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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第四章 たった一人の親衛隊長編Ⅱ(ダンジョンマスターvs魔将王)
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ダンジョンマスターvs衛星都市②


 街路を荷馬車が進む。

 そこだけ見ると何処にでもありそうな光景だが、実際はかなり異質なものだ。


 まずその荷車を引く白馬には翼が生えている。

 白馬の頭部は兜で覆われていて、長い鉄の角が輝いていた。

 逞しい軍馬にも見えるが、それが引く荷馬車はゆっくりと走っている。

 人が走るのと同程度の速度を、巧みに維持していた。

 けれど、なにも御者が絶妙に速度を操っているのではない。


「くっ……おまえ、本当はもっと早く走れるだろうに」


 御者席でエキュリアは歯噛みする。

 勝手に飛び出していったスピアの元へ、一刻も早く駆けつけたかった。

 けれどサラブレッドはエキュリアたちの護衛を命じられている。

 なので、騒乱の起こっている場所へ近づけまいとしているのだ。


 エキュリアは一人で駆け出すことも考えた。

 しかし荷馬車に乗っていた方が、ほんの少しだけ早そうだった。


「でも、スピアさんはこの騒乱を止めたいと言っていました。大丈夫なのでは?」


「いえ、殿下。あいつは火事を消すために、とんでもない台風を呼ぶような奴です。それに……」


「……そうですね。一人で矢面に立たせる訳にはいきません」


 荷馬車の後部席では、セフィーナとエミルディットも不安げな顔をしていた。

 握った拳を胸元へ当てながら、しきりに街の様子を窺っている。


「あれは……」


 街路の奥に、瓦礫の山が見えた。

 なにか大きな建物が、力尽くで壊されたような跡だ。

 その瓦礫の中には、この大陸の人間なら必ず見たことのある紋章が混じっていた。


「教会の……壊されたというのは本当だったのですね」


 きゅっと唇を噛み、セフィーナは項垂れる。

 神々への冒涜というよりも、大勢の心が砕かれたのだと、その光景は語っているようだった。


 それに先程から、街路がやけに静かなのも気になっていた。

 遠くから争う声は流れてくる。

 しかしそれ以外は、大通りだというのに荷馬車の駆ける音が響くばかりだ。

 人の気配がまるで感じられない。

 ほとんどの住民が怯えて、家の中に閉じこもっているようだった。


「これもまた、兄が招いたこと……っ!?」


 呟きが掻き消され、セフィーナはびくりと肩を縮めた。

 いったい何が起こったのか?

 それはまだ分からないが、平穏とは程遠いのは間違いない。

 街の中心部から、まるで落雷のような轟音が響いてきた。








 狂信的なほどに王への忠誠を尽くす近衛騎士団。

 対するは、理不尽な弾圧によって神を冒涜された大勢の信徒たち。

 互いの信念の下、彼らは命懸けで戦っていた。


 そこに第三勢力が乱入する。

 黄金色のぷるぷる塊に乗った少女は、ひよこ仮面団と名乗った。

 白い仮面を被った、十才くらいに見える女の子だ。

 場違い感がすさまじい。


「……こ、子供の戯言だ! 無視しろ! とにかく屋敷を制圧するんだ!」


 教会兵の誰かが叫んだ。

 やや無理のある見解だろう。その場にいる少女スピアは確かに子供にしか見えないが、降ってきた際に屋敷の門を叩き壊しているのだから。


 とても戯れで済むような所業ではない。

 けれど元々、屋敷へ押し寄せた信徒たちは血気に溢れていた。

 一言を切っ掛けに、また剣を振り上げて突き進もうとする。


「むぅ。子供じゃありません」


 しばし周囲を眺めていたスピアだが、不満げに唇を突き出した。

 スピアからすれば、喧嘩を止めに来たのだ。

 なのに、相手がまた喚いて暴れだそうとしている。

 加えて、仲裁しようとする相手にまで暴言を吐いた。


 これは怒っても仕方ない。

 客観的にどう映るかはともかくも。


「ぷるるん、トマホーク、懲らしめてやりなさい」


 ぽてり、とスピアはぷるるんを撫でて合図を送る。

 その途端に、黄金色の体が伸びた。

 丸太みたいに伸びた粘液体が、迫り来る民衆をまとめて薙ぎ倒していく。


 さらに上空からは幾筋もの雷撃が落とされる。

 命を奪わない程度に威力は抑えられた雷撃だが、門の内側にいた近衛騎士たちを貫き、次々と行動不能へと追いやっていく。


 あっという間に、場は制圧された。

 しん、と静まり返る。

 立っているのは、後方にいた民衆と僅かな教会兵くらいだ。


「喧嘩はやめてください」


 今更か!、とエキュリアがいたらツッコミを入れていただろう。

 殴っておいてから「暴力はいけません」と言っているようなものなのだから。

 ともあれ、平和的な主張は響き渡った。


「……け、喧嘩だと!? ふざけるな!」


 戸惑いと怒りの混じった声は、民衆側から上がった。


「俺たちは命懸けで戦いに来たんだ! 王の横暴を正すために!」


「教会が壊されたんだぞ。あの騎士どもは許せねえ!」


「そうだ! これは聖戦だ! 我々は神々のために立ち上がったのだ!」


 怒りは次々と伝播していく。

 また人の波が、一斉に屋敷へ押し寄せようとする。


 けれど、ぷるるんがその場で跳ねた。

 ドスン、と重い震動が地面を伝わっていく。

 それだけで信徒たちは立ち止まり、怯え混じりの呻き声を漏らした。


「そっちの事情なんて知りません」


 さらりと言い返す。

 スピアにしては珍しく、少々冷たい物言いだった。


「神とか、どうでもいいです。宗教には関わるなって、お爺ちゃんも言ってました。だから聞く耳持ちません」


「な、な……!」


 信徒たちは揃ってぱくぱくと口を上下させる。

 神を否定や冒涜する者はともかく、完全に無視しようとする者は初めてだった。

 まともな反論の言葉さえ出せない。


 でも、なにを言っても無駄だったろう。

 スピアだって怒っているのだ。

 とても、どうでもいい理由で。


「わたしは、この街に美味しいものを探しに来たんです。なのに喧嘩なんてされてたら観光だって出来ないじゃないですか」


 本来の目的は、王族専用の秘密通路を使うことだったが―――、

 それを指摘できる者は、この場にはいない。

 打ちのめされて転がっている者と、唖然として立ち尽くす者ばかりだ。

 そんな中でスピアは胸を張って、宣言する。


「なので、この街は、謎の白仮面団が制圧します!」


 まったく理屈になっていない。

 最初は“ひよこ仮面団”とか言っていたのに名前が変わっている。


 けれどそんな矛盾は、“街を制圧”という大きな衝撃で押し流された。

 百名以上もの人間が、少女一人に叩き伏せられたばかりだ。

 正確には、その配下にいる魔物によってだが。


 いずれにしても、スピアの武力は分かり易い形で見せつけられていた。

 子供っぽい見掛けに紛れていた“脅威”が、実感として広がっていく。


「……まさか、魔族なのか……?」


 誰かが呟いた。

 神々を恐れもせず、魔物や亜人を従わせ、人間を力で支配する―――、


 それは正しく、噂に聞く魔族の所業そのものだった。

 もちろんスピアは魔族ではない、が、


「―――ご主人様、準備が整いました」


 その時、ぷるるんの横に大きな影がぬぅっと沸き上がってきた。

 『倉庫』の影を使い、シロガネが現れたのだ。

 いつものように冷然と一礼したシロガネだが、その顔は白仮面で覆われている。

 傍目には、禍々しい魔法を使う謎の人物が現れたように見えただろう。


「屋敷の制圧は滞りなく完了、表門も制圧いたしました。都市長をはじめ、邸内にいた人間はすべて捕らえ、いまはクマガネが見張っております」


「ん、お疲れ様。宝箱の設置も?」


「はい。綺麗に吹き飛ばせるはずです」


 なにやら物騒な会話だったが、周囲には聞こえていない。

 けれど、次に起こった出来事は、人々の目にも分かり易い衝撃として焼きついた。


「それじゃ、やっちゃおう」


 背後の屋敷へと振り向くと、スピアは軽く手を振る。

 一拍の間を置いて、屋敷が爆発した。


 轟音とともに、赤々とした閃光が辺り一帯を照らす。

 ビリビリと空気が震えて、その光景を見つめる人々の心にまで伝わっていった。

 目を見開く人々の前で、屋敷が崩れていく。

 柱や壁などを、的確に爆破されたのだ。街の代表が住むのに相応しい豪華な邸宅だったが、もはや見る影もなく瓦礫の山と化していった。


「これで喧嘩する理由もなくなりましたね」


 屋敷を制圧しようと、大勢が押し寄せていた。

 けれどその目標である屋敷がなくなったのだから、剣を振るう意味もない。

 それに、教会を破壊された恨みも晴れたのではないか―――、


 そうスピアなりに考えての仲裁行動だった。

 強引過ぎる論法だ。

 それでも一時の熱にうかされていた人々の戦意を挫くには充分だった。


「……やっぱり、魔族だ……」


「そう、なのか……? でもあれだけの魔法を使えるのは……」


「そんな……魔族が攻めてきたってのか!?」


「冗談じゃねえ! 魔族なんかと戦えるか!」


 誰の呟きだったのか、誰が最初に動いたのかは分からない。

 けれど怯えはあっという間に伝染していく。

 屋敷へ向かってきた以上の勢いで、民衆は反対方向へと駆け出した。


 誰も彼もが武器を放り出し、我先にと逃げ出していく。

 その勢いに、スピアの方が呆気に取られて瞬きを繰り返していた。


「魔族じゃないんだけど……まあ、いいか」


 小さな呟きも、悲鳴に掻き消される。

 ただ、逃げ出さない者もいた。民衆を率いていた教会兵たちだ。


「くっ……まさか、こんな時に魔族が現れるとは……」


「いや待て、クレマンティーヌ殿。まだそうと決まった訳では……」


「あれだけ凶悪な魔物を連れているのだ! 魔族に決まっている! とにかくも奴を倒すぞ! 子供の姿をしているからといって油断するな!」


 真っ先に武器を構え直したのは、グスターブから後を任されていたクレマンティーヌだ。

 まだ教会兵となって日が浅く、女性でもあるクレマンティーヌの発言力は高くない。けれどこういった混乱した状況では、先に声を上げた者に皆が従うものだ。

 清らかさすら感じさせる声を響かせ、クレマンティーヌは高々と剣を掲げる。


「いまこそ我らの信仰を示す時! 全軍集結せよ!」


 全軍とは言っても、残っているのは数十名ほどの教会兵のみだ。

 ちなみに、グスターブはすでに粘液体の一撃で昏倒している。


 しかし残った兵は、それなりに腕に覚えがあり、信仰心も高い者ばかりだった。

 魔族と相対した際の訓練も積んでいる。

 クレマンティーヌが合図を送ると、素早く陣形を組んだ。


 全員が武器を構えたまま、片膝をつき、神へ祈りを奉げる姿勢を取る。

 その身体から仄かに魔力の光が溢れ出した。


「行くぞ! 抗魔滅却陣!!」


「太陽と勝利の神ライドラハラトよ、我らに祝福を与え給え!」


「忠勇の神アグルータスよ、我らの祈りを聞き届け給え!」


「御身に捧ぐは我らの心! いま、悪しき魔族を滅ぼすための力を―――」


「ぷるるんキーーーーーック!!」


 祈りは中断された。突撃したきた黄金色の塊によって。

 魔法で撃ち出された光弾のように、ぷるるんが空中を一直線に突き進む。

 凄まじい勢いで、集まっていた教会兵たちをまとめて押し潰した。


 もはやキックでもなんでもない。

 それでも教会兵たちが蹴散らされたのは事実だ。

 懸命な神への祈りも実を結ぶことなく、全員仲良く打ち倒された。


「これにて一件落着です」


 これだけの大騒動を起こして、むしろ後始末の方が大変なのだが―――、

 スピアはなにも考えていない。

 胸を張って、晴れやかな笑みを浮かべていた。



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