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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第一章 さすらいの少女(ダンジョンマスターvsオークキング)
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迷宮倉庫と毒キノコ


 頭を抱えて呻る。

 ほどなくして顔を上げたエキュリアは、真っ直ぐにスピアを見つめて言い放った。


「ともかく移動するぞ!」

「はい。分かりました!」

「うむ、いい返事だ。魔物も亜人も血の匂いに敏感だからな。こうした戦いの後は、なるべく早く移動するのが鉄則だ。覚えておくといい」


 まだ疑問はたっぷりと残っているエキュリアだが、置き捨てることにした。

 いまはまず身の安全を図るべき。自分だけならばともかく、この少女を危険に晒してはいけない。自分は情けない騎士だが、民を守る務めは放棄できない。

 そう考えて、エキュリアはすぐに行動へと移った。


 まずオークの死体は捨て置く。

 燃やして浄化したいところだが、エキュリアが使える魔法にはそれほど強力なものはなかった。

 仲間の死体も置いていくしかない。代わりに、剣の柄に付けられていた小さな金属札を回収した。剣章と呼ばれるそれは、兵士などの剣にはきまって備えられている。命を落とし易い職業なので、それを遺品にするのが通例となっていた。

 一人一人から剣章を回収しながら、エキュリアは祈りを奉げていく。


「丁重に葬ってやりたいところだが……すまん」

「……友達だったんですか?」

「ああ、そうだな……一人で死ぬつもりだった私についてきてくれた、掛け替えのない戦友たちだ」


 膝をついて祈るエキュリアの瞳には、薄っすらと涙が滲んでいた。

 スピアも真似して祈ってから、ぽんぽんとエキュリアの背中を撫でた。頭を撫でようともしたけれど、手が届かなかった。


「お葬式ってよく知らないんですけど、遺体はあった方がいいんですよね?」

「それはそうだが……この状況だからな。諦めるしかない」


 エキュリアは美しい顔を歪める。

 だけど首を振ると、優しげな表情を取り繕った。さっきのお返しみたいにスピアの頭を撫でる。エキュリアは女性としては背が高いので、スピアの頭はちょうど撫でやすい位置にあった。


「わたしが運びましょうか?」

「……は?」

「倉庫を使えば、たぶん運べます。こんな風に」


 スピアの手元に影が浮かんだ。お盆みたいな楕円形の影だ。

 その影にスピアは手を入れると、中からリンゴをふたつ取り出した。


「どうぞ。お裾分けです」

「なっ……なな、なんだそれは!? 噂に聞く空間魔法というやつか!?」

「ひはいはふ。はんひょんはほーへふ」


 リンゴを齧りながらの言葉は説明になっていなかった。

 また訳の分からない事態に晒されて、エキュリアは頭を抱える。とりあえずリンゴは受け取った。しゃくしゃくとして美味しい。甘味も詰まっている。


「えっと……そうだな、遺体を運べるというなら頼めるか? あとで礼もしよう」

「ふぁひ。ふぁふぁへへふらはひ」

「……食べながら喋るのは行儀が悪いぞ」


 リンゴを片手に持ったまま、スピアは遺体に手をかざしていく。今度は地面に影が広がって、そこに遺体が呑み込まれていった。

 倉庫とやらに収めているのだろう、とエキュリアは困惑しながらも理解する。

 数人分の遺体を回収したところで、ふとスピアが首を傾げた。


「魔力が足りません」

「む……? それは、全員は回収できないということか?」

「オークの魔石を貰ってもいいですか?」


 質問を放置されたエキュリアだが、もう状況に流されることにした。素直に頷いてオークの死体へ歩み寄る。

 魔物や亜人は、身体の中心部に魔力の塊を持っている。それが魔石だ。人間にとっては、主に魔導具の動力源となる。


「しかし、魔力を引き出すには特別な工程が必要だと聞いていたが……?」


 また新たな疑問を抱きながらも、エキュリアは予備に持っていた短剣を抜いた。オークの胸に突き刺すと、すぐに刃先が硬い感触に当たった。


「あ、取り出さなくても大丈夫です」

「なに……!?」


 スピアはオークの死体に手をかざしていた。その掌が淡く光っている。

 オークの死体、胸の中心部から光の粒子が溢れて、小さな手に吸い込まれていく。


「まさか、魔力を吸収しているのか……?」


 エキュリアはオークの死体を調べてみる。

 最初に短剣を刺したオークからは、しっかりと魔石が取り出せた。

 けれどスピアが”処理”をした死体には、肉や骨が詰まっているだけだった。








 ◇ ◇ ◇


 スピアが踏み込むと、それを警戒したオークが跳びずさる。

 すでに何匹ものオークが、突然現れた落とし穴や土槍に斃されていた。短絡的なオークでもさすがに学習するらしい。


 この子供は足下から不可思議な攻撃をしてくる―――、

 そんな風にオークは考えたのだろう。


 けれど離れようとしたオークの死角から、木枝が鞭のように襲い掛かった。豚面をしたたかに打ち据えて、さらに蔦のように伸びた枝が太った体を樹木へ縛りつける。

 スピアの紅い瞳が鋭い輝きを放った。

 地面を蹴り、空中で一回転して、スピアは凄まじい勢いで踵を振り下ろす。


 捕縛壁キャプチャウォール踵落とし、といったところか。

 脳天を砕かれたオークは、無様な悲鳴を上げて絶命した。


「あと三匹」


 残った”五匹”のオークを見据えて、スピアはまた駆け出す。


 森を東へと向かう途中、スピアたち二人と一体はまたオーク集団と遭遇した。最初に敵を発見したのはエキュリアで、すぐに身を隠してやり過ごそうとした。けれど指示を出そうとした時には、スピアが突撃を始めていた。

 ぷるるんもスピアを追い掛け、追い抜き、オーク集団の中央に飛び込んだ。


 乱戦になって、一番活躍しているのはぷるるんだ。

 黄金色の巨体でオークを撥ね飛ばし、押し潰し、丸呑みにして次々と仕留めている。ぷるるん無双だ。

 集団の中には、杖を持って魔法を使うオークメイジもいた。

 炎弾を何発も放って、ぷるるんを焼き尽くそうとしたが、黄金色の体を僅かに溶かしただけだった。直後には苛烈な体当たりを喰らって沈んでいた。


 もちろんエキュリアも戦っている。無茶な戦いは避けたいところだったけれど、子供を置いて逃げるなんて騎士の誇りが許さなかった。

 仲間の遺品である剣を振るって、オーク一体を仕留めた。

 いまは戦斧を持ったオークと対峙している。

 武力に関してはあまり自信のないエキュリアだが、それでも消耗していなければ、オークの一体くらいは危なげなく斃せた。


「しかしこれでは、どちらが騎士か分からんな」


 エキュリアには苦笑を零す余裕もあった。

 その視界の隅で、また一匹のオークが断末摩の悲鳴を上げた。

 全身を”鉄の槍”に貫かれて。


 これまでも突然に落とし穴が作られたり、木枝が敵を捕縛したりと、不自然な現象が続いていた。けれど”その場にある物が形を変える”といった枠に収まっていた。

 その点で、今度の鉄槍はまた不自然度が増している。木の幹から打ち出されたのだが、元あった物質をまったく無視していた。


 ともかくもオークが斃されたのは間違いない。

 スピアは小さな拳を握って、にんまりと微笑んでいた。


「うん。第二段階のトラップも問題なく使えるみたい」

「第二段階……?」


 エキュリアは首を傾げながら剣を収める。

 さっきまで目の前にいた最後の一匹は、横合いから飛び掛かってきたぷるるんに押し潰されていた。






 焚火の上に鍋を置いて、二人と一体は腰を落ち着けた。

 いや、ぷるるんに腰はないのだけど、ともかくも火を囲んで休息を取る。

 オーク集団を斃した後も歩き続けて、いまはもう陽が落ちている。まだ街まで距離はあるが、先を急いでも危険を増やすだけだ。


 スピアが出してくれた水を口へ運んで、エキュリアは大きく息を吐いた。

 今日何度目になるか分からない感謝を述べてから、表情を引き締める。


「さて、そろそろ話を聞かせてもらおう」

「話ですか? 子守唄だったら覚えてますけど……」

「違う! 子供を寝かしつけるための童話などではない! だいたい、そんなものがないと眠れない年に見えるのか?」

「そうですよね。エキュリアおねえさんは、いくつですか?」

「今年で十七になる……ええと、ともかくも話を戻すぞ!」


 これまでは急いで行動する必要もあって、エキュリアは色々な疑問を後回しにしていた。だけどいつまでも放置はしておけない。

 ひとつ深呼吸をすると、スピアの紅い瞳を真っ直ぐに見据えた。


「まずは……」

「あ、そうだ! この近くに街とかあるんですよね?」

「はぁ? いや、ちょっと待て。ここは私が質問する場面で……」

「ご存知ありませんか?」


 スピアはしょんぼりとした顔をする。

 膝を抱えて、親に捨てられた子供みたいに。

 あまりにも物悲しげな様子に、エキュリアも申し訳ない気持ちにさせられる。


「あ、えっと、街ならあるぞ。ベルトゥーム王国のクリムゾン領と言って分かるか? 私はそこから来たのだ。だから帰り道も分かる」

「帰り道も! 分かる!」

「う、うむ。スピアは街に向かいたいのか? ならば、責任を持って案内しよう」


 途端に元気になったスピアは、ぱぁっと笑顔を輝かせる。

 対照的に、エキュリアの笑みは歪んでいた。

 だけど案内すると言ったのは嘘ではない。スピアには命を救ってもらった恩義を感じている。求められれば、いくらでも力を貸すつもりだった。


「よかった。ずっと野外生活なんてことになったら、さすがに泣いちゃうところでした」


 鍋が煮立ってきたところで、スピアは新しい食材を投入した。

 ぐつぐつと美味しそうな匂いを漂わせる鍋を、鼻唄を歌いながら掻き回していく。


「しかし……帰り道が分からないとは、この森まではどうやって来たのだ?」

「起きたら、洞窟にいたんです。人攫いです」


 ここでようやく、エキュリアは事情を理解し始めた。

 経緯は分からないが、スピアは連れ去られてきた。恐らくはこの近くに、人攫いの隠れ家でもあるのだろう。随分と可愛らしい子供だし、これまでの行動でも短慮な部分が目立っていた。悪人からすれば都合の良い獲物だったはずだ。

 そう受け止めたエキュリアだが、また疑問も浮かんだ。


「その人攫いはどうしたのだ? 隙を見て逃げてきたのか? それとも……」

「逃げません!」


 不愉快です、とでも言うみたいに、スピアは唇を突き出した。


「いまは何処にいるかも分かりません。でも必ず見つけ出して、反省させてあげます。そのためにも、わたしは強くなるんです」

「あ、ああ……そうだな。人攫いなど許される行為ではないからな……」


 力強い宣言に押されて、エキュリアは曖昧に頷いた。

 スピアが嘘を吐いているとは思えない。だけど話を聞けば聞くほど、状況に対する疑問が増えていくようだった。


「洞窟と言ったな? そこには他に誰かいなかったのか?」

「はい。私一人だけで、最初にぷるるんを呼び出しました」

「呼び出した……? そ、そういえば、そのキングプルンについても聞きたかったのだ。スピアが従えている、という解釈でよいのだな?」

「ぷるるんは、お友達です」


 ―――さっぱり意味が分からない。

 いや、子供に詳しい説明を求めるのが、そもそも間違っているのか?


 エキュリアはまた頭を抱える。

 ぷるるんにも視線を向けたが、焚火に照らされた黄金色の塊は鎮座しているだけだ。緩やかに揺れる様子は可愛らしくもある。


「まあ、敵意が無いのは分かっている。スライムの従魔というのは珍しいが、これまでも助けられたからな。これがベトン種やエロン種であったら、もっと警戒するところだが……」

「プルンの方が可愛いですよ」

「……それも否定しないが、プルン種は手懐けやすいという話を聞いたことがある」


 一言で粘体生物スライムと言っても、様々な種類がある。

 エキュリアの述べた三種類が代表的だ。粘液状の体は共通しているが、其々に特徴もある。


 ベトン種はより液体に近く、様々な場所に潜んで不意を突いて人を襲う。不定形を極めたような体はやはり物理攻撃に強く、逆に魔法攻撃にはとても弱い。最も知能が低いとも言われている。

 エロン種も不定形だが、多くの触手を持ち、円筒状の体になる。触手は剣で斬れるし、魔法攻撃にも弱い。けれど女性の天敵と言える恐ろしい特性を持っている。


「ぷるるんを召喚するには、魔力1000が必要でした」

「は? 召喚だと……?」

「キングベトンは800。キングエロンは、何故か10万です」

「ちょっと待ってくれ。何を言っているのか、意味が分からん」


 エキュリアはいっそう深く頭を抱えた。

 そんな様子を見るスピアは、不思議そうに首を傾げていた。


 不意にスピアは、「ああ!」と声を上げて手を叩く。

 だけどエキュリアが疑問の眼差しを向けると、あからさまに目を逸らした。


「えっと、秘密にした方がいいと思いましたー……」

「……まあいい。危険は無いのだろう?」

「もちろんです。その点は安心してください」


 頷いて、スピアは鍋へ目を戻した。

 ぐつぐつと煮立っているところから、丁寧に灰汁を取り除いていく。


「ぷるるんは、熱いのは大丈夫?」

「ぷるっ!」


 頷くように揺れたぷるるんに、スピアは掬った灰汁を放る。

 ほとんど熱湯をかけるようなものなのに、ぷるるんは嬉しそうに受け止めた。


「!? お、おい! いま、そいつ声を出さなかったか?」

「え? ぷるるんは喋れませんよ?」

「いや、確かにプルンが喋るなど聞いたこともないのだが……」


 エキュリアは黄金色の塊をまじまじと見つめる。

 灰汁を取り込んだぷるるんは、少しだけ濁った色をしていた。だけどすぐに元の色に戻って、何事もなかったように佇んでいる。


「気のせい、か……?」

「そうですよ。それよりも、ご飯にしましょう」


 差し出されたお椀からは、じっくり煮られた猪肉と茸が良い香を漂わせていた。

 脂の染み込んだスープの中から、新鮮な茸や山菜が顔を覗かせている。

 エキュリアはごくりと咽喉を鳴らす。ここしばらく、簡素な携帯食しか口にしていなかった。


「……なにからなにまで世話になって、すまん」

「いえ。道を教えてもらうお礼です」


 温かなスープを口へ運んで、エキュリアはほっと息を吐く。じんわりと身体の奥まで熱が染み込んでくるのが感じられた。

 ふっと気が緩む。だからだろうか。

 ほんの半日前に大勢の仲間を失ったのを思い出して、きつく目蓋を伏せた。


「めっ! ぷるるんはもう毒キノコを食べたでしょ!」

「ぷるぅっ」

「って、おい! やっぱりそいつ喋っただろ! それと毒キノコを食べたって、プルンなら平気なんだろうが色々とおかしい!」


 エキュリアは立ち上がって黄金色の塊を指差す。

 けれどスピアは可愛らしく首を傾げるだけ。ぷるるんも、緩やかに揺れているだけだった。



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