表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
62/157

お茶会式作戦会議


 ワイズバーンの街から見て南東、山岳地帯にスピアたちはいる。

 東へ向かえば国中央の直轄領に入れる。

 そうして王都を目指す、というのが本来の予定だった。


「東西から軍勢が迫っているということか?」


「はい。この山を囲む形です」


 出発しようとしていたスピアたちは、また足を止めて話し合っていた。

 襲撃を警戒して、遠くまで目を向けなければ気づかなかっただろう。東西から山岳を包囲しようとしているのは、恐らくワイズバーン侯爵の軍勢だ。領都である町と、王国直轄領を繋ぐ関所と、それぞれから兵を出してきたと考えられる。


 スピアが見たところ、数は三千と百余り。

 百の方は、東の関所から来たと思われる兵士たちだ。

 随分と数に違いがあるが、そもそも関所には少数の兵しかいなかったということだろう。


「それにしても、いまここで軍を出してくるとは……もはや魔族と手を組んでいるとしか思えんな」


「やはり、わたくしが狙われているのですね」


「……推測になりますが、警戒するに越したことはないでしょう」


 ワイズバーン侯爵も、王国に仕える貴族の一人だ。

 王族であるセフィーナを狙って軍を動かすなど、本来ならば有り得ない。

 それだけ国が乱れている証左だと言える。

 おまけに、魔族と手を組んでいる可能性も高い。

 まだすべては推測の段階だが、セフィーナが騒動を招いているような形だ。


 自分が混乱を引き起こしている。

 皆を危険に晒している―――、

 そう憂いて顔を歪めてしまうのも無理はなかった。

 まあ、そんな憂いを台無しにしてしまう者もいるのだが。


「美人のエキュリアさんを狙っているのかも知れませんけどね」


「だ、誰が美人だ!? そんな話が有り得るか!」


「じゃあ、可愛いエミルディットちゃんかな?」


「ふざけてる場合じゃありません!」


 噛みつきそうな勢いで、エミルディットはスピアを睨む。

 でもスピアには怒っても無駄だと学んだのだろう。

 くるりと首を回すと、その勢いのままセフィーナへと訴えた。


「姫様、やはり戻りましょう。危険です。転移陣を用意してもらえば、クリムゾンの街まではすぐにでも戻れるはずです」


「ですが、それでは……」


「あんまりオススメできないよ?」


 言葉を挟んだスピアは、少しだけ真面目な顔をしていた。


「転移陣を置いていって発見されると、逆に使われる可能性もあるから。わたしたちが突然消えたら、相手だって周りの捜索くらいするはずだし」


 ひよこ村やクリムゾンの街に、敵の軍勢を招いてしまう恐れがある。

 それは無鉄砲なスピアでも無視できないほどに危険だ。

 完全に転移陣を壊していけば、その危険性は失くなる。

 けれどこれまでの旅も無駄になる。それは面白くない、とスピアは言う。


「なにより、コソコソ隠れるのは好きじゃないです」


「いや待て。好みで選んでいる状況でもないだろう。それに、これまでも身を隠してきたではないか」


「コソコソしすぎるのとは違います!」


 スピアは胸を張って言ってのける。道理を木っ端微塵にしそうな主張だった。


「それに、深刻になることでもないと思いますよ」


「む……?」


 ぺしぺしと、スピアはぷるるんを撫でる。

 そこでエキュリアも気づいた。


「振り切れるか……確かに、ぷるるんやサラブレッドの速度ならば、並の兵士では追いつけんだろうな」


「騎兵でも難しいと思いますよ」


 スピアの性分として逃げる選択肢はない。

 だけど包囲を突破し、追いかけっこをするくらいは許容範囲内だ。


「まあ、相手が人数を活かして、休みもせずに追ってくるなら難しくなりますかね。こっちも少し急がないといけません」


「わたくしの体力次第ということですね」


 セフィーナの目は、すでに答えを出していると訴えていた。

 自分が足を引っ張っているくらいは、セフィーナも理解している。

 旅慣れていないから。体力がないから。

 だけどそれくらいは、我慢すれば補えないことではないはずだ。


 そうセフィーナなりの決意を口にしようとした。


「多少の無茶ならば―――」


「時間稼ぎをすればいいんです!」


 声を上げたのはエミルディットだ。

 小さな拳を胸の前で握って、泣き出しそうな表情をしていた。


「ワイズバーン侯爵とは、私も面識があります! わざと捕まって、嘘の情報で惑わせるくらいはできるはずです! やらせてください!」


 それは懸命の訴えだった。

 尋常でない迫力に押されて、誰も言葉を返せない。

 スピアでさえ、目をぱちくりさせるばかりだ。


「私のような子供が相手なら油断だってするはずです。きっと上手くいきます!」


「で、ですが、それではエミルディットが……」


「危険は覚悟の上です! こうでもしないと、私は姫様のお役に立てないんです!」


 戦う力なんてない。

 身の回りのお世話にしても、スピアやシロガネに及ばない。

 だから―――と、エミルディットは震えた声で訴える。


 完全に取り乱していた。

 いったい何が原因で、急にこんなことを言い出したのか?

 困惑はセフィーナにも伝染して、宥める言葉も出てこない。


「エミルディットちゃんは、何をしたいの?」


 戸惑いに満ちた場を、スピアの涼やかな声が貫いた。

 一拍の沈黙を置いてから、エミルディットは真剣な眼差しをスピアへと注ぐ。


「私は姫様の侍女です! ですから、姫様のお役に立ちたいんです!」


「……うん。ちょっと落ち着こうか」


 スピアは手元に影を浮かべて、足下へと落とす。

 その『倉庫』の影から、静かにシロガネが現れた。


 一礼したシロガネは、スピアに一言二言指示されると、すぐに動き出す。

 テーブルセットを並べる。人数分のカップを用意して、お茶とお茶菓子まで揃えていく。さらに簡素な衝立も置いて、吹き寄せる風を遮る心配りもする。

 あっという間に、山道の一角がお茶会空間に作り変えられた。


「それじゃ、座って」


「な……なにを言ってるんですか!? ふざけてる場合じゃないってさっきも……」


「いいから」


 スピアは穏やかな表情を保っている。

 だけどその口調には、静かな怒気も含まれていた。


 エミルディットは言葉を詰まらせる。

 縮こまった肩を、ぽんとシロガネに叩かれて、そのまま椅子に座らされた。

 セフィーナとエキュリアも、戸惑いながらも席に着く。


「まずは一息入れよう。わたしも、変なこと言っちゃいそうだから」


 いつも変なことだらけではないかと、普段のエキュリアなら指摘するところだ。

 けれど、さすがに言葉を控えた。

 スピアが怒っている。それは全員に伝わっていた。


 では、何に対して怒っているのか?

 単純に、エミルディットに対するものではないようだが―――。


「まず、エミルディットちゃん」


「はい……」


「セフィーナさんの役に立ちたいっていうのはいいと思う。だけどそれは“まだ”、本当にしたいことだとは、わたしには思えない」


 厳しい言葉だ。それに対して、エミルディットも言い返そうとした。

 けれど、スピアの鋭い口調が反論を許さない。


「“しなくちゃいけない”、そう思い込んでるようにしか見えないよ」


 言葉に混じった怒気が一段と濃くなった。

 スピアが怒りを感じたのは“そこ”だ。


 まだ幼い子供を、命懸けの決意をさせるほどに追いつめてしまった。

 追いつめられているのを見過ごしてしまった。

 そんな自分自身に対して、殴りつけたいほどにスピアは憤りを覚えていた。


「本当にしたいことなら、もっと楽しそうに言うものだよ」


 スピアは目を細めて、そっと息を吐き出す。

 その言葉は、エミルディットにも納得できるものだ。

 けれど受け入れられない。

 感情が、焦りが、足を止めるのを拒絶する。


「楽しむなんて……無理、です。だって私は孤児で、役に立たなかったら、きっとまた捨てられるに決まってて……」


「食べて。美味しいよ」


 震える声をあっさりと無視して、スピアはテーブルの上を示した。

 小皿に乗せられたロールケーキが、エミルディットの前にも置かれている。

 シロガネ特製の新作だ。

 すでにスピアは生クリームの甘さに頬を緩めていた。


「なっ……なにを言ってるんですか!? いまは真面目な話を……」


「食べないの? なら、わたしが貰っちゃうよ?」


「っ……食べます! いただきます!」


 エミルディットは眉根を寄せながらもフォークを手に取る。

 仄かな甘い香りが食欲を刺激していた。


 フォークを入れただけで柔らかな感触に驚かされる。

 戸惑いながらも口へ運ぶと、とろけるような食感が広がっていった。

 一緒にテーブルを囲んでいたセフィーナたちも、始めての味わいに言葉を失っている。


「例えば、こんなお菓子をもっと食べたいって思わないかな?」


「……それを、“したいこと”にしろって言うんですか?」


「エミルディットちゃん次第だよ。世界中のお菓子を食べるために旅に出てもいいし、いっそ世界征服でも目指しちゃう?」


「無茶苦茶です!」


 エミルディットは声を荒げる。

 でも、ついさっきまでとは違って、余裕のある怒鳴り声だった。


「無茶でも無謀でもいいんだよ。夢を語るなら大きい方がいいからね。わたしのお爺ちゃんなんて、若い頃は大統領を目指してたんだって」


「なんですか大統領って。それに……分かりません。いまだって、姫様のお役に立ちたいとも思ってますし……」


「うん。急いで決める必要もないよ」


 スピアはお茶の注がれたカップへ手を伸ばす。

 そうして一気に飲み干すと、立ち上がった。


「そのための時間稼ぎくらい、わたしがやっておくよ」


「え……!?」


 時間稼ぎって、まさか!?

 スピア以外の三名が、同じことに思い至った。

 迫ってくる軍勢を足止めする。つい先程、エミルディットが言い出したことだ。

 けれど―――、


「ちょっと行って、軍勢を片付けてきます」


 スピアの場合は、ずっと過激だった。







 馬車が作り出されて、サラブレッドが引くように整えられる。

 御者兼護衛役を務めるのはシロガネだ。

 それに乗ってセフィーナたちは先に東へ向かう、というのが大まかな作戦だ。

 当然のようにエキュリアは異議を唱えた。


「おまえ一人に無茶をさせるなど騎士の誇りが許さな―――ぃわぶぁっ!?」


 真っ先に馬車へと放り込まれた。

 次いでセフィーナとエミルディットも。シロガネの手によって、ぽいぽいっと。


 そうして出発した馬車を見送って―――、


「さて。格好良いところ見せなきゃね。エミルディットちゃんに頼ってもらえるように」


 ぷるるんに乗って、スピアは山岳地帯の入り口に向かっていた。

 トマホークの目によれば、その辺りで迎え撃てると思われる。


「それにしても軍隊相手か……関わらない方がいいって、ロウリェさんにも注意されたっけ」


 呟くスピアの声には、ほんの微かに震えが混じっていた。

 単純に多数と戦うというのなら、オークを相手にした際に経験していた。

 人間の集団も、夜盗を蹴散らしたことがある。

 けれど本格的な軍隊を相手取るのは、また違った緊張感を覚えるものだった。


 そもそも一人で軍勢の前に立ちはだかるものではない。

 三千もの敵に対処しようなど、常識的に考えれば無謀でしかない。


 とはいえ、ダンジョン魔法を使えば、一掃するのは難しくないだろう。

 頼れる仲間だっている。

 だけど、スピアにはひとつの懸念があった。


「なんとなく変な感じなんだよね。近くで観察すれば、詳しく分かるかな?」


 ぷるるんを撫でながら、スピアは首を捻る。

 少々の不確定要素はある。

 けれどそれで突撃の足を緩めるスピアではない。

 戦いへ向けて、荒れた山道を一気に駆け下りていった。



追っ手が来るのでやっつけます。単純ですね。


次回は、ダンジョンマスターvs魔侯爵です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ