威力に抑えられているが、不意を突いたこともあって効果は覿面だった。


 慣れない衝撃に全身を貫かれて、ラスクードは声にならない悲鳴を上げる。

 さらに、スピアは追撃する。

 檻の隙間から、ラスクードの股間を蹴り上げた。


「ぁ、が……!」


 鈍い音と、濁った悲鳴が重なる。

 悶絶したラスクードは、そのまま白目を剥いて倒れ伏した。


「もう一度言います。わたしの勝ちです」

「そ、そこまで! 誰か、治療術師を呼べ!」


 エキュリアが慌てて駆け寄ってくる。

 兵士たちも顔色を蒼褪めさせて股間を押さえていたが、急いで救援を呼ぶために駆けていった。


「……また、やりすぎちゃったかなぁ」


 スピアは目線を泳がせつつ反省する。

 だけど腰に手を当てて、勝ち誇った笑みも浮かべていた。



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[一言] 人体に電流が流れた場合、その場で無事でも24時間は経過観察してください。唐突に心臓が止まることがあります。by工学部
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