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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
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ダンジョンマスターvs魔侯爵②


 塔の上から軍勢を見下ろす。

 軽く腕組みをしながら、スピアは目を細めた。

 もうじき夕刻で、西方に広がる平原は橙色の陽射しに染まり始めている。


「ちょっと、眩しいね」


 のんびりと呟いて首を傾げる。

 隣では、ぷるるんも頷くみたいにふるふると揺れている。


 とりあえず目立つように簡素な防壁を築いてみた。

 降伏勧告もしてみたものの、実のところ、スピアは少々迷っていた。


 あらためて見ると相手は大人数だ。

 目的は“時間稼ぎ”。それ自体は難しくない。

 巨大鉄球を作り出してまとめて轢き潰す―――、

 なんていうのは、さすがに酷いと思うので自重する。オーク相手とは違うのだ。


 それでも軍勢を叩きのめす手段は、他にいくらでもある。

 控えめな深さの落とし穴をたくさん作るとか。

 地面を粘着性の沼にしてしまうとか。

 眠りを誘う煙幕とか、食料だけを狙うネズミの大群とか―――。

 ダンジョン魔法を探せば、悪辣な罠は選び放題だった。


 問題は、後の始末だ。

 戦闘不能にして放置すると、魔物の餌を大量に用意することになってしまう。


「今回は、ぷるるんに食べてもらう訳にもいかないからねえ」


 ぷるぷるの黄金色を突つきながら、スピアは考えを巡らせる。

 セフィーナたちと合流するためにも、なるべく早く片付けたい。

 だからといって手荒すぎる真似はできない。

 最も良いのは、相手が納得して撤退してくれることだけど―――。

 そうスピアが思案を重ねている内に、相手の方が動いた。


「ん……? いきなり全軍突撃とかはしてこないかな?」


 眼下の軍勢はおよそ三千。

 スピアには大雑把な人数も把握できないので、「学校三つ分くらいかな?」などと思っていた。


 これだけの人数が一斉に動いたら迫力がありそうだ。

 ちょっと見てみたいかも―――、

 なんて期待もあったのだが、壁の前に駆け寄ってきたのは一人の騎士だった。


「我はワイズバーン侯爵に仕える騎士、デューレヒト! 何故、我らの前に立ちはだかるのか!? そちらの所属と目的をお聞かせ願いたい!」


 馬上から声を響かせる。

 若い騎士の顔をしばし眺めてから、スピアは拡声用の魔導具マイクを手に取った。


「スピアです。セフィーナさんの親衛隊長です」


「は……? 親衛隊長……?」


「あ、セフィーナさんっていうのはレイセス……っと、いまは身分を隠してるんでした。喋っちゃマズイですね。たぶん。ともかく、目的は時間稼ぎです」


 バラしてどうする!、とエキュリアがいたら怒鳴るだろう。

 けれど交渉役の騎士にはそんな余裕もなく、目を白黒させるばかりだ。

 さらにスピアは一方的に続ける。


「ちょっと前に、セフィーナさんは魔族に襲われました」


「なっ……魔族だと!? この近くに出たのか!」


「ワイズバーン侯爵さんは、その魔族と関わっている疑いがあります」


「っ、ちょっと待て、こちらの話を……」


「エキュリアさんからの評判もよくありません。なので、お引取りください」


 もはや交渉というよりは前哨戦だった。

 ワイズバーンが魔族と関わっている。その疑いの言葉は、魔導具によって大声となって辺り一帯に響き渡った。


 普通なら、訳の分からない少女の戯言として聞き流されただろう。

 けれど騎士も兵士もざわめき始める。

 もしや。いや、まさか。しかしあの侯爵様ならば―――、

 そんな呟きが広がっていった。


 普段の行いの結果だ。部下や平民を遣い潰すワイズバーンは、領主や貴族としての手腕はともあれ、あまり良い人間とは思われていなかった。

 スピアの言葉が士気を下げたのは間違いない。

 とはいえ、それで瓦解するほど軍は混乱していなかった。


「ん~……? あれがワイズバーン侯爵かな?」


 交渉役の騎士が呼び戻されていった先へ、スピアは目を向ける。

 兵士たちに囲まれた大きな馬車があって、その横で大柄すぎる男が声を荒げていた。


「……お相撲さん?」


 ガマガエル、という言葉は飲み込んだ。

 失礼だとかは考えていない。ただ、カエルと言うには違う気がしたから。

 地団駄を踏んだり、腕を振るったりする動きは、太っている割に俊敏だ。混乱する兵士たちを一喝すると、素早く指示を出した。


 ざわついていた兵士たちが一斉に静まり返る。

 奇妙な情景を、スピアは怪訝に眉を寄せて見つめていた。


「やっぱりトマホークの目で見たのと同じ……人形みたい」


 兵士たちが隊列を組みなおす間に、数十名だけが前に出た。

 軍勢から突出して、スピアが立つ塔へと向かってくる。


「ともかく、あの娘だ! 得体は知れぬが、敵は一人! ひっ捕らえろ!」


 野太い声が草原に響き渡った。

 ワイズバーン侯爵も事態が分からず戸惑っている。

 まあ当然だろう。いきなり荒野にそびえ立つ壁が現れるなど、真っ当な理屈では説明できない。とても少女一人が起こせるような現象ではない。


 それでもスピアを邪魔者だと見定め、排除すると決めた。

 まずは一部隊で様子見、というのも冷静な判断だ。


「むぅ。戦いは何も生まないのに」


 仕方ないか、と自身の頬を両手で叩く。

 ここでようやく、スピアは相手を叩きのめすと決めた。

 そうしている内に、先行部隊の兵士たちが壁に取り付いていた。だからといって、すぐに壁が壊されることもない。彼らの手には簡素な剣と盾しかないのだ。


 そもそもワイズバーンの軍勢は、攻城戦の準備などしていない。

 壁を破るような武器や、乗り越えるための梯子すら持ってきていなかった。

 だから兵士たちは素手で登り始めた。もしも落下したら命を落とすほどの高さがあるのに、僅かな窪みに手を掛けて這い上がっていく。

 これには、スピアも少々虚を突かれた。


「無茶する……ううん、させられてるのかな?」


 呟いたスピアは、とんっと軽く足踏みをした。

 直後、壁の一部が突き出す。張りついていた兵士たちは見事に弾き飛ばされた。

 口々に悲鳴を上げるが、あとは地面に落下して砕けるだけ―――、

 しかし落ちた先で派手な水音が上がった。


 いつのまにか、壁の正面を覆う形で深い堀ができあがっていた。

 落下した兵士たちは大した怪我もなく、慌てて地面へと上がる。

 全身甲冑でも着ていれば別だが、簡素な装備しかない兵士では溺れる心配もなかった。


「これで防御は万全と。守るのは楽だけど、埒が明かないね。そろそろ……?」


 突撃しようか、と言い掛けたのを止めて、スピアは手刀を振るった。

 空中で小さな“なにか”が弾ける。

 その横で、ぷるるんも全身を大きく揺らした。


「ん……これは、蟻?」


 スピアはぷるるんをまじまじと見つめる。

 黄金色の粘液体の中に、数匹の羽蟻が取り込まれていた。

 指先ほど、と言うと蟻にしては珍しい大きさだろう。粘液体の中でまだ生きているものは、眼から淡い光を放っていた。


「魔物みたいだね。ぷるるん、大丈夫?」


 ぷるっ!、と元気よく黄金色の塊が揺れる。

 それを確認すると、スピアもまた手刀を振るって飛んできた蟻を叩き落とした。


 警戒を深めつつ、眼下にも意識を向ける。

 すでに壁の周囲はスピアの“領域”だ。だから小さな蟻の動きも把握できた。

 ちょうど落下した兵士の一人が堀から這い出るところだった。


 その兵士の近く、水の中にも数匹の蟻がいた。

 溺れて沈んでいく蟻もいたが、一匹が飛び立って兵士の方へと向かった。

 他の誰にも気づかれぬまま、蟻は兵士の首の後ろへと取り付く。

 そして、小さな牙を立てた。


 噛み付かれた兵士はビクリと全身を揺らす。

 痛みがあったのではなく、微弱な魔力が兵士の全身へと巡り、何かしらの作用を及ぼしていた。


「……操ってるみたいだね」


 大まかに真相を見抜いて、スピアは口元を捻じ曲げた。

 小さな虫を使って人間を操る。気持ちのよい話ではない。


 それに、もしも人間の軍勢同士の戦いで使われれば、大変な脅威となるだろう。

 なにも軍勢でなくとも、大きな街で暴徒の集団を生み出すだけでも大変な騒動になる。それこそ一国を傾けるほどの事態だって引き起こせる。


 とはいえ、スピアにとっては新種の害虫というだけ。

 すでに十匹以上の蟻を潰している。ぷるるんはもっとだ。

 さして脅威ではないけれど、いちいち対処するのは手間が掛かる。

 しばし空中を眺めてから、スピアはぽんと手を叩いた。


「よし。一掃しよう」


 朗らかに述べて、またひとつ足を鳴らす。

 一気に魔力が流れ、壁全体が仄かな光を溢れさせた。


 三千の軍勢が見つめる正面で、壁の一部がパカリと開く。

 十箇所ほど穴が開くと、そこから一斉に白い煙が吹き出した。

 大量の煙が、瞬く間に草原一帯を覆い尽くしていく。

 軍勢から慌てた声が上がった。


「な、なんだ、煙!? 壁から出てきたぞ!」


「下がれ! 魔法かも知れん!」


「前が見えねえ! 下がれって、逃げ場もないぞ!?」


 初歩的なダンジョントラップのひとつ、煙幕。

 基本としては、ただ視界を奪うだけだ。

 けれど応用範囲は広く、吹き出す煙幕には様々な種類を選べる。

 眠りを誘ったり、笑いを止まらなくさせたり、いやらしい気分にさせたり。

 あるいは、致死性のものだって存在する。


 ただし虫だけを殺す煙幕は、ダンジョンメニューには記されていなかった。

 それでも虫殺しの薬は一般でも使われている。

 ダンジョンの宝物として置かれることもある。

 だから、スピアが一手間を加えて改良するのは簡単だった。


 つまりは、殺虫剤を撒き散らした。

 単純だが、効果は絶大だった。


「なんだ? なにが起こったのだ!?」


 白煙に咳き込みながらも、ワイズバーンは声を荒げた。

 ついさっきまで開けていた視界が、いきなり白一色に染まったのだ。混乱するのが当然だろう。


 すぐ側には護衛の騎士も幾名かいたが、だからといって安心できるものでもない。

 白煙の向こうからは、大勢の兵士たちが騒ぐ声も流れてきた。

 周りも混乱している。けれど喜色の混じった声も多い。

 自由になったとか。頭がすっきりしたとか。

 そして―――、


「俺たちは、侯爵様に操られてたみてえだぞ! 許せねえ!」


「なっ……!」


 その声は、やけにはっきりとワイズバーンの耳に飛び込んできた。

 太った顔を蒼褪めさせて、ワイズバーンは自分の手元へ目を向けた。


“女王蟻”を収めた魔導具はまだそこにあって、淡い魔力光を放っている。

 魔導具としての機能は失われていない。

 しかし「鎮まれ」と命じても、周囲からの声は大きくなるばかりだった。


「まさか、この煙が邪魔をしているのか……?」


 魔物を使って人を操る。

 非道な真似をしているという認識は、ワイズバーンにもあった。


 だからすぐに思い至った。

 洗脳が、支配が解けた。もはや絶対服従の兵士たちはいない。

 それどころか、操られていた怒りと恨みを爆発させようとしている。

 いま反乱を起こされたら―――。


「く、くそっ! 騎兵部隊を集めろ! 儂を守るのだ!」


「は……? それは、いったいどういう……?」


「いいからさっさとしろ!」


 護衛の騎士を怒鳴りつけながら、ワイズバーンはもはや無用となった魔導具を握り締める。

 騎兵部隊の一千には洗脳を行っていない。

 命令を下せば、まだ従うだろう。

 しかし残り二千の兵士たちが一斉に歯向かってくれば、ワイズバーンは無事でいられるとは思えなかった。正面からの戦いならばともかく、いまのワイズバーンはその兵士たちの中心にいるのだ。


「儂も移動する! 馬車を出せ!」


 白煙に視界を遮られながらも、辛うじて見える馬車の方へ向かおうとした。

 しかしその足は止められる。

 ワイズバーンが一歩を踏み出した直後、激しい破壊音が鳴り響いた。


「んなぁっ!?」


 上空から大きな影が降ってきた。

 黄金色の影は、馬車を叩き潰し、さらに周囲にいた騎士たちを弾き飛ばす。

 咄嗟に身構えた騎士もいたけれど、いきなり足下が滑り、その隙に粘液体で殴られてあっさりと昏倒した。


 白煙が僅かに晴れて、黄金色のぷるぷるとした塊が現れる。


「き、キングプルン……!」


「はい。ぷるるんです」


 いつものように、ぷるるんの上にはスピアが乗っていた。

 塔の上から、『跳ねる床』を使って一気に迫ってきたのだ。

 そうしてスピアは地面に降りると、ワイズバーンを見据えた。


「まあ、貴方には紹介する必要もなさそうですけど」


 じっとりと、スピアは目を細める。

 紅い瞳の輝きが増したようだった。


「人を人とも思わない。そんな外道は、徹底的に叩き潰します」


 ワイズバーンは息を呑み、じりじりと後ずさる。

 そんな動揺は気にも留めず、スピアは一歩を踏み込んだ。



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