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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
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エピローグ 前編


 夜の帳が降りて、空気も寒々として停滞している。

 天幕を張って毛布を被っても野営には厳しい季節だ。

 なるべく焚火を大きく保つようにはしているが、吐く息は白いままだった。


「スピアさんに頼りきりだったのを痛感いたします」


 太い樹木に寄り掛かりながら、セフィーナは自嘲げに顔を歪める。

 腰を降ろした地面も冷たく固い。じっとしているだけでもお尻が痛くなってくる。

 隣にいるエミルディットも居心地悪そうに身をよじった。


「えっと……よろしければ、熱いお茶でも入れましょうか?」


 エミルディットが躊躇いがちに申し出る。

 主従二人のみが、天幕の中で膝を抱えて寒さに耐えていた。

 外にはエキュリアもいて、焚火を灯しながら見張りをしている。薄い天幕越しに、時折動く影が見えていた。シロガネも外にいて身じろぎひとつせずに立っているのだけれど、念の為とエキュリアから言い出して夜番に就いたのだ。


 ひとまず山岳地帯の包囲を抜けるのには成功した。

 百名ほどの騎兵部隊とも出くわしたが、あっという間にシロガネが蹴散らした。

 それはもう一言で済むくらいに、あっさりと。

 そうしていまは森に身を隠して野営をしている。


 セフィーナもエミルディットも、守られる側なのは自覚していた。

 だから料理などのちょっとした作業くらいは手伝っている。

 それでも夜を迎えるごとに、返しきれない恩が積もっていくのを感じてしまう。


「お茶よりも……エミルディット、こちらへ」


「え……あ、はい。失礼します」


 セフィーナから促されて、エミルディットは肩を寄せる形で腰掛ける。

 主人と並ぶなど、侍女の立場では本来は許されない。

 けれどこの旅では、そんなことばかりだった。


「こうしていれば、少しは暖かいでしょう?」


「……はい。姫様、ありがとうございます」


 肩を寄せ合い、同じ毛布に包まって、主従は笑みを交わす。

 そうして、しばしの沈黙が流れた。

 外から焚火の弾ける音が響いてくる。


「……あなたの負担になっているのは分かっていました」


 ぽつりと、セフィーナが呟いた。

 エミルディットは目を見開いて、否定の言葉を返そうとした。

 けれどそれよりも早く、セフィーナが続ける。


「もっと頼れる主人であればよかったのですが、わたくしは一人では何もできません。とりわけこの旅では、情けない姿ばかり見せて……幻滅したでしょう?」


「そんなことはありません! 姫様は、私を救ってくださいました!」


「……侍女としての立場、食事や服を与えたことなら、わたくしの力ではありません。兄がやってくれたことですし、何より、王族としての権威を使っただけです」


 王族として生まれた以上、個人として自由にできるものなど無い。

 服も食べ物も、側仕えや騎士からの忠誠も。

 ほとんどあらゆるものが、王族であるレイセスフィーナに奉げられたものだ。


 エミルディットに与えられたものも同じ。

 でも、だからこそ、とセフィーナは優しい眼差しをして述べる。


「心くらいは自由でありたいと願っております。そして、エミルディットに笑っていて欲しいというのも、心からの願いですよ」


「姫様……」


 涙ぐむエミルディットの頭を、セフィーナはそっと引き寄せて撫でる。

 まるで仲の良い姉妹のようだった。


「思い悩むことがあれば、相談してください。わたくしにはそれも嬉しいことなのですから」


「はい。もっと姫様を頼らせていただきます」


「ふふっ、すぐに怯えてしまう頼りない相談役ですけどね」


 そんなことはありません―――、

 そう言おうとしたエミルディットだが、肩を縮めて凍りついた。


 いきなり轟音が響いてきたからだ。

 なにか重い物が大地に叩きつけられたような音。

 さらに、バキバキと樹木が圧し折れる音も混じっていた。


「い、いったい……まずは、外に出ましょう。エミルディット!」


「はい! すぐに逃げる準備も整っております!」


 エミルディットが小さな鞄を背負うと、二人は天幕から出た。

 何事か?、と声を上げようとした口は開いたまま固まる。

 問うまでもない。問うても無駄。

 そんな答えに行き着いて、二人はまじまじと正面を見つめた。


 エキュリアもすぐ近くで立ち尽くしていた。

 視線の先には、黄金色の塊がいた。

 樹木を薙ぎ倒し、地面を抉り取ったあとで、ぷるぷると震えている。


 どうやら派手に着地失敗したらしい。

 その黄金色の上には、いつものようにスピアもいた。

 いや、“いつものように”というのは少々異なる。

 ぐってりと、うつ伏せになっていた。


「ただいまです」


 むくりと起き上がったスピアが、何事もなかったかのように言う。

 そんなところはいつも通りだった。


「ちょっと失敗しちゃいました」


「あのなぁ……無事なようだが、ちょっとではないだろう。どうしてこうなった?」


「急ぎすぎました!」


 勢いで誤魔化すように述べて、スピアはぷるるんから降りる。

 そんな様子にエキュリアが頭を抱えるのも、まあいつものことだ。


 セフィーナもくすりと笑みを零す。

 エミルディットは眉根を寄せて、口元が緩みそうになるのを堪えていた。


「お腹が空きました」


「ちょっと待て。その前に、状況を……」


「承知いたしました、ご主人様。すぐにお食事をお持ちいたします」


 シロガネに言葉を遮られて、エキュリアは渋い顔をする。

 けれど追及はせずに溜め息を落とした。

 困難な事態に、スピアが一人で対処してくれたのは間違いないのだ。

 無事に帰ってきた仲間を温かく迎えたいのは、エキュリアも同じだった。


「話は、ご飯を食べながらしますよ」


 言いながら、スピアは地面に手をつく。

 そうして、あっという間に木造りの小屋が出来上がる。

 常識外れだが、もうセフィーナたちには慣れた光景だった。


「まあ大したことでもなかったんですけど」


 スピアに促されて、一同も小屋へと入る。

 魔法によって明かりも灯され、セフィーナたちはほっと安堵の息を吐いた。

 また合流できた。なにはともあれ、まずそれは嬉しいことだ。

 朗らかなスピアの笑顔にも心が緩む。


 でも、油断でもあったのだろう。

 スピアの言う“大したことない”を素直に受け止めてはいけない―――、

 そう理解していたはずなのに。


「ワイズバーン侯爵は、魔族に操られてました」


「え……?」


「それを、セフィーナさんが大活躍して助けました」


「はぁっ!?」


「そういう話にしておきました。英雄です。大勝利です」


「ちょっと待てぇっ!!」


 エキュリアが大声を上げる。

 セフィーナやエミルディットは、事態を受け入れるのにしばしの時間が必要だった。








 翌朝―――、

 スピアたちはまた東へ向けて出発した。

 四人が乗り込んだ馬車を、サラブレッドが引いて草原を駆けていく。


「今更だが、始めから馬車を使えばよかったのではないか?」


「思いつきませんでした」


 悪びれもせず、スピアは言う。


「それに、乗り心地はぷるるんの方が柔らかいですし」


「あれと比べるのは、まぁ……」


 苦笑しつつ、エキュリアは窓から馬車の外を眺める。

 ぷるるんが元気良く跳ねてついてきていた。

 シロガネはひよこ村へと帰ったが、上空ではトマホークも目を光らせている。

 やはり油断は禁物だが、しばらくはのんびりとした旅路を過ごせそうだった。


「どうせまたすぐに、騒動が起こるのだろうがなあ」


 呟くエキュリアは、ちらりと対面の席を窺った。

 セフィーナが空中を眺めている。

 寝不足顔な上に、心ここに在らずといった様子だ。


 いつの間にか、“六魔将の配下を倒した英雄”に祭り上げられていたのだ。

 一晩経っても、その衝撃は抜け切っていなかった。

 隣に座るエミルディットも、気遣う言葉を繰り返し掛けていた。

 ただ、それとは別に思うところもあるらしい。


「あの、スピアさん……?」


 躊躇いがちに、エミルディットが声を掛ける。

 スピアは紙とペンを手にして、難しい顔で呻っていた。


「ん? いい技名でも思いついた?」


「何の話ですか! って、そんなことで悩んでたんですか?」


「まあ名前はともかく、そこから思いつく技もあるから。形から入るってやつだね」


「はぁ……えっと、よく分かりませんけど……」


 曖昧な返答をしかけて、エミルディットはぶんぶんと頭を振った。

 そうじゃありません!、と話を引き戻す。


「お礼を言いたかったんです。その、色々と心配していただいて……」


「んん? 気にしないでいいよー」


「ですが、失礼なこともたくさん言ってしまって……」


「大丈夫。ツッコミ役は大切だから」


 朗らかに返されて、エミルディットは目をぱちくりさせる。

 ツッコミ役とか言われても意味が分からない。

 でも、自然と表情は緩んでいた。


「まだ私が何をしたいのか、はっきりとした答えは出ません。でも、姫様や皆さんの役には立ちたいと思いますし……子供だっていうことに甘えるつもりもありません。ですから、私に出来ることなら何だって言ってください」


 胸の前で拳を握って、エミルディットは真剣な眼差しを見せる。

 だけど以前とは違って切羽詰まった感じではない。

 スピアも柔らかく微笑んで頷いた。


「だったら……まずは、お姉ちゃんって呼んでくれる?」


「それはダメです!」


 あっさりと切り返されて、スピアは渋い顔をする。


「だいたい、スピアさんの方が子供っぽいじゃないですか!」


「むぅ。そんなことないよ。ですよね、エキュリアさん?」


 いきなり話を向けられ、エキュリアは言葉に詰まる。

 どちらも子供ではないか。

 そう思っても、口にするのは躊躇われた。


「あ~……なんだ、仲が良いのはいいことだと思うぞ」


 曖昧な返答に、ぎゃあぎゃあと二人は反論する。

 そうして騒がしい馬車は、王都を目指して進んでいった。



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