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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
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スピアの誤算


 ひとつ足踏みをして地面へ魔力を流す。

 底無し沼が埋まって、綺麗な土肌へと整えなおされる。

 そこには黒コゲになった魔族の男が眠っているのだが、もはや誰の目にも触れないだろう。死体を捜すような魔法でも使われれば別だが、わざわざ掘り返す物好きな者もいないはずだ。


「それじゃ、旅を続けましょうか」


「ちょっと待てぇっ!」


 エキュリアが叫ぶ。

 ぷるるんに乗ろうとしていたスピアは、こてりと首を傾げた。


「ここで昼食にするんですか? それはちょっと……」


「違う! おまえ、魔族を、ええと……とにかく落ち着け!」


「エキュリアさんが落ち着いてください」


 頭を抱えたエキュリアを、スピアはぽんぽんと肩を叩いて宥める。

 背後からは、ぷるるんもぽよぽよと頭を撫でた。


「……おまえに悪意がないのは分かる。しかしこれは、馬鹿にされている気がするぞ」


「気のせいです!」


「はぁ、もういい。ともかくも危機は去った。まずは礼を言うべきだったな」


 ほっと息を吐くと、エキュリアは深々と頭を下げた。

 また命を救われたのだ。膝をついて長々と感謝を述べても足りないところだ。

 けれどスピアは、いえいえ、と軽く手を振って応える。


「わたしが勝手にやったことです」


「そういうところは謙虚なのだな。普段は、本当に勝手ばかりなのに」


「む。わたしは普段から控えめな大和撫子ですよ?」


「なんだそれは? よく分からんが、おまえが控えめのはずがあるか」


 言い返しながら、エキュリアは口元を綻ばせる。

 スピアも不満げな口調とは裏腹に、柔らかな笑みを浮かべていた。

 もう危機は去った。

 二人の遣り取りが、それをはっきりと語っていた。


「あの、スピアさん……?」


 恐る恐るといった声が掛けられる。

 沼が埋まるのも呆然と眺めていたセフィーナだが、ようやく事態を受け入れようとしていた。


「本当に、あの魔族を……六魔将の配下を倒したのですか?」


「そうみたいです」


「えっと……どうして他人事のような言い方をなさるのでしょう?」


「だって六魔将とか配下とか、本当かどうか知りませんし」


 あ!、とエキュリアたちが声を揃える。

 言われてみれば、当然の疑問だった。


「いやしかし、魔族だったのは間違いないだろう。あれほどの異質な力も、六魔将が関わっているとなれば納得できる」


「ええ。迫力もありましたし、並大抵の魔族とは違うかと……」


「まあ、相手の肩書きなんてどうでもいいです」


 さらりと言い捨てられて、エキュリアたちはまた目を白黒させる。

 六魔将が関わっているとなれば国の一大事だ。

 いや、もっと大きな問題かも知れない。

 人類種全体の敵とも言えるほど、強大かつ恐るべき相手なのだから。


 しかしスピアも、ふざけて話を流そうとしたのではない。

 腕組みをして、珍しく真剣な表情で考え込んでいた。


「異質な力って言われて気づきました。あの人、セフィーナさんを狙って来たようなこと言ってましたよね?」


「む……そういえばそうだな。いったい何を企んでいたのか……」


 話を聞き出せていれば、とエキュリアは思う。

 けれど口には出さない。

 そんな余裕をみせてよい相手ではなかったし、実際に戦ったのはスピアだ。後方に控えていただけの悔しさも、エキュリアの胸には浮かんでいた。


 とはいえ、悔しさに項垂れていて良い事態でもない。

 いったい魔族は何を目論んでいたのか?

 これから何が起ころうとしているのか―――、

 エキュリアもセフィーナも眉根を寄せて、懸命に思考を巡らせる。


「殿下は、なにか魔族が関わってくる心当たりなどありませぬか?」


「……もしやとは思っていたのです。ですが……」


 セフィーナはきつく目を伏せて項垂れる。

 その推測を語るには、躊躇いを振り払うだけの時間が必要だった。


「元々、兄はとても優しい性格をしていたのです。この国の将来を、いつだって真剣に考えていました。ですから、急に人が変わったようになってしまったのは、魔族に操られているのではないかと……もちろん、他の可能性もあるのですが」


 それは言い訳だ。

 王族は国のすべてに対して責任を負っているのだと、セフィーナも承知している。

 たとえ魔族に操られても、あるいは入れ替わられても、その責任から逃れるのは許されない。そう教育を受けている。


 だから推測の段階で語るべきものではなかった。

 たとえ事実であったとしても、王に殺された人間が生き返るはずもないのだから。


「殿下、それは……」


「分かっております。いずれにしても兄を止めなければ、この国は乱れたままです。それを正すため、わたくしは自分に出来ることをしなくてはなりません」


 強大な魔族が立ちはだかるとしても―――、

 そう決意し、セフィーナは瞳に揺るぎない輝きを宿す。

 凛として空を見つめる姿は、伝記にある救国の乙女にも似て美しかった。

 だからエキュリアも自然と膝をついて頭を垂れる。

 静かに控えていたエミルディットも、嬉しそうに笑みを零していた。


 歴史の重要な一場面として、いずれ書物に記される瞬間だったのかも知れない。

 けれど―――、


「話がズレてますよー」


 なんかもう色々と台無しだった。

 のんびりと述べたスピアに向けて、エキュリアたちは頬を引きつらせせながら視線を注ぐ。


「まだ王都にも着いてないのに、気が早いです」


「ぐ……正論だが、おまえに言われると間違っている気がするぞ」


「それよりも、人捜しです」


 魔族がなにを企んで暗躍しているのか?

 スピアだって考えなくはなかった。

 でも推測しか出来ない。答えは、いずれ相手に直接問い質せばいい。

 そう結論して、すぐに頭の片隅へと追いやった。


「べつに、考えるのが面倒になった訳じゃないです!」


「……それが本音か。まったくおまえは、国の一大事だというのに……」


「いまは事実が問題です。あのバイオリンさんは、明らかにセフィーナさんの居場所を突き止めてやってきました」


 スピアの指摘に、怒ろうとしていたエキュリアも押し留められる。

 言われてみれば、それも不自然な話だった。


「わたしたちはこれまで、なるべく目立たないようにしてきました」


「派手に魔物を倒したりはしていたがな」


「仮面も被ってましたし、セフィーナさんの存在は普通なら知られないはずです」


「あの仮面は怪しさたっぷりだったがな」


 ちくちくとツッコミが入れられる。

 むぅ、と唇を尖らせるスピアの横で、エキュリアが苦笑を零した。


「冗談だ。しかし言いたいことは分かったぞ。魔族には殿下の位置が察知されている。手段は分からんが、その事実は無視できんな」


「そうです。覗き魔族です」


「いや、覗きかどうかは知らんが……人を捜せる魔法でもあるのかも知れんな」


 一般にも、人や物を探す魔法は知られている。

 けれどそちらは範囲の狭いものだ。精々、街ひとつ分が限界になる。

 あるいは、大まかな方向を示す程度だ。

 国内の何処にいるかも分からない人間一人を見つけ出せる魔法など、スピアもエキュリアも知らなかった。


「わたしの失敗です。常識に囚われて、魔法を甘く見てました」


「おまえに常識を語られると違和感があるが……ともあれ、どうする? 居場所が知られるとなれば、身を隠しても無意味だ。街などに居れば、魔族と言えども容易には手を出せぬだろうが……」


 転移陣を使えば、すぐにでも街へと戻れる。

 そうすれば、ひとまずはセフィーナの安全を確保できるだろう。

 けれどそれは旅をやめるということだ。

 本物の『聖城核』を手に入れるという目的も果たせなくなる。


「やはり危険です。姫様、戻りましょう」


 エミルディットは不安を瞳に滲ませながら主張する。

 セフィーナの生命を第一に考えるなら、その意見も間違っていないだろう。


「ですが……エキュリアさんは、どう考えておられますか?」


「私は一介の騎士です。意見など……殿下のお考えに従います」


 反対一、保留一、といったところだ。

 ではもう一人は?、とセフィーナはスピアへ目を向ける。


「わたしも、どっちでも構いません」


 保留が二に増えた、と思われた。

 けれど違った。続けて、スピアはさらりと述べる。


「どっちにしても、わたしは王都まで行きますから」


「え……そ、それはどういうことでしょう?」


「本物の『聖城核』に興味があるんです」


 それは出発前にも言っていたことだ。

 つまり、いずれにしてもスピアは王都まで乗り込む。

 たとえ一人でも。どれだけ周囲から反対されようとも。

 そして派手な騒動を引き起こすだろうと、まだ付き合いの短いセフィーナにも容易に想像できた。


「ついでに、王様にも挨拶してきます」


「待て。ついでとか、そんな気軽に会えるものではない。あとおまえが挨拶だけで済ませるはずもない」


「王都の美味しい物も仕入れておきますね」


「人の話を聞け!」


 エキュリアの怒鳴り声を、スピアはのほほんとした顔で受け流す。

 真剣な話をする雰囲気はもう何処かに行ってしまった。

 そんな様子を見て、くすりとセフィーナも笑みを零していた。


「分かりました。スピアさん、わたくしも御一緒させてください」


「ひ、姫様!?」


「大丈夫です、エミルディット。たとえ六魔将と出会っても、スピアさんなら指一本で退けてくれます」


 諌められて、エミルディットは目をぱちくりとさせる。

 セフィーナがそんな冗談を言うのは初めてだった。


「わたしでも、ぷるるんでも大丈夫です。フルバーストで一撃です」


「ぷるっ!」


「あら、そうなのですね。ぷるるんさんも頼りにさせていただきます」


 黄金色の塊を挟んで、スピアとセフィーナはぷにぷにと突つく。

 その横で、エキュリアとエミルディットは揃って頭を抱えていた。


「殿下、キングプルンが喋るのは普通は有り得ないのですが……」


 エキュリアは諦め混じりに呟く。

 もはや、そんな問題でないのは分かっていた。

 国家の一大事に対して、ほとんど勢いだけで乗り切ろうとしているのだ。

 しかも、その決定はどうにも覆りそうにない。


「それじゃあ、このまま旅を続行ですね」


「はい。引き続き、苦労をおかけいたします」


 さらりとスピアが述べて、セフィーナも柔らかく一礼する。

 そうして二人はぷるるんに乗ろうとした。


「殿下、お待ちを。まだ魔族への対策がなにも決まっておりません。こちらの位置が知られているというのは、やはり放置すべきではないかと」


「それなら大丈夫です」


 答えたのはスピアだ。

 胸を張って、自信たっぷりに笑顔を輝かせる。


「反省しました。位置がバレてるなら、相手が何かをしてくると構えていればいいんです」


「迎え撃つ備えをするということか? いや、しかし……」


「とりあえずは、警戒の目を広げたいですね」


 ぷるるんの頭上へ、スピアは目を移す。

 そこではトマホークが羽根を休めていた。


 ついさっき魔族を仕留めるという仕事を終えたばかりだ。

 けれどスピアの意図を察したのか、すぐに首を起こすと、高い声で力強く鳴いた。


「うん、お願い。これからはなるべく遠くまで見張るようにね」


 トマホークはすぐに飛び立つ。

 上空を旋回して遠ざかっていく小さな影を見上げてから、スピアは今度こそ出発しようとぷるるんの上に乗った。


 セフィーナと、エミルディットも渋い顔をしながら黄金塊に同乗する。

 エキュリアも溜め息を落としながらも、サラブレッドの羽根をそっと撫でた。


「私も空から警戒に当たる。それで奇襲は防げるだろう」


「お願いします。また変な人が来たら、みんなでタコ殴りにしちゃいましょう」


「まあ、あの魔族のような襲撃者がそうそう現れるとも思えんが……」


 エキュリアなりに、場の雰囲気を和ませようとしての発言だったのだろう。

 けっして気を緩めようとしたのではない。

 だけどやはり、フラグというものを理解していなかった。


「……どうしましょう?」


 ぷるるんに乗ったところで、スピアは眉を顰めた。

 その視界にはトマホークの目が捉えたものも映し出されている。


「軍隊が、こっちへ向かってきます」


「は……?」


 意味が分からない。

 スピア以外、皆が同じことを思って言葉を失っていた。



お約束の、高速フラグ回収。

一息つく暇もありません。


次回は、作戦会議です。

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