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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
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撃退

 スピアの両脇に、二枚の薄い壁が沸き上がった。

 守りではなく攻撃のための壁だ。

 表面に複雑な魔法陣が刻まれていて、すぐさま光を放って浮かび上がる。


 ダンジョントラップ『炎と風の陣』―――、

 一方の魔法陣からは無数の炎弾が、もう一方からは風の刃が放たれる。本来は部屋の壁に設置して、自動的に侵入者へ襲い掛かるものだ。規模によっては、百名以上の集団にも対抗できる。


 今回は、その攻撃はバリオン一人へと集中した。

 なかばまで土砂に埋もれていたバリオンの体が、燃え盛る炎に包まれる。

 そこへ容赦無く、生木さえ両断する風の刃が追撃をかける。


「これも、トマホークの分です」


 無数の魔法が放たれるなかで、スピアは涼やかな声を投げた。

 同時に、また魔力を流す。

 浮かび上がった二つの魔法陣が重なって、さらに複雑な紋様となる。


「それともうひとつ、トマホークの分です!」


 放たれたのは渦巻く炎と風。

 緻密に絡み合った術式による一撃は、山肌を削ぎ落とすほどの爆発を巻き起こした。

 辺り一帯の空気がビリビリと震える。


「ひぁっ……!?」


 情けない声を上げたのはセフィーナだ。

 淑女の嗜みとして、口元を押さえることはしていた。けれどそのまま爆風の勢いに負けて尻餅をついてしまう。


「ひ、姫様! 大丈夫ですか!?」


「また無茶苦茶な真似を……いや、確実に仕留めろ! 油断するな!」


 呆気に取られていたエミルディットとエキュリアも、我に返って声を上げた。

 エキュリアは馬上から降りて槍を構えなおす。

 視界のほとんどは炎と煙で遮られていたが、爆発の中心部から黒いものが飛び出すのが見て取れた。


 バリオンは元より黒い肌をしていた。

 けれど、そうではない。

 飛び出したのは、もっと硬質な、黒光りする人型だった。

 爆発の勢いを浴びて地面に転がってから、その人型はゆっくりと立ち上がる。


「くくっ……なかなかに痛かったぞ。グルディンバーグ様から授かった、この硬質化の力がなければ危うかったであろうな」


 余裕を見せつけるかのように、バリオンは低い笑声を響かせる。

 その姿は、一見すると黒い甲冑を纏った騎士だ。けれど滑らかな表面には細い筋が無数に走っていて、赤黒い魔力の粒子を溢れさせている。

 全体が微かに脈打ってもいる。

 甲殻類を磨き抜いたらそうなるのでは、と思わせるものだった。


「最初の一撃も悪くなかった。しかし俺に不意打ちは効かぬ」


「焦って飛び退いただけですよね?」


 スピアは軽く手を振りながら、不満げに口元を捻じ曲げる。

 腹を打たれた人間は、あまり派手に吹き飛ぶものではない。ほとんどの場合は蹲って悶絶する。

 そうスピアは承知していたので、最初に仕留め損なったのも分かっていた。


「失敗です。朝御飯にカレーでも食べておくんでした」


「は……? 朝の、食事だと?」


「そうすればもっと力が出て、踏み込みも深くなってました」


 一人で反省をして、スピアはうんうんと頷く。

 黒甲殻で顔まで覆われているので、バリオンの顔は窺えない。

 けれど呆気に取られているのは伝わってきた。


「く……くかかっ、そう思いたければ思うがいい。だが一撃で決められなかった以上、もはや貴様に勝ち目はないぞ。この魔装は絶対に破れぬのだからな」


 そして、と言いながらバリオンは腕を高々と振り上げた。

 握り込まれた拳も甲殻で覆われている。


「見よ! この絶大なる破壊の力を!」


 拳が振り下ろされ、轟音とともに地面を打ち据える。

 無数の亀裂が地を走り、石礫や土砂が凄まじい勢いで撒き散らされた。

 重々しい衝撃は、まるで地揺れのようだ。


 咄嗟に、スピアは前方に土壁を作って石礫を防ぐ。

 ぷるるんも守りについていたので、セフィーナやエミルディットにも怪我はなかった。


「どうだ? 俺がその気になれば、貴様らなど指一本で砕け散るぞ」


 甲殻の兜越しでも、バリオンの得意気な顔が見えるようだった。

 事実、貧弱な人間など蟻よりも容易に潰せるのだろう。剣も魔法も通さない鎧に守られたまま、圧倒的な暴力を振るい、たとえ軍隊でも一人で相手取れる。

 バリオンには、それだけの力が与えられていた。

 体力と魔力が続く限り、並の人間では動きを止めるのも難しいだろう。


 エキュリアやセフィーナが言葉を失っているのも無理はない。

 ただ、スピアだけは、べつの意味で沈黙していた。


「もはや抵抗は無意味だと分かっただろう? 貴様と姫、それと従魔どもも生かしておいてやろう。グルディンバーグ様が興味を持たれれば……」


「決めました!」


 バリオンの言葉を遮って、スピアは陽気な声を上げた。


「迷ったなら、両方を選べばいいんです」


「は……? なにを言っている? 貴様らには素直に従う以外の選択肢など……」


「違います。その硬そうな鎧を、砕くか砕かないか、です」


 静寂が場を支配する。

 人類種と魔族との垣根も越えて、全員が同じことを思った。

 なにを言っているんだコイツは、と。


「まあ、難しいのは後半だけなんですけどね」


 さらりと述べたスピアは、軽やかに一歩を踏み出す。

 まだバリオンとの距離は十数歩は離れていた。

 けれど次の瞬間には、スピアはバリオンに手が届く位置まで迫っていた。


 実際、手が届いた。

 真っ直ぐに伸ばされた白い指先が、とん、と黒甲殻の腹部に触れる。

 そのまま握り潰した。


「なぁ―――ぼあゅっ!?」


 甲殻の剥がされた腹部の中心に、スピアの拳が叩き込まれた。

 背中まで衝撃が突きぬける。

 今度こそバリオンは悶絶し、吐瀉物を撒き散らしながら膝をついた。


「やっぱり。魔力の流れを塞げば、簡単に砕けますね」


 涼やかに述べたスピアは、すでにバリオンの横に回っていた。

 蹲ったバリオンの腕を取る。捻り上げ、大柄な体を崩して放り投げる。


「ダンジョン武闘術中伝、底無し投げ!」


 宣言が響いた時には、バリオンの体は宙を舞い、そして湿った音に包まれていた。

 着地か着水か、微妙なところだろう。

 そこにあったのは底無し沼だ。

 バリオンが投げ落とされた地面は、すでにダンジョン魔法によって変化していた。

 ぬかるんだ泥沼へ、甲殻に包まれた頭から叩き込まれる。


 そこでようやく我に返ったバリオンは懸命にもがく。

 どうにか頭を沼から出したが、体は呑み込まれたままだ。

 どれだけ手足を暴れさせても、粘つく大量の泥に力を吸収されてしまう。


 こうなっては自慢の甲殻もまったく役に立たない。

 むしろ動きを阻害して、バリオンを沼底に引き込む手伝いをしている。


「最後のチャンスです。素直に謝るなら、引き上げてあげてもいいですよ?」


「ふ、ふざけるな! こんな小細工で勝ったつもりか!? すぐに脱出して……」


 言いながら、バリオンは腕を高く掲げた。その先に魔法陣を描き出す。

 単純な力では底無し沼から抜け出せない。

 ならば、魔法に頼ればいい。


 そのバリオンの判断はあながち間違っていなかった。

 そもそもバリオンは空を飛んで、ここまでやって来た。また空へと逃げれば泥沼も脅威にはならない。だから発動させようとしたのも飛行の術式だった。


 けれど、その程度はスピアだってすでに思いついていた。


「飛行禁止エリアに設定しておきました」


「は……?」


 間の抜けた声とともに、バリオンが描いた魔法陣が霧散する。

 そして、なにも起こらない。

 黒甲殻に包まれた体が徐々に沈んでいくばかりだ。


「反省の色なしですね。それじゃ、どうしましょうか。このまま蓋をして放置してもいいんですけど……?」


 スピアが首を捻ったところで、背後から高い鳴き声が上がった。

 トマホークだ。まだエミルディットに抱えられたままだったが、強い眼差しでなにやらスピアに訴えようとしていた。


「ん。じゃあ、トマホークに任せるね」


 スピアが頷くと、すぐさまトマホークは羽ばたいて空へと上がる。

 泥沼の真上で、翼から青白い光を散らした。


「たぶん、徹るよ。お腹の殻は剥いておいたから」


 そっと目を伏せながら呟いて、スピアは泥沼から距離を取る。


 直後、太い雷撃が降り注いだ。

 凄まじい轟音に、痛々しい悲鳴が重なる。

 真っ黒になるまで焼き焦がされたバリオンは、底無し沼に呑み込まれていった。



硬くて大きな相手でしたが、撃沈です。

大ピンチでしたね。


次回は、検討と対策です。

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