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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
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ジョーカーを引こう

 上空から響く悲鳴が遠ざかっていく。

 その悲鳴の発信源である騎馬に似た影を、ひよこ村に残った一同は静かに見送った。一部の者を除いて、揃って頬を引きつらせて。


「それじゃあ、家に戻りましょうか」


 その一部の者であるスピアは、唖然としている一同を促す。

 皆、まだ驚きは抜けきっていなかったが、ひとまず屋敷へと足を向けた。


「スピアは時折、容赦ないのう」

「同意……エキュリアは尊い犠牲を払って、そのことを教えてくれた」

「死んだように言うでないわ。それに、おぬしも犠牲者ではないか」

「……やめて。あの薬の味は思い出したくない」


 軽やかに咽喉を鳴らすロウリェと、げんなりとして頭を抱えるユニ。

 それでも二人は事態を受け入れられている。

 そんな態度が、すでにもう普通ではない。


 だから置いてけぼりにされる者もいる。

 セフィーナとエミルディットは、まだ混乱から立ち直っていなかった。


「姫様、あの……」

「……そう、ですね……スピアさん!」


 辛うじて現実へと戻ってきて、セフィーナが声を上げる。

 だけどまだ思考はまとまっていなかった。


「その……転移陣、のことも気掛かりなのですが……いまの、天馬のような、騎獣はいったい……? 魔法で呼び出したようですが、貴方は、その……何者なのです?」


 疲れているのもあるのだろう。

 王族の威厳などなく、しどろもどろにセフィーナは問い掛ける。

 対して、スピアはあっさりと。


「村長で、親衛隊長です」


 朗らかな返答に、セフィーナは困惑させられるばかりだった。

 結局、状況に流されるまま、屋敷の客室へと案内される。

 まずは休息を。

 エミルディットの申し出通りに、主従二人だけで休める部屋が用意された。


「湯浴みの準備は整っております。着替えは別にご用意致しますが、そちらの箪笥に入っている服も自由にお使いくださいませ。お茶と軽食もこちらで用意いたしました。他に御用などありましたら、気兼ねなくお声を掛けてくださいませ」


 ティーポットなどが置かれたカートを置いて、シロガネが一礼する。

 そうして音も無く扉が閉じられた。

 緩やかな空間が残されて、セフィーナはほっと息を吐く。


「なんだか驚かされましたけど、こうして休める場所も得られましたから……エミルディット?」

「あ、いえ。なんでもありません」


 シロガネの去った扉を見つめて、エミルディットは小さな拳を握っていた。

 なにかを決意するみたいに。

 どうやらシロガネの隙ひとつない所作に、侍女として感じるものがあったらしい。


「すぐに、お茶を淹れます。姫様は休んでいてください」

「ありがとう。そうですね、まずは落ち着かないと、なにも出来そうにありません」


 窓辺にはソファが一対、小さなテーブルを挟んで置かれていた。

 そこにセフィーナは腰を下ろす。

 気持ちを静めようとしたのだけれど、またそこで驚かされた。


 腰から背中までをゆったりと包んでくれる座り心地だ。

 革張りのソファは、絶妙な硬さと柔らかさを併せ持っていた。


「姫様、どうかなさいましたか?」

「ううん。なんでも……なくはないかしら。エミルディットも座ってみれば分かりますよ」


 王族として教育を受けてきたセフィーナは、感情を隠す術を心得ている。

 けれどいまはエミルディットと二人きりだ。

 気心の知れた仲であるし、誰よりも信頼を置ける相手でもある。

 悪戯心も隠すことなく、セフィーナは微笑みながら対面のソファを示した。


「ですが姫様、それは……」

「エミルディットもあまり顔色がよくありません。休息は必要なのでしょう?」


 本来なら、侍女が主人と向き合って座るなど許されない。

 けれど重ねて勧められて、エミルディットは小さな体をさらに縮めてソファへ預けた。


「え……?」


「不思議な感触でしょう? でも、とても座り心地が良いのです」


「この椅子、どうなっているのでしょう……はっ! まさか、中にプルンが詰まっているのでは!?」


「ふふっ、それはとても斬新ですね。でもさすがにないでしょう。あのキングプルンも座り心地はよさそうでしたが」


「姫様、そんなことを仰られてはいけません! あれは魔物なのですよ!」


「でも、わたくしたちを助けてくれたではありませんか」


 良くも悪くも、エミルディットはとても真面目だ。

 その忠告を優しく受け止めながら、セフィーナはカップを手に取った。

 温かなお茶の香りに目を細めてから、ゆっくりと口をつける。


「美味しい。こうしてお茶を味わうのも久しぶりですね」


「はい……良い茶葉を用意してくれたようです。まだ油断はできませんが、ひとまず気を休めてもよろしいかと」


「そうですね。エミルディットも、少し肩の力を抜いてください」


 勧められて、エミルディットもお茶に口をつける。

 そうして緩やかな一時に身をゆだねて、二人はいつしか目蓋を伏せていた。

 誘眠の魔法が掛けられたことには気づきもしなかった。


 静かな部屋に二人分の寝息が流れる。

 音もなく扉が開かれると、部屋に入ってきたのはシロガネだった。


「……呼吸、脈拍ともに正常。問題ありません」


 客人に快適な休息を。

 そう望んだ主人スピアの意志を、シロガネは忠実に実行していた。








 コタツの上で何枚ものカードが舞う。

 最初こそスピアが圧勝していたババ抜きも、数戦目にもなると拮抗した戦いになっていた。


「くくっ、おぬしらはすぐ顔に出るのう。カードが丸分かりじゃぞ」


「……そっちこそ。右から四枚目がジョーカー」


「ん~、ここは敢えて怪しいところを引く!」


 誰もポーカーフェイスが出来ないので、手札は丸分かりだ。なのに勝負は長引く。十連続でババが引かれるような不思議現象も起こっていた。


 それでも徐々に手元のカードは減っていく。

 残り三枚になったカードを揺らしながら、ロウリェが呟いた。


「しかし、手札を失くした方が勝ちとは、妙なゲームじゃのう」


「そうですか?」


「人は常に、なにかを得ようとするものじゃろう? 例えばこのカードを金貨に置き換えてみれば、捨てた方が勝ちなどというのは妙な話ではないか?」


 年長者らしく表情を引き締めて、ロウリェは意味ありげに述べる。

 でも引いたカードはジョーカーだった。


「むう……このようにな、普通ならば、一枚しかない強いカードを引いた者が勝者になるはずなのじゃ」


「そういうゲームもありますけどねえ」


 ポーカーのルールを思い出しながら、スピアは首を捻る。

 ロウリェの言葉は、ただの負け惜しみにも聞こえた。

 だけど他になにか言いたいことがあるのでは?、というくらいはスピアにも察せられた。


「じゃがまあ、押し付け合いになるかは別じゃが、現実にも避けたいカードというのはあるのう。魔物の襲撃やら、天災やら、あるいは……人間同士の戦争か」


「族長さんにもなると、難しいこと考えるんですね」


「偉さという点では、村長も同じようなものではないか」


「ついでに、親衛隊長です」


「……そういえば、そんなことも言っておったのう」


 呆れた口調で述べた直後に、ロウリェはにんまりと口元を緩める。

 ジョーカーはユニの手札へと渡っていった。


「おぬし、本気であの姫様の味方になるつもりか?」


「ん~、エキュリアさんが手助けしたいみたいなんで、とりあえずは」


「とりあえずで一国の命運に関わるか。感心するべきかのう」


 その感心されるスピアは、またジョーカーを引いて難しい顔をしていた。

 ほとんど直感で手を伸ばしているのに、かなりの高確率でハズレばかりを引いている。

 そこもまあ、ある意味では感心されるところなのかも知れない。


「王国内での争いについては、ワシもある程度は耳に入れておる」


 ロウリェが一段声を低くする。

 真剣な顔の理由は、なにもババ抜きに熱中しているばかりではない。


「セイラール子爵からも相談されたからのう。内陸での争いとなれば、人魚ではまず戦力になれぬ。なるべくなら関わりたくないところじゃ」


「戦いなんて、起こらない方がいいですよね」


「しかしあの姫様は、火種にも成り得るのじゃぞ?」


 まだセフィーナが抱えている事情は、スピアも大まかにしか把握していない。

 ロウリェも状況に巻き込まれただけだ。

 けれど知ってしまった以上は、族長として無視もできない。


「いまの国王が暴君であるのは、まず疑いようのない事実じゃ。セイラール子爵だけでなく、あちこちの商人からの情報もある」


「ロウリェさん、けっこう情報通なんですね」


「人魚は、ふらりと旅に出る者も多いからのう。河を通って別の街へ赴いたり、交易船に同乗することもある。手広くやっておるのじゃ。この村との取引も、なかなかに面白いことになりそうじゃのう」


「あ、それも話したいところでした。クロガネを担当にしますね」


 さらりと、ひよこ村はまたひとつ大きな商売のツテを手に入れた。

 転移魔法陣が使えるだけでも、莫大な利益を上げられるのは確実と言える。

 そこに人魚の幅広い情報網が加われば、一気に大手商人とも並べる。


 もっとも、スピアはさほど情熱を傾けるつもりはない。


「村のみんなも、お魚を食べれるようになるといいね。クロガネは忙しくなると思うけど、ほどほどに稼げるくらいでいいから。頑張って」


「はい。お任せくださいませ」


 艶のある黒髪を揺らして、クロガネは一礼する。

 表情はまるで崩さない。正しくメイドの鏡、といった姿勢だ。

 けれどその瞳は、微かに輝きを増していた。


 奉仕人形が全力で物事に取り組むとどうなるのか?

 主であるスピアでさえ、この時はまだ把握していなかった。


「細かな話は後で詰めるとして……話を戻すかのう。国王は暴君。じゃが、それを支える勢力は侮れぬ。対抗するアルヘイス公爵も勢力は広げておるはずじゃが……ワシの知る限りでは、武力では互角といったところかのう」


「戦争になったら、楽しくなさそうです」


「うむ。避けてほしいところじゃが、それもまた難しいようじゃ」


 ロウリェがにんまりと口元を緩める。

 今度はジョーカーを引かなかった。手元に残ったのは一枚、ユニに引かせて一抜けだ。

 残ったスピアとユニでの一騎打ちが始まる。


「ワシはのう、おぬしは関わるべきではないと考えておる」


「困ってる人がいたら、助けた方がよくないですか?」


「時と場合によるじゃろ。今回の件は、重大事にすぎる。こう言うのが適切かどうか迷うところじゃが、おぬしはまだ子供じゃ。過分な荷を背負うものではなかろう」


 腕組みをしたロウリェは、神妙な口調で述べた。

 種族は違っても、大勢の上に立つ者の言葉だ。

 優しさを含んだ真剣な眼差しも、その言葉に説得力を持たせている。


「でもロウリェさんも見た目は子供ですよね。おっぱい以外は」


「おっぱい言うな! 真面目な話をしておるのじゃ!」


 豊かな胸を揺らして、ロウリェは声を荒げる。

 スピアは悪戯っ子みたいな笑顔を返したが、すぐにそっと目を細めた。


「大丈夫です。無理はしませんから」


「……止まらぬか。じゃが本当に、戦場に立つのは避けるべきじゃぞ」


「大勢で騒ぐのは、嫌いじゃないんですけどねえ」


 スピアの手元から二枚のカードが舞う。

 敗者となったユニは、がっくりと項垂れていた。


「そもそも戦争にならなければいいんですよね?」


 テーブルに積まれたカードを、ぐしゃぐしゃと掻き回す。

 目立つはずのジョーカーも、もう何処にあるのか分からなくなっていた。



のんびり回ですね。

次回は、全裸です。

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