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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第四章 たった一人の親衛隊長編Ⅱ(ダンジョンマスターvs魔将王)
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吹雪からのプロローグ


 白一色。

 窓から窺える景色に、スピアはむぅっと唇を捻じ曲げた。


「今日も足止めですねえ」


「仕方あるまい。自然には逆らえんからな」


 ソファに腰掛けたエキュリアが肩をすくめる。

 暖炉が灯された居間で、セフィーナとエミルディットも席を囲んでいた。


「一刻も早く王都へ向かいたい気持ちはあります。ですが、計画を見つめなおすには良い機会かも知れません」


「はい、姫様。ここは今一度、慎重になられるべきかと」


 吹雪によって、スピアたちは足止めをされていた。

 数歩先も見えないような猛吹雪だ。

 馬車だってまともに進めない。外に出れば、確実に道を失って凍えてしまう。


 ぷるるんでさえ暖炉の脇に転がって大人しくしている。

 居間の傍らには止まり木が置かれて、トマホークも翼を休めている。

 外にはサラブレッド用の馬小屋も併設されて、魔物対策も兼ねた簡素な囲いまで築かれていた。


「冬にしては暖かい方だったのに、急に厳しくなりましたね」


「氷雪の古龍が動き出すからという話もあるが……スピアの故郷は違うのか?」


「龍なんていません」


「いや龍ではなくて、季節の移ろい方の話だ」


「まあ、暖冬だと思ったらいきなり大雪って時もありましたけど……」


 冬にはきまって猛吹雪が訪れる時期がある。

 ベルトゥーム王国というよりも、この地域では毎年恒例の出来事だ。

 数日で治まることもあれば、一ヶ月以上も続いた年もあったという。


「ここまでの吹雪は初めてです。スキーやスノボで遊ぶ余裕もなさそうですね」


 ぼんやりと述べて、スピアはソファへ腰を下ろした。

 またエキュリアの知らない単語が出てきたが―――、

 それを問う前に、スピアが『倉庫』から紙と筆を取り出す。

 さらさらと描き出されたのは、王国とその周辺の大雑把な地図だ。


「フランスとドイツを半分ずつ合わせたような形なんですよね。東の帝国がロシアで……あ、その前にポーランドが入るんだったかな?」


「その“ふらんす”とやらは知らぬが……なかなかに分かり易い地図だな」


 エキュリアは腕組みをして地図を見つめる。

 スピアたちがいま留まっているのは、王都から南西方向にある森の入り口だ。

 すでにワイズバーン領を抜けて、王国直轄領に入っている。


 しかし王都までは馬車でも十日以上は掛かるだろう。

 その間には小さな街もある。近くには街道も通っていて、南へ向かえば他領地を抜けてセイラール領にも辿り着ける。


「わたしたちは……うん、金色にしましょう」


 スピアの手に、チェスで使うような駒が現れた。

 ただし、その言葉通りに金色で、ぷるぷるのお饅頭型の塊が王冠を被っている。

 それを、自分たちの居る位置へと置く。


「何故ぷるるんを……いや、まあ細かいことはよいか」


「可愛らしいですね」


 横から、セフィーナが覗き込んできた。

 ぷるぷるの駒を細い指先で突つく。

 暖炉の脇で、大きな黄金塊もぷるっと揺れていた。


「あとは、黒と白でいいですよね」


 王都と、西方に離れたクリムゾン領にそれぞれの駒を置く。

 そうしてスピアは難しい顔をして腕組みをした。


「とりあえず、分かり易くしてみましたけど」


 こてり、と首を傾げる。


「なにから考えていきましょう?」


「ああ、そんなことだろうと思ったがな!」


 エキュリアが頬を歪めて、セフィーナとエミルディットは苦笑いを零す。

 思いつきでスピアが行動するのは、もはやいつものことだった。


「まず我々の目的は『聖城核』だが……」


 黒のキングを、エキュリアが指先で叩く。


「真正面から王城へ乗り込む訳にもいかん。当然に警戒をされているだろうからな」


「近衛騎士とか、軍とか、待ち構えてるんですね」


 スピアが新たに黒い駒を並べる。

 今度は騎士ナイトを象った物が十個ほど、黒のキングを囲んだ。


「数は黒の方が上ですね」


「まあ仕方あるまい。我らは四人しか……」


「でも実は、金のキングは十回行動ができて範囲攻撃も持ってます」


 スピアの摘んだ駒が、どーんと、黒のナイトたちを一気に蹴散らした。


「妙な対抗心を出すな!」


 遊びじゃないんだ、とエキュリアが眉を吊り上げる。

 怒られたスピアは駒を並べ直した。

 ついでに、白のナイトも十個ほど新たに追加する。


「西の連合です。こっちの戦力も同じくらいなんですよね?」


「予測ではそうだな。だが問題は……」


「やっぱり『聖城核』による守りですね」


 黒のキングの側に、城を表す駒が追加される。

 四人の視線がそこへ注がれた。

 スピアがいま述べた通りに、やはり鍵となるのは『聖城核』だ。


「わたくしがもっと慎重になって、本物を手に入れていれば事態は違ったのですが……」


 セフィーナが持ち出した『聖城核』は偽物だった―――、

 それはスピアが指摘しただけだが、もう事実として受け入れられていた。

 とはいえ、いまはさほど落ち込んでいないのも、また事実だ。


「ですが、姫様の判断が間違っていたとは思えません。それに……」


「ええ、後悔はしておりません。城を出たおかげで、スピアさんとも出会えました。それにまだ、兄を説得できる可能性もあるのですから」


 柔らかく微笑みながら、セフィーナは地図上の駒を見つめた。

 王族らしく静かな表情を保っている。

 けれど金色の瞳には、鋭い輝きも宿っていた。


「本格的な内乱となれば、大勢が犠牲になるでしょうね。戦力が拮抗しているならば尚更に……そんな事態は避けなければなりません」


 白い指先を伸ばして、セフィーナは黒のキャッスルを手に取る。

 コトリと音を立て、金のキングと並べた。


「こちらが『聖城核』を得られれば、無血で戦いを終わらせる芽も出てくるはずです。スピアさん、エキュリア様、そしてエミルディット。皆の力を貸してくださいませ」


 セフィーナが姿勢を正して、深々と頭を下げる。

 簡素な木造りの居間なのに、まるで王宮の一室のように空気が張り詰めていた。


 エミルディットはぱちくりと瞬きを繰り返す。

 だけどすぐに、「は、はい!」と元気良く頷いて拳を握った。

 エキュリアも静かに一礼して同意を示す。

 そして、スピアも―――、


「今更です」


 にんまりと頬を緩めて、涼やかな返答をする。


「わたしは親衛隊長で、セフィーナさんの友達ですよ。頼られたら断りません」


 王族に対して友達というのはどうなのか?

 エキュリアは、そう言いたげに眉根を寄せた。

 でも今回ばかりは仕方ないかと、黙って肩をすくめるだけに留める。

 セフィーナが嬉しそうに微笑んでいる以上、文句を言うのはさすがに無粋だった。


「それで殿下、今後の計画なのですが……」


「はい。まずは王都南にある衛星都市を目指そうと考えております。王都の警備は厳しいでしょうから、その街から……」


「あ、待ってください」


 話を遮って、スピアが声を上げた。

 だけどその視線は、何もない空中を彷徨っている。

 ぼんやりと空想でもしている子供みたいだ。

 セフィーナやエミルディットは首を捻ったが、エキュリアはなんとなく事情を察した。


「どうした? 何かを見つけたのか?」


「はい。この小屋に近づいてくる人がいます」


 吹雪の中での客人。

 皆が揃って身を強張らせる。

 そうそう有り得ない事態に、警戒心を抱くのは当然だった。

 ただし、スピアだけは少々方向が違っていたが。


「どうしましょう?」


「そうだな。ひとまず相手が何者か分からなくては……」


「もしも名探偵とかだったら惨劇確実です」


「何の心配をしている!?」


 などと言っている内に、雪を踏む足音が近づいてくる。

 荒々しく、ノックの音が響いた。



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