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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第四章 たった一人の親衛隊長編Ⅱ(ダンジョンマスターvs魔将王)
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吹雪が晴れて

 クリムゾン伯爵邸―――、

 練兵場も兼ねた広い庭の中央に、円い石版のような“それ”は設置された。


 複雑に刻まれた陣模様が光を放つと、転移魔法が発動する。

 十名ずつ、人々が繰り返して転移してくる。

 教会関係者をはじめとした避難民たちだ。困惑顔で辺りを見回しながらも、兵士の誘導に従って歩いていく。

 兵士たちも若干の驚きを見せていたが、ひとまず受け入れ作業は順調に進んだ。


 その様子を、クリムゾン伯爵は腕組みをして見守っていた。

 屋敷へシロガネが訪れてきたのは二日前だ。

 エキュリアとセフィーナからの書簡を携えて、諸々の事情を打ち明けるとともに支援を求めてきた。


 話し合いは友好的に行われた。

 その間、シロガネは有無を言わさぬ冷ややかな気配を纏い続けていたが。


 だからといって、クリムゾン伯爵が威圧に屈するといったことはない。

 領地にとって負担になるのなら、哀れな避難民を見捨てる覚悟もある。けれど今回はその必要もなく、人道的に手を差し伸べる余裕が充分にあった。


「伯爵様のご厚情、真に痛み入ります。皆に代わって感謝を述べさせてくださいませ」


「同じ神々を信仰する者として当然のことをしたまで。面を上げられよ」


 跪いた初老神官サルバモーブへ、クリムゾンは重々しく声を掛ける。

 告げた言葉に偽りはない。

 ただし同時に、恩を売っておきたいという思惑もあった。


「此度の問題は、陛下の乱心によって起きてしまった不幸。けっしてベルトゥーム王国が神々を蔑ろにしているのではないと、理解してもらいたい」


「……聖教国にはそのように伝えましょう。ですが、私程度の言葉がどれだけ聞き届けられるかは分かりませぬ」


「なに、個人としての限界があるのも、また当然のこと」


 ここまでの遣り取りは、クリムゾンが予測したとおりだ。

 だから予定していたとおりに、“口止めのお願い”もしておく。


「この転移陣や、あの少女スピアについても、なかなかに理解が難しいのだ。故に慎重に扱いたいと思っている。分かってくれるか?」


「そうですな……口を噤むのは難しいとは言えませぬな」


 いざとなれば、強引に秘密を守る手段もある。

 ここはクリムゾンの領地なのだから、物理的に口を封じるのも簡単だ。

 死人に口無し―――、

 とはいえ、ひとまずは穏便な話し合いで片付きそうだった。


「スピア様が望むのであれば、私はいくらでも沈黙を守りましょう」


「む、そうか。実は我が領地もあの少女には恩があって……」


「真実の信仰というものを、スピア様には気づかせていただきました。聖教国は無論のこと、たとえ神々を欺くことさえ、スピア様のためでしたら厭いませぬ」


「……は?」


 クリムゾン伯爵は、思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。

 まじまじとサルバモーブの顔を見つめる。


 そこにあったのは陶酔や崇拝。

 あるいは狂信にも似た光が、サルバモーブの瞳に宿っていた。


「これは、まさか……!」


 ひよこ村の住民も同じような眼差しをしていたと、クリムゾンは思い至る。

 そうして、あらためて避難民たちへと目を向けた。


 全員ではない。けれどちらほらと、恍惚とした表情をした者が混じっている。

 手を合わせて祈るようにしながら、スピアの名を呟く者もいた。


「また妙なことをしでかしおった! シロガネを呼べぇっ!」


 クリムゾンは狼狽えた声を上げる。

 けれど呼び出されたシロガネは、やはり冷然として答えた。

 真実を語り合っただけです、と。







 避難民たちが去って数日、野営地は平穏そのものだった。

 時折セリスが騒ぎ出すこともあったが、まあ大した事件は起こっていない。

 精々、デザートのプリンを巡って、スピアと睨み合ったくらいだ。

 その事件も、エミルディットの一睨みで収束した。


 転移陣も片付けられた。

 迂闊に置いておくようなものでないのは、スピアも承知している。

 クリムゾン領側の転移陣も、ひとまずは回収された。

 いずれ正式に王都と繋ぐことになるのかも知れない。

 ともあれ、それも無事に王都へ辿り着いてからの話で―――、


「ずいぶんと空気が綺麗に見えます」


 スピアたちはいま、青々とした空を見上げていた。

 まだ外へ出ると息が白くなる。

 冬が明けたとは言えず、いつまた吹雪が訪れてもおかしくない。

 それでも久しぶりに見る晴れやかな空に、皆の表情は緩んでいた。


「あれだけの吹雪の後だからな。空も洗い流されているようだ」


「こうしてみると、陽の光の有り難味を実感できますね」


「姫様、足下にお気をつけを……あ、あちらを見てください! 雪ウサギです!」


 野営地の端を、二羽の白いウサギが跳ねていた。

 積もった雪を舞い散らせながら、ぴょこぴょこと戯れている。

 もこもこで丸っこく、可愛らしい。

 見つけたエミルディットは目を輝かせて、うずうずと追いかけたそうにしている。


「ニンジンとかあげたら寄ってくるかな?」


 スピアが『倉庫』からいくつか野菜を取り出す。

 エミルディットはわぁっと嬉しそうな声を上げた。


「いいんですか? えっと、冬の食材は貴重だと思うんですけど」


「大丈夫。それよりも慌てて追いかけないようにね。怖がらせたらダメだよ」


「まだ雪は残っていますから、転ばないように注意してくださいね」


「はい! ありがとうございます!」


 セフィーナからも許しが出て、エミルディットは雪ウサギの方へ駆け出す。

 ぽてり、と雪の上で転んだ。

 でもすぐに起き上がると、今度は慎重に足を進めていく。

 小さな背中を、セリスも優しげに目を細めて眺めていた。


「一緒に過ごしたのはほんの数日でしたけど……別れるのを惜しく感じますわ」


 傲慢で自分勝手なセリスだが、美点を上げるとすれば、素直なところだろう。

 およそ隠し事をしようとは考えもしない。

 勝負を挑みながらも、助けてもらったことへの感謝も抱いている。

 スピアたちとの別れに寂しさを覚えているのも、間違いのない本心だった。


「もうちょっとゆっくりしてっても構いませんよ?」


「ふふっ、厚意は嬉しいですわ。ですが花の命は短いもの。わたくしには腰を落ち着けている暇はありませんの」


 優雅にスカートを翻して、セリスは流れるような所作で一礼する。

 吹雪が止んだ以上、すぐに出発すると以前から決めていた。

 セリスは真っ直ぐに王都へ向かう予定だ。

 スピアたちは衛星都市のひとつを目指すので、ここで別れとなる。


 それに、気軽に同行しようと誘える旅でもない。

 王国の一大事に関わっているのだから。


「貴方たちも、いずれ王都へ向かうのですわよね? その前に露払いをして差し上げますわ」


「露払い、ですか?」


「あの神官たちも言っていたでしょう? いまこの国は、王の乱心によってあちこちが大変だそうですわ」


 だから、とセリスは得意気に口元を吊り上げる。


「わたくしが救ってやるのですわ! この国を! 苦しむ人々を! そして永劫に語り継がれる伝説の如く、スタンピート流舞闘術の名を大陸の隅々まで響き渡らせるのです!」


 高らかな宣言が、雪原に響き渡った。

 これにはスピアも目をぱちくりさせるばかりだ。

 呆気に取られて立ち尽くしてしまう。


「救う、だと……? まさか貴様、王城に乗り込むつもりか!?」


 真っ先に立ち直ったのはエキュリアだった。

 伊達に誰かさんから驚かされてばかりではない。


「ふふっ、乗り込みはするかも知れませんわね。ですが、貴方の考えているように、王を弑するようなつもりはありませんわ」


「……ならば、何をするつもりだ?」


「決まっているでしょう! わたくしの舞いで魅了してやるのですわ!」


 常人には理解し難い言葉だった。

 けれどセリスは当然のように述べて、またくるりと身を翻す。


「相手を殺さず、魅了し、屈服させる美しさこそスタンピート流舞闘術の真骨頂ですの。たとえ暴君であろうと、わたくしの舞いで改心させてみせますわ」


 スピアたちへ背を向けると、セリスは軽やかに跳躍した。

 柔らかな新雪を光粒のように躍らせながら、真っ直ぐに駆け出す。


「では参りますわよ、ゴンザレス!」


 静かに控えていた執事も一礼して、後に続く。

 雪原を突っ切っていく二人を見送ってから、スピアたちは曖昧な笑みを浮かべた。


「やっぱり騒々しい人たちでした」


「悪い連中ではないのだがな。あの無茶っぷりは、ある意味ではおまえ以上だ」


「むぅ。わたしは無茶なんてしてませんよ」


「どの口が言うか!?」


 声を荒げたエキュリアは、スピアの頬っぺたを摘み上げる。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を横目に、セフィーナはくすりと笑みを零した。


「でも、あの真っ直ぐさは素敵ですね。どれだけの困難があろうとも乗り越えようとする……わたくしも見習いたいくらいです」


「確かに真っ直ぐではありますが……しかし、あれを見習うのはどうかと」


「そうです。わたしの方が真っ直ぐで素直です」


「妙なところで張り合うな!」


 セリスが去っても、騒がしい旅になるのは変わりそうもない。

 スピアたちも、しばらく天候の様子を見てから、午後には出発する予定だった。


 もう空にはトマホークが舞っている。

 サラブレッドが引く馬車も、シロガネが整備してくれているところだ。


「エミルディットちゃん、そろそろ小屋に戻るよ」


「あ、はい。でも、えっと……」


 戸惑いながら、エミルディットは前後に首を回す。

 幼い視線の先では、二羽の雪ウサギが仲良くニンジンに齧りついていた。

 ただし、エミルディットの手は届きそうにない。


「ぷるるん、あとでエミルディットちゃんにも撫でさせてあげて」


 ぷるっ!、と黄金色の塊が震えて答える。

 その上で、雪ウサギも呑気に丸まっていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] シロガネさんのリスクマネジメントは安心できる。いや本人は大まじめに信者を増やしているだけなんだろうけれど。
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