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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
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襲撃


 険しい山道を行くのは、王族であるセフィーナには厳しいものになっただろう。

 もしも自分の足で歩くのなら、きっと半日ももたなかった。

 馬車でも荒れた道に難儀させられたはずだ。


 けれど、ぷるるんやサラブレッドに乗っていればまったく問題にならない。

 敢えて言うなら、少し風が冷たいくらいだ。


「本当に人がいませんね」


「まあ、散歩がてらに入り込むような場所ではないからな」


「ですが、悪い風景ではありませんね。自然の大きさを実感させられます」


「珍しい花も多いですね。髪飾りのデザインに取り入れたら、姫様によくお似合いになるかと思います」


 時折足を緩めながら、スピアたちは荒れた山道を進む。

 昼前になっていくらか雲が出てきた。


「山の天気は変わりやすいんですよねえ」


「そうらしいな。少し足を速めた方が……」


 のんびりと言葉を交わしていたスピアだが、ぴくりと眉根を寄せた。

 首を回して上空へと目を向ける。


「なにか、来ます」


 スピアが告げると同時に、ぷるるんとサラブレッドが立ち止まった。

 ぷるるんの上で羽根を休めていたトマホークだけが動く。

 一気に空高くへ舞い上がると、トマホークは威嚇するように高く鳴いた。


「殿下、お気をつけください。敵襲のようです」


「は、はい!」


 エキュリアはサラブレッドの手綱を強く握り、長い槍を構える。

 いざとなれば空中での騎乗戦闘を行うつもりだ。

 空を飛ぶ経験こそなかったエキュリアだが、騎馬での戦いならば心得があった。


 セフィーナとエミルディットは肩を寄せ合い、ぷるるんの影に隠れるようにする。

 スピアは一人で前に出て、皆の動きを確認していた。


「セフィーナさんたちも、咄嗟の対処に慣れてきたみたいですね」


「そうでしょうか? ですが、わたくしは守られるばかりで……あ、もしかしてスピアさんが魔物と戦っていたのは、こういった経験を積ませてくれるために?」


「え? あ、そうです。実は深い考えがあったのです」


「いま、え?って言いました! 姫様、騙されてはなりません!」


 緊張がほぐれたところで、スピアはあらためて上空を見つめた。

 けっしてエミルディットの追及から目を逸らしたのではない。


 空から迫る影があった。人の形をしている。

 厚めの外套を纏った大柄な男だ。

 以前にも、スピアは似たような影を見た覚えがあった。


「あの黒い肌……まさか、魔族か!?」


「そうみたいですね」


 緊張感を纏ったエキュリアとは裏腹に、スピアはのんびりと答える。

 魔法能力に長け、身体能力にも優れた魔族は、他の人類種にとって脅威と言える。魔法で空を飛べるだけでも、並の魔術師とは掛け離れた技量だと分かる。


 けれどスピアだって、サラブレッドに乗れば空くらい飛べる。

 今更、驚くことでもない。

 なにより、以前に出会った魔族がマヌケだったので、どうにも危機感が沸かなかった。


「この大陸って、魔族と出会うのは珍しいんですよね?」


「そうだ。しかもこんな場所に来るなど、もしや殿下を狙って……!」


 上空で光が弾けた。

 魔族の男が魔法陣を浮かべて、そこから数発の光弾を放っていた。

 狙いは、旋回していたトマホークだ。


 矢よりも早く迫る光弾に対して、トマホークも急加速して回避する。さらに雷撃を放って反撃も行った。

 無数の光が上空で弾け、交錯する。

 激しい戦闘の様子を、スピアは眉根を寄せて見つめた。


「むう。いきなり攻撃してくるなんて、非常識な人ですね」


「なにを悠長なことを。あれは魔族だぞ、敵と決まっている」


 警戒の構えを取っているスピアと違って、エキュリアの目にはありありと敵意が宿っていた。

 以前、クリムゾンの街が存亡の危機に晒された際にも、魔族が裏で糸を引いていた。それはスピアの口から伝えられている。だからエキュリアがいきり立つのも当然だった。


「私も前に出るぞ。相手が魔族となれば、一気に討った方が……っ!」


「っ、トマホーク!?」


 上空で真っ赤な光が瞬き、甲高い鳴き声が木霊した。

 巨大な絨毯のように広がった炎が、トマホークを包み込んでいた。

 速度には秀でているトマホークでも逃げ場がなかったのだ。

 炎に巻かれながら落下するトマホークは、それでも懸命に翼を動かしていた。


「ぷるるん、お願い!」


 珍しく焦った声を上げたスピアだが、すぐに指示を出した。


 ぷるっ!、と応えた黄金色の塊が飛び出す。

 空中へと大きく跳ねたぷるるんは、トマホークを受け止め、着地した。

 そうしてまた素早く戻ってくる。まだトマホークの羽根は赤く燃えていたけれど、ぷるるんが器用に炎だけを呑み込んでいった。


「ごめんね、無茶をさせて。もう少しだけ我慢してて」


 スピアは『倉庫』から小さな瓶を取り出す。

 魔法効果も込められた回復薬だ。すぐに蓋を開けて、トマホークの全身へと振りかける。半透明の液体が青白い光を発して、傷を癒していった。


「エミルディット、貴方も治療を手伝ってあげてください」


「え……あ、はい。お任せください!」


 戸惑いながらも、小さく拳を握って駆け出す。

 エミルディットは神聖魔法の使い手だ。

 治療魔法の心得しかないが、いまはそれで充分に役立てるだろう。

 スピアからトマホークを預かると、エミルディットは静かに祈りを始めた。


「そちらは任せて大丈夫なようだな」


 安堵も混じった呟きをして、エキュリアは前方へと目を向けなおす。

 上空から、魔族の男がゆっくりと降りてきていた。


「私は、ヤツを討つ!」


「ダメです」


 馬腹を蹴って、エキュリアは飛び出そうとした。

 しかしスピアから制止が掛かる。

 サラブレッドは一歩進んだだけで、嘶いて足を止めた。


「な、何故止める!?」


「譲れません。トマホークの仇は、わたしが討ちます」


「いや、仇って、気持ちは分からんでもないが、ちゃんと生きているだろう?」


 戸惑うエキュリアの横を抜けて、スピアは前に出る。

 もう魔族の男も地上に降りて、やや距離を置いた位置から様子を窺っていた。


 やはり大柄で、屈強な体格をした男だ。

 首回りなども太く、全身が鍛え上げられているのが見て取れる。

 トマホークと空中戦をしたのに疲れた様子もない。


「退屈な任務かと思っていたが、面白い連中と会えたものだ。貴様が、あの鳥の主人か?」


「そうです。あなたは、敵ですね?」


「ふっ、そう思って構わん。我が名はバリオン。六魔将が一人、グルディンバーグ様の命で動いている」


「なっ……六魔将だと!?」


 慌てた声を上げたのはエキュリアだ。

 その反応に、バリオンは得意気に口元を吊り上げる。


「くかかっ、魔将と聞いただけで震え上がるか。やはり人間どもは脆弱だな。しかし無理もあるまい。グルディンバーグ様がその気になれば、貴様らなど国ごと容易く叩き潰せる。つまり、その配下である我に睨まれた貴様らは終わりということだ」


 外套を翻すと、バリオンは全身に纏っていた威圧を一段増した。

 まるで重い風が吹いたように周囲に圧迫感が漂う。

 エキュリアも、その背後にいるセフィーナたちも、一様に顔色を蒼褪めさせた。


「ぐ……まさか、このような大物と出会ってしまうとは……」


「ど、どうしましょう? わたくしだけでも逃げた方がよいでしょうか?」


「そ、そうです! 姫様だけでもお逃げください。六魔将の配下なんて、私たちではどうにもなりません!」


「でもこの前、一人倒しましたよ?」


 え?、と三人の声が重なる。

 その視線の先では、スピアが不思議そうに首を捻っていた。


「エキュリアさんには話しましたよね?」


「待て、聞いてないぞ。オークキングの時に魔族と出会ったとは聞いていたが……」


「それです。たしか、ボルボルさんとか名乗ってました」


 場の全員が呆気に取られた顔でスピアを見つめる。

 バリオンでさえ、信じられないといった顔をしていた。


「ボルボル……もしや、ボルドザーグか? たしかに奴は連絡を絶っているが……」


「あ、それです。真っ二つになっても生きてる人でした」


「っ……! では、本当に貴様のような子供が? いや、しかしこれだけの魔物を連れているのだ。見掛け通りではないということか」


 どうやら厳しい外見とは裏腹に、バリオンは柔軟な思考をしているらしい。

 好敵手を見つけたように、スピアを見据えると笑声を零した。


「そこの姫以外に用は無かったのだがな。ついでに貴様も、グルディンバーグ様の下へ連れて行くとしよう」


「勝手なことを言わないでください。お断りします」


「ふん。貴様らに選択肢などない。嫌だと言うなら力尽くで―――」


 バリオンの言葉は中断された。力尽くで。

 いきなり目の前にスピアが迫っていたのだ。

 地面ごと滑って移動したスピアは、その勢いのまま拳を突き出した。


「な、っ―――!?」


 小さな拳がバリオンの腹に打ち込まれる。

 凄まじい打撃音とともに、大柄な体が後方へと吹き飛んだ。

 そして岩壁へと激突したバリオンは、派手に散った土砂に埋め込まれる。


「まずは一発。これはトマホークの分です」


 ふぅっ、とスピアは息を吐く。

 けれど間を挟むこともなく、追撃を重ねるべく全身から魔力を溢れさせた。



いきなり襲ってきた魔族に、大ピンチ(ピンチとは言ってない)です。


次回は、撃退です。

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