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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
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幕間 戦慄のエキュリア


 セイラールの街に来て二週間が過ぎた。

 これほど長く街から離れたのは、以前に王都を訪れた時以来か。


 あの時は散々に嫌な思いをさせられたが、今回はまるで違う。

 まるで保養に来たように肩の力を抜いて過ごさせてもらっている。

 とはいえ、スピアからは目を離せないのだが。


 スピアは相変わらず気ままに過ごしている。

 ユニの特訓も、まあ派手ではあるが、順調に進んでいる。魔法の制御もそれなりに上達しているようだ。

 街からも見える巨大な光の柱に、住民からは驚きの声も上がっていた。


 下手をすれば、牢に叩き込まれていただろう。

 セイラール子爵に話を通しておいてよかった。話を終えた直後に光の柱が上がったのは予想外だったが、子爵の大らかな人柄にも助けられた。


 自分で船を操るのが趣味だというセイラール子爵は、陽に焼けた肌をしている。海向こうの話をしては快活に笑う男で、騎士として剣も嗜むが、むしろ商人気質なように思える。

 面会した際に、『クリムゾン鋼』について随分と興味を示していた。

 スピアを紹介しなくて正解だったのだろう。


 西方同盟の盟友であるし、信頼できる相手だと父上も言っていた。

 いずれ紹介する時はあるだろう。けれどまた一波乱となるのは容易に想像できた。


 スピアが特別な力を持っているのは、私だって理解している。

 けれどいまは見守るべき、というのが父の判断だ。

 どうしようもなく暴走しそうな時にだけ制止するよう言われている。


 スピアを支える、という役目に否やはない。

 けれど、私自身の気持ちとしてはどうなのだろう。

 振り回されてばかりだが、スピアと一緒に過ごす日々はけっして悪くない。

 むしろ胸が弾んでいて―――、

 期待している、という表現が適切だろうか。


 これからもスピアはたくさんの騒動を巻き起こすはずだ。

 だけどそれは、大勢の人々を笑顔にすると信じられる。

 そんな活躍を近くで見ていたいと、私は期待しているのだろう。


 いずれ大陸の隅々にまで彼女の名が轟くのではないか、と。

 だから―――、


「貴方が、『オーク千匹殺し』のエキュリアですわね?」


 まさか私の名が広まるとは思ってもみなかった。

 何故だ? どうしてこうなった?


「噂は聞いておりますわよ。クリムゾンの街を救った英雄で、単眼巨鬼サイクロプス・オーガーをも単騎で打ち倒し、ビート牛の群れすら一睨みで退かせたと。この街でも、あの暴嵐鮫を真っ二つに引き裂いたそうですわね?」

「どれだけ誇張された噂だ!?」


 街の広場で呼び掛けてきたのは、私と同い年くらいの女だった。

 燃えるような赤を基調とした煌びやかなドレスを纏っている。肩から胸元まで瑞々しい肌色を晒しているが、艶めかしさと同時に気品も漂わせている。

 人魚ではないようだが、明らかにただの街娘でもない。


 何処かの貴族か、とも思えた。

 一歩後ろには、壮年の執事も静かに控えている。


「わたくしはセリスティア。紅銀の炎舞(スカーレットフレイム)、セリスティアですわ!」

「そ、そうか。私は確かにエキュリアだが……」

「我がスタンピート流舞闘術は無敵! よって、貴方に勝負を挑みますの!」

「訳が分からん! そして、もう常識ハズレは充分に間に合っている!」


 咄嗟に大声で言い返してしまう。だけどそれは失敗だった。

 いやまあ、すでにセリスティアの格好だけでも充分に注目されていたのだが。

 広場にいた大勢の視線が私たちへと集める。


「なあ、あれってもしかして……『クリムゾンの秘剣』、エキュリアか?」

「そうらしいな。俺は『災害級殺し』って聞いたぞ」

「あれに勝負を挑もうってのか? 『デスサーペント喰らい』だろ?」

「相手は痴女みたいな格好してるが本気なのか? 『百魔使い』を相手に?」


 こんな事態になる前に、もっと街の声に耳を傾けておくのだった。

 そして否定しておくべきだった。

 何故、妙な二つ名ばかりが出回っている!?

 いったい何処で捻じ曲がった!


「すごいですねエキュリアさん。とっても有名です」

「ほとんどの発端はおまえではないか! 私は見ていただけだぞ!」


 隣にいたスピアが嬉しそうに目を輝かせる。

 自分の名声を奪った、と責めてこない性格なのは誉めるべきだろうか。

 しかし、もう少し危機感を持ってほしいとも思える。


「お、おい、あのキングプルン使いの子に怒鳴ってるぞ」

「さすが『殲滅』のエキュリア……あの子を従えてるっていうのも本当だったんだな」


 また妙な噂が増えた!?

 いや、こういうスピアとの遣り取りが重なって、ここまでの噂になったのか。

 ある意味では、私の自業自得ではないか。


「さあ勝負ですわ。貴方を倒して、スタンピート流舞闘術の名を轟かせますわよ!」

「むう。なんだか勝手なこと言ってますね」

「その通りだが、おまえが勝手と言うのは筋違いな気もするぞ」

「でも、流派を名乗るっていうのはちょっぴり憧れます」

「脈絡のない話をするな! やはりおまえは勝手だ!」


 スピアに構っている内に、広場には人の輪ができていた。

 この街の住民は騒動に慣れているのか、ちょうど冒険者が集まっていたからか、皆が勝負事と聞いて盛り上がっている。


 ちょっと待て。賭けまで始まっているぞ。

 私はまだ勝負するとは一言も―――。


「まさか逃げませんわよね? まあその時は、わたくしが勝ちを宣言させてもらいますけど」

「あ、おい、そういうことを言うと……」

「逃げません!」


 遅かった、と頭を抱える。

 スピアが前に出ると、痴女、もといセリスティアを指差して宣言した。


「エキュリアさんが出るまでもありません。ここは―――」

「ぷるっ!」

「ぷるるんが相手をします!」


 黄金色の塊が跳ね出る。

 セリスティアは一瞬だけ頬をひくつかせたが、すぐに悠然とした笑みを作りなおした。


「ふっ、よろしいですわ。キングプルンといえど所詮は魔物。準備運動代わりに退治して差し上げます」


 静かに歩み出たセリスティアの所作は、確かに武人のそれだった。

 武器は持っていない。けれどよく見れば、派手な服の要所に金属質の輝きが混じっている。布地も微かな光を纏っているので、どうやら魔装であるらしい。


 堂々と勝負を挑んでくる自信、それを裏付ける実力もあるということか。

 恐らく、私が戦っても勝敗は分からなかっただろう。

 しかし―――、


「やっ、おやめなさい! こんな……ひゃぁっ、あははははははっ!」


 一方的な勝負になった。

 セリスティアは正しく舞うように、次々と突きや蹴りを繰り出した。

 その磨き抜かれた技は感嘆に値するほどだった。


 けれど物理攻撃ばかりだったので、ぷるるんには一切通用しない。

 あっという間に捕縛されて、全身をくすぐり回された。

 しばらくは抵抗をしたセリスティアだが、結局は負けを認めて、ぐったりと地べたに倒れ込んだ。


「くっ……こんな辱しめを受けるとは。さすがは『悪鬼も泣いて逃げ出す』エキュリアですわね」

「おい待て。なんだその根も葉もない二つ名は!?」

「ですが、わたくしは諦めませんわよ。今回は退きますが、必ずや貴方を打ち倒してみせます。不屈こそスタンピート流舞闘術の真髄ですわ!」


 立ち上がったセリスティアは、くるりとスカートを翻した。

 そうして優雅に振り返ると、敗北したのが嘘であったように堂々と去っていく。

 控えていた執事も一礼すると後に続いた。


「……はぁ。まるで嵐のような女だったな」

「はい。面白い人でした」


 スピアの人物評はどこかズレている。

 けれど時折、ずばりと真実を見抜くから無視もできない。


「また何処かで出会う気がします」

「やめてくれ。あの恥ずかしい二つ名で呼ばれるのも勘弁してもらいたいぞ」


 溜め息を落としながら、周囲で騒いでいる人の輪を覗う。

 どうやらまた妙な噂が過熱しそうだった。



踊り子さん、また出てくるかは未定。

サービスシーンが足りなくなった頃に来てくれるかも知れません。


次回が最後の幕間、冒険者ギルドに行きます。


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