ダンジョンマスターvs衛星都市①
荷馬車の隅で、スピアたち四名は顔を突き合わせていた。
声を潜めて話し合っている。
いまも荷馬車の脇では兵士隊長が立っていて、“提案”の答えを待っていた。
「つまり、反乱が起きてるってことですね?」
兵士隊長から聞き出した話をまとめると、そう理解できた。
いまも街の奥の方から、物々しい音や雄叫びのようなものが響いてくる。
炎こそ建物の影で見えないが、黒い煙も勢いよく立ち昇っていた。
「隊長さんの話によれば、そういうことのようです。隠れていた教会兵を中心に、街の住民や兵士も、大勢が参加していると」
「だ、大事件じゃないですか! こんな場所にいては危険です!」
「エミルディットちゃん、落ち着いて。ここは街の外れだから大丈夫だよ」
原因は、教会への弾圧だ。
王命によってやってきた近衛騎士の一団が、街の教会を破壊した。
抵抗した神官や信徒たちも、大勢が殺された。
その近衛騎士たちは、いまも都市長の屋敷に留まっているという。
また別の衛星都市へ向かう王命も受けているそうだが、吹雪で足止めされていた。
吹雪の間に密かに信徒たちが連絡を取り合い、反乱を計画し、そして実行へ移したという訳だ。
「なんとも間の悪い時に来てしまったものだな……」
エキュリアが頭を抱えながら息を落とす。
とはいえ、また別の考え方もあった。
「しかしこれだけ騒ぎになっているのなら、我らの行動も誤魔化せるのではないか? 今の内に秘密通路へ向かうという手もあるぞ」
「そうですね。あの隊長さんが欲しいのは、食料や武器なんですよね?」
「ええ。後払いで、と言っていますけど……」
教会側の計画では、近衛騎士を叩きのめした後は街に立て篭もる予定になっている。他の衛星都市でも信徒たちが反乱を起こし、王都を孤立させるという。
どこまで上手くいくかは未知数だ。
急いで立てた計画でもあり、準備不足な部分も多々あるのだろう。
立て篭もりのための食料を偶然訪れた商人から仕入れよう、というのも計画の杜撰さを窺わせる。
「鎮圧されると、後払いもできなくなっちゃうんですね?」
「そういった懸念もあると思いますけど……それよりも、わたくしは都市長の安否が気掛かりです」
近衛騎士の一団は都市長の屋敷に留まっている。
その情報だけを聞くと、都市長も王命に従って教会の弾圧に手を貸しているように思える。けれど実態は違うらしい。
近衛騎士が来る以前から、都市長には王命が下っていた。
街の教会を潰せ、と。
その王命に逆らい続けて、なんとか穏便に事を治めようと努力していたそうだ。
「わたくしに歴史や法などを教えてくださった方でもあります。とても温厚で、争いを嫌っていて……そのような場合でないのは分かっているのですが、なんとか助ける手段はないものかと……」
セフィーナの声は途中で消え入るようなものになる。
本来の目的は、王城へ向かって『聖城核』を確保すること。
そのためには他の争いなどに関わるべきではないと、セフィーナも分かっている。
けれど目の前で血が流れるのも無視はできない。
そもそもセフィーナが兄である王を止めようとしたのは、罪も無い者が殺されていくのに心を痛めたからだ。余計な争いを食い止めるという意味では、この街での騒動も見過ごせはしなかった。
「ん~……都市長さんはともかく、教会側はどういうつもりなんでしょう?」
「聞いた通りではないか? 民衆を集めて蜂起し、王の態度を改めさせるつもりなのだろう」
「でも、勝てると思いますか?」
スピアの指摘に、エキュリアは眉根を寄せる。
言われてみれば、もっともな懸念だった。
少数の騎士団程度ならば、民衆を扇動して叩きのめせる。
けれど本格的な討伐部隊が来れば、衛星都市の戦力では防ぐことも難しい。
まともな訓練も受けていない民をどれだけ集めようとも、王都の軍が相手では戦いにすらならないだろう。
各都市との連携も、どこまで上手くいくか分からない。
いくら王への不満が爆発したとはいっても、短期間で組織としてまとまるものだろうか?
「なんだか、行き当たりばったりな計画な気がします」
普段から何も考えていないようなスピアが、こう言うのだ。
それを聞くエキュリアたちは揃って表情を歪める。
率直すぎる言いようだとは思っても、否定もできなかった。
「どっちにしても、このまま放置はできませんね」
「いや待て。関わるかどうかを話し合っていたところで……」
「近くで喧嘩が起こってるんです。止めに入るのは当然です」
尤もらしくも聞こえる台詞を述べると、スピアは荷台の後ろへ目を向けた。
エキュリアが止める暇もない。
「ぷるるん、ジャンプ!」
そう告げられると同時に、荷台の天井を突き破って黄金色の塊が飛び出す。
小麦粉の袋を散らして、高々と舞い上がった。
「んなぁ……っ!?」
唖然とした声を漏らしたのは、エキュリアばかりではない。
荷馬車の側にいた兵士隊長も、上空を見つめたまま固まっていた。
そのまま降ってきた黄金塊に押し潰される。
しばらく暴れていた兵士隊長だが、ぷるるんを押し除けられるはずもなく、やがて動かなくなった。
「ここからは、喧嘩両成敗です」
涼やかに宣言したスピアの顔は、白い仮面で覆われていた。
屋敷の門を挟んで怒号が飛び交う。
数百名もの民衆が殺到して、都市長の屋敷を目指していた。
正確には、その屋敷に留まっている近衛騎士どもを血祭りに上げようと息巻いている。
「さっさと門をブチ破れ!」
「騎士だろうと怖くねえぞ! ぶっ殺してやる!」
「奴らの首をライドラハラト様に奉げてやれ!」
太陽と勝利の神の名を叫ぶ民は、とりわけ目を血走らせて剣を振り上げている。
弓矢を受けたり、魔法で火傷を負わされたりした者もいるが、怒りに任せた勢いは衰えていない。
ただし、今はまだ、だ。
「……まさか、門を破るのにこれほど手間取るとは……」
民衆の後方、教会兵であるグスターブは苦々しげに呟いた。
甲冑に覆われた恰幅のよい身体も、苛立たしげに揺れている。顎鬚をなぞる指先も忙しなく、毟るような動作を繰り返していた。
計画では、とっくに門を破って近衛騎士どもを全滅させているはずだった。
屋敷の表と裏から一斉に攻撃を仕掛けたのだ。頑丈な門とはいえ、不意打ちだったし、教会兵が十数名掛かりで組み上げた強力な攻撃魔法を撃ち込んでいた。よほどの備えがなければ耐えられるはずがなかった。
「どうするのだ、グスターブ殿?」
「やはり事前に計画が漏れていたのでは?」
「軽挙に過ぎたのだ。このままでは犠牲が増えるばかりだぞ」
指揮役である他の教会兵が、不安を口にし始める。
これもまた、グスターブにとって懸念材料のひとつだった。
この場にいる者は、全員が教会を潰された怒りを抱えている。
けれどそれはけっして“等しく”ない。
其々に信仰する神が違うように、怒りの覚え方や、それに対する行動もまた異なっていた。
例えば、反乱を主導したグスターブは、太陽と勝利の神ライドラハラトを信仰している。だから理不尽な行為には、剣を以って抗うべきだとすぐさま訴えた。
しかし慈愛の神イルシュターシアの信者たちは、話し合うべきだと主張し、蜂起にも加わらなかった。
つまりは、結束が緩い。
苦境に陥ればすぐに崩壊するのではと、グスターブは焦りを覚えていた。
「ともかく、いまは突き進むしかない。あの近衛騎士どもは、神々の像まで破壊したのだ。奴らを許せないのは、其方らも同じ気持ちであろう!」
教会兵たちは押し黙る。
緩い結束ながらも共に剣を取れたのは、グスターブが言ったように同じ怒りを抱えているからだ。
「どうせ近衛騎士どもは数十名しかおらん。抵抗もすぐになくなる!」
「しかし都市長の兵も合わせれば……」
「人質を取られ、仕方なく戦っているだけだ! 我らが都市長を押さえれば、残った兵も味方になる!」
グスターブは強引に議論を打ち切った。
だいたい、いまは口論している場合ではない。
都市長の件にしてもそうだ。
争いを避けるために都市長が交渉に努めていたのは、グスターブも承知している。けれど結局は、近衛騎士の暴挙を許すことになってしまった。もっと早くに蜂起して街の守りを固めていれば、教会が踏み躙られることもなかっただろう。
挙句、都市長は人質に取られ、近衛騎士に利する形になってしまっている。
もはや事態を解決するには、武力に頼るしかない。
そう考えたからこそ、グスターブはこうして剣を握っているのだ。
「こうなっては見守ってなどおられん。俺も前に出る!」
「待たれよ、グスターブ殿。それは危険では……」
「民衆を盾にして、安全な場所にいろと? それこそ神に見捨てられてしまう。後の指揮はクレマンティーヌ、其方に任せたぞ」
配下の兵にも号令を下すと、グスターブは前線へと駆け出した。
門に備えられた見張り塔から、絶え間なく矢が降ってくる。いざという際には街を守る最後の砦となるだけあって、屋敷には武器などの備えは十全にされていた。
それでもグスターブは怯まず、盾を構え、民衆を鼓舞しながら突き進む。
太陽と勝利の神を信仰するだけあって、その戦いぶりは勇猛だった。
けれどグスターブには思慮が足りていなかった。
そして、不運でもあった。
門を守る近衛騎士たちは、民衆を扇動した指揮官を探していた。
そいつを討ち取れば熱狂も冷めるだろうと考えた。
そんなところに、甲冑を纏った男が気勢を上げて突き進んできたのだ。
当然、狙いを定める。
一斉に魔法攻撃を仕掛けるべく呼吸を合わせた。
その攻撃が放たれれば、グスターブも耐えきれずに全身を焼かれ、貫かれ、呆気なく倒れ伏していただろう。
あとは、指揮官を失った烏合の衆を蹴散らすだけ。
そうして近衛騎士たちは勝利してもおかしくはなかった。
しかし、彼らも不運だった。
何故なら―――。
「とぉぉぉぉぉーーーーーりゃぁぁぁぁぁーーーーー!!」
喧騒を引き裂いて、まったく緊張感のない声が響き渡った。
その声と、突然に差した大きな影に、皆が揃って上空へと目を向ける。
降ってきたのは黄金色の塊。
けれどそれは一瞬の出来事で、何が起こったのか理解できた者は皆無に近かった。
上空から現れた塊は、凄まじい勢いで屋敷の門へと激突する。
轟音と衝撃が轟く。
騎士も民衆も区別なく、驚愕に染め、悲鳴を上げさせる。
もうもうと煙が立ち込め、その中心部から、可愛らしい声が放たれた。
「ひよこ仮面団、推参です!」
「……はぁ?」
間の抜けた呟きは、誰が漏らしたか分からない。
けれど誰も彼もが同じことを思った。
ふざけているのか?、と。