表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第三章 たった一人の親衛隊長編(ダンジョンマスターvs魔侯爵)
47/157

ダンジョンマスターvs怪しい騎士団


 『潮騒の安らぎ亭』は中央通りに面した、余裕のある庶民を対象とした宿屋だ。

 ほどほどの値段で、ほどほどの部屋が提供される。

 ベッドの柔らかさもほどほど。

 ただし女将さんの作る食事は美味しい。そんな宿屋、だった。


「はぁ。このコタツってのは危険だねえ」


 ごろりと、女将さんが寝返りを打つ。

 ぽかぽかとした温もりに足下から包まれている。体の下にある畳は、硬さのなかに柔らかさを包んでいて、心地良い草の香りも漂わせていた。


 もう外は冬だ。

 南方とはいえ、身が震えるくらいの寒さが訪れている。

 そんな時に現れた新しい暖房器具は、大喜びで迎え入れられた。


「お仕事はちゃんとした方がいいですよ」

「おまえもすっかり怠けているではないか。説得力がないぞ」

「……ミカン、美味しい」


 スピアたち三名も、大きなコタツを囲んでぬくぬくとしている。

 宿屋の一階、広い食堂をさらに拡張する形で、畳敷きの部屋が造られていた。

 床を一段高くして区切りを置いて、ちゃんと靴を脱いで上がるようになっている。ドアではなく障子を挟んで、コタツを中心とした部屋が二つ並んでいた。


 まあ単純に言ってしまえば、和室だ。

 そんな部屋を作ろうと言い出すのは、もちろんスピアしかいない。

 コタツの中心になる暖房用の魔導具は、ユニが設計した。

 まあ正確には、シロガネによる設計の荒い箇所への修正も加わったが。


 その設計図を基に、スピアが製造をして、コタツに似合う部屋ごと造りたいと言い出したのだ。

 さすがに宿の改装となれば、大らかな女将さんも簡単には頷かなかった。

 けれど費用はすべてスピアが出して、気に入らなければ元に戻すという条件で折れてくれた。


 土地の持ち主から許可をもらえれば、ダンジョン魔法は問題なく効果を発揮する。

 そうして一晩で、この快適な空間が完成した。


 『潮騒の安らぎ亭』にとって新しい名物になるだろう。

 すでに隣の和室でも、他の宿泊客たちがコタツの魅力に敗北している。


「本当にこれは極上じゃのう。海に帰りたくなくなるわい」


 宿泊客でないロウリェも、ちゃっかりとコタツに入ってお茶を飲んでいた。


「焼き魚にならないよう気をつけてくださいね」

「おぬし、さらりと怖いことを言うのう」

「そういえば、この魔導具も試作品なのだったな。火事への注意は必要か」

「大丈夫。私の設計は完璧」

「あれだけ魔力制御が苦手なヤツに保障されても、安心はできんのう。設計となれば話は別のようじゃが」


 まだ昼間なのに、誰も外へ行こうとしない。

 冬とは言ってもこの地方では滅多に雪も降らないので、一日くらいは休んでも取り戻せるのだろう。


「しかしこれは我が家にも欲しいのう。設計図ごと売らぬか?」

「ロウリェ殿、それは無しだ。すでに伯爵家で買い上げると決まっている」

「ふむ、出遅れたか。しかし注文はできるのじゃろう?」

「そうですね。いまなら、お友達価格でいいですよ」

「……お汁粉も、美味」


 だらけきっている者もいる。

 けれどコタツに入っていても、商談くらいはできる。


「家具といえば、こんな物もありますよ」


 ちょうど隣室には商人もいたので、スピアは『倉庫』からマットレスを取り出した。いずれ売り出せるかもと、いくつか作っておいたものだ。


 コタツもマットレスも、いまはスピアがダンジョン魔法で製作している。

 けれど近い内に、クリムゾン領の職人へ丸投げする予定だ。


 つまりは特許料で儲ける。

 魔法契約という便利なものがあるし、伯爵家が後ろ盾になってくれるので、そこらの商人に邪魔されることもない。

 スピアもユニも、しばらくはぬくぬくの生活を送れそうだった。


「あとは、定番ですけど玩具もいくつか……」


 また『倉庫』に手を伸ばしたスピアだが、虚空を見つめて口を閉じた。

 ややあって、こてりと首を傾げる。


「ちょっと出掛けないといけないかも知れません」

「どうした? なにか買い物か?」

「いえ。トマホークが怪しい人たちを見つけたんです」


 自分が関わる義理はないのだけど―――、

 そう思いながらも、放ってはおけないスピアだった。







 騎士集団を“怪しい”と断じたのは、スピアの偏見でもあった。

 以前に近衛騎士に襲われたから、というのが主な理由だ。


 けれど領主が把握していない武装集団が街道を見張っている。その一点だけでも、警戒するには充分な状況だった。

 そして話を聞いてみれば、相手が無法者だというのはすぐに知れた。

 まあ、もっとも―――、


「キングプルンだと!? 貴様、何者だ! 怪しいヤツめ!」


 その言い分も間違ってはいなかった。

 呆気に取られていた近衛騎士たちだが、我に返ると素早くスピアへと向き直った。

 油断無く武器を構えて腰を落とす。


 対してスピアは、ぷるるんから跳び下りると軽い口調で告げた。


「いきなり斬り掛かってくるつもりですか? やっぱり非道い人たちですね」

「動くな、小娘! 我らは王国の騎士だぞ!」

「そこの、セフィーナさんですか? 解放してください。いまなら追い掛けません」


 自然体のまま、スピアは騎士たちの方へ足を進める。

 ぷるるんも並んで、ぽよんぽよんと跳ねていく。

 そこに威圧感はない。

 ただ、ひたすらに異常だった。


 街に住む平民なら、騎士と聞いただけで身を竦める。

 よほど分別のつかない子供でない限り、身分が上の者に逆らおうとはしない。

 けれどスピアは怯むどころか、微笑まで浮かべて真っ直ぐに歩いていく。

 隣には、ぷるぷると揺れる黄金色の塊を従えて。


「ええい、何者か知らんが殺せ! それが陛下の御命令だ!」


 騎士たちが一斉に動いた。

 セフィーナを押さえている隊長を除いて、全員がスピアへと向かう。

 後ろにいる商人たちなどもう気にも留めない。


 それだけ騎士たちは、奇妙な脅威を感じ取っていた。

 伊達に近衛を名乗ってはいない、という証左だろう。

 もっとも、警戒心を覚えたのはスピアも同じだ。


「ぷるるん、一応、気をつけてね」

「ぷるっ!」


 スピアは歩みを止めぬまま、向かってくる騎士たちを観察する。

 最初に気になったのは、男たちの眼光だ。

 冷ややかなようで血走っている。

 どうにも人間らしくない。だからといって理性を失くした獣とも違う。

 得体の知れない不自然さに、スピアは内心で首を傾げていた。


「酔っぱらい……?」


 呟く間にも、騎士たちはスピアの眼前に迫ろうとしていた。

 その剣や鎧からは、仄かな魔力光が溢れている。


 さすがに近衛騎士というだけあって、良い装備を揃えているようだ。

 どんな効果かは見ただけでは分からないが、其々の装備に魔法が込められているのは間違いなかった。


 その剣で斬られれば、物理無効のぷるるんでも傷を負う。

 無論、スピアも。

 だからそちらへの警戒も抱いていたが―――、


「まあ、使わせなければいいよね」


 スピアが呟くと同時に、その足下から地面が隆起した。

 壁となって騎士たちの突進を阻む。

 さらにその反対側からも、地面が勢いよくせり上がった。

 そして前後の壁が一気に動く。


「な、ぁ―――ぶっ!」


 猛然と迫ってきた土壁に挟まれて、騎士たちはまとめて押し潰された。

 咄嗟に足下の違和感を察した者はいたが、逃げ出す余裕はなかった。

 一瞬にして戦闘不能だ。


 命を奪わない程度に、壁の硬さは調節してある。

 それでも全身のあちこちを砕かれているし、もはや立ち上がることも叶わない。

 さらにその壁は、騎士たちを挟んだまま沈んでいった。

 地面が大きく陥没して、深い穴ができあがる。


「ぷるるん、見張っててくれる? 武器とかは食べちゃっていいから」


 ぷるっ!、と嬉しそうに揺れて、黄金色の塊は穴へと飛び込んでいった。

 スピアはそのまま足を進める。

 目の前には大穴が開いていたが、地面が伸びて橋が作られた。

 その上を、悠然と、一直線に歩いていく。


「な、なんなのだ……!?」


 唯一人残った騎士隊長は、愕然とした声を漏らして後ずさった。


「いったい貴様は何だ!? こんな魔術など見たこともないぞ!」

「ただの、ひよこ村村長です」

「貴様のような村長がいるかぁっ!」


 怒声を上げて、騎士隊長は目を血走らせる。

 その瞳に宿った狂気が一段と濃くなっていた。

 セフィーナを盾にするように抱えて、その首元に剣を当てる。


「動くな! それ以上邪魔をするようなら、この女を―――」


 人質にはならなかった。

 騎士隊長が最後まで告げる前に、上空から鋭い影が急降下してきたから。

 ついでに言えば、背後から棒を持って忍び寄る小さな影もあった。


「が、ぁ……っ!」

「姫様―――!」


 急降下したトマホークが、騎士隊長の顔を深く切り裂いた。

 その隙にセフィーナが腕を振り解く。

 エミルディットも駆け寄って、倒れ込む主人を抱き止めた。


「ぅ……ご無事ですか、姫様?」

「ええ、怪我もありません。それよりも、エミルディットの方こそ……こんなわたくしを心配してくれるなんて。ごめんなさい、すっかり動転してしまって……」

「謝罪などなさらないでください。私は姫様の侍女なのですから」

「ああ。ありがとう、エミルディット。もう二度と貴方を裏切らないと誓います」

「姫様……!」


 瞳に涙を滲ませて、主従は互いの手を優しく握りとめる。

 なにやら美しい情景だった。

 ほんの少し前に手酷い裏切りがあったことに目を瞑れればだが。


 それに、まだ危機的状況は続いている。


「くっ……この、メスガキどもが!」


 騎士隊長が剣を振り上げる。

 その怒りと切っ先は、ちょうど視界に入ったエミルディットに向けられた。

 顔半分が真っ赤に染まっていたが、子供を斬り伏せるくらいは簡単だったろう。

 だがそんなことはスピアが許さない。


「ていっ!」


 視界が半分塞がっている相手だ。懐に入るのは簡単だった。

 足払いを仕掛けて綺麗に転がす。

 呻き声を漏らす騎士隊長へ向けて、スピアはすかさず拳を突き下ろした。


 小さな拳が鳩尾へとめり込む。

 淡い光を放っていた魔法障壁も、鋼板を重ね合わせた鎧も一撃で打ち抜いて、騎士隊長を悶絶させた。

 トドメに一蹴り。

 さきほど開いた穴へと放り捨てる。


「ふぅ。騎士だけあって硬かったぁ」


 僅かに痺れた拳を振って、スピアはほっと息を吐く。

 そうして横へと視線を向けた。

 助けられた主従が二人、ぽかんと口を開いたまま固まっていた。



近衛騎士、いつものことですが一話ももちませんでした。

救われたセフィーナは呆然としています。

正統派お姫様になる挽回のチャンスはある、かも?


次回は、お姫様と親衛隊長です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ