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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
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エピローグ 後編

 白く輝くベルトゥーム王城。

 その端にあるひとつの塔を、国王ロマディウスは訪れていた。

 二重の扉を抜けて部屋へと踏み入る。

 薄暗い空間を眺めて、ロマディウスは不機嫌そうに眉を揺らした。


「相変わらず、趣味の悪い部屋だ」


 ただ暗いだけではない。

 壁際に置かれた棚には、いくつもの大きな瓶が並んでいる。


 問題はその瓶の中身で、見ただけでも吐き気を催すような、奇怪な生命体ばかりが収められていた。

 液体の中で微動だにせず、時折呼吸だけをして泡を吹き出す生物がいる。

 あるいは生命としての“部品”のみで、おぞましく脈動しているものもある。


 いずれにしても冒涜的だ。

 多少でも良識を持つ人間ならば、神へ救いを求めたくなる光景だろう。

 そんな部屋の中心に、黒い肌をした一人の男がいた。


「貴様が与えた部屋ではないか。そちらこそ、相変わらずの横暴ぶりだ」


 細身だが、引き締まった体付きと言えるだろう。

 椅子に腰掛けていても、動作のひとつひとつに隙がない。少しでも魔術の心得がある者ならば、男が内包している魔力量に驚愕するはずだ。金色の瞳には、なにもかもを見透かすような理知的な光も宿っている。


 六魔将の一人、グルディンバーグ―――、

 人類の天敵とも言える男だ。

 けれど対峙するロマディウスは、相手を敵だとも思っていない。


「横暴、か」


 嘲笑混じりに呟いて、ロマディウスは口元を吊り上げる。


「当然だろう。おまえは俺の駒だ。横暴に振る舞ってなにが悪い?」


 はっきりと見下した言葉だ。

 グルディンバーグは歯噛みするが、反論はしない。

 言っても無駄だと、逆らっても殺されるだけだと、痛いほどに理解していた。


「安心しろ。おまえの命と、最低限の名誉は守ってやる。配下の魔族が出入りしようとも、何も言うつもりはない」


「……有り難い話だ。人類の敵を生かしておいてくれるとはな」


「だが、レイセスフィーナに関われば別だ」


 嘲笑混じりだった声が、途端に冷ややかなものへと変わった。

 部屋全体の空気が凍えるほどに白く染まる。

 事実、グルディンバーグには自分の吐く息も白くなるのが見えていた。


「あれは俺の弱点ではない。宝だ。手を出す者はけっして許さん」


「っ……心得ている」


 吐く息だけでなく、グルディンバーグの手足の先も白く凍りつき始めていた。

 抵抗しようと魔術を発動しても、構わず氷結は進んでいく。

 膝と肘まで凍ったところで、その進行はピタリと止まった。


「大方、『聖城核』に興味を持ったのだろう? 持ち出された偽物からの反応が増えたのは、確かに予想外だった。しかしレイセスフィーナが何かをしたはずもない。古代の遺物どころか、まともな魔術ひとつ扱うのが精一杯だ」


 蒼褪めた顔をするグルディンバーグに、ロマディウスは愉しげな笑みを向ける。


「とはいえ、守られる才はある。頼りになる研究者か、魔術師か、そういった者から力を借りたのだろう……まあどちらにせよ、驚愕であるのは違いないか。古代の技術を摸倣できる者に、貴様が興味を抱いたのも理解してやろう」


 『聖城核』の反応が増えたと知って、グルディンバーグは追っ手を差し向けた。

 つまりは、セフィーナが魔族に狙われた原因は―――。

 もしもスピアが聞いたら、そっと目を逸らしただろう。

 そしてエキュリアが怒鳴ったはずだ。おまえが原因か!、と。


「今回は見逃してやる。だが、次はないぞ」


 言いながら、ロマディウスは軽く手を振る。

 途端に白く染まっていた空気が消えた。

 室内に温度が戻り、グルディンバーグの体も元通りとなる。

 凍っていた部分も、それが嘘だったかのように血色を取り戻していた。


「おまえの知恵と力は役に立つ。その間は生かしておいてやる。レイセスフィーナに力を貸した者も、好きにするといい」


「……有り難い話だ。何をしようと、貴様の掌の上ということか」


「どうかな……そうだな、神の思し召しのままに、といったところか」


 ロマディウスは皮肉げな笑声を零す。

 伏せた顔に手を当てて、小刻みに肩を揺らした。

 その手の隙間から微かな光が漏れている。

 薄暗い空間の中で、神々しい輝きはとりわけ目立っていた。


「ふん……貴様らの神など、いずれはすべて滅ぼされる。その時になって、精々後悔するがいい」


 いまのグルディンバーグには、そうやって毒づくのが精一杯の反抗だ。

 少しでも信仰を揺るがせれば『使徒』としての力も衰えるのでは、といった思惑も混じっている。


 しかしロマディウスは急に表情を消した。

 きょとんとした様子で、グルディンバーグの顔をまじまじと見つめる。

 ややあって、また声を上げて笑い出した。


「な、なにがおかしい!?」


 グルディンバーグは声を荒げる。

 人間に敗北し、下に見られる。それだけでも魔族として耐え難い屈辱だった。

 さらに不可解な理由で馬鹿にされるというのも、魔導研究者でもあるグルディンバーグには我慢ならなかった。


「いや、おまえを嘲ったのではない。その反応は正しいものだ。そうだ……これでも俺は、神からの寵愛を受けた『使徒』なのだからな」


 見開かれたロマディウスの右眼では、『聖痕』が輝いていた。

 しかし同時に、その瞳には複雑な感情も滲んでいる。


 いったい何を抱えているのか―――、

 そう眉根を寄せたグルディンバーグだが、侮蔑する人間の感情など読み取れるはずもなかった。


「おまえの生命があるのも神の情けによるものだ。忍耐と栄達の神ファルジエールに誓って、俺に逆らわぬ限りは生かしておいてやろう」


 一方的に述べると、ロマディウスは部屋の出口へ足を向けた。


「次の命令は近い内に伝える。それまでに、新たな配下の補充でもしておけ」


 ついでのように告げると部屋を出て行く。

 そのロマディウスの後姿を、グルディンバーグは黙って見送った。


 魔族からすれば、他の人類種など貧弱な下等生物でしかない。

 その下等生物に支配されているなど、未だに認め難いことだった。

 しかも死ぬことすら許されていない。

 それでもグルディンバーグの目には、まだ僅かな輝きが残っていた。


「配下の補充か……つまり、まだ策動は許されているのだな」


 くっ、と咽喉を鳴らす。

 口元の笑みを隠しながら、懸命に思考を巡らせていく。

 爛々と輝く金色の瞳は、憎悪が色を得て這い出てきそうなほどに血走っていた。








 ◇ ◇ ◇★


 木々の合間から陽射しが差してきて、幾分か寒さを和らげてくれる。

 馬車にずっと揺られていたので解放感も心地良い。

 広げられた御座に腰を下ろして、スピアたちは昼食を取っていた。


「ひほへふは?」


 おむすびを頬張りながら、スピアは首を傾げた。

 口の中を片付けてから喋れ!、とエキュリアがツッコミを入れる。

 話を振ったセフィーナも苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと言葉を繋げた。


「はい、使徒です。兄は、忍耐と栄達の神ファルジエールから恩寵を授かりました」


「また長ったらしい名前ですね」


 スピアは的外れな感想を述べる。

 横にいるエキュリアは頬をひくつかせて、驚くべきか、ツッコミを入れるべきか迷っていた。


 国王が使徒として神に認められた―――、

 騎士であるならば、本来は喜ばしく、誇りにも思えることだろう。

 けれどいまは、その国王が敵なのだ。


「殿下、その情報はどこまで知られているのです?」


「そうですね……一部の者、アルヘイス公爵なども承知しているはずです。ですが、どういった力を授かったのかは、わたくしも存じておりません」


 使徒として選ばれた者は、神から特異な力を授かる。

 単純に身体能力が上昇する者もいれば、理解すら難しい現象を引き起こす者もいる。


 ロマディウスの場合は、恐らく後者なのだろう。

 暴君として振る舞ってもこれまで無事だったのは、使徒としての力があってこそ。そう推察するのは難しくなかった。


「少なくとも、相手を見るだけで命を奪えるほどの力はあります。兄の聖痕は右眼に現れていて、魔眼のような力ではないかとも言われているのです」


「魔眼ですか。それだけでも恐るべき能力ですが……」


「お洒落さんですね」


 また的外れなことを述べて、スピアは指についた米粒を舐め取る。

 使徒と聞かされても、まったく動揺していなかった。


「なあスピア、分かっているのか? 使徒というのは尋常ではない力を持っているのだ。六魔将以上かも知れん。だから、これまでのような無茶は……」


「大丈夫です」


 ずずっとお茶を飲みながら、なんでもないことのように言う。


「どんな力を持っていようと、相手は人間ですから」


「待て。そういう問題ではなくてだな……」


「それに、セフィーナさんのお兄さんですよ。尚更、怖がる理由なんてありません」


 朗らかに述べたスピアは、セフィーナへ目を向ける。

 まったく迷いのない眼差しを見せられて、戸惑うセフィーナだったが―――、


「……そう、かも知れません……」


 胸に手を当てながら、辛うじて声を絞り出す。

 自分の兄が国を乱している。

 王族としては、それを止めるべきなのは分かっている。

 だけど妹としては、せめてもう一度、話をしてみるべきでは―――、

 そんな考えも、セフィーナの頭を掠めていった。


「……まあ、対峙するとは限らん」


 エキュリアが言葉を挟む。

 同じく兄を持つ身としては、セフィーナの想いが分からないでもなかった。

 けれど“それ”を叶えるのは、あまりにも危険すぎるとも思える。


「我らは身を隠しているのだからな。『聖城核』を狙うにしても忍び込むのだ。そうそう王と出くわすこともあるまい」


「エキュリアさんが言うと、絶対に出会っちゃう気がします」


「な、何故だ!? 不穏なことを言うな!」


 予言じみた言葉に、エキュリアは目を白黒させる。

 一方、スピアは呑気なものだ。

 二つ目のおむすびを手に取ると、大きく口をあけて齧りついた。



魔族の追っ手が現れたのは、だいたいスピアの所為でした。


ひとまず第三章は完結。

でも例によって、幕間が入る予定です。今回も三つですね。


たぶん来週には第四章も始まります。

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