幕間 ギルドマスターとダンジョンマスター
野太い笑声と下品な言葉が乱れ飛んでいる。
冒険者ギルドのホールでは、荒くれ者どもが昼間から騒いでいた。
「活気がありますねえ」
広いホールは酒場も兼ねている。
けれどそのカウンター脇に座ったスピアは、ミルクの注がれたカップを抱えていた。
冒険者には粗暴な者も多い。
だから普段なら、ギルドに寄り付く子供なんていない。
場違いなスピアに対しても、絡んでくる冒険者がいてもおかしくなかった。
まあ、その際には手痛い目にあって追い返されただろうが―――。
「ダンジョンから帰ってきた連中が多いからな。お宝目当てだった連中には悪いが、街の仕事を色々と片付けてもらってる」
カウンターの奥には、ディティモーブが座ってスピアの話し相手になっていた。
さすがにギルドマスターの前で騒動を起こそうとする者はいない。
スピアはのんびりと冒険者たちの様子を眺めていた。
ギルドを訪れたのは、少々気掛かりなことがあったからだ。
「ダンジョンから帰ってこない人も多いんですよね?」
「ん? ああ……まあ、危険な仕事だからな」
ディティモーブの声に憂いが混じる。
セイラール領に現れたダンジョンは、突然に活動を停止した。
そこに棲んでいた魔物たちも駆逐されて、街が襲われる危険も消えた。
けれどダンジョン内で命を落としたり、潜ったまま帰ってこれなかった冒険者も多かった。
捕らえられたまま“消し飛ばされた”冒険者がいるのも、スピアは知っている。
拾ったコアに記録として残っていた。
スピアが口にしなければ、けっして表には出て来ない事実だ。
だから、誰に責められることもない。
責められるとしたら、スピア自身の良心だけだろう。
冒険者になる者は、いつだって命を落とす危険と隣り合わせだ。
それを承知でダンジョンにも潜ったのだから、仕方ないとも言える。
殲滅魔法の巻き添えになるなんて、当時のスピアでは予想もできなかった。
いまだって、後悔はしていない。
むしろダンジョンを早目に潰せてよかったと思っている。
ただ、ほんの少しだけ、心にしこりは残っていた。
「みんなが、もっと安全に暮らせればいいんですけどねえ」
「難しい話だな。まともな仕事からあぶれる奴は何処にでもいる。魔物だってそうだ。俺たちが狩らなきゃ、もっと多くなってるだろうぜ」
街の兵士だけでは、外の魔物に対処しきれない。
その穴を埋めるのが、冒険者に期待されている主な役割だ。
他にも開拓できそうな土地を調べたり、古代の遺跡を探したりといった仕事もあるけれど、いずれにしても命懸けになる。
「そうですねえ……あ、魔物と戦うのも安全になればいいんでしょうか?」
「理屈ではそうだが、簡単じゃねえぞ。自分の力量を見誤って大物に挑む、なんてのは有り触れた話だからな」
頬杖をつきながら、ディティモーブは苦い顔をする。
どうやら自分の経験でもあるらしい。
「冒険者ってのは、自分の力量を把握できてようやく一人前だからな。そうなる前に命を落とす奴が多いのが問題なんだが……」
「初心者講習とかはやってないんですか?」
「いや、一応やってるぞ。しかしあまり人気もなくてな。命懸けの仕事をしてるってだけで、根拠の無い自信になるのかもなあ」
ミルクのカップに口をつけながら、スピアは珍しく真面目に話を聞いていた。
なんだかいい考えが思い浮かびそうな気がしたのだ。
それが、周囲にどう受け止められるかは分からないが。
「つまり、みんなが喜んで初心者講習を受けるようになればいいんですね?」
「んん? まあ、そういうことになるか……?」
「そうなれば、冒険者の人たちも安全に仕事ができますね」
「……嬢ちゃん、なに考えてる?」
不安げに、ディティモーブが尋ねる。
対してスピアは、にんまりと口元を吊り上げた。
「新人王戦とかどうです? 賞品とか豪華に出して、講習を受けた人だけ参加できるようにするんです。年間のリーグ戦とかもして、いっそ大きな競技場ごと建てちゃった方がいいかも知れません」
新人同士が積極的に競い合い、腕を磨き合うようにする。
敗北を知れば、自分の実力も理解できるようになるかも知れない。
魅力的な賞品を用意すれば、訓練にも取り組むようになるだろう。
そんなことを、スピアは思いつくままに語っていく。
「ちょっと待て、嬢ちゃん。理屈は分かった。しかし賞品とか言われても……」
それを用意するのは主催者、つまりはギルドの役目になる。
新人王戦なんてすれば、お祭り騒ぎになって大変だろう。
つまりはまた金が掛かる。
そうディティモーブは問題点を指摘しようとした。
けれど、スピアの方が早かった。
「こんな物でどうでしょう?」
スピアがカウンターに手をつくと、そこに魔法陣が描き出された。
光粒が舞い、一瞬の後、大きな金属の塊が現れる。
「フルプレートアーマーです。防御魔法も組み込まれた、なかなかの品ですよ」
「んなっ……!?」
「他にも武器も用意しましょうか。剣とか杖とか」
いまのスピアは、魔力に関しては随分と余裕がある。
特訓で回復薬を飲み続けていたおかげで、たっぷりと溜め込めていた。
それに、二つ目のコアを手に入れたことで、自身が生み出す魔力量も増えてきている。
「えっと……これを譲ってくれると? いいのか? いや、もちろんギルドとしては有り難い話なんだが……」
「構いません。先行投資というやつです」
スピアは朗らかに頷く。
こうして、冒険者ギルドでひとつの改革が行われることになった。
新人のみによる競技会。豪華優勝賞品つき。
その話は、瞬く間に冒険者たちの間に広まった。
ちょうどダンジョンが潰れて、新しい儲け話が望まれていた時でもあった。
ギルドが定めた“新人”の条件は、冒険者暦三年以内。
それと、一定ランク以下であること。
うだつの上がらない冒険者にも機会が与えられる条件だ。
そうして話が広まると、ギルドの初心者講習はかつてない盛況となった。
「さて、もう初心者とは言えない連中も集まっているようだが……」
ギルドの建物に隣接した訓練場では、大勢の講習参加者が整列していた。
その一同を眺めて、ディティモーブは苦笑を零す。
本来、講習の教官役などギルドマスターが務めるものではない。けれど今回の企画はディティモーブが言い出したことなので、多少の手伝いはする必要があった。職員に苦労を掛けるだけでは、上手くギルドをまとめられないのだ。
それに、ディティモーブも楽しんでいる。
体を動かすのは性に合っているし、後輩を育てるのも悪い気分ではなかった。
ただし、参加者の中には、真逆の思惑を抱いている者もいた。
新人を潰して、競技会を楽に勝ち抜こうという連中だ。
そこそこに経験を積んだ“スレた”冒険者には、そういった悪知恵に長けた者も混じっている。
意地の悪い薄ら笑いを隠そうとしない者もいた。
けれどいまは、参加者たちは一様に困惑顔を浮かべている。
理由は、ディティモーブの隣にいる補佐役だ。
「まずは魔物の恐ろしさを学んでもらおう。そのための特別教官だ」
「ぷるっ!」
黄金色の塊が猛威を振るう。
参加者たちの悲鳴が訓練場に響き渡る。
阿鼻叫喚な風景を、スピアは訓練場の端っこで眺めていた。
「やっぱり傷の治療薬も必要かな。でも、あれも超激マズなんだよねえ」
やがて各地のギルドにも、厳しい新人講習は広まっていく。
冒険者たちの生存率が格段に上がるのは、そう遠くない未来のことだった
ぷるるん先生と呼ばれるようになったとかならないとか……。
さて、第二章はここまでです。
次回から第三章、たぶん二日後には始めます。