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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第一章 さすらいの少女(ダンジョンマスターvsオークキング)
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ほっと一息


 夕陽が完全に沈む直前に、スピアたち一行は街へ辿り着いた。

 少々無茶をして。平原を駆けて。

 いや、正確には駆けるというより跳ねていた。


「と、止まれぇっ!」


 見張りの兵士が大声を上げたのは当然だろう。厄介な魔物であるキングプルンが猛然と迫ってくるのだから。


 夕陽を受けて跳ねる黄金色の塊は、とても非常識な光景を描きだしていた。

 遠距離から魔法攻撃が放たれなかったのは、その塊の上に少女二人がしがみついていたからだ。


「す、スピア、もうちょっとゆっくり……」

「大丈夫です。もげません」

「なにが!?」


 エキュリアが喚いていたおかげで、兵士たちの注意も引けた。兵士たちの中には、領主の娘であるエキュリアの顔を知る者も少なからずいた。

 さすがに門の中まで突撃したら無事では済まなかっただろうが―――、

 守備兵たちが作った隊列の前で、ぷるるんはピタリと止まった。


「こんにちは。はじめまして」


 ぷるるんから降りたスピアは、丁寧に挨拶をする。

 エキュリアも降り立ったが、蒼い顔をして項垂れていた。


「うぅ……視界がぐるんぐるんする……」

「え、エキュリア様……?」


 兵士たちは武器を構えたまま、呆然として瞬きを繰り返す。

 いったいこの状況は何なのか?

 まともに答えられる者は一人もいなかった。


「エキュリアさん、この街、すごいですね。壁です。おっきいです。間近で見ると、やっぱり違いますね」

「ああ、うん……ちょっと待ってくれ。吐きそうだ……」


 エキュリアは口元を押さえて、ゆっくりと呼吸を繰り返す。ともかくも事情を説明するべきなのは分かっていた。

 けれどエキュリアが立ち直る前に、一人の男が近づいてきた。


「エキュリア―――」


 兵士の列を割って現れたのは大柄な男だ。クリムゾン伯爵家の長男であり、エキュリアの兄、ラスクード。騎士甲冑がよく似合っていて、厳しい顔立ちをしている。

 ただ歩くだけで威圧を振り撒く。

 混乱も押し黙らせて、ラスクードはエキュリアの正面に立った。


「この馬鹿者が!」

「っ……!」


 ぱぁん、と乾いた音が鳴り響いた。

 中空を見つめたまま、エキュリアは自身の頬に手を当てる。一拍置いて、平手打ちをされたのだと分かった。


「父上から話は伺った。考えなしに行動しおって!」

「しかし兄上、私は……」

「黙れ! 貴様の身勝手な行動で、どれだけの者が迷惑を被ったと思っている!

いいか、民を守るのが騎士の務めだが、容易く命を投げ捨てるなど―――」


 ラスクードはまた手を振り上げた。

 反射的に、エキュリアは目を閉じる。しかし痛みは襲ってこない。

 だけど先程と同じように乾いた音は響いた。


「え……?」


 目を開けたエキュリアが見たのは、頬を叩かれてふらつく兄の姿だった。

 そこには跳びあがったスピアもいた。

 何が起こったのか―――、

 誰もが驚愕したものの、その答えは目の前の光景から明らかだった。


「エキュリアさんをいじめるのは許しません!」

「なっ……き、貴様、どういうつもりだ!?」


 頬に真っ赤な手形をつけられ、よろめいたラスクードだが、すぐさま立ち直った。元より厳しい顔を怒りに歪めて、スピアを睨みつける。

 まず子供なら怯えて泣き出すところだろう。

 けれどスピアは腕組みをして堂々と立ち、力強く言い返した。


「やっと、街に帰ってこれたんですよ。オークも、魔物も、何匹も倒して。命懸けだったんです。そんなに苦労して帰ってきたのに……酷すぎます! 鬼です! 外道です! 血も涙もないんですか!? 事情があるにしても、兄だっていうなら、まずは優しく迎えてあげるべきです!」


 一気に吐き出された言葉に、ラスクードの方がたじろぐ。

 まさか言い返されるとは思っていなかったようだ。それでも伯爵家長男の誇りか、生来の気質か、いずれにしても小娘に言い負かされるなど我慢ならない。


「だ、黙れ! 無関係の者が口出しするな!」

「関係あります! エキュリアさんは、わたしの友達です!」

「家の問題だと言っている! 平民の小娘がしゃしゃり出るな!」

「しゃしゃり出ます! 退きません!」


 もはや売り言葉に買い言葉だ。

 スピアもラスクードも顔を歪めて睨み合う。互いに退こうとしない。

 いつまでも続きそうな睨み合いだったが、やがて、ラスクードの方が焦れて一歩を踏み出した。


「ええい、訳が分からん! もういい! そこをどけ!」


 ラスクードはスピアの肩に手を伸ばすと、力任せに押し退けようとした。

 しかし体勢を崩したのはラスクードの方だった。

 踏み出した足が、スピアの足で真横に蹴り払われていた。

 さらにもう一方の足には雑草が絡みつく。そのまま地面ごとズレる。払われた足とは反対方向へ。


 つまりは、股裂きだ。

 さらに転がっていた大きめの石が、ラスクードの股間をしたたかに殴打した。


「ぬぼぉぁっ!?」


 苦悶の声が響き渡った。

 周りにいた兵士たちも、蒼ざめた顔をして内股になる。

 そしてスピアは止まらない。

 隙を作った上での追撃を、オーク相手に幾度も喰らわせていた。


「ま、待てスピア! やりすぎは―――」


 エキュリアが慌てて制止しようとしたが、その時にはもうスピアの拳が振り抜かれていた。

 小さな拳は、綺麗にラスクードの顎を打ち抜いた。

 がくりと脳を揺らされたラスクードは、そのまま白目を剥いて仰向けに倒れる。


 しん、と辺りは静まり返った。


「これで、私の方が正しいって証明されました。ちゃんと優しく迎えてあげてください」


 ―――いや、その理屈はおかしい。

 誰もが同じことを思っていたが、それを口に出す者は一人もいなかった。

 エキュリアも、頭を抱えるしかない。

 その肩に、ぷよん、と優しく当たる感触があった。


「ん? 慰めてくれるのか……って、おまえも色々おかしいだろう!」

「ぷるっ!?」


 ぷるるんは誤魔化すみたいに震える。

 エキュリアの喚く声ばかりが響いていった。







 王国の端に位置するとはいえ、クリムゾンの街は充分に栄えている。

 鉱山資源に頼るばかりでなく、温暖な気候のおかげで農地も豊かだ。民衆はまずのんびりと暮らせるし、行商人も多く出入りする。

 しかしオークの襲撃があって以来、街の活気は衰えるばかりだった。

 陽が落ちれば、大通りを行き交う人の姿もほとんどなくなる。


 そんな夜の街路を、スピアたちは静かに進んでいた。

 二人と一体だけでなく、周囲には十名ほどの兵士もいる。

 領主の娘であるエキュリアには護衛がついて当然。ぷるるんも、従魔とはいえ危険な魔物なので放置はできない。そしてスピアも、エキュリアの恩人であるとの説明はされたが、それ以上に警戒の目を向けられていた。


 原因は当然、ラスクードを叩きのめしたこと。

 領主の息子に対する暴力だ。エキュリアに庇ってもらわなければ、罪人として極刑を告げられていただろう。まあそうなったら、スピアは全力で逃げ出していたのだろうが―――、


 ともかくも、その騒動については適当な理由をつけて誤魔化すことにした。

 兄妹のちょっとした喧嘩だとか。子供の悪戯だとか。

 そうして庇われたスピアは、大人しくエキュリアの隣を歩いている。

 珍しく、しょんぼりと項垂れていた。


「もう気にするな。私を守ろうとしてくれたのは間違いないんだ。嬉しかったぞ」

「はい……」


 ラスクードの言動は荒っぽかったが、それは妹を心配していたことの裏返しだ。もしもスピアが割って入らなければ、頬を叩いた後、大切な妹を抱きしめていただろう。そして無事の帰還を喜んでくれたはずだ。

 そうエキュリアに聞かされて、さすがにスピアも反省していた。


「そうですよね。夜じゃあ街を見て回れないのも仕方ないです。まだ明日もあることですし、我慢します」

「って、しょぼくれてた理由はそれか!?」


 スピアは反省をした。

 だけどそれを引き摺りはしなかった。いつだって前向きなのだ。


 それに、街を見て回れないのが残念なのも本当だ。

 大きな街というだけなら、スピアは高層ビルが並び立つ都会も知っている。だけど規模の問題じゃない。石造りの建物ばかりが並ぶ、雑多な街の雰囲気は、スピアが知るものとはまるで異なっていた。


 中世、欧州風、ファンタジー―――、

 そんな言葉がスピアの脳裏をよぎっていった。

 異質な文化に触れるのは、それだけでも胸が弾むものだ。


 まるっきり子供みたいに目を輝かせて、スピアは夜の街を見回す。

 灯りは少ないが、それがまた新鮮でもある。ふとすれば躓いてしまいそうな石畳の感触さえ、スピアには刺激的だった。


「……まあ、ここは私の生まれ育った街だからな。喜んでくれるなら、こちらも誇らしく思える」


 いつまで在り続けられるか分からないが―――、

 そう呟きながらも、エキュリアは嬉しそうに微笑んだ。


「ともあれ、今夜はゆっくり休んでほしい。私はまた父上に怒られるだろうが、恩人への礼を尽くすくらいは許されるだろう」


 エキュリアは顔を上げて、街路の奥にある大きな屋敷を指差す。


「あれが私の家だ。歓迎しよう」

「エキュリアおねえさんは、本当にお嬢様だったんですね」

「ああ。らしくないのは自覚しているよ」


 また苦笑を零しながらも、エキュリアの足は自然と速まる。

 スピアも目を輝かせていた。

 美味しいご飯と、ようやくゆっくりと休めるベッドを期待して。







 玄関ホールに入ると、クリムゾン伯爵が待ち構えていた。


「おお、エキュリア! 無事でなによりだ。心配させおって」

「父上。ご迷惑を掛けて申し訳―――」


 言葉を待たず、クリムゾン伯爵は娘を抱き締めた。まだエキュリアの鎧や服には血の汚れなどもついていたが、そんなものに伯爵は一切構わなかった。

 恰幅のよい体が、エキュリアをすっぽり包むように抱き止める。

 エキュリアは戸惑っていたが、すぐに肩の力を抜いた。


 そんな親子の様子を、スピアは黙って見守っていた。

 もう騒動を起こすつもりはない。ぷるるんを外で待たせておくことにも、すんなりと同意しておいた。


(貴族の礼儀なんて知らないけど、とりあえず大人しくしてればいいよね)


 ひとまずの目的地に着いたことで、スピアにも幾分か余裕が生まれていた。

 今後の身の振り方も考えなくてはいけない。伯爵と言えば、偉い人だというくらいは分かる。仲良くしておいて損はないはず。家に帰るためには、自由に動ける環境が必要だけど―――、

 そういった思考も巡らせながら、スピアはぽつりと呟く。


「……やっぱり仲の良い家族って素敵ですね」


 スピアの隣には、門から案内してくれた侍女長がいた。

 髪は白く染まっている侍女長だけど、年齢を感じさせない。背筋はピンと伸びているし、鋭い緊張感を保ち続けている。

 礼儀作法とかに厳しそうだ。でも涙もろかったりするのかな―――、

 そんな印象を抱いたスピアだが、さすがに口にはしなかった。


「求められていないのに口を開くのは、無礼とされますよ」


 小声で鋭く述べた侍女長だが、その手は優しくスピアの頭を撫でた。

 スピアは素直に口を閉じて、こくこくと頷く。


「さて……其方がエキュリアを救ってくれたそうだな。まずは礼を言おう」

「はい。はじめまして。スピアです」


 ひとしきり娘の無事を喜んでから、クリムゾン伯爵はスピアへと向き直った。柔和な表情を浮かべているが、眼差しには探るような色も含まれている。


「聞けば、ラスクードを打ちのめしたそうだな?」


 非難するような口調ではない。

 それはそうだろう。スピアの見た目は、街で遊んでいるような子供にしか見えない。いくら報告があったとはいえ、騎士を叩きのめしたなど信じ難い話だ。


 あんまり子供扱いもされたくないけど―――、

 ちょっぴりの反感を覚えつつも、スピアは軽く目を伏せて反省を示した。


「あれは失敗でした」

「ふむ……否定はせぬのだな」


 クリムゾン伯爵の眼差しが険しさを増した。

 だからといってスピアは何か反応を返す気にもならない。小首を傾げるだけ。

 目潰しでも仕掛けてみようか―――、

 そんな”らしくない”思考も頭を掠めただけで、面倒くささの方が上回った。


「父上、話は後にしましょう。スピアも疲れているのです」

「む……そうだな。部屋を用意させよう。ゆっくりと休むとよい」


 促されて、スピアはほっと息を吐いた。

 一礼しながら目蓋を伏せる。


「はい。休ませてもらいます」


 スピアは柔らかく微笑む。その小さな体が揺れた。

 ふらり、と。

 まるで糸が切れたみたいに倒れ込んだ。

 咄嗟に侍女長が抱き止めたが、スピアの全身からは完全に力が抜けていた。


「スピア!? お、おい、どうした!? まさか何処か怪我を……」


 エキュリアもクリムゾン伯爵も大慌てで駆け寄った。

 細い肩に手を回して、まじまじと様子を窺う。だけど―――、


「……眠っているのか?」


 何日も緊張し続けていた反動が出たのだろう。

 静かな呼吸を繰り返すスピアは、無防備な寝顔をさらしていた。



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