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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
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聖城核


 王城の奥深くに『聖城核』は保管されている。

 詳しい場所も、その扱い方も、代々の王族にしか伝えられていない。

 当然ながら厳重な警備態勢が敷かれている。事情を知らない騎士などでも、そこに至るための通路を守っている。王族にしか通れない魔法障壁もある。


 だから、『聖城核』を持ち出すだけでもセフィーナには困難だった。

 エミルディットとも協力して、何日も掛けて、慎重に警備の隙を突いたのだ。

 そうして城を出た後の旅路だって苦労の連続だった。

 だというのに―――。


「偽物……?」


 胸元にある緑色の輝石に手を当てて、セフィーナは辛うじて一言を口にした。

 指先は震えている。

 スピアの言葉を、まだ完全に信じてはいない。

 むしろ信じたくない気持ちの方が強い。


「そ、そんなはずありません!」


 声を荒げたのはエミルディットだ。

 だけどその言葉は、セフィーナの心を代弁しているようだった。


「『聖城核』に偽物があるなんて話は聞いたこともないです! 厳重に警備だってされてました。姫様だって、ちゃんと確かめられて……そうですよね?」


「え、ええ……間違いなく本物のはずなのですけれど……」


 セフィーナの声は尻すぼみになる。

 偽物があるなんて、そもそも可能性すら考えていなかった。


「スピアさんは、どうして偽物だと思ったのですか? 本物の『聖城核』を見たことはないのですよね?」


「わたしの鑑定眼に間違いはありません」


 さらりと断言されて、セフィーナは頬を引きつらせてしまう。

 スピアの目には確かに迷いはない。自分の言葉を信じきっている。

 背後に控えるシロガネも、当然です、と言わんばかりに静かに頷いていた。


「まあ、神を自称する相手の力ですからね。逆に頼りなくもあるんですけど」


「えっと、その神というのは……?」


「人攫いです。いつか、きっちりお返しをします」


 意味が分からない。

 おまけに、神を人攫い扱いだ。

 さほど熱心な信徒でないセフィーナにとっても、それは暴言にしか聞こえなかった。エミルディットに至っては、「不敬です!」と疑念を露わにしている。


 しかもスピアは、さらに混乱を引き起こすような言葉を続ける。


「まあ、偽物でも本物でも、どっちでも構いません」


「は……?」


 ぽかんと口を開けたまま、セフィーナは固まってしまう。

 対してスピアは人差し指を立てて問い掛けた。


「セフィーナさんは、お兄さんに大人しくなってもらいたいんですよね?」


「え? ええ……簡単に言ってしまえば、そうなりますけど……」


「だったら、ちょっと行って話をしてきます」


 もうここまで来ると、セフィーナは話についていけない。

 エミルディットも目をぱちくりさせるばかりだ。


「王都がどんなところかも見てみたいですし。それに……」


 夕御飯を楽しみにする子供みたいに、スピアは軽く述べる。

 だけどその黒い瞳に、一瞬だけ真剣な色が宿った。


「本物の『聖城核』にも興味が沸きました」


 街や城を作り、守護し、支配する力。

 それはダンジョンコアの機能にも似通っていると、スピアには思えた。







 結局、セフィーナの首飾りはそのままに放置されることになった。

 宝飾品として価値もあるし、スピアだって他人の持ち物を問答無用で叩き壊すほど我が侭ではない。

 それに、位置を知られる以外の害はなさそうだった。

 ならば対策を打てる。それどころか、逆に利用だって可能だ。


「とりあえず、十個作ってみたよ」


 テーブルの上に、緑色の輝石がばらばらと置かれる。

 ダンジョン魔法による“お宝召喚”の応用だ。


「セフィーナさんのをそのまま真似てみたけど、位置発信の魔法は別に組み込まないといけないかな?」


「お任せください。信号は記録してありますので摸倣可能です」


「じゃあ、お願い。あとは適当な場所へばら撒けばいいんだけど……」


「転移魔法を使えばよろしいかと。細かな位置は指定できませんが、物品を送るだけでしたら充分です」


 スピアとシロガネが、てきぱきと作業を進めていく。

 恐らく偽物の『聖城核』は、本物へと位置情報を送っている。

 ならば、その信号を複製して、あちこちから発信すれば、逆に相手を混乱させられる。


 その作戦は、速やかに実行へと移された。

 セフィーナとエミルディットは、愕然として見守るしかない。


「……わたくしの、これまでの苦労はいったい……」


「ひ、姫様は頑張っておられました!」


 まだ自分が持つ『聖城核』は本物だと、セフィーナは信じようとしていた。

 けれど目の前にそっくりの物をばらばらと並べられれば、その自信も揺らぐ。


 それに、先程のスピアの言葉も気になっていた。

 王都へ行く。兄と話をする。

 それは本来ならば、自分の役目ではないのか?

 偽物かも知れない石ひとつに頼るよりも、もっと適切な行動があるのでは―――。

 そんな疑念が、セフィーナの内で大きくなっていく。


「と、とにかく、いまはクリムゾン伯爵との話し合いを考えましょう!」


 エミルディットに強く促されて、セフィーナは身支度を整える。

 まだ戸惑いはあった。けれど足踏みしていても仕方ないと思考を切り替える。


「そうですね。いまはまず、わたくしに出来ることから始めましょう」


 セフィーナは表情を引き締める。

 国の乱れを正したい。

 その想いと、行動する意志は本物だった。

 いざという場面で貫けるかどうかはともかくも。







 午後にはクリムゾンの街へ向かう。

 スピアもセフィーナもそのつもりで準備を進めていた。

 だけど朝早くにエキュリアが訪れて、その予定の変更が告げられた。


「ご無沙汰しております、レイセスフィーナ殿下」


 ひよこ村に、クリムゾン伯爵の方から訪れてきた。

 屋敷の応接室が急いで整えられて、会談の場となっていた。


 セフィーナとクリムゾンが向き合って座る。

 エミルディットとエキュリアも同席して、壁際に立っていた。

 そしてスピアも、部屋の端で椅子に腰掛けて足をぶらぶらさせている。

 真面目な話が交わされていく様子を、しばらくは大人しく眺めていた。


「貴族同士の挨拶って、やたらと長いんですね」


「いいから、黙っていなさい」


 エキュリアがにっこりと微笑む。まるで子供を叱る母親みたいに。

 普段とは違う迫力を感じて、スピアはまた静かになった。


「此度の決断は容易なものではなかったでしょう。殿下の心中、お察し致します」


「わたくしの心など、どうなろうと構いません。ただ国を憂う想いがあること、それだけは信じてほしいのです」


「無論です。忠勇の神アグルータスの言葉に心打たれぬ者はおらぬでしょう」


「それだけ兄への不満を抱えている方が多いということでしょうか。ですが、それでもわたくしは慈愛の神イルシュターシアに祈らずにはいられません」


 遠回しな言葉遣いを混ぜながら、難しい話が進んでいく。

 概ね、穏やかに話はまとまっていった。


 王を退陣させようとする西方同盟としては、セフィーナに盟主となって貰いたい。

 セフィーナとしては、兄である王の命だけは救いたい。

 互いに目指すところは似ているので、手を取り合うのは難しくなかった。


「それにしても……ここまでの旅も、けっして楽ではなかったのでしょうな」


「そうですね。ですが、多くの経験を得られました。随分と刺激的なこともありましたし、楽しいと言える部分もあります」


 話が一段落して、クリムゾン伯爵がカップを手にする。

 真剣な表情を緩めて、セフィーナもお茶を口元へと運んだ。


「ではこの後は、アルヘイス公爵の下へ身を置かれるということで?」


「いえ。それは出来ません」


 自然に投げられた問いに、否定が返される。

 セフィーナは手にしていたカップを置くと、そっと自身の首へ手を伸ばした。

 下げていた首飾りを外す。


「こちらを、お預けします」


「……どういうことですかな?」


「わたくしは『聖城核』だと思って持ち出しました。ですが、偽物の可能性も出てきました」


 なっ!?、とクリムゾン伯爵は驚愕に顔色を変える。

 事情を知らなかったエキュリアも息を呑み、エミルディットも「姫様!?」と慌てた声を上げた。


「これが本物の『聖城核』であれば、王都を攻める際の力となるでしょう」


「それは勿論ですが……偽物の可能性とは、いったい?」


「わたくしも詳しくは分かりません」


 首を振ってから、セフィーナはちらりとスピアへ視線を向ける。

 エキュリアが敏感にそれを察して、「またおまえか!」と小声を投げた。

 でも、スピアはのほほんとしている。


「本物か偽物か分からないのです。けれど……」


 一旦言葉を切って、セフィーナは真っ直ぐな眼差しをみせる。

 柔らかな微笑に、揺るぎない決意を滲ませていた。


「どちらでも構わない。そうなるように動けばいいと、わたくしは教えられました」


「動くとは……まさか、殿下は!?」


「はい。もう一度、王都へと向かいます。そして本物の『聖城核』があるのでしたら、今度こそそれを押さえてみせます」


 間違いなく有効な策ではあるだろう。

 ただし、危険を恐れなければ、という条件が付く。


「なりませぬ! どうか、ご自重を!」


「そうです、姫様!」


 クリムゾン伯爵とエミルディットが揃って声を上げる。

 王族であるセフィーナの身を案じるならば、当然の反応だった。

 けれどこの場には、その当然が適用されない例外もいた。


「大丈夫です。頼りになる親衛隊長も同行してくれますから」


 静かに首を振ったセフィーナは、その“例外”へ目を向ける。


「お願いして、よろしいですよね?」


「はい。セフィーナさんも一緒に行きましょう」


 まるで遠足へ行く子供みたいに、スピアは呑気に笑っていた。



そんな訳で、王都まで新しいオモチャを探しに行きます。

今度は東への旅路です。


次回は、出発です。

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