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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第一章 さすらいの少女(ダンジョンマスターvsオークキング)
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クリムゾンの街へ


 夜が明けて、スピアたち一行はまた東へと歩き始めた。

 朝食の支度をしたのも、熟睡していたエキュリアを起こすのも、スピアがてきぱきとこなしていた。ぷるるんは草を食んでいた。


「すまん。不寝番をすると言っておきながら……」

「気にしないでください。もしも何かが近づいてきても、本当に分かるんで大丈夫ですよ」


 侵入者への警戒。

 それはダンジョン魔法にとって最も得意な分野と言える。

 だけどそんな魔法が使えると、スピアはまだ打ち明けていなかった。


 迷宮ダンジョンとは人間にとっての害悪。速やかに滅ぼすべきもの。

 その主となるのは魔物や亜人と決まっている。

 つまりは魔神や邪神の信奉者であり、人間とはけっして相容れない―――、

 そんな認識が、この世界では一般的なものとなっている。だからスピアがダンジョンマスターだと知られれば、エキュリアからも敵意を向けられる恐れがある。


 真実をすべて打ち明けたい。相談したい。

 エキュリアならきっと信じて、味方になってくれるだろう。

 でも話せない―――だって、ちゃんと説明できる自信がないから。

 信頼ではなく、スピアの説明力の問題だった。


(昨日の夜だって、ぷるるんのことちゃんと話せなかったし。食べさせてるのは毒キノコだけじゃなくて、潰れたリンゴや魔物の内臓も……って、問題はそこじゃないよ!)


 スピアが抱えている事実は、とても重要で、信じ難いものだ。この世界の常識に疎いスピアでも、その点は認識している。

 だから話すというだけで緊張する。自信がなくなる。

 いざとなれば魔物の軍勢にだって突撃できるスピアだが、それは臆病の裏返しというだけだ。虫歯で痛いのが怖いから歯医者へ行くようなもの。夏休みの宿題も真っ先に片付けるタイプだった。


 ちなみに、「ダンジョン魔法」という単語はすでに口にしていた。だけどリンゴを齧っていた時なので、エキュリアには伝わっていない。

 そしてそんな失敗を、スピア自身はもう忘れていた。


(焦っても仕方ないよね。いまは街に着くのが最優先だし。だから落ち着いてから……そうだ、あとで手紙を書こう)


 迂遠な解決策に頼ると決めて、スピアは小さく拳を握る。

 傍から見れば子供が悪戯を思いついたような様子に、一歩前を行くエキュリアが訝しげな眼差しを向けた。


「急に笑って、どうかしたのか?」

「え? えっと、街に着いたら手紙って書けますか?」

「手紙……そうか、子供なのにしっかりしているな。私の方で手配しよう」


 家に連絡したいのだな、とエキュリアは呟く。

 勘違いではあったが、スピアは訂正する必要もないかと聞き流した。


「クリムゾンの街には、急げば今夜にも着けるだろう。プルンが道を拓いてくれるおかげで、随分と楽もできるからな」

「プルンじゃなくて、ぷるるんですよ」

「う……分かってはいるのだが、その……」


 その名前を呼ぶのは恥ずかしい、とエキュリアは目を逸らした。


「べ、べつに構わんだろう! 他にプルンがいる訳でもなし、通じるのだからな」

「他のプルン……増やしましょうか?」

「はぁ? ちょっと待て。そんなことが可能なのか?」

「普通のプルンは十体セットで、とっても安いんですよね。だけど……」


 言葉を止めて、スピアは脇にあった樹木へと駆け寄った。しばしその木を見上げてから、足下に手を伸ばす。

 丸い木の実を拾い上げると、笑顔を輝かせた。


「栗の木です。毬栗がいっぱい落ちてますよ」

「あ、ああ。その栗というのも、食べられるのか?」

「はい。茹でるのが簡単ですけど、蒸したり焼いたりするのも美味しいですよ。弾けるので、殻に切れ込みを入れておくんです」


 貴族の間ではあまり知られていない。渋味を取る手法が知られていないためで、平民も口にすることもあるが人気はない。

 ダンジョンコアの知識には、そんな補足も記載されている。


「ちょっと手間を掛ければ、甘いお菓子にもなるんです」

「……そうか。私は本当に、何も知らないのだな」


 苦笑するエキュリアを余所に、スピアは毬栗を拾っていく。ぷるるんも適当な木枝に体当たりして収獲を手伝っていた。

 エキュリアも軽く頭を振ってから、栗拾いに加わった。


「ところで、さっきクリムゾンの街って仰いましたよね?」

「ん? そうだが?」

「エキュリアさんと同じ名前ですけど、もしかして偉い人なんですか?」

「ああ……私の父が領主だ。しかし私自身は偉い人ではないよ」


 エキュリアの苦笑には自嘲も混じる。いくつも拾った栗を抱えながら、地面に視線を巡らせた。

 なにやら深刻な事情を抱えているみたい―――、

 それくらいは、察しの悪いスピアでも推し量れた。

 でもだからといって、重苦しい雰囲気を好きにはなれない。


「偉くないんですか? よかったぁ」

「は……?」

「だったら、エキュリアおねえさんって呼び続けてもいいですよね?」


 立ち尽くしたエキュリアは、ぱちくりと瞬きを繰り返した。

 やがて、小さく吹き出す。

 苦笑でも自嘲でもなく、明るい笑声を響かせた。


「あははははっ、そうだな。おねえさんでなく、呼び捨てでも構わん。スピアは私の恩人だからな」

「それはダメです。年上の人への敬意は忘れちゃいけません」

「そうか……スピアは本当にしっかりしているな。子供とは思えんほどだ」

「む。言っておきますけど、わたしは見た目ほど子供じゃないんですよ」


 むふぅん、とスピアは唇を尖らせて抗議する。

 そうしながら手元に円状の影を浮かべた。拾った栗を影へと収納していく。

 エキュリアも苦笑を零しながら、影に栗を落としていった。


「もう慣れてきたが……それでもやはり不思議な光景だな」

「え? この倉庫も、そんなに珍しいんですか?」

「空間魔法の使い手など、国でも一人か二人しか抱えておらんぞ」


 やらかしてしまったらしい。

 今更ながらそう自覚して、スピアは目を逸らした。


「人攫いに遭ったのも、その能力に目をつけられたのかも知れんな。いっそ国に保護を求めるのも……いや、いまはやめておくべきか」

「……? なんだか事情がありそうですね」


 首を傾げながら、スピアは昨日会った近衛騎士二名のことを思い出した。

 国の役職などほとんど知らないスピアだが、近衛騎士というのが偉いのは分かる。たぶん国王を守る役目なんだろうなあ、という程度には理解していた。


 だけどその近衛騎士は、あからさまに下衆な連中だった。

 その上役である国王や、国の在り方も推して知るべし。とても保護されたいとは思えない。


「そうだな……道すがら、いまの国のことを話そう。私のことも、クリムゾン領に迫っている危機についても……スピアも無縁ではいられないだろうからな」


 エキュリアは先を進むよう促す。

 そうして二人と一体は、また草を踏み分けて歩き出した。

 夕刻過ぎには平原へと出て―――、

 高い壁に囲まれた大きな街が、遠目ながらも確認できた。







 ◇ ◇ ◇


 料理人に申し訳なく思いながらも手を止める。

 目の前には豪勢な夕食が並べられていたが、どうにも腹が物を受けつけなかった。

 椅子に深く腰を落として、クリムゾン伯爵は項垂れる。

 溜め息の原因はいくつもあった。


 まず発端としては、オークの巣が発見されたことだ。

 豚面の亜人。オーク。人類の敵であり、コブリンやコボルトと並んで、最も広く知られている亜人種だ。邪神を信奉する程度の知能はあるが、厄介なのは肉体面での強靭さだろう。武器を持っただけの素人兵士では圧倒される。繁殖力が高く、周囲の自然を食い荒らす点も見過ごせない。


 オークを発見した場合は、速やかに兵士や冒険者に討伐をさせる。巣を作られたら、時間が経つごとに脅威度が増す。一匹も残さないことが鉄則とされている。

 けれど今回は発見が遅れた。

 大きな被害が出て、ようやく繁殖しているオークの存在に気づいた。


 クリムゾンの街から西方、森に覆われた山岳地帯には鉱山施設が造られている。その施設がオークの群れに襲われて、閉鎖に追い込まれたのだ。

 南北に長い山岳で、いくつもの鉱脈が見つかっていた。宝石や鉄鉱石、質の良い魔石も採れる。それらの鉱山は正しく領地の支柱だと言えた。


 その鉱山が閉鎖に追い込まれるのは領地の危機だ。

 クリムゾン伯爵はすぐに兵を集めて、冒険者ギルドにも緊急依頼を出した。兵士と冒険者、二千名に及ぶ討伐軍で、オークの巣を殲滅するつもりだった。

 当初、オークの総数は数百体と見積もられていた。

 たとえ敵の数が倍でも、充分に討伐できるだけの兵が集められた。


 しかし結果は惨敗。

 鉱山を占拠したオークの数は予想を遥かに上回った。少なくとも三千以上で、上位種であるオークメイジやオークロード、オークジェネラルまで確認された。

 敗走して帰ってきた討伐軍には伯爵の息子もいた。次男と三男だが、二人とも重傷を負ってまだ回復していない。凶報は領民にも知れ渡って、街から逃げ出す者も少なくなかった。


 再度の討伐軍を編成する余裕もない。また惨敗するのも目に見えている。

 いまは街の防壁に頼って、オークどもの襲来に怯えている毎日だ。

 援軍を要請するため、伯爵自らが王都へも赴いたのだが―――。


「こういう時に軍を動かさんでどうする! あの愚王が!」


 怒声とともに、クリムゾン伯爵は拳をテーブルに叩きつけた。グラスが激しく揺れて、部屋の隅で控えていた侍女がビクリと肩を揺らす。

 クリムゾンは温厚な領主として知られている。けれどいまは周りに気を配っている余裕もなくなっていた。


 援軍が得られなかっただけならば、まだ我慢できた。

 領地の治安を守るのは領主の務めであり、国の支援を頼むのはクリムゾン伯爵の力不足だとも言える。だからクリムゾンは、いざとなれば領地を召し上げられるのも仕方ないと考えていた。

 しかし王は、援軍を出す見返りを要求した。

 同行していたエキュリアをいやらしく見つめて、舌なめずりをしながら。


『そこの娘を一晩抱かせろ』


 とても一国の王とは思えない言葉が投げられた。

 後宮に迎え入れるというなら、まだ検討する余地はあった。けれど王の言葉は、まるで娼婦に対するものだった。

 その場で殴り掛からなかっただけでも、エキュリアを誉めるべきだろう。


 怒りを噛み殺しながら、クリムゾン伯爵とエキュリアは反論した。乱心したとしか思えない王に対して、懸命に説得を試みた。

 けれど王は聞く耳を持たず、さらに侮辱を重ねた。


『民を守るのが努めだというなら、貴様が率先してやってみせろ。小娘でも戦い様はあるだろう? 聞けば、オークは女ならば誰でも襲うそうではないか。腰を振ってやれば懐柔できるかも知れん。ははっ、その方が面白そうだ」


 王国からの援軍は期待できない。

 侮辱さえ耐えれば、そこで話は終わるはずだった。

 しかしいまの事態はさらに悪化している。王との会談後、エキュリアは伯爵に無断で領地へと戻り、僅かな手勢のみを率いてオークの巣へと向かった。


 近衛騎士を介して、エキュリアは王からの伝言を受け取っていた。

 一人でオークの巣へ向かえば援軍を出してやる、と。

 それを知った伯爵は、当然、娘を止めようとした。急いで領地にも戻ったのだが、すでにエキュリアは密かに街を出た後だった。


「あの王が約束など守るはずもない。エキュリアも分かっていたはずなのに……」


 領地の危機を救うため、僅かな可能性にすがるしかなかったのだろう。

 それもまた、領主である自分の力不足が原因か―――、

 そう理解しながらも、クリムゾン伯爵は歯噛みせずにはいられない。いっそ領地も民も捨てて、王都までオークどもを誘引してやろうかとも思ってしまう。


「そのような真似ができれば、どれだけ楽なことか……」


 独り言とともに、もう何度目か分からない溜め息を落とす。

 その時、食堂の外から慌ただしい足音が近づいてきた。ノックとほぼ同時にドアが開いて、見知った顔の兵士が入ってくる。

 領主軍では大隊長を務める男で、いまは外壁の警備にあたっていたはずだ。


「失礼致します。緊急の報告です」

「何事だ?」


 息せき切った大隊長の様子を見て、クリムゾン伯爵は無礼を問うのをやめた。

 それよりも次の言葉を待つ。

 いよいよオークどもが攻めてきたか、と気を引き締めた。


「エキュリア様がご帰還なされました」

「っ、なんだと!?」


 クリムゾン伯爵は勢いよく立ち上がった。背後で椅子が倒れたが気にも留めない。

 喜色満面に問い返す。


「娘は、エキュリアは無事なのか!?」

「はい。お疲れではあられるようでしたが、ご無事です。ラスクード様がお出迎えになられたのですが、その……」


 大隊長が言葉を濁す。

 ラスクードはこの伯爵家の長男で、防衛部隊の陣頭指揮を執っている。オークが攻めてくるのは西門からと予測されるので、いまはそちらに詰めていた。


 だが、そのラスクードがどうかしたのか―――、

 問い掛けようとして、クリムゾン伯爵は思い至る。


「なにかキツイことを言ったのか? しかしラスクードも心配しておったのだ。それ故の言葉であろう。ともかくもエキュリアを連れてまいれ」

「あ、いえ、エキュリア様はすでにこちらへ向かわれているのですが……」


 また大隊長は言い淀んだが、躊躇いを振り払って続けた。


「一人の幼い少女と行動を共にしておられます。とても可憐で、奇跡のように愛らしい少女なのですが、その……キングプルンを連れております」

「は? キングプルン?」

「そしてその少女は、ラスクード様を叩きのめしてしまわれました」

「なんだそれは!? 何が起こっている!?」


 ―――さっぱり訳が分からない。

 娘が無事であった喜びも忘れるほどに、クリムゾン伯爵は目を白黒させた。



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