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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
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エミルディットの覚醒?


 関所を後にしたスピアたちは、また街道から外れて東へと進んだ。

 やがて陽が落ちて野営をすることになる。

 もっとも、小屋を建てて休むので“野営”と言うのは少々間違っているが。


「ではスピアさんは、オークキングも討伐なさったのですか?」


「勝手に潰れてくれました」


「あのなぁ……おまえはもうちょっと説明する努力をしろ。折角、殿下が興味を持ってくださったのだぞ」


 夕食の後、四人はお茶を飲みながら談笑していた。

 テーブルの上に置かれたカップからは良い香りが漂っている。ソファも人数分揃っていて、暖炉のおかげで寒さに悩まされることもない。

 いまも部屋の脇に控えているアカガネが、食後のデザートまで用意してくれた。


「……こんなの絶対おかしいです」


 項垂れたまま、エミルディットは眉根を寄せていた。

 けれどその呟きは、スピアの陽気な声で掻き消される。

 元より誰かに聞かれたい呟きではなかったけれど、脳天気な声はやたらと耳に残って、それがまたエミルディットの苛立ちを煽っていた。


 まあ真っ当な反応だろう。

 いくら魔法だって、簡単に家を建てられはしない。

 土壁を作るくらいの魔法はあるけれど、それを“永続化”させるには複雑な術式と大量の魔力が必要になる。


 ましてや、いま四人がいるのは木造の小屋だ。

 樹木を加工してあっという間に組み上げるなんて、そんな魔法をエミルディットは聞いたこともなかった。


「わたしが物知らず……なんてこともないはずです」


 また呟きながら、エミルディットは小さな拳をぎゅっと握り締める。

 教会で育てられていた頃から、側仕えとして召し上げられてからはさらに、エミルディットは様々なことを積極的に学んだ。才能のあった治療魔法だけでなく、他の魔法についても多少は詳しくなった。

 平民でありながら貴族と近しい立場になったために、異なる常識に悩まされたこともある。だけどエミルディットが常識人であるのは、まず間違いない。


 だから自信を持って言える。

 こんな状況は非常識だ、と。


 本当なら、初日に指摘するべきだった。

 けれど驚くばかりで何も言えなかった。

 今夜こそ、と思っていたけれど、灰軍狼とも戦いがあってまた衝撃を受けた。

 その衝撃から立ち直れぬまま、流されて夜更けを迎えてしまっていた。


「危険です。見過ごせません。私がなんとかしないと。このままでは姫様まで非常識に染まってしまいます……」


 ぶつぶつと呟く。

 その声はまた誰にも届かなかったけれど、さすがに不自然な態度は目に留まった。


「エミルディット、どうかしたのですか?」


 呼び掛けられ、はっとしてエミルディットは顔を上げる。

 そこで注目されているのに気づいた。


「あ、いえ、そのぅ……」


「眠くなっちゃったかな? ご飯も食べたし、子供は寝る時間だよね」


「あ、あなただって子供です!」


 言い返したのは反射的なものだった。

 けれど切っ掛けにはなって、エミルディットの口調は勢いを増した。


「だいたい、おかしいことだらけです! キングプルンを従えてたり、転移陣を作れたり、天馬みたいな何かを召喚したり! おまけにあんな大きな狼の魔物をあっさり倒したりもして! あなたは、いったい何者なんですか!?」


「ひよこ村村長で―――」


「そういうことを聞いてるんじゃありません!」


 鋭いツッコミを向けられ、スピアがびくりと肩を縮める。

 困った顔をして、横のエキュリアを見た。


「どうしましょう。エキュリアさん以上のツッコミ名人が覚醒しちゃったかも知れません」


「おい待て。なんだそのツッコミ名人というのは―――」


「話を逸らさないでください!」


 勢いよく立ち上がったエミルディットが、二人を指差す。

 スピアとエキュリアは、「はい!」と揃って背筋を伸ばした。


 逆らってはいけない。

 そう思わせるだけの迫力が、いまのエミルディットにはあった。


「スピアさんの魔法も疑問です。でも一番の問題は、その思慮に欠けた行動です! 今日のことにしても、どうして魔物の群れに突撃なんてしたんですか!?」


 倒せたんだからいいんじゃない?

 なんて反論も、スピアの頭の中には浮かんだ。

 けれど黙って顔を伏せておく。うっかり口を開けば、何倍にもなって返ってきそうだった。


「エキュリア様も、どうして止めてくださらなかったのです!?」


「いや、それは……スピアを信頼していたというか……」


「だからといって、わざわざ危険を冒す理由はなかったはずです! どうして姫様の安全を最初に考えないのですか! 今回は上手くいきましたが、一歩間違えれば命を落とす可能性だってありました! そもそも私たちは、正体を知られる訳にはいかないのです。なのに、目立つような行動をするなんて言語道断です!」


 エキュリアも小さくなって項垂れる。

 一気にまくしたてたエミルディットは、腰に手を当てて、荒々しく息を吐いた。

 その隙に、スピアはセフィーナへと目配せをする。


「えっと……エミルディット、そのくらいにしませんか?」


「ぅ……姫様、ですが……」


「心配してくれるのはよく分かりました。とても嬉しく思います」


 セフィーナは柔らかな笑みを浮かべる。

 宥める意味もあったけれど、言葉に込めた感謝の気持ちも本物だ。

 そんな表情を向けられては、エミルディットも眉を吊り上げてはいられない。


「分かりました。でも本当に、これ以上の危険は避けてください」


「はい。エミルディットを怒らせると怖いですからね」


「そ、そんなことありません!」


 エミルディットは頬を膨らませる。

 だけど怒るのではなく、恥ずかしそうに耳まで紅く染めていた。

 年相応の素直な表情だ。けれど―――、


「ん~……」


 嬉しそうに綻んだエミルディットの横顔を眺めて、スピアは首を捻る。


「どうした? また妙なことを企んでるのではあるまいな?」


「むぅ。エキュリアさんは時々失礼です」


「日頃の行いの結果だと思え。それより、難しい顔をしていた理由だ」


「大したことじゃないです」


 少し、エミルディットの態度が気に掛かっただけ。

 真面目すぎると言うつもりはない。

 ただ、切羽詰まってるように見えなくもないような―――、

 そんな違和感を、スピアは覚えていた。


「まあたぶん、気のせいです。それよりも明日から無茶は禁止ですよ」


「おまえが言うな! いいな、次はちゃんと止めるからな!」


「エミルディットちゃんを怒らせたくはないですもんね」


 うんうんとスピアは頷く。

 旅路の夜は、そうして穏やかに過ぎていった。








 翌日―――。


「どうしてまた突撃したんですか!?」


 広々とした草原で、エミルディットが眉を吊り上げて吠えていた。

 小さな手が指差す先には、牛ほどに大きなトカゲの魔物が転がっている。

 二十匹以上もいたが、スピアとぷるるんによってすべて仕留められていた。


「えっと、急に魔物が出たので?」


「だから言いました! あの魔物は、日陰に入れば足が遅くなるから逃げられるんです! 近くに森だってあるじゃないですか!」


「人間には、逃げちゃいけない時もあるんだよ?」


「いまはその時じゃありません!」


 スピアはそっと目を逸らして誤魔化そうとする。

 草原に、幼い怒鳴り声が響き渡った。



平穏な旅路でした。


明日は幕間、明後日と合わせて連続更新です。

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