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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
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ダンジョンマスターvs開拓村喰らい②

宝はともかく、箱そのものは初登場だったはず。


次回は、旅を再開です。


 幾本もの炎の柱が立ち、兵士集団を囲うように燃え盛る。

 まとめて丸焼きにしよう、なんてことじゃない。

 むしろ逆で、炎の壁が灰軍狼エイムド・ヴァルグからの攻撃を遮った。


 さらに上空からは小さな影が急降下してくる。

 瀕死の兵士を捕らえていた灰軍狼に、その影は襲い掛かった。獣の目でも捉えきれない速度で、雷撃を纏って、小さな影は狼どもを蹴散らす。


 数頭の仲間を倒されると、群れの後方にいた大型の灰軍狼が一鳴きした。

 重々しい吠え声が響く。

 それと同時に、狼たちは素早く後退していく。


「ふむぅん。これで一段落かな?」


 サラブレッドの背から降りて、スピアは大きな翼をそっと撫でた。

 見事な奇襲を仕掛けた白馬は誇らしげに嘶く。


 エキュリアたちもぷるるんから降りると、周囲を警戒して身構えていた。

 セフィーナとエミルディットは戦う術を持たないが、守られやすいように動くのは心得ている。


「ぷるるんも、セフィーナさんたちを守ってあげて」


 ぷるっ!、と黄金色の体が揺れる。

 小柄な少女の言葉に頷く、素直で頼もしい従魔。

 見ようによっては心和むような遣り取りだ。

 けれど事情をまったく理解できない兵士たちには、困惑を覚えさせるだけ。


 いきなり魔物を連れた少女が飛び込んできたのだ。

 助けられたのは事実だが、相手は仮面で顔を隠している。

 あからさまに怪しい。

 こんな状況で救われたと安堵できるのは、よほど脳天気な者だけだろう。

 それに実際、まだ危機は去っていなかった。


「おい、貴様はクリムゾンにいた魔物使いでは……」


「話は後です」


 涼やかな声で述べたスピアだが、有無を言わさぬ威圧も滲ませていた。

 仮面越しに一点を見据えている。


 炎に照らされた広場の先、灰軍狼の群れはまだ完全には撤退していなかった。

 群れのボスである大型の狼を中心にして、陣形を整えなおしている。

 低く呻る大型の灰狼も、油断なくスピアを睨みつけていた。


「なかなか手強そうですね。万が一があるといけません」


 自然体で立ちながら、スピアはすっと腕を伸ばす。

 その手の先には何もない。けれど地面に、ぽっかりと丸い影が浮かんだ。

 一拍の間を置いて、そこからずずっと影が盛り上がって人型が現れる。

 スピア以外は、皆一様にその光景に息を呑んでいた。


「お待たせ致しました、ご主人様」


「待ってないよー。それより、シロガネもみんなを守っておいて」


「承知致しました。全力を尽くします」


 丁寧に一礼したのは、『倉庫』を使って現れたシロガネだ。

 もしもシロガネが“全力”を出せば、辺り一帯ごと灰軍狼を全滅させられる。

 けれど主人の見せ場を奪わないのもメイドの務めだ。

 そう心得ているシロガネは、一歩下がって控えた。


「うん。やっぱり狼って迫力あるね」


 スピアが足を踏み出す。正面にいる、大型の灰狼へと。

 言葉とは裏腹に、まるで近所へ買い物へ行くような軽い足取りだ。

 けれど隙が無く、大型灰狼もそれを察して低く呻った。

 配下の狼どもが左右に広がる。スピアを誘い込む陣形を取った。


「……人間を襲わないって約束するなら、逃げてもいいよ?」


 足を進めながら、スピアは一応の降伏勧告をしてみる。

 言葉が通じる魔物でないのは承知している。けれど念の為、というやつだ。


 そして返答は衝撃波だった。

 吠え声を合わせて衝撃波を放ち、灰軍狼はそれで獲物の隙を作る。

 貧弱な人間なら、それだけで骨を砕かれ、命を断たれてしまう。


「むぅ。うるさいです」


 スピアの歩みは止まらない。

 左右から放たれた衝撃波は、小柄な体に辿り着く直前で霧散していた。


 ダンジョン魔法による領域管理の応用だ。

 一部の空間を瞬間的に裂いて、衝撃波を遮っている。

 スピアにとっては能力頼みの単純な防御だ。

 けれど灰軍狼にとっては予想外だったらしく、威嚇の眼差しに困惑が混じった。


 これまで灰軍狼は、スピアを“警戒すべき獲物”と捉えていた。

 それが衝撃波を防がれたことで、“得体の知れない相手”に変わった。

 獲物ではなく、逃げるべき相手かも知れない。

 そう判断したが遅い。

 大型灰狼が撤退を考えた時には、その目の前にスピアが浮かんでいた。


 ついさっきまでゆっくりと地上を歩いていたのに。

 まるで瞬間移動でもしたように―――、


「伏せっ!」


 空中で身を翻したスピアは、鋭く拳を突き下ろす。

 ギャン!、と子犬みたいな悲鳴が響き渡った。


 頭をしたたかに打ち据えられた灰狼は、鼻先から地面に叩きつけられる。

 いっそ頭が破裂してもおかしくない一撃だった。


 それでもまだ灰狼は意識を保っていた。

 むしろ戦意を漲らせて、カッ、と目を見開く。震える足で立ち上がる。

 逆襲に燃える瞳の正面に、スピアは悠然と着地していた。


「大人しくしてくれないかな?」


 その呟きは灰狼の耳に届かなかった。

 はっきりと隙を見せた敵に、牙を剥いて襲い掛かる。

 小柄な体に、鋭利な牙が突き立てられた。そのまま敵を食い千切る。


 けれど、おかしい。

 牙の先にあったのは勝利の味ではなく、奇妙な違和感だった。

 新鮮な肉を噛んだはずなのに、どこにも柔らかさがない。

 ひたすらに硬い。

 しかも骨とは違う、不快な硬さだ。


「残念。幻です」


 本物のスピアは、灰狼の横へ回り込んでいた。

 ダンジョンに設置できる幻惑回廊、その応用だ。丁寧に作れば匂いや感触まで本物とそっくりに作り出せる。

 今回は急いで作ったので、そこまで精巧な幻ではない。

 けれど焦った狼を騙すには充分だった。


 それと、幻覚におまけも置いてある。


「空蝉の術ならぬ、空宝箱の術ですかねえ」


 呟きながら、スピアはくるりと身を翻す。

 その途端、大型灰狼の頭が爆発した。口の内部から粉微塵に吹き飛ぶ。


 宝箱に罠は付き物。

 それが噛み付いた瞬間に発動しては、大抵の魔物は無事でいられない。

 大型灰狼も胴体だけになって、ずしりと崩れ落ちた。


「さて、あとは……もふもふでも見逃せないよね」


 左右に首を回したスピアは、残った灰軍狼を数える。

 一人で片付けても、さして苦労はない。

 ぷるるんやトマホークに手伝ってもらえば、あっという間に片付きそうだった。








 そして片付いた。

 とはいえ、襲ってきた魔物が駆逐されただけだ。

 まだすべての問題が解決したとは言えない。


「では、謎の白仮面親衛隊長であるわたしは風のように去りますね」


「ちょっと待てぇ!」


 身を翻したスピアの背に、グモーブが声を投げた。

 思わず掴み掛かろうともしたが、手を伸ばしたところでサラブレッドの翼で叩かれた。尻餅をついて地面に転がる。


「大丈夫ですか?」


「あ、ああ……って、貴様の馬がやったことではないか!」


「いきなり背後から手を出してくるのも悪いと思います」


 スピアにしては真っ当な受け答えだった。

 けれどその顔は白い仮面に覆われている。やはり怪しい。


 グモーブも助けてもらった恩は感じている。

 大怪我を負った兵士もシロガネの魔法によって治療されていたし、周囲からも感謝の声が上がっていた。

 けれど関所を任された騎士の務めとしては、礼だけ述べて見過ごすことはできなかった。


「貴様、クリムゾンの街にいた魔物使いだな? それに、そこにいるのはエキュリア殿ではないのか?」


「な、なんのことだ? 私は、その、ただの旅仮面だぞ!」


「エキュリアさん、バレバレです」


「おまえが言うな! だいたい、こんな仮面ひとつで誤魔化そうというのが無理だったのだ!」


 ぷるるんやサラブレッドがいる時点で目立つ。

 だから見咎められるのは、スピアもエキュリアも覚悟していた。

 むしろセフィーナの正体を隠すのに都合がいいかも、くらいに考えていたのだ。


 しかしグモーブからすれば、二人の遣り取りに呆れるばかりだ。

 正体を隠す気がないならそんな仮面を被るな!、と声を荒げたくなる。


「と、ともかくだ! 貴様たちは他領の者だろう。この関所を通す訳にはいかぬ!」


「だけどこの関所、機能してるんですか?」


「ぐ……そ、それとこれとは話が別だ!」


 子供に言い負かされそうになっているグモーブだが、それでも騎士として務めは放棄できない。

 主であるワイズバーン侯爵に見捨てられたのは理解している。

 力尽くでスピアを止められないのも承知している。

 けれど根の部分で真面目な男なのだ。

 命令に逆らえない臆病さでもあるが、それが今回は良い方向に働いた。


「でも確かに、ここを壊れかけのまま放置しておくのも良くないですね。また魔物に襲われでもしたら大変です」


 灰軍狼の襲撃によって、辺りの木柵も一部が壊されていた。

 元より貧弱な拠点だったが、それがさらに酷くなっている。

 周囲の様子を窺ったスピアは、少し考えてから地面に手をついた。


「おいスピア、まさか……!」


 さすがにエキュリアは察しが良い。

 スピアは一晩でひよこ村を作った。それを知っているのも、この場ではエキュリアだけだ。


 けれど止められるよりも早く、スピアの手から青白い輝きが放たれていた。

 地面に吸い込まれた魔力は四方へと伸びていく。

 そうしてすぐに変化は起こった。


「んなっ……!?」


 誰かが上げた驚愕の声は掻き消される。

 重々しい音とともに地面が隆起すると、盛り上がった土砂が圧縮されて、瞬く間に硬い壁へと変化していく。さほど高い壁ではないが、関所の四方は完全に囲まれた。


「こんなところですかね。ビート牛の突進くらいは防げるはずですけど、あんまり頑丈じゃありません。手を加えるのはお任せします」


 一方的に告げると、スピアは今度こそサラブレッドに跨った。

 エミルディットも抱えて、他の仮面一行とともに去っていく。


 グモーブは呆気に取られるばかりだ。

 ぽかんと口を開けたまま、黄金色の塊が壁を跳び越えていくのを見送るしかなかった。


「なんなのだ、これは……?」


 静まり返った場で、グモーブは辛うじてそう呟いた。

 けれど答えが返ってくるはずもない。

 一人の兵士が、戸惑いながらも問い掛けてきた。


「あの、グモーブ様……我々はどうすれば?」


「そうだな……」


 額を押さえながら、グモーブはいくつか深呼吸をする。

 問われたところで答えはすぐに出て来ない。まだ混乱を鎮めるだけで精一杯だ。


「ともかくも、この場の始末だな。負傷者の手当て……は終わっていたか」


「はい。あのシロガネと呼ばれていた方のおかげで」


「ならば、狼どもの死体を片付けるか。それと、今回の事態を侯爵様に報告せねばならんな。あとは……」


 喋っている内に、グモーブも徐々に冷静さを取り戻してくる。

 クリムゾンの街で遭った異常経験のおかげで、幾分か慣れもあった。


「あの、侯爵様への報告というのは、彼女たちのことも……?」


「……当然であろう」


 渋い顔をしながらも、グモーブは肯定を返す。

 ひたすら与えられた命令に従う。グモーブはそうやって生き延びてきた。

 今更、その在り方を変えるつもりはなかった。


「だが……まずは状況を確認してからだ。砦の完成が最優先と言われているからな。あの壁の耐久性なども念入りに調べて、報告はそれからだ」


 騎士として主君には逆らえない。

 だが多少、行動が慎重になるくらいは許されるだろう。


 そんな屁理屈を胸の内で並べて苦笑を零す。

 命を救われた恩義を忘れないくらいには、グモーブにも良心は残っていた。



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