ダンジョンマスターvs怪しい騎士団
『潮騒の安らぎ亭』は中央通りに面した、余裕のある庶民を対象とした宿屋だ。
ほどほどの値段で、ほどほどの部屋が提供される。
ベッドの柔らかさもほどほど。
ただし女将さんの作る食事は美味しい。そんな宿屋、だった。
「はぁ。このコタツってのは危険だねえ」
ごろりと、女将さんが寝返りを打つ。
ぽかぽかとした温もりに足下から包まれている。体の下にある畳は、硬さのなかに柔らかさを包んでいて、心地良い草の香りも漂わせていた。
もう外は冬だ。
南方とはいえ、身が震えるくらいの寒さが訪れている。
そんな時に現れた新しい暖房器具は、大喜びで迎え入れられた。
「お仕事はちゃんとした方がいいですよ」
「おまえもすっかり怠けているではないか。説得力がないぞ」
「……ミカン、美味しい」
スピアたち三名も、大きなコタツを囲んでぬくぬくとしている。
宿屋の一階、広い食堂をさらに拡張する形で、畳敷きの部屋が造られていた。
床を一段高くして区切りを置いて、ちゃんと靴を脱いで上がるようになっている。ドアではなく障子を挟んで、コタツを中心とした部屋が二つ並んでいた。
まあ単純に言ってしまえば、和室だ。
そんな部屋を作ろうと言い出すのは、もちろんスピアしかいない。
コタツの中心になる暖房用の魔導具は、ユニが設計した。
まあ正確には、シロガネによる設計の荒い箇所への修正も加わったが。
その設計図を基に、スピアが製造をして、コタツに似合う部屋ごと造りたいと言い出したのだ。
さすがに宿の改装となれば、大らかな女将さんも簡単には頷かなかった。
けれど費用はすべてスピアが出して、気に入らなければ元に戻すという条件で折れてくれた。
土地の持ち主から許可をもらえれば、ダンジョン魔法は問題なく効果を発揮する。
そうして一晩で、この快適な空間が完成した。
『潮騒の安らぎ亭』にとって新しい名物になるだろう。
すでに隣の和室でも、他の宿泊客たちがコタツの魅力に敗北している。
「本当にこれは極上じゃのう。海に帰りたくなくなるわい」
宿泊客でないロウリェも、ちゃっかりとコタツに入ってお茶を飲んでいた。
「焼き魚にならないよう気をつけてくださいね」
「おぬし、さらりと怖いことを言うのう」
「そういえば、この魔導具も試作品なのだったな。火事への注意は必要か」
「大丈夫。私の設計は完璧」
「あれだけ魔力制御が苦手なヤツに保障されても、安心はできんのう。設計となれば話は別のようじゃが」
まだ昼間なのに、誰も外へ行こうとしない。
冬とは言ってもこの地方では滅多に雪も降らないので、一日くらいは休んでも取り戻せるのだろう。
「しかしこれは我が家にも欲しいのう。設計図ごと売らぬか?」
「ロウリェ殿、それは無しだ。すでに伯爵家で買い上げると決まっている」
「ふむ、出遅れたか。しかし注文はできるのじゃろう?」
「そうですね。いまなら、お友達価格でいいですよ」
「……お汁粉も、美味」
だらけきっている者もいる。
けれどコタツに入っていても、商談くらいはできる。
「家具といえば、こんな物もありますよ」
ちょうど隣室には商人もいたので、スピアは『倉庫』からマットレスを取り出した。いずれ売り出せるかもと、いくつか作っておいたものだ。
コタツもマットレスも、いまはスピアがダンジョン魔法で製作している。
けれど近い内に、クリムゾン領の職人へ丸投げする予定だ。
つまりは特許料で儲ける。
魔法契約という便利なものがあるし、伯爵家が後ろ盾になってくれるので、そこらの商人に邪魔されることもない。
スピアもユニも、しばらくはぬくぬくの生活を送れそうだった。
「あとは、定番ですけど玩具もいくつか……」
また『倉庫』に手を伸ばしたスピアだが、虚空を見つめて口を閉じた。
ややあって、こてりと首を傾げる。
「ちょっと出掛けないといけないかも知れません」
「どうした? なにか買い物か?」
「いえ。トマホークが怪しい人たちを見つけたんです」
自分が関わる義理はないのだけど―――、
そう思いながらも、放ってはおけないスピアだった。
騎士集団を“怪しい”と断じたのは、スピアの偏見でもあった。
以前に近衛騎士に襲われたから、というのが主な理由だ。
けれど領主が把握していない武装集団が街道を見張っている。その一点だけでも、警戒するには充分な状況だった。
そして話を聞いてみれば、相手が無法者だというのはすぐに知れた。
まあ、もっとも―――、
「キングプルンだと!? 貴様、何者だ! 怪しいヤツめ!」
その言い分も間違ってはいなかった。
呆気に取られていた近衛騎士たちだが、我に返ると素早くスピアへと向き直った。
油断無く武器を構えて腰を落とす。
対してスピアは、ぷるるんから跳び下りると軽い口調で告げた。
「いきなり斬り掛かってくるつもりですか? やっぱり非道い人たちですね」
「動くな、小娘! 我らは王国の騎士だぞ!」
「そこの、セフィーナさんですか? 解放してください。いまなら追い掛けません」
自然体のまま、スピアは騎士たちの方へ足を進める。
ぷるるんも並んで、ぽよんぽよんと跳ねていく。
そこに威圧感はない。
ただ、ひたすらに異常だった。
街に住む平民なら、騎士と聞いただけで身を竦める。
よほど分別のつかない子供でない限り、身分が上の者に逆らおうとはしない。
けれどスピアは怯むどころか、微笑まで浮かべて真っ直ぐに歩いていく。
隣には、ぷるぷると揺れる黄金色の塊を従えて。
「ええい、何者か知らんが殺せ! それが陛下の御命令だ!」
騎士たちが一斉に動いた。
セフィーナを押さえている隊長を除いて、全員がスピアへと向かう。
後ろにいる商人たちなどもう気にも留めない。
それだけ騎士たちは、奇妙な脅威を感じ取っていた。
伊達に近衛を名乗ってはいない、という証左だろう。
もっとも、警戒心を覚えたのはスピアも同じだ。
「ぷるるん、一応、気をつけてね」
「ぷるっ!」
スピアは歩みを止めぬまま、向かってくる騎士たちを観察する。
最初に気になったのは、男たちの眼光だ。
冷ややかなようで血走っている。
どうにも人間らしくない。だからといって理性を失くした獣とも違う。
得体の知れない不自然さに、スピアは内心で首を傾げていた。
「酔っぱらい……?」
呟く間にも、騎士たちはスピアの眼前に迫ろうとしていた。
その剣や鎧からは、仄かな魔力光が溢れている。
さすがに近衛騎士というだけあって、良い装備を揃えているようだ。
どんな効果かは見ただけでは分からないが、其々の装備に魔法が込められているのは間違いなかった。
その剣で斬られれば、物理無効のぷるるんでも傷を負う。
無論、スピアも。
だからそちらへの警戒も抱いていたが―――、
「まあ、使わせなければいいよね」
スピアが呟くと同時に、その足下から地面が隆起した。
壁となって騎士たちの突進を阻む。
さらにその反対側からも、地面が勢いよくせり上がった。
そして前後の壁が一気に動く。
「な、ぁ―――ぶっ!」
猛然と迫ってきた土壁に挟まれて、騎士たちはまとめて押し潰された。
咄嗟に足下の違和感を察した者はいたが、逃げ出す余裕はなかった。
一瞬にして戦闘不能だ。
命を奪わない程度に、壁の硬さは調節してある。
それでも全身のあちこちを砕かれているし、もはや立ち上がることも叶わない。
さらにその壁は、騎士たちを挟んだまま沈んでいった。
地面が大きく陥没して、深い穴ができあがる。
「ぷるるん、見張っててくれる? 武器とかは食べちゃっていいから」
ぷるっ!、と嬉しそうに揺れて、黄金色の塊は穴へと飛び込んでいった。
スピアはそのまま足を進める。
目の前には大穴が開いていたが、地面が伸びて橋が作られた。
その上を、悠然と、一直線に歩いていく。
「な、なんなのだ……!?」
唯一人残った騎士隊長は、愕然とした声を漏らして後ずさった。
「いったい貴様は何だ!? こんな魔術など見たこともないぞ!」
「ただの、ひよこ村村長です」
「貴様のような村長がいるかぁっ!」
怒声を上げて、騎士隊長は目を血走らせる。
その瞳に宿った狂気が一段と濃くなっていた。
セフィーナを盾にするように抱えて、その首元に剣を当てる。
「動くな! それ以上邪魔をするようなら、この女を―――」
人質にはならなかった。
騎士隊長が最後まで告げる前に、上空から鋭い影が急降下してきたから。
ついでに言えば、背後から棒を持って忍び寄る小さな影もあった。
「が、ぁ……っ!」
「姫様―――!」
急降下したトマホークが、騎士隊長の顔を深く切り裂いた。
その隙にセフィーナが腕を振り解く。
エミルディットも駆け寄って、倒れ込む主人を抱き止めた。
「ぅ……ご無事ですか、姫様?」
「ええ、怪我もありません。それよりも、エミルディットの方こそ……こんなわたくしを心配してくれるなんて。ごめんなさい、すっかり動転してしまって……」
「謝罪などなさらないでください。私は姫様の侍女なのですから」
「ああ。ありがとう、エミルディット。もう二度と貴方を裏切らないと誓います」
「姫様……!」
瞳に涙を滲ませて、主従は互いの手を優しく握りとめる。
なにやら美しい情景だった。
ほんの少し前に手酷い裏切りがあったことに目を瞑れればだが。
それに、まだ危機的状況は続いている。
「くっ……この、メスガキどもが!」
騎士隊長が剣を振り上げる。
その怒りと切っ先は、ちょうど視界に入ったエミルディットに向けられた。
顔半分が真っ赤に染まっていたが、子供を斬り伏せるくらいは簡単だったろう。
だがそんなことはスピアが許さない。
「ていっ!」
視界が半分塞がっている相手だ。懐に入るのは簡単だった。
足払いを仕掛けて綺麗に転がす。
呻き声を漏らす騎士隊長へ向けて、スピアはすかさず拳を突き下ろした。
小さな拳が鳩尾へとめり込む。
淡い光を放っていた魔法障壁も、鋼板を重ね合わせた鎧も一撃で打ち抜いて、騎士隊長を悶絶させた。
トドメに一蹴り。
さきほど開いた穴へと放り捨てる。
「ふぅ。騎士だけあって硬かったぁ」
僅かに痺れた拳を振って、スピアはほっと息を吐く。
そうして横へと視線を向けた。
助けられた主従が二人、ぽかんと口を開いたまま固まっていた。
近衛騎士、いつものことですが一話ももちませんでした。
救われたセフィーナは呆然としています。
正統派お姫様になる挽回のチャンスはある、かも?
次回は、お姫様と親衛隊長です。