表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
49/157

帰還と、新たな召喚


 クリムゾンの街までセフィーナを連れて行く。

 その後は北のアルヘイス領までも行く予定だが、ひとまずの目的は決まった。


 けれど実際に動くとなると、言葉にするほど簡単ではない。

 冬に入ったことで、街道を行く商隊の数は減っている。必ずしも商隊に紛れる必要はないのだが、やはり女ばかりの旅というのは物騒だ。それに食料なども買い込まなければならないし、雪が降った際への備えも要る。


 まずは馬車を用意するべきか。

 そうエキュリアは考えていたが―――、


「じゃあ、いまからひよこ村へ帰りましょう」

「はぁ?」


 素っ頓狂な声を出してしまう。

 エキュリアは目を白黒させたが、見つめられるスピアは構わずに続けた。


「でもこんなに早く帰るなら、コタツを置かせてもらったのは勿体無かったですね」


 まあいいか、と朗らかに述べて荷物をまとめる。

 そんなスピアに強引に促されて、一行は宿を出た。

 食堂で寝ていたユニとロウリェも、引き摺られるようにして連れ出される。


「今度はいったい、何を仕出かすつもりなんじゃ?」

「いや、私も疑問ではあるのだが……」

「……ねむい」


 ぷるるんやトマホークも入れて、総勢八名。

 ある意味では、とても華やかな集団だ。とりわけ大きな黄金色の塊が目立つ。

 それでも街を抜けて、人魚の村を過ぎて浜辺に着くと、やがて辺りには静かな潮騒が漂うばかりになっていた。


「話すより、見てもらった方が早いです」


 そんなスピアの言葉を信じて辿り着いたのは、人気のない岩場だった。

 岩が折り重なって、小さな渓谷みたいになっている部分がある。

 その奥へとスピアは足を進める。

 陰に覆われている小路へ入ったところで、ロウリェが眉を顰めた。


「む……これは、人払いの結界か?」

「あ、気づきましたか? これは改良の必要がありそうですね」

「潮の香りが急に変わったからのう。そうでなければ、ワシでも気づかぬほどじゃ。しかしこのような結界があるとは、いったい……!?」


 疑問が呟かれている内に、スピアの体が消えた。

 岩壁の中へ。半分だけ。


「こっちです」


 手招きして、スピアは完全に岩壁の奥へと入っていく。

 一同は揃って口を開けたまま固まった。

 幻によるものだと理解できたのは、数呼吸の間を置いてからだ。


「こっちですよー」


 また岩壁から顔だけを出して、スピアが催促する。

 頭を抱えたり、呆れきった顔をしたり、瞬きを繰り返したり、それぞれが戸惑いを表しつつも足を進めていく。


 幻影で隠されていたのは、細い洞窟だった。

 人が二人も並べば肩をぶつけてしまう。

 ぷるるんが入り口につかえるくらいだ。ぐぐっと黄金色の体を圧縮して中に入る。最後尾でなかったら、また皆を驚かせていただろう。


「この洞窟、天然の物ではないのう」

「スピア……まさか、おまえが作ったのか?」

「はい。特訓の合間に、ちょこちょこっと」


 さらりとスピアが告白したところで、洞窟は行き止まりに突き当たった。

 何もない。ゴツゴツとした岩肌が晒されているだけ。

 エキュリアたちは揃って首を捻る。


 だけどスピアは、平然として脇の石壁に手を伸ばした。

 壁の一部がパカリと開いて、そこに小さな石版が現れる。

 スピアが石版に手をつくと、奥の壁が割れて左右に開いた。

 重々しい震動音とともに道が現れる。


「なんともまあ、大掛かりと言うべきじゃろうか……」

「……呆れた。ううん、呆れきった」


 けっこう平静を保っているロウリェやユニも、まともな感想が言えない。

 セフィーナやエミルディットなどは、もはや言葉もなかった。


「この隠し扉は、わたしとシロガネ以外だと開けません。でもあとで、みんなの分も登録しておきますね」


 一方的な説明をして、スピアはさらに奥へと進む。

 通路は少し曲がっていたが、さほど歩かずに最奥まで辿り着いた。


 そこは綺麗な石壁に囲まれた広間だった。

 整えられた床や壁は、ぱっと見ただけでも人の手が入っていると分かる。

 広間の中央には、十人くらいは入れそうな大きな魔法陣が設置されていた。


「ここから、ひよこ村まで転移できます」


 つまりは、転移魔法陣―――、

 もう何度目か分からない驚きが、その場の全員を包み込んだ。







 青白い光が周囲に満ちる。

 すぐに視界は白に埋め尽くされて、一瞬の浮遊感が全身を包み込んだ。

 そうして次に視界が開けると、まったく異なる光景が目の前にあった。


「おかえりなさいませ、ご主人様」

「うん。ただいま」


 石造りの部屋は、洞窟にあったものよりも広い。

 大きな魔法陣が置かれているのは同じだが、その前にはシロガネが静かに佇んでいた。


「皆様も、ようこそいらっしゃいました」


 丁寧に出迎えてくれたメイドに促されて、一同は広間から出る。

 今度は充分な広さのある通路を進むと、すぐに上へ続く階段へと辿り着いた。

 そうして地上へ出る。

 長閑な村の風景が広がっていた。


「っ~~~!」


 皆が唖然とする中で、エキュリアは握った拳をぷるぷると震わせていた。


「本当に転移陣を作ったのか! おまえは、また、勝手なことを!」

「え? 怒るにしても遅くないですか?」

「そんなことはどうでもいい! それよりも転移陣だ!」


 うがぁっ!、と吠えて、エキュリアはスピアへ詰め寄る。


 転移陣の存在そのものは、多くの国家で知られている。

 しかしそれを作り出す技術は、ほとんど知られていない。

 魔族と、極一部の国家が秘匿技術として持っているのみで、それもけっして量産できるものではない。


 ベルトゥーム王国にある幾つかの転移陣も、古代遺跡やダンジョンから回収した物だ。損傷の修復くらいはできるが、作り出すのは不可能。

 なのにスピアは、当然のように自前の転移陣を使ってみせた。


「おまえは、自分がどれだけのことをしたか分かっているのか!?」

「えっと……旅の風情を失くしちゃいました?」

「違う! どこまで無自覚なのだ!?」


 眉根を吊り上げて、エキュリアは声を荒げた。

 ここまで怒られれば、スピアだって“やらかして”しまったのだと分かる。

 なので、話を逸らすことにした。


「それよりも、ほら、いまはセフィーナさんのことです」

「む……そうやって誤魔化そうとしても……」

「国の一大事なんですよね?」


 スピアは背後へと視線を向ける。

 そこではセフィーナが辺りを見回していて、はっと我に返ると頷いた。


「そうです。あの、ここはもうクリムゾン領なのですよね?」

「それは……はい。間違いないのですが……」

「でしたら、すぐにクリムゾン伯爵とお話を―――」


 胸元に当てた手を強く握り締めて、いまにも駆け出しそうな剣幕でセフィーナは言う。けれど―――、


「姫様、お待ちください!」


 制止の声を上げたのはエミルディットだ。


「まったく状況が分かりません。それに、ここが本当にクリムゾン領だとしても、伯爵様に会うには準備が必要です」

「ですが、エミルディット。いまは急がなくては……」

「一刻を争う事態ではないはずです。なにより、姫様はお疲れです」


 小さな体の前で拳を握って、エミルディットは懸命に訴える。

 ともかくも休息が必要だ、と。


 その言葉に、スピアもエキュリアもはっと表情をあらためた。

 セフィーナの顔を窺う。元より色白なので分かり難いが、言われてみれば、心なしか蒼ざめているようでもあった。


 長旅をしてきて、襲撃を受けたばかりでもあったのだ。

 疲労が出るのも当然だろう。

 その上、国の大事に関わるような話をするのは、少女セフィーナには無理があるように思えた。


「……もうじき夕刻になる。まずは私が街へ行って、父に事情を伝えよう」

「そうですね。伯爵様も、すぐに会えるとは限りませんし」


 エキュリアの提案に、スピアも素直に乗る。

 まあ伯爵邸へ行けばすぐにも面会は叶うだろう、とは思う。

 けれどやはり、セフィーナに無理をさせる場面ではなかった。


「あ、でもどうしましょう? エキュリアさんの馬は置いてきちゃいました」

「ぷるるんを借りて……いや、それはやめておこう。一旦、セイラールの街へ戻って連れてくる方がよさそうだな」


 エキュリアは顎に手を当てて思案する。

 さらりと転移陣を使うことを受け入れているあたり、かなりスピアに染められてしまっていた。まあ当人は気づいていないのだが。


 けれど、まだ甘かった。

 なんでもなさそうな切っ掛けでも、騒動を引き起こすのがスピアという生き物だ。


「でも普通の馬だと、街まで時間が掛かりますし……そっちはあとで、クロガネに取りにいってもらいましょう」


 言いながら、スピアは地面に手をつく。

 エキュリアが嫌な予感を覚えた時には、もう魔法陣が輝いていた。


「今回は速度と、あと安全運転重視で……出でよ、サラブレッド!」


 それは名前ではなく品種名ではないか。

 そうツッコミを入れる者はおらず、また制止する暇もなかった。


 一際強い輝きが発せられて、ヒヒィン!、と甲高い嘶き声が響き渡る。

 やがて光が消えると、そこには四つ足の獣が立っていた。


「……馬?」


 エキュリアが首を捻る。

 それはまあ馬に見えなくもない。

 細い四つ足で、胴と首が長く太い。全身は柔らかそうな白毛に覆われていて、鬣も豊かだ。つぶらな瞳には理知的な輝きが宿っている。


 それと、背中から生えた大きな翼もふさふさだ。

 額からは鋭い角が伸びて、陽炎のような赤い光が纏わりついている。


「天馬にしては角が生えているのは……って、なんだコイツはぁっ!?」

「サラブレッドです」


 スピアは胸を張ってさらりと答える。

 ぽんぽん、と白毛を撫でると、サラブレッドは膝を折って頭を垂れた。


「この子なら、街までひとっ飛びです」

「……おい、まさか、私に乗れというのか?」

「ひとっ飛びですよ?」


 重ねて述べて、スピアはにっこりと微笑む。

 夕暮れ時の大空に、エキュリアの悲鳴が響き渡った。



以前に、お魚が生きたまま届いたのは転移陣があったからです。

それと航空戦力二体目。

真価発揮はもうちょっと先ですね。


次回は、お姫様へのおもてなしです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ