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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
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湯船に浮かぶ

 ほわほわと湯気が漂う。

 薄灰色の床や壁はなめらかで、水滴に濡れて艶を放っている。

 それでいて足を滑らさないよう丁寧に手入れもされていた。

 泳げるくらいの広さがある浴室は、王族であるセフィーナから見ても贅沢なものだった。


「この村は、とても裕福なのですね」


「不自然なくらいですけど……ああ~、でもこのお風呂は気持ちいいですぅ……」


 湯船に肩まで浸かったエミルディットは、ほっこりと表情を緩める。

 年相応の、無邪気な笑みがそこにあった。


 昨日、二人は部屋に入ってすぐに眠ってしまった。

 そこにはシロガネの働きがあったのだが、ともあれ、気づけば朝になっていた。

 そこからまたシロガネに促されるまま、こうして旅の汚れと疲れを落としている。


 午後には、クリムゾン伯爵との会談が行われる予定だ。

 朝早くにエキュリアが訪れていた。もうサラブレッドに乗ることにも慣れたようで、空からの悲鳴は聞こえなかった。

 それでもスピアに対して文句は言っていたが。


 エキュリアの不満を除けば、事態は良い方向へ転がっている。

 本当に、急転直下というくらいに。


「なにからなにまで、スピアさんには助けられてばかりです」


「親衛隊長ですから」


 セフィーナの隣には、頭にタオルを乗せたスピアがいた。

 肩まで湯船に浸かって、脱力しきった顔をしている。


 王族と村長が同じ湯に入るなど、普通なら有り得ない。親衛隊長でも同じだ。

 侍女であるエミルディットも、はじめは側で控えているつもりだった。

 でも結局、スピアとシロガネに押し切られた。

 そうしていまは三人で肩を並べている。


「お姫様には、大きなお風呂が似合いますね」


「スピアさんこそ、異国のお姫様みたいですよ。夜空色の髪がとても綺麗で」


「そういえば黒髪って珍しいんでしたね。わたしのイメージだと、お姫様と言えば金髪なんですけどねえ」


 しっとりと濡れた黒髪を弄りながら、スピアは視線を移す。

 セフィーナの長い金色の髪も、綺麗な光彩を描いている。


 それにエミルディットも、普段は頭の後で結っているけれど、長く美しい髪をしている。やや白の混じった金髪は柔らかく輝いていた。

 肌も白くて瑞々しい。

 まだ女性的な曲線はないけれど、とても健康的だ。


「な、なんですか? あんまりジロジロ見ないでください!」


 視線に気づいて、エミルディットが身を捻る。

 小さく俯いた頭を、スピアはぽんぽんと撫でた。


「エミルディットちゃんは可愛いね」


「へ、変なこと言わないでくださいっ!」


 照れるエミルディットを横目に、スピアは湯船の縁に背中を預けた。

 もうちょっと巫山戯たいところだったけれど、嫌がられそうなのでやめておく。

 それに、向けられた視線も気になった。


「セフィーナさんも、ジロジロ見てますね」


「あ、いえ、失礼しました」


 スピアに注いでいた探るような眼差しを止めて、小さく頭を下げる。

 それでもセフィーナの顔には、まだ疑問が滲んでいた。


「もしかしたらスピアさんも神の使徒なのでは、と思ったものですから……」


「使徒、ですか? 見て分かるものなんですか?」


「恩寵を得た際に、体の何処かに『聖痕』が刻まれると聞いています。それで……探るような真似をして、本当に申し訳ありません」


 セフィーナは姿勢を正すと、重ねて謝罪を述べた。

 こういうところは本当に王族らしくない。良心的とも言える。

 簡単に頭を下げるなど、下位の貴族でさえ避けるものだ。


 だからスピアも、軽く手を振って受け流した。


「そういえば、手の甲に変なアザがあった気もしますね」


 え?、とセフィーナは目を見開く。

 スピアは濡れた腕を掲げて、ぼんやりと自身の手を眺めていた。


「だけど洞窟を出た時には消えてましたから、見間違いかも知れません」


「あの、それはどういう……?」


「まあ人攫いが恵んでくれる力なんて、欲しくもないですけど」


 独り言みたいに述べて、スピアは手を合わせた。

 拍手するみたいに重なった手の隙間から、勢いよくお湯が飛ぶ。


「わぷっ! な、なにするんですか!?」


「エミルディットちゃんは知らない? 水鉄砲だよ。こうして手を合わせて……」


「……えっと、こうやって……わぁっ!」


 思いのほか激しくお湯が飛んで、エミルディットは大きな声を上げた。

 そんな様子を見て、セフィーナはくすりと笑みを零す。


 だけどその笑顔はすぐに曇ってしまう。

 胸元に手を当てる癖は、セフィーナが城を出てから身についたものだ。

 そこにある硬い感触が、大切な目的を思い出させてくれるから。


「ん……? セフィーナさん?」


 スピアが気づいて、首を傾げる。

 訝しむ視線は、セフィーナの胸元で輝く首飾りに注がれていた。


 細い鎖が銀細工と繋がっていて、その中心には明るい緑色の石が収められている。掌で隠せるくらいの石だが、宝石としては大きい部類だろう。素人目にも価値があると分かるくらいの輝きを放っている。

 大切なものだからと、この浴室に入る時でさえ外さなかったものだ。


「あ、いえ、なんでもないのです」


「なんでもなくはありません。ご主人様、よろしいでしょうか?」


 否定の言葉を差し挟んできたのはシロガネだ。

 浴室の隅で控えていたのだが、いつの間にか湯船の脇にまで寄ってきていた。

 その眼差しも、セフィーナの首飾りを捉えていた。


「シロガネも気づいた?」


「はい。そこの首飾りが原因だと判断します。破壊した方がよろしいかと」


「な、なにを仰っているのです? これは『聖城核』で……あっ!」


 しまった、とセフィーナを両手を口に当てる。

 だけど遅い。


「『聖城核』ってなんでしょう?」


 普段は色々と聞き流すスピアだが、本当に大切なことは耳に留めていた。








 聖城核―――、

 それは遥か昔、唯一真実の国の都を支えていた。

 神から授けられたとか、超技術の産物だとか、様々な説がある。


 現存している幾つかのそれは、劣化した複製品だと考えられている。

 それでも都市ひとつを支えられるだけの力を持つ。一瞬にして堅固な城壁を築いたり、街全体を覆うような障壁を張ったりと、大規模魔法でもまず不可能な現象を引き起こせる。


 ベルトゥーム王国の興りも、その『聖城核』に頼ってこそだ。

 『聖城核』があってこそ国と認められる、という見方もある。

 魔物が跳梁跋扈するこの世界では、小さな集落を作ることさえ難しい。

 けれど『聖城核』があれば、広く安全な拠点を即座に確保できる。


 だから、ある意味では国王よりも重要な存在だ。

 『聖城核』を手にすれば平民でも国王になれる、なんて話まである。

 まあもっとも、同じような真似を簡単にできてしまう少女も存在するのだが。


「へぇ。正しく国宝ですね」


 その少女スピアはのんびりと述べて、グラスに注がれた果実水を飲み干した。

 腰に手を当てて、タオル一枚の姿でごきゅごきゅと。

 風呂上りの一杯だ。

 ほふぅ、と満足げな息を吐く。


「国どころか、世界にとっても宝と言えます。ですから……」

「そうです! 壊すなんて、とんでもないことです!」


 スピアたちは脱衣所で向き合っていた。

 ひとまず体を拭いて、それぞれが椅子に腰掛けている。

 この後はクリムゾンの街へ向かう予定だったが、その前に話し合う問題が出てきてしまった。


「だいたい、どうして急にそんなことを言い出すんですか!?」


 可愛らしい顔を歪めて、エミルディットが声を荒げる。

 向き合うスピアも、その剣幕に少し押されてしまったほどだ。


「ん~、シロガネ、説明をお願い」


「はい。つい先程、その石から魔法が発動されました」


 え?、とセフィーナもエミルディットも目を見開く。

 二人が感じ取れなかったのも当然だ。

 たとえ魔法に精通している者でも、気を緩めていれば気づけなかっただろう。


 けれど、ひよこ村はスピアの“領域”だ。

 その内部に現れたものは、たとえ小さな魔法反応でも察知できる。


「極めて微弱な、隠蔽された魔法です。詳細な解析はまだですが、恐らく、定期的に位置を報せているものと推察できます」


「ここにあるよー、って何処かに伝えてるってことだね」


「そんな……」


 説明を受けても、セフィーナたちの困惑は消えない。

 半信半疑といった表情だ。

 魔法反応があったと言われても、その真偽は確かめようもないのだから無理もないだろう。

 しかし信じるだけの材料もある。


「では、近衛騎士に待ち伏せされていたのも……?」


「それが原因だと思いますよ」


 セフィーナは首飾りを守るように手を当てる。

 正確には、その中心部にある緑色の輝石が『聖城核』だという。


 ベルトゥーム王都を守るかなめを持ち出すのは、セフィーナにとっても大きな賭けだった。

 すぐに城壁が崩れるようなことはないが、魔法障壁で街を覆うようなことはできなくなる。魔物の襲撃を受けやすくもなるし、他国の間者が入り込む恐れも増す。


 当然、人間同士の争いにも影響する。

 もしも反国王派の軍勢が王都へ攻め上がった際には、『聖城核』による守りが最大の障害となるだろう。逆に言えば、『聖城核』さえ無ければ、少ない犠牲で戦いが終わる可能性も高くなる。


 セフィーナが狙ったのは、正しくそれだ。

 内乱の後には、また『聖城核』を元へ戻すつもりだった。


「スピアさんの仰りたいことは分かりました。ですが、やはり壊すのは承知できません。『聖城核』を失えば、この国は本当に潰えてしまいます」


「まあ、構いません。居場所がバレるくらいは大した問題じゃないですし」


 だけど、とスピアは首を捻る。

 その言葉を告げるのは、さすがのスピアもほんのちょっぴり躊躇いがあった。


「それ、偽物です」


 鈴の音のようにスピアの声だけが響く。

 セフィーナもエミルディットも呆然としたまま、なにも答えられなかった。



ぷるるんの全裸……そんな発想はなかったです。

予告通りですが湯気は濃い目。健全空間です。


次回から、そろそろ突撃へ向けての助走に入ります。

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