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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
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ダンジョンマスターvs魔侯爵④


 ワイズバーンが巨体を揺らして、一歩を踏み出す。

 その動作に淀みはない。

 ついさっきまで苦悶に悶えていたのに、膝の震えまで治まっていた。


 ただ、眼差しは虚ろで、口元からは涎を垂らしている。

 背中を丸めて、腕もだらりと下げて、何処となく虫を思わせる動きだ。


「ワイズバーン侯爵さん!」


 スピアが元気良く声を掛ける。ぶんぶんと手も振ってみた。

 けれどワイズバーンは、ぎょろぎょろと視線を巡らせているだけだ。


「完全に操られちゃったみたいですね」


 仕方ないか、とスピアは息を落とす。

 人間が魔物に操られる場面なんて、もう見たくなかった。

 たとえそれが敵対した相手であっても。


「どっちにしても、叩きのめすのは同じなんですけど……」


 スピアが迷ったのは一瞬だ。

 けれどその一瞬を見抜いたように、寄生されたワイズバーンは地面を蹴った。


 相変わらず、肥満体とは思えないほどに鋭く動く。

 しかも先程までよりも突進の勢いは増していた。

 魔物に寄生されたことで、肉体に何かしらの影響が及んだようだ。


 まるで矢のような速度で巨体が迫る。

 それだけでも、並の人間ならば目を剥き、為す術もなく潰されていただろう。

 しかし―――、


「害虫は嫌いです」


 ズドン!、と重々しい衝撃音とともに肥満体が投げ倒された。

 掴み掛かってきた腕を、スピアが逆に掴み取り、そのまま投げたのだ。


 つまりは、背負い投げ。

 頭から落下したワイズバーンは、仰向けに倒れる。

 その顎をスピアはまた鷲掴みにした。

 もう一方の手は、『倉庫』から素早くひとつの小瓶を取り出していた。


「わたしの知ってる殺虫剤は劇薬でもありますけど……」


 小瓶に詰まっているのは、蟻の駆除にも使った殺虫剤だ。

 瓶の中にある時は液体で、蓋を取ると煙になって広がっていく。


「まあ、たぶん大丈夫でしょう」


 根拠のない推測を述べて、開けた瓶をワイズバーンの口へ突っ込んだ。

 液薬が咽喉へと流し込まれる。

 途端に気化し、白煙となって立ち昇る。


 ワイズバーンはじたばたと手足を暴れさせたが、それもすぐに止まった。

 白目を剥いた巨体を、スピアは引っ繰り返す。

 軽く背中を叩くと、ワイズバーンの口から息絶えた女王蟻がずるりと出てきた。

 操られていた当人はピクピクと痙攣している。


「怪物化したら強くなる、なんてお約束はなかったですね」


 単純な膂力だけなら上昇しているようだった。

 けれど、スピアからすれば“それだけ”だ。

 磨き抜かれた技を使うお相撲さんの方が、ずっと厄介だった。

 直線的な動きしかしない魔物なんて、真っ二つにするのも簡単だったろう。


 女王蟻が完全に息絶えたのを、スピアは確認する。

 泡を吹いているワイズバーンの方は、ひとまず意識が無いだけだ。


「うん、生きてる。一件落着だね」


 後遺症くらいはあるかも知れないけど―――、

 そんな内心は言葉にせず、スピアは顔を上げる。

 周囲には、唖然とした様子の兵士たちが立ち尽くしていた。







 敵将を倒して勝ち鬨を上げる。

 残った兵士たちはわらわらと逃げ去っていく。

 スピアの知識にある戦場は、そんなものだった。

 けれどどうやら、そう単純に片付きはしないらしい。


「敵将ワイズバーン侯爵、親衛隊長スピアが討ち取ったぞー!」


 まだ生きてるけどね。

 なんて胸の内で呟きながらも、スピアは腕を上げて宣言してみる。

 たぷたぷとした腹を、軽く踏みつけもしてみた。


 しぃん、と。

 返ってきたのは静寂だ。

 やや間を置いても、周囲にいた兵士たちが僅かに顔を歪めるだけ。


「……敵将、討ち取りましたよ?」


 もう一回言ってみる。

 勝ち鬨ポーズをあれこれと変化もさせた。

 けれどやはり、周りの反応は芳しくない。


「な、なあ、どういうことだ? 侯爵様が倒されたのか?」


「俺に聞くなよ。っていうか、あのデブ……侯爵様は俺たちを操ってたんじゃないのか?」


「あの子、親衛隊長って言ったよな? 何者なんだ?」


「と、とにかく逃げた方がいいんじゃねえか? 戦いとかよく分かんねえし」


 混乱している兵士たちの顔を眺めて、スピアは軽く腕組みをした。

 ふむぅん、と呻ってから首を回す。

 背後で大人しくしていたぷるるんに手招きをすると、その上に跳び乗った。


「ワイズバーン侯爵は、魔物に操られていました!」


「え……?」


 目立つところから投げられた声に、兵士たちの視線が集まる。

 今度は、なかなかに良い反応だった。


 分かり易い話の方が広まる。

 真実かどうかは大した問題じゃない。

 例えば、何処の誰とも分からない少女が暴れたという話より、伯爵令嬢が活躍したという話の方が広まったように。


 以前にセイラールの街で遭遇した騒動から、スピアも情報の流れというものを学んでいた。

 それが、また騒動を引き起こす可能性があるのはともかくも。


「裏で糸を引いていたのは、魔族です!」


「なっ……!」


「でもそれは、王妹であるレイセスフィーナ殿下によって見抜かれました!」


「おお!?」


「そして、親衛隊によって、魔族と魔物がまとめて退治されたのです!」


「おおおっ!!」


 兵士たちが晴れやかな顔をして声を上げる。

 お姫様の活躍、という分かり易い話は喜んで受け入れられた。


 ちなみに、いまのレイセスフィーナは身分を隠して行動している。

 だから大っぴらに名前を出すのはマズイ―――、

 戦いの前にスピアも思ったことだが、すっかり忘れていた。


「魔族なんて恐れるに足りません。勝利です!」


「おお! レイセスフィーナ殿下万歳! ベルトゥーム王国に栄光あれ!」


 スピアが煽ると、兵士たちが唱和する。

 お祭り騒ぎとなって、話はどんどんと広がっていった。


 いまは気絶しているワイズバーンにも、この話は伝わるだろう。

 そして思い至るはずだ。

 もしも“操られていた”時と同じ行動をすれば、今度こそ領民が反乱を起こす、と。


 もちろんスピアは、そこまで考えて話をでっちあげたのではない。

 だが結果として、ワイズバーンを縛る鎖を作り上げた。


「皆さんはもう安全です。気をつけて街まで帰ってください」


 帰還を促す言葉もすんなりと流れ込んで、兵士たちの戦意は消え失せていく。

 手近な者同士で声を掛け合い、帰り支度に取り掛かる。

 まだ若干の混乱は残っている。

 けれどひとまずは、スピアの望んだ方向で事はまとまりそうだった。


「あ、あの……」


 恐る恐るといった感じの声が掛けられる。

 スピアが振り向くと、幾名かの騎士が不安そうな顔をしていた。

 ぷるるんに打ちのめされた騎士もいる。

 その視線はスピアと、まだ倒れて意識のないワイズバーンとの間を巡っていた。


「貴方は、レイセスフィーナ殿下の騎士なのですか?」


「はい。親衛隊長です」


 スピアは自信たっぷりに言う。

 騎士の頬がヒクリと歪んで、また不安の表情が濃くなった。


「その、ワイズバーン侯爵はどうなるのでしょう?」


「まだ生きてます。手当てしてあげてください」


「え……? レイセスフィーナ殿下の命で処断されるのではないのですか?」


「知りません!」


 細かい話はどうでもいい、とスピアは首を回した。

 西の空を窺う。もうかなり陽が沈んできていた。急いで山岳越えをするにしても、セフィーナたちと合流するのは真夜中になってしまいそうだ。


「追って沙汰を下す、というやつです。たぶん」


 あとは、お姫様に任せよう。

 もう時間稼ぎは充分。軍勢で追ってくることもないはずだし―――、

 そう判断したスピアは、ぷるるんに腰を下ろした。


「では、わたしも帰ります。お疲れ様でした」


 スピアは屈託なく笑って手を振る。

 戦いに来たのではなく、まるで友達と遊び終えて家に帰るみたいに。


「ぷるるん、もうちょっとだから頑張ってね」


「ぷるっ!」


 そうして少女と黄金色の塊は、軍勢の頭上を跳ねて去っていく。

 奇妙な後姿を、騎士たちは呆然として見つめる。

 ただ幾名かは、その小さな背中に敬礼を送っていた。



ひとまずの決着。

尋問とか情報収集とか、細かいことはスピアは投げ出しがちです。


次回は、三章エピローグ、前編です。

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