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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第四章 たった一人の親衛隊長編Ⅱ(ダンジョンマスターvs魔将王)
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踊り子、再び

 吹雪の中、小屋を訪れてきたのは一組の男女だった。

 男女と言っても色めいた関係性は皆無だろう。

 壮年の男は厳しい顔をしていて、背筋をピンと伸ばしている。

 寡黙で、控えめで、スピアから言わせると「セバスチャン」だ。


 もう一方の少女は、対照的に派手な格好をしている。

 艶めかしいドレスを纏って、吹雪に見舞われていたというのに、素肌のきわどい部分を惜しみもなく晒している。

 一歩間違えれば凍えて氷像となっていたはずだ。

 だというのに、琥珀色の瞳には力強い輝きが宿っている。

 ノックの後、第一声もかなり挑戦的だった。


「たのもー、ですわ!」


 すっかり冷えきった蒼白い顔色をしながらも、鋭い口調を放った。


「わたくしはスタンピート流舞闘術総帥にして、紅銀の炎舞(スカーレットフレイム)、って……?」


「あれ? セリスティアさん、ですよね?」


 相手をまじまじと見つめながら、スピアは首を傾げる。

 そうして、ぽんと手を叩いた。


「やっぱり。これだけ印象的な痴女さんは二人といません」


「ち、痴女って言うなですわ!」


 セリスは抗議の声を上げる。蒼白い顔のまま。

 吹雪の中、ほとんど半裸の姿で長い距離を歩いてきた様子だ。

 本来なら指一本も動かせないほど疲弊しているのだろう。


 それでも力強い眼差しを見せるのは意地か、誇りか。

 いずれにしても、以前にセイラールの街で対峙した時と同じく、勢い任せで傲慢な態度は変わっていない。


「そうですわ! 貴方がいるということは……」


 ぎこちない動作で首を回して、セリスは一点でその視線を止めた。


「やはり居ましたわね! わたくしの宿敵、『金輝』のエキュリア!」


「待て! なんだその異名は!? それとおまえの宿敵になった覚えはない!」


 エキュリアはそっとソファの陰に身を隠そうとしていた。

 けれど見つかった以上は仕方がない。声を荒げて反論する。

 もっとも、そんな反論に耳を貸すセリスではなかった。


「ふっ、ここで会ったのも運命ですわ。いまこそ決着をつけろと、舞踊の神ティルトワールが望んでおられるのです!」


「いや、決着っておまえは……」


「さあ、勝負ですわ! わたくしが勝ったら、吹雪がおさまるまでの寝床と食事をいただきますわよ!」


 びしぃっ!、とセリスはエキュリアを指差す。

 その瞳は自分の勝利を微塵も疑っていない。

 だが―――、


「……戦うどころの有り様ではないだろうが」


 吹雪の中にいたのだ。半裸で。ほとんど痴女みたいな格好で。

 いまのセリスは、所謂、お姫様抱っこをされている。

 ぐったりとして、執事に抱きかかえられていた。






 敵からの施しは受けない。

 舞闘者として、みっともない姿を見せられない―――。

 そんな身勝手な理屈を述べて、セリスは治療を受けようとしなかった。


「すべてを勝ち取るのがスタンピート流舞闘術の……ふぼぁっ!?」


 喚き立てようとした口に、異臭を放つ小瓶が突っ込まれる。

 スピア特製の超激マズ治療薬だ。

 執事に抱えられたままのセリスでは、抵抗など出来はしない。

 吐き出そうとしても、スピアの手でしっかりと顎を押さえつけられていた。


「これで凍傷も治るはずです」


「やりたいことは分かるが、強引すぎるのではないか?」


 エキュリアは鼻を摘みながら、同情の視線をセリスへ向ける。

 その薬を、エキュリアは飲んだことがない。

 でもどれだけ不味いのかは、匂いだけでも察せられた。


「ぐぉえぅ……この屈辱と治療への感謝は、必ずやお返ししますわよ……」


 恨みとお礼を同時に述べるという器用な真似をして、セリスはひとまず大人しくなった。

 すぐに治療薬の効果が表れて顔色も良くなってくる。


「えっと……部屋を整えた方がよいでしょうか?」


 それまで呆気に取られていたエミルディットが、おずおずと提案する。

 スピアも異論はなく、頷こうとした。


「ひ、必要ありませんわ!」


 反対の声はセリスから上がった。

 執事の腕から降りると、胸を逸らし、綺麗な曲線を描いて立つ。


「治療薬は甘んじて受け入れましたわ。ですが、これ以上の施しは……」


 ぐきゅる、と。

 セリスのお腹から大きな音が鳴った。

 一気に場が静まる。

 しんしんと雪の降る微かな音だけが、木造りの壁越しに響いてきた。


「……ちょっと早いですけど、お昼御飯にしましょう」


「う、うむ、そうだな。私もちょうど空腹を覚えてきたところだー」


 スピアだってちょっとした気遣いくらいはできる。

 エキュリアもわざとらしい棒読みで返して同意する。

 それでもセリスは、耳まで真っ赤に染めながらも、また抗弁しようとした。


「わ、わたくしは、べつに……」


 施しは受けない。お腹だって空いてない。

 そう意地を張ろうとしたのだろう。

 そこまでセリスを強情にさせるものは何なのか?

 スピアも興味を覚えないでもなかった。


 だけどまあ、わざわざ訊ねようと思うほどではない。

 どうせ大した理由じゃない気もしたし。

 それに、たとえその理由を聞いてもスピアの行動は変わらなかっただろう。


「ご飯を食べるのに理屈は要りません!」


「なっ……!」


 自信たっぷりにスピアが言い放つと、セリスは絶句する。

 しばし子供っぽい眼差しと見つめ合ってから、がっくりと膝をついた。

 両手も床について項垂れる。


「……一瞬、納得してしまいましたわ。これは紛れもなく心を揺さぶる技法……詩人というのも侮れませんわね……」


「いや、スピアは詩人という訳では……」


「今回だけは負けを認めますわ。ですが、直接に心へ感動を叩き込むのは舞踊にこそ相応しい技! それと合わさった舞闘術こそ最強! 次はありませんわよ!」


 なにやら常人には理解し難い台詞だった。

 けれどセリスは納得しきった顔をして、大人しく席に着く。


 ひとまずは喧嘩をするつもりもなくなったらしい。

 そんな様子を見て、スピアはそっとエキュリアへ囁いた。


「変わったお友達ですね」


「待て、あんなのと友人になった覚えはないぞ。むしろおまえの方が馴染んでいるのではないか?」


「でも、宿敵だって言ってましたよ。つまりはお友達ですよね?」


「どういう理屈だ!?」


 怒鳴るエキュリアに、スピアは不思議そうに首を捻る。

 これはもう毎度の光景だ。けれど―――、


「ゴンザレス、貴方も休ませてもらいなさい」


「え……!?」


 セリスが放った言葉を聞いて、スピアは目を見開いた。

 そこにあったのは驚愕と、当然の疑問。


「セバスチャンじゃないんですか!?」


「はぁ? なにを仰いますの? 執事と言えば、ゴンザレスと決まっていますわよ」


「む、それは納得できません」


 スピアは唇を尖らせて反論する。

 これまでにないほど真剣な眼差しで、セリスと睨み合いを始めた。


「その人の名前はともかく、執事と言えばセバスチャン。これは真理です」


「ふっ、どうやら物を知らないようですわね。神々の時代から執事と言えばゴンザレスであったと、多くの記述が遺されていますわよ?」


「たとえそうでも、人の魂はセバスチャンを求めるはずです!」


「世界が滅びようともゴンザレスは失われず。この言葉こそが絶対ですわ!」


 どちらもまったく退く気配を見せない。

 これでもかと眉根を寄せて、二人は討論を重ねていく。

 もっとも、熱くなっているのは二人だけだったが。


「あの、エキュリア様……止めなくてよいのでしょうか? ものすごくどうでもいい議論な気がするのですが……」


「ええ。私もそう思うのですが……」


 エキュリアは額に手を当てて溜め息を落とす。

 結局、昼食の支度が終わるまで、熱い執事議論は交わされ続けた。







 突っ走るスピアは誰にも止められない―――なんてこともなかった。

 小さな最終兵器が投入されたから。


「―――そもそも職業に相応しい名前という考えが非常識なんです。どんな名前であっても一生懸命に仕事をする、そういった姿勢こそ大切です。それに名前には、付けてくれた人の想いだって込められているんですよ。その想いを無視して、響きだけで良いとか悪いとか、傲慢だと思わないんですか!?」


 エミルディットが眉を吊り上げて、つらつらとお説教を述べる。

 お説教される側のスピアは、ソファの上で正座をしていた。

 セリスも同じように小さくなっていた、が、


「ですが、ゴンザレスは元々の名前で―――」


「黙ってください。同じこと、さっきも言いましたよ? まずは黙って話を聞いてくださいって。セリスさんも頷きましたよね? まさか忘れた訳ではないでしょう。それとも黙って話を聞くっていう、子供でも出来ることが無理なんですか? だいたい流儀だかなんだか知りませんが、すべてを勝ち取るってどういう了見ですか。貴方は山賊ですか? 盗賊ですか? 流儀だからって言えばなにもかも許されると思ったら大間違いですよ。大人だったらもっと考えて行動してください。その頭は綺麗な髪を乗せるためだけの飾りですか? 違うと言うなら―――」


 反論しようとした途端、セリスは何倍もの言葉の波で押し流された。

 そのまま延々とお説教が続く。

 セフィーナが止める頃には、セリスは心を抉られまくって燃え尽きた灰のようになっていた。


「えっと……そろそろ食事にしましょうか」


「はい、姫様。今日のスープは上手にできたんですよ」


 鬼のような迫力は綺麗に消え失せて、エミルディットは可愛らしく微笑む。

 そうして上機嫌で食事を並べていった。

 スピアもソファに座り直すと、痺れた足をほぐしながらほっと息を吐く。


「酷い目に遭いました」


「自業自得ではないか。これに懲りたら、少しはエミルディットを見習うんだな」


「見習うより、見習ってもらえるようになります」


 自信たっぷりの笑みを見せてから、スピアは向かいの席へ手を伸ばした。

 細い指先で頬を突つく。

 真っ白な灰になっていたセリスが、ピクリと肩を揺らして反応した。


「はっ……!? 幼女に鼻で笑われた気がしましたわ」


「気のせいです。そんなエミルディットちゃんはいません」


「そ、そうですわよね。蔑みの眼差しで見下ろしてくる子供なんて、いるはずがありませんわ」


 冷や汗混じりの笑みを浮かべながら、セリスは胸を撫で下ろす。

 でもエミルディットを避けるように視線を泳がせていた。


 ともあれ、場は静かになって食事が始まる。

 朝の内からエミルディットが仕込んでいたクリームシチューは、野菜までしっかりと煮込まれている。香草がピリリと一味を加えて、こってりとした旨味を引き立てていた。

 一緒に並べられたパンは、ひよこ村で焼かれたものだ。

 ふわふわの食感と仄かな甘味もあって、セリスなどは目を見張っていた。


「ところで……いや、最初に訊ねるべきだったのだが」


 食事を進めながら、エキュリアが話を切り出した。


「何故、こんな場所にいたのだ? 吹雪で立ち往生していたにしても、ここは街道からも離れているだろう?」


「あら、わたくしの冒険譚が聞きたいのですわね? でしたら踊りを混じえて……」


「そういうのは要りません! 手短にまとめてください!」


「……はい」


 エミルディットに睨まれて、セリスはしゅんと肩を落とす。

 シチューを一口啜ってから、ぽつぽつと語り出した。


 北の海を越えた先にあるインバルシア王国からやって来たとか。

 東のゼラン帝国を目指しているとか。

 セイラールの街を出た後、数々の魔物を打ち倒してきたとか―――。


「ちっともまとまってないですよ!」


「す、少しくらい語ってもよいではありませんか」


 ほとんど涙目になって訴える。

 そうしてセリスは、ひとつ咳払いをすると、ようやく本題へと入った。


「最初は隊商とともにベルトゥームの王都を目指していましたの。ですが、途中で魔物に襲われまして……まあ、わたくしの敵ではありませんでしたけどね。次々と襲い来る氷狐エイクフォッカーどもを華麗に蹴散らし……」


「また話がズレてますよー」


「ぅ……と、ともかく魔物は倒しましたの。ですが他の方々は先に行ってしまって、荷物も大半は馬車に預けてあったので難儀させられましたわ」


 身ひとつで荒野に投げ出されるなど、絶望的な状況だ。

 ちょっと体を鍛えた冒険者程度では、一晩と無事でいられないだろう。

 数日、旅を続けられただけでも大したものだと言える。

 そんなセリスでも、やはり吹雪には抗いきれなかった。


「雪の洞を作ろうかと考えていた時に、灯りが見えましたの。それでこの小屋へやって来たという訳ですわ」


 ふぅっと息を吐いて、セリスは温くなったお茶を口へ運ぶ。

 話をしている間に、食事は綺麗に片付けられていた。


「大変でしたねえ」


「ええ、まったく。ですがこういった困難も、いずれ掴む栄光の色付けとなるのですわ。商隊を救った麗しい英雄として、貴方が詠っても構いませんわよ?」


 セリスは派手にスカートを揺らし、足を組みなおす。

 舞いの最後に見せるような優美なポーズも決めてみせた。

 スピアは素直に手を叩いて賞讃を送る。


「さすがは踊り子さんですね。綺麗です」


「それはいいが……いつの間にか、詩人にされているぞ?」


「吟遊詩人ですか。竪琴の練習でもしましょうか」


 のほほんと述べながら、スピアは窓の外へ目を向けた。

 まだ吹雪は当分止みそうにない。

 つまりは、暇なのだ。

 そういった意味では、セリスが訪れたのは幸運だったのかも知れない。


「あ、でもその前に部屋の支度をしないといけませんね」


「そうだな。さすがに追い出すのも忍びない。部屋はひとつ余っていたが……ベッドなどは用意していなかったか」


「ついでですし、部屋を増やしてもいいかも知れません」


「吹雪が長くなる可能性はあるな。しかし増築するというのは……」


 言葉を止めると、エキュリアは渋い顔をして眉根を押さえる。

 そんな様子に、スピアはこてりと首を傾げた。


「どうかしましたか?」


「いや、今更だが、この奇妙な野営にも慣れてしまったと思ってな……」


 やれやれと頭を振って、エキュリアは顔を上げる。

 非常識を嘆いても、助かっている事実は認めざるを得ない。

 この吹雪の中、天幕だけでの野営など、エキュリアだって避けたいところだった。


「ともあれ、わざわざ部屋を増やす必要はないだろう。この小屋でも贅沢なほどなのだからな。それに、また客人が増えるといったこともあるまい」


「そうですね。ちょっと手を加える程度にしましょうか」


 至極真っ当な意見に、スピアも素直に頷く。

 だけど―――部屋へ向かおうと席を立ったところで、ふと首を捻った。


「……ひょっとして、またフラグを立てましたか?」


「ん? 何の話だ?」


 エキュリアも首を捻る。

 この日は、騒がしい客こそ訪れたものの、ひとまず平穏に過ぎていった。

 けれど翌日―――、


 百名以上もの人間が、助けを求めて小屋へと押し寄せてきた。



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