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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第四章 たった一人の親衛隊長編Ⅱ(ダンジョンマスターvs魔将王)
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衛星都市へ

 この大陸では、魔物が跳梁跋扈している。

 人類が生存域を拡大するのは困難で、開拓村ひとつ作るのだって命懸けだ。

 大領地でさえ街がひとつあるだけ、なんて所も珍しくない。

 堅固な防壁を頼りに、徐々に街を広げていくのが一般的な手法だ。


 けれど王都の周辺は違う。

 四方にいくつもの衛星都市があって、それぞれが魔物などの外敵に対する簡易な砦の役割を果たしている。多くの街が寄り合い、ひとつの大きな街となっていた。


 まず人の力だけでは不可能なことだ。

 王都も衛星都市も、『聖城核』の力によって築かれたものだった。


「計画的な町作りができてる、ってことですね」


「ええ……ですから、“そういった通路”を繋げるために作られた街もあるのです」


 衛星都市を守る外壁を、スピアたちは見上げていた。

 特製の大きな荷馬車に揺られながら、その街へと向かっている途中だ。


 直接に王都へ乗り込むのは難しい。

 正面から入ろうとすれば、きっとセフィーナの正体がバレるだろう。

 外壁を乗り越えて忍び込む、といった手段も良策とは言えない。


 だから秘密の通路を使うことにした。

 セフィーナが城から抜け出す際にも使用した、王族専用の通路だ。

 もちろん、そこからの侵入も警戒されている可能性はある。

 けれど極秘通路を大人数で見張れるはずもない。上手くすれば発見されずに忍び込めるだろうと、そうセフィーナたちは判断した。


 スピアも乗り気だ。

 秘密の通路なんて面白そうだからと言って、目を輝かせていた。


「さて、そろそろ街へ入るが……本当に大丈夫か?」


「もちろんです。バレるはずがありません」


 御者席にいるエキュリアが不安げな眼差しを投げた。

 けれどスピアの返答は明るく、自信たっぷりだった。

 まあ、いつものことだが。


「私も納得はしたが……しかしやはり、上手くいくか分からんなあ」


 街へ入る際、一番の問題になるものがある。

 ぷるるんやサラブレッドだ。

 これまではスピアの従魔として街に出入りしていた。

 けれどそれは、伯爵家令嬢というエキュリアの口添えもあったおかげだ。


 いまのエキュリアは、護衛の傭兵という立場をよそおっている。クリムゾンの名を出せば、注目を集めるのは分かりきっているからだ。セフィーナやエミルディットも身分を明かせはしない。

 そういった事情を考慮して、スピアたちは商家の娘一行という体裁を取った。

 セフィーナが跡取り娘で、スピアとエミルディットは使用人だ。


 サラブレッドは天馬で、エキュリアの愛馬として押し通すことにした。目立つ角が額に生えているが、そちらは軍馬用の兜を被せて誤魔化せそうだった。

 まあ、天馬というだけでも一介の傭兵が持つものではないのだが。

 けれどキングプルンを連れているよりは目立たないだろう。


 大きな黄金色の塊は、どうしたって注目される。

 ぷるるんを街へ入れるための良案は、なかなか出て来なかった。

 だから、最も単純な策を取った。


「ぷるるんさんが利発なのは承知していますけど……」


 セフィーナも不安なのだろう。ちらちらと荷車の後ろへ視線を送っている。

 けれど、そうしている間に街の門へと到着した。

 吹雪が去ったばかりなので、他に街を訪れる者もいない。

 すでに門を守る兵士はスピアたちを見つけていて、近づくと声を投げてきた。


「止まれ! 何者だ!?」


 誰何というよりも、もはや警告の声だった。

 十名余りの兵士たちが隊列まで組んでいる。

 どうやらサラブレッドの姿だけでも、警戒を覚えさせるには充分だったらしい。


 エキュリアはやや戸惑いながらも、手綱を引いて荷馬車を止める。

 そうしてスピアたちはひとまず荷馬車から降りた。

 セフィーナを先頭に、争う意志がないことを示しつつ兵士たちへと歩み寄る。


「はじめまして。わたくしたちは、ひよこ商会の者です」


「ひよこ商会……? 聞いたこともないぞ」


「王都の商業ギルドには登録してあります。こちらが許可証です」


 やや緊張した面持ちながらも、セフィーナは笑顔で許可証を差し出す。

 もちろん、でっち上げだ。

 クリムゾン伯爵から見せてもらった証書を見本に、シロガネに偽造してもらった。


「ふむ……証書は本物だな。ところで、この天馬は?」


「こちらのエキュリアさん、傭兵で護衛をお願いしているんですが、戦って捕らえたそうです」


「傭兵か……」


 兵士隊長が、じろりとエキュリアを値踏みするように見つめる。

 いまのエキュリアは、普段の軽甲冑ではなく重厚な全身甲冑を纏っている。なるべく強そうに見えるようにと、スピアが用意したものだ。

 兜は脱いでいるが、きつく眉根を寄せて眼光も鋭くしていた。

 ちなみに、「わたしが悪戯したと思ってください」とスピアによる演技指導が入っている。


「なにか文句でもあるのか?」


「い、いや……天馬に荷を引かせるなど、初めて見たものでな」


「いざとなれば、荷を捨てて空を駆けられる。戦う姿が見たいと言うならそうしても構わんぞ?」


 サラブレッドも威圧的に嘶くと、兵士隊長は慌てて手を振って否定した。

 十名程度の兵士では抑えられない、と思ったのだろう。

 どうやら勢いで誤魔化す作戦は上手くいったみたいだ。


「身元は問題なさそうだな。念の為、荷もあらためさせてもらうぞ」


「はい。小麦などの食料が中心です」


 兵士数名が荷物の検分へと向かう。

 小麦粉の入った袋が山と積まれていて、あとは乾燥させた野菜や、武具を収めた箱もいくつか混ざっている。商人っぽくするためと、なるべく大荷物にする必要があった。

 それと、トマホークも木箱の上で休んでいた。


「この鷹は……飼っているのか?」


「はい、わたしのです。トマホーク、おいで」


 スピアが呼ぶと、トマホークは軽く飛んで細い腕に止まる。

 兵士たちは目を見張っていたが、むしろ警戒は解けたようだ。

 動物と戯れる少女の姿に、優しげに目を細めている者もいた。

 それに、後ろめたいことがある者は、無意識でも緊張感を纏ってしまうものだ。けれどスピアにはそれがない。呑気にトマホークの背を撫でている。


「鷹って、けっこう可愛いものなんだな」


「おまえが可愛いって思ってるのは、あの子の方じゃないのか?」


「んなっ、そ、そんなことねえよ!」


「おいおい、本気で焦るなよ。冗談だろ?」


 張り詰めた面持ちをしていた兵士たちも笑みを交わしている。

 そのおかげもあって、気づかれずに済んだ。

 ぷるるんが、小麦粉袋の山に隠れていることにも。


「それにしても、冬の街道を抜けてくるのは大変だったのでは?」


「ええ。ですが、どうしても届けて欲しいとの注文があったので……」


「ということは、すでに売り先は決まっていると?」


「……はい。それが、どうかしましたか?」


 探るような質問もあったが、とりたてて問題は起こらなかった。

 兵士の誘導に従って門を通る。

 スピアも大人しく荷台に座っていたが、ぶらぶらさせる足はいつもより上機嫌な様子だった。


「久しぶりの街ですね」


「あまりはしゃぐなよ。我々は、その、観光にきたのではないのだからな」


 目立つような真似は控えろと、エキュリアは眼差しで注意を促す。

 けれどスピアはきょろきょろと辺りの風景を見回していた。


 とりたてて珍しい物はない。

 それでも初めて訪れる街というだけでも、スピアの胸は弾んでいた。


「美味しい物を探すくらいはいいですよね?」


「まあ、市場を見る余裕くらいはありそうだが……」


 そんな話をしている間も荷馬車は進んでいた。

 真っ直ぐに進むと街の中心になる大通りだけれど、何故か、門を抜けたところで脇道へと向かわされた。


「……? あの、街の方へ向かいたいのですが?」


「すまないが、少し待ってくれ」


 誘導された場所は、兵舎脇の広場だった。

 同行していたのは隊長だけで、残りの兵士は門の所に残っている。


 なにやら妙ではあるが、兵士で囲んで捕らえようとか、そういった不穏な状況ではなさそうだ。

 スピアはひとまず様子を窺うことにした。


「突然で申し訳ないが、そちらの商品を譲ってくれないか? もちろん代価は払う。後払いという形になってしまうんだが」


「えっと……事態が飲み込めないのですが?」


「追いはぎをしようっていうんじゃないんだ。もうしばらく待ってて欲しい」


 兵士隊長は言葉を濁して、街の方へと視線を巡らせた。

 スピアたちも同じ方向へ目線を向け、首を捻る。

 何も無い、が―――、


 唐突に、大きな音が響いてきた。

 重い物を地面に叩きつけたような、あるいは何かが爆発でもしたような音だ。

 ややあって、黒い煙が遠くで立ち昇り始める。


「始まったな……これでひとまず、事情を話せそうだ」


 兵士隊長が重々しい口調で呟く。

 派手な音だったのにあまり驚いた様子はない。どうやら事前に知っていたらしい。

 なにやら複雑な話になりそうだと、スピアは荷台の脇で眉根を寄せていた。


「むぅ。美味しいもの探しの予定が……」


「そんな場合ではないだろう。なにやら面倒な事態になりそうだ」


 エキュリアは警戒心を高めて周囲を窺う。

 だけどその警戒は、スピアへ向けておいた方がよかったかも知れない。


「もしかしたら、プランBを発動させるかも知れません」


「おい、待て。なんだその“ぷらんびぃ”とやらは? 聞いていないぞ?」


「そんなものはありません!」


 自信たっぷりに答えて、スピアはそっと『倉庫』へ手を伸ばす。

 エキュリアは言葉もなく頬を引きつらせていた。


 意味が分からない。

 だけど、とんでもない騒動が起こる予感がした。



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