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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
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第二章エピローグ 前編


 バチバチと、薪の燃える音が重なる。

 砂浜に簡素ながら調理台が置かれて、大きな鍋が火にくべられていた。


「ご主人様、解体は終わりました。毒も含まれておりません」

「ん、ありがと。それじゃまずはヒレを茹でていこう」


 暴嵐鮫から取ったヒレを、シロガネが鍋へと投入していく。

 まずは加熱して余分な脂を除き、次に表皮を削り取る。そうして下処理をしてからじっくりと天日干しで味を熟成していくのが、フカヒレの作り方だ。


「わたしも、お料理研究会で聞きかじった程度なんだけどね。とにかく試してみよう」


 そうスピアは指示を出している。

 二人から少し離れたところで、人魚たちはその様子を呆然と眺めていた。

 エキュリアとユニ、ロウリェも固まっている。

 しばらくは薪の弾ける音と、潮騒ばかりが響いていたが―――、


「どういう状況だぁっ!?」


 怒鳴り声が戸惑いを断ち切った。

 ここ一番でのツッコミ役は、やはりエキュリアだった。

 伊達にスピアに振り回されまくってはいない。


「スピア、説明をしろ!」

「はい。フカヒレを作ってます」

「そういう意味じゃない! もっと前だ! 暴嵐鮫の守りを破った技とか、地面からいきなり出てきた武器とか、この場にシロガネがいることとか……」


 エキュリアは眉根を指先で押さえて、深く息を落とす。

 一気に言葉を吐き出したおかげで、少し落ち着いてきた。


 対して、スピアは小首を傾げる。

 こてりと。不思議なものを見るように。


「いっぺんに言われても、答えるのに困ります」

「こちらは理解に困っているのだ!」


 また怒鳴られて、スピアは両手で口を押さえた。

 スピアだってエキュリアを怒らせるつもりはない。学習だってする。

 怒りが治まるまで、しばらく待つことにした。


「……よし、ひとつずつ確認するぞ。まずはその暴嵐鮫を倒したことについてだ」

「強敵でした」

「そう、なのか? 確かに暴嵐鮫は、準災害級の魔物だが……随分と簡単に倒したように見えたぞ?」


 意外そうに、エキュリアは問いを重ねる。


 けれどスピアの言葉は嘘ではない。

 最初の不意打ちを受けた時点で、スピアにとっては失態だった。

 街の中とはいえ油断していたと反省している。もしも相手がもっと素早かったり、体が大きかったりしたら、咄嗟の回避も難しかっただろう。


 体勢を整えてからも、内心では冷や汗を掻きっ放しだった。

 だから間違いなく、強敵だと言える。巨大ウナギの次くらいに。


「まあともあれ、怪我がなかったのはよかった。しかし、あの嵐の壁を破ったのは、いったいどういう理屈だ?」

「台風には慣れてます。竜巻も同じようなものなので、驚きません」

「あのな、私はどうやってヤツの壁を破ったのか聞いているんだ」

「ん~……魔法そのものを叩き斬りました」


 少し考えてから、スピアは首を傾げながら答えた。

 その返答に、エキュリアは目を白黒させる。


「っていうのも、ちょっと違うんですよねえ」

「おい! どういうことだ!?」

「とにかく、頑張った結果です」


 スピアは腰に手を当てて胸を張る。

 勢いで誤魔化そうとしている。そう察したエキュリアは、溜め息を吐いて思考を切り替えた。


「おまえ自身もよく説明できないのだな。分かった。しかし……あちらのことはちゃんと説明してもらうぞ」


 エキュリアが指差した先にはシロガネがいた。

 火にくべられた鍋を見守って、スピアに指示された通りにフカヒレ作りに勤しんでいる。


「折角のフカヒレですから。実はわたしも食べたことないんです」

「……私は、シロガネのことを訊ねたのだが?」

「料理はシロガネの方が上手なんです。だから手伝いに来てもらいました」


 スピアは胸を張ったまま、誇らしげに言う。

 シロガネも「お褒めに預かり恐縮です」と丁寧に一礼した。


 もちろん二人は大真面目だ。

 けっしてエキュリアの血管をブチ切れさせたくて巫山戯ているのではない。


「呼んだ理由ではない! 私が聞きたいのは、ひよこ村にいるはずのシロガネが、どうしてここにいるのか、来られたのか、その方法だ!」

「ああ。そういえば、言ってなかったですね」


 ぽん、とスピアは手を叩いた。


「シロガネは、『倉庫』を通れるんです」

「……は?」


 エキュリアが間の抜けた声を返す。

 その呆気に取られた顔を見て、面白いなあと思いながらスピアは説明を重ねた。


 スピアが扱う『倉庫』は、異空間に置かれたダンジョンの一室だ。部屋なのだから当然、出入り口を設けられる。ひとつではなく、望むだけ。

 その部屋である『倉庫』を通って、シロガネはやって来た。


 『倉庫』には生物は入れない。

 けれど奉仕人形オートマタであるシロガネならば問題はない。

 そういったことを、スピアは身振り手振りと擬音などを混ぜて説明していった。


「あー……おまえが説明ベタなのは再確認できた。それと……」


 エキュリアは視線を巡らせて、ちらりとシロガネを覗う。


「やはり人間にしか見えないが……いや、オートマタだからといって何が変わるでもないか」


 苦笑するエキュリアを気にも留めず、シロガネは淡々と己の仕事を行っていた。

 いつものように無表情で。かつ優雅な所作で。

 解体の終わった鮫肉の整理を淡々と続けていた。


「ご主人様、こちらの角は珍しい素材のようです。如何いたしましょう?」

「ほんとだ。魔力が篭もってて、綺麗だね」

「加工すれば、武器をはじめ、様々な道具に使えるかと愚考いたします」

「わたしは武器は使わないけど……一応、倉庫に入れておくね」


 主従の遣り取りはのんびりとしたもので、そこに物質的な硬さは感じられない。

 やはり人間にしか思えないな、とエキュリアは軽く咽喉を鳴らした。


「のう。そろそろワシからも一言よいかのう?」


 話が一段落したのを見計らって、ロウリェが歩み寄る。

 スピアの前に立つと、珍しく人間の姿へと変化した。

 そうして丁寧に頭を下げる。


「まずは感謝を。そなたが暴嵐鮫を倒してくれたおかげで、無用な犠牲を出さずに済んだ。人魚族を代表して、深く礼を申す」

「いえいえ、頭を上げてください。フカヒレを横取りしただけですから」

「いいや。これは人魚としての矜持じゃ。海の恵みへの感謝を忘れぬように、受けた恩義もけっして忘れぬ」


 大真面目な顔で、ロウリェは繰り返して感謝を述べた。

 こういったところは族長としての面目躍如、といったところか。


 とはいえ、やはり人魚は大らかだ。

 じゃが、と話を区切ると、先程からシロガネが調理している鍋へ目を向けた。


「あのフカヒレとやらは何じゃ? どうやら料理のようじゃが、鮫など、海で暮らす我らでも滅多に食さぬぞ?」

「高級食材です。美味しいらしいですよ」


 断定ではなかったが、美味しい、という言葉にロウリェは目を光らせる。

 醤油や海栗など、スピアから伝えられた新たな味にハズレはなかった。

 けれど、残念な一言も付け加えられた。


「ただ、天日干しに時間が掛かります。食べられるのは数ヶ月後ですね」

「むう。それは悔しいのう」

「出来上がったら、みんなで食べましょう。フカヒレパーティです」

「ならば、他の食材は我らで用意させてもらおう」


 未知の美味に想いを巡らせている内に、スピアたちは思い出す。

 そういえば昼食の準備をしていたところだった。


 すでに調理台はスピアが用意してあったので、そこに食材を持ち寄る。

 あとは鉄板で焼き、醤油を垂らしていくだけで、野性味溢れる香りが砂浜に広がった。


 突発的なバーベキューパーティだ。

 大勢の人魚たちも混ざって、わいわいと騒ぎ出す。

 炭火焼きされた魚介類に、村から持ち込まれた肉や酒が加わり、さらに厄介な魔物を倒したスピアの活躍が華を咲かす。


「海に来て、大正解でした」


 スピアも上機嫌で、蒸し焼きにされた貝柱に齧りつく。

 この日、ひとつのダンジョンが残党も含めて完全に消え去った。

 けれど誰も、その事実を知りもしなかった。








 後日―――。

 スピアは一人で砂浜を歩いていた。


 この日も殲滅魔法の特訓はしていたが、午後になって休憩を取ったところだ。

 ユニの魔力制御も随分と向上してきた。息抜きは必要だし、スピアもなんとなしに緩やかな時間を味わいたい気分だった。


 潮騒を背景に足を進めながら、スピアはぼんやりと思考を巡らせる。

 いつまで特訓を続けようとか。

 冬の間はどうしようとか。

 ぷるるんの新技をいつお披露目しようとか。

 この辺りなら、転移魔法陣を置いておくのに良い場所だなとか―――。


「……この向こうにも、大陸があるんだよね」


 南方に広がる海を眺めて、スピアは呟く。

 『知識書庫』から得た世界地図を、頭の中で浮かべていた。


「アフリカとも似てるし、やっぱり砂漠になってるのかな。行ってみるのもいいかも……あ、でもイタリアっぽいところもあるし、そっちが先かな」


 新たな旅に思いを馳せる。

 その時、上空でトマホークが一鳴きした。


「ん……?」


 すぐさま、スピアは己の“領域”を広げる。

 侵入者の感知には優れるダンジョン魔法だが、それが十全に発揮されるのは設定した“領域”内に限られる。そして“領域”は、他者が支配する場所を含めるのは難しい。

 人が住む街や村などは、それだけでダンジョン領域を排除する力が働く。

 スピアが直接に触れている範囲ならば支配下に置けても、基本的には、ダンジョン魔法が使えるのは未開の荒野などに限られる。


 強引に領域を設定できなくもない。

 けれどその際には、大量の魔力が必要になる。

 以前、クリムゾンの街を魔法無効化壁を守った時に行ったのがそれだ。


 そんな事情があって、街にいる際のスピアは狭い領域しか設定していない。だから暴嵐鮫からの不意打ちも受けてしまった。

 とはいえ、だからといって弱点になる訳でもない。


 能力が限られるのは、あくまでダンジョン魔法に限ってのこと。

 召喚されたトマホークなどは、何処でも全力を発揮できる。

 そのトマホークが何かを見つけたようだったので、スピアは一瞬だけ領域を広げて探査を行ってみた。


「大きな魔力反応……? でも、魔物じゃないね」


 スピアが首を傾げている内に、海の上にトマホークが降りてきた。

 波打ち際に近い水面に突っ込む。

 すぐにまた浮上してくると、トマホークは鉤爪で何かを掴んでいた。


「え? これって……!」


 渡された紅い石を見つめて、スピアは珍しく驚いた声を上げた。

 熟成されたワインのように上質な紅色をしている。

 人の拳ほどのそれは、スピアの知っているものよりも大きい。

 だけど、見間違うはずもなく―――。


「ダンジョンコア、だよね……」


 どうして、こんな所に? 海に転がってて良いものなの?

 また自称神とやらが何かを企んでいるのでは―――、

 そう首を捻ったスピアだが、答えには至れなかった。


「ま、いいか。折角だから貰っておこう」


 ほとんど迷いもせずに結論を出すと、スピアは紅い石を握った。


 本来、ダンジョンコアは不壊だ。

 たとえ殲滅魔法の直撃を受けても壊れはしない。

 主のいないコアでも、その耐久性は貯えられた魔力によって保たれている。


 だけどスピアにとっては別だった。

 ダンジョンマスターであるし、すでに一度、コアを己の物としている。

 コアの主が望めば、それを自身に取り込む“手段”はあるのだ。


 軽く力を込めると、紅い石は光の粒子となった。

 赤と青の光粒は空中を舞いながら、そのすべてがスピアへと吸収されていく。

 コアが辿ってきた経緯も。

 以前のダンジョンマスターと関わった記録も。

 スピアはしばし目を伏せて、新たな力を抑え込んでいった。


「ん。今日のわたしは運が良いね」


 むふふん、とスピアは上機嫌で目を細める。


 光粒が消えると、また砂浜を歩き出した。

 紅く輝いた瞳を沖へと向ける。

 押し寄せる潮騒に耳を澄まして、スピアは穏やかに微笑んでいた。



ちっとも村長してない第二章のエピローグです。

後編は明日。

それからもうちょっとだけ第二章は続きます。

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