幕間 エキュリアの旅日記 ひよこ村風味
旅は順調に進んでいる。
私もサラブレッドの騎乗に慣れてきたし、馬車が加わってさらに楽になった。
問題があるとすれば、全体的に普通じゃないという点か。
キングプルンがいる。しかも、喋る。
雷撃を放つ鷹がいる。六魔将の配下を倒すほどに強力だ。
翼と角が生えた駿馬がいる。天馬なのか一角獣なのか、はっきりして欲しい。
毎晩、小屋に泊まれるというのも、野営の常識が覆りそうだ。
まあ、つまりは。
だいたいスピアが原因だ。
実害は無いので、文句どころか感謝しなくてはいけないところが始末に負えない。
この手記も、たとえ公開してもどれだけの人間が信じてくれるのやら。
他にも問題はいくつかあるが―――、
今日は、夕食を取った後、スピアが珍しく難しい顔をしていた。
「名前が決まりません」
話の切り出しが唐突なのも、もう慣れたものだ。
まずは、ひとつずつ確認をしていく。
「いったい何の名前だ?」
「シロガネシリーズです。新しい妹を増やそうかと。今度は執事タイプにするのも考えたんですけど、ひとまず置いておきます」
「そうか。確認するべき項目が増えたな」
シロガネシリーズとは何なのか? 妹とはどういうことか?
そもそも、そんな簡単に増やせるものなのか?
だいたい奉仕人形というのは―――、
スピア風に言うならば、ツッコミ処満載、というやつだろう。
しかし、聞き流すのもよろしくない。
突拍子がなく、ふざけているようでも、スピアの言動は意外と真っ当だったりもする。だからこそ性質が悪いとも言えるのだが。
「あの……シロガネさんに妹が生まれるのですか?」
横にいたセフィーナ様が興味ありげに目を輝かせる。
そういえば、説明をしていなかった。
だが、こういった誤解を訂正するのも、あまり良くない気もする。
常識の壁を、またひとつ壊してしまうのだから。
「ええとですね、殿下……シロガネは人間ではないそうなのです。スピアは奉仕人形と呼んでおりまして、どうやら魔導人形の一種ではないかと……」
返ってきたのは、幾度も瞬きを繰り返す驚きの表情。
初めて聞かされた時は、私もこんな顔をしていたのだろう。
「えっと……人間にしか見えなかったのですけど、本当なのですか? “魔導国”には人間そっくりの魔導人形もあるとは聞いておりますけど……」
「まあ本人が認めておりますし。眠らずに働いているようでもありますから……」
シロガネたちが本当に人形なのか?
実のところ、私だって確証は得ていない。
まさか解剖して中身を見せてもらう訳にもいかないからな。
けれど、スピアの言葉なので信じられる……というのも評価しすぎか?
「首を百八〇度回すくらいはできますけど?」
「いや、そこまでしてもらわなくても……それよりも、奉仕人形を増やすという話だったな。気軽にできることなのか?」
「いまは魔力に余裕がありますから」
ワイズバーン侯爵の軍勢からちょこっと貰ってきた―――、
先日、スピアはそんなことを言っていた。
スピアは頻繁に『魔力』という言葉を使う。
しかしどうやら、一般的な『魔力』と違った意味も含んでいるようだ。
例えるなら……財貨のように、溜め込めるものとして扱っているきらいがある。
それに、他者からの吸収も可能なようだ。
良質な魔石を揃えれば、いくつか条件はあっても出来ないことではない。
けれどスピアは、個人でそういった魔力の扱いを行える様子だ。
普通ならば有り得ない話だ。
だがそう考えると、これまで起こした数々の不思議現象も納得できなくもない。
特異な体質なのか? それとも、特別な技を使っているのか?
もしかしたら、彼女が攫われた理由がそれなのかも知れない。
やはり一度、腰を据えて話をしておきたい。
とはいえ、そうして話をしようとする都度、新しい問題が起こる。
「ひよこ村の仕事が、なかなか大変みたいなんですよね」
「む……また事件でも起こったのか?」
一応は、我が領地内にある村だ。
スピアは村長でもあるのだし、相談があると言うのなら無視はできない。
「基本的には順調です。住んでるみなさんも元気ですし、家族が移り住んできたりもしてます。冬篭りの支度も整ってますし……」
「ふむ……今後を見据えると人手が欲しい、ということか?」
好き勝手しているようで、先々を考えてもいる。
これもまたスピアの不思議なところだ。
口に出すつもりはないが、私が見習うべきところもあるのだろう。
「そうなんですよね。シロガネには村の管理と、ユニちゃんの付き添いをしてもらってるのに、いきなり呼び出す時もあります。クロガネは人魚村との取引担当ですし、アカガネが村管理の補佐役なんですけど、忙しすぎるんじゃないかと」
聞けば、実に真っ当な判断だ。
セフィーナ様やエミルディットがまた驚いた顔をしていた。
いつもこれくらい真面目でいてくれれば、私の苦労も減るのだが―――、
「ってことで、出でよ、オモイカネ! そしてクマガネ!」
「悩みは何処に行ったぁっ!?」
スピアが床に手をつくと魔法陣が浮かび上がる。
これまでも幾度か見た、複雑な紋様の輝きが辺りを照らした。
その輝きの中から、ふたつの人影が現れる。
真っ直ぐに背筋を伸ばしてメイド服を着ていて、とても整った顔立ちをしている。
眼差しが冷ややか、という点もシロガネと同じ。
一方は、長い黒髪を頭の後ろで編んで垂らしている。
眼鏡を掛けていて、切れ長の鋭利な眼差しが印象的だ。
外見を素直に受け止めるならば、理知的な女性と言えるだろう。
もう一方も黒髪だが、こちらは短めに整えられている。
特徴的なものは二つ。
人を丸ごと叩き潰せそうな巨大ハンマーを片手で携えている。
怪力なのか? その力が発揮されるのを、見たいような見たくないような。
それと、頭の上で丸っこいものがピクピクと揺れていた。
「その耳は……獣人なのか?」
「名前の通り、熊タイプにしてみました」
まともな部分に感心していたら、これだ。
説明が欲しいところだが、根気良く問い質すしかない。
ともあれ、奉仕人形であるのは間違いないらしい。
「はじめまして、オモイカネと申します。ひよこ村の管理補佐及び、庶務雑務を担当させていただきます」
「がぅ」
頼りになりそうな人材が加わった、と喜んでいいのだろうか。
それとも、また妙な問題が増えたと頭を抱えるべきなのか。
などと私が戸惑っている内に、二人は『倉庫』を通ってひよこ村へ向かっていた。
「これで一安心です」
「私はまたひとつ悩みが増えたがな!」
怒鳴っても、スピアは不思議そうに首を傾げるばかりだ。
くっ、腹立たしい。コイツには常識を教え込む必要がある。
やはり一度、徹底的に話し合う場を設けなくてはならないようだ。
明日も更新します。