表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
37/157

超激マズ特訓


 遠くの海原に木箱が浮かんでいる。

 一本の柱が立てられた木箱は的だ。柱には二重丸が描かれた旗も付けられている。


 太い光が空中を貫いていって―――、

 旗のずっと上を通過して、遠くの海原へと撃ち込まれた。

 高々と光の柱が沸き上がり、熱と衝撃によって海面に大きな穴が空いた。


「ふっ……心まで震えさせるような音、ずっしりとした衝撃、完璧すぎる」

「どこがじゃ! 完璧に狙いを外しておるわ!」


 ビターン、と。

 ロウリェの振り回した尾ヒレが、ユニの顔面をしたたかに打ち据えた。


 まあ、さほど力は込められていない。

 精々、ユニが顔を赤くして悶え転がるくらいだ。

 そのままユニは正座をさせられ、もはや何度目になるか分からない説教を聞かされる。


「よいか、魔力制御とはそもそも―――」


 魔法の基本的な理論から、その応用法、魔術師に必要とされる振る舞いまで、ロウリェはつらつらと語っていく。

 やはり見た目は幼女なのに、伊達に巨乳、もとい長く生きてはいない。

 教育的指導が一区切りするところで、スピアが近づく。


「はいユニちゃん、お薬の時間だよ」

「ひっ……!」


 異臭を放つ小瓶を手元で揺らして、スピアはにっこりと微笑む。

 ユニはわたわたと逃げようとするが、正座で痺れた足では無理な願いだった。


 ロウリェから羽交い絞めにされる。

 スピアにもがっしりと顎を掴まれる。

 そうして超激マズ回復薬を飲まされて、ユニは声にならない悲鳴を上げた。


「これでもう今日は五本目か。それでも魔法を撃つのをやめぬのは、大した根性と誉めるべきかのう」

「この味にも慣れたのかも知れませんよ?」

「慣れるかぁー!」


 珍しく声を荒げて、ユニは抗議する。

 だけどまた黒杖を握り締めて、次の殲滅魔法を撃つべく崖の先へと向かった。


 はじめて人魚の村を訪れてから、すでに三日―――、

 超激マズ特訓は続いていた。

 数を重ねたおかげか、ロウリェの指導がいいのか、あるいは超激マズ薬から解放されたい必死さがそうさせたのか。次第に、ユニの殲滅魔法は正確さを増していた。


 特訓をしているのはユニだけではない。

 ぷるるんも特訓中だ。海に浮かんで、泳ぎの特訓をしている。

 人魚に囲まれて楽しそうだが、けっして遊んでいるだけではない。


 ぷかぷかと浮かんでいるだけに見えたりもする。

 だけど新技の開発にも勤しんでいたりもする。


 また合流したエキュリアも、人魚族の女戦士から剣技の指南を受けていた。

 常に水流の抵抗を受ける海で生活するだけあって、人魚たちは身体能力に優れている。主に槍を使い、加えて水の精霊魔法も扱える。

 砂浜で模擬戦をするだけでも、エキュリアには良い訓練になっていた。


 そして、スピアも―――。


「ぐぅっ……この不味さは、ぷるるんでも逃げ出しそう」


 超激マズ薬を飲んで、スピアは思いきり顔を顰めた。

 ばしばしと岩肌を叩いて悶絶するのを堪える。

 口内の不味さが消えるのを待って、スピアは岩場に並べた魔石を手に取った。

 ユニの黒杖に付ける魔石の交換用だ。全部で十個以上もある。


 ダンジョンマスターであるスピアは、倒した魔物や、自分の”領域”にいる人間から魔力を吸収できる。けれど外部に頼るばかりでもない。

 スピア自身も、当然ながら魔力を生み出している。


 何もしなくても、一日およそ魔力量五〇。

 これは殲滅魔法にすれば二~三発は撃てることになる。常人とは桁違いだ。

 おまけに、それを際限無く溜め込めるときている。

 しかしスピアは満足することなく、さらに魔力量を増やそうとしていた。


「んん~、けっこう難しい……」

「おぬしは何をやろうとしておるのじゃ?」

「ちょっとした戦力強化です」


 曖昧な返答をして、スピアは魔石に魔力を込めていく。

 そうしている内に、またユニの殲滅魔法が放たれた。

 太い光は、今度は僅かに的を掠めて海面に突き刺さった。直後に白光を放つ柱が広がって、激しい高波が巻き起こる。


 そのまま波が押し寄せれば、人魚の村にも被害は及ぶだろう。

 けれど周囲の潮流に揉まれて、高波は緩やかなものへと変わっていく。

 砂浜に打ち寄せる頃には、ぷるるんの泳ぎを邪魔する程度の勢いにしかなっていなかった。


「ふぅ……今度は威力の調整も上手くいった」


 ユニはほっと息を吐く。

 黒杖に嵌められた魔石はまだ幾分か輝きを保っている。以前はすべての魔力を注ぎ込んでしまったユニだが、今回は抑えることが出来ていた。

 なるべく薬を飲む回数を減らしたい、という切実な想いもある。


「喜ぶでないわ。それくらい、魔術師なら出来て当然じゃぞ」

「でも一歩前進なのは間違いないよ。この調子なら、弱点克服も早いかもね」


 新しい魔石をユニへ手渡しながら、スピアは首を回した。

 砂浜では、エキュリアが稽古の手を止めて呼吸を整えている。ぷるるんも一休みするところだった。


「そろそろお昼だし、わたしたちも休もうか」

「もうこんな時間か。よし、おまえたち、昼食の支度じゃ!」


 ロウリェが声を上げると、近くを泳いでいた人魚たちが集まってくる。

 指示を出されて、またすぐに海へ潜っていった。


「おぬしから譲ってもらった“ショーユ”の礼じゃ。飛びきりの海鮮料理を振る舞ってやろう。楽しみにしておれ」

「はい。ご馳走になります」


 遠慮無く、スピアは笑顔を輝かせる。

 ここ数日、人魚の村に通い詰めていた。おかげでスピアたちはすっかり顔馴染みになっている。

 海から光の柱が上がるのには最初こそ驚かれたが、ロウリェが住民への説明をしてくれた。いまではもう「またか」としか思われていない。


 まあ、街の方ではまた別の騒動になっているのだが―――。

 ともあれ、互いに良好な関係を築けていた。


「では、ワシも適当に狩りをしてこよう。何か食べたいものはあるか?」

「ウニをお願いします。ウニ!」

「あれか……確かに美味かったが、よく食べようと思ったものじゃのう」

「もしくはアンコウで!」

「おぬし、実はゲテモノ好きなだけではあるまいな?」


 苦笑を零しつつ、ロウリェは銛を持って海へと飛び込んでいった。

 自分と同じくらい小柄な背中を見送ってから、スピアは空の魔石を手に取る。

 まだ回復薬の効果も残っているので、魔力を込めていくのは簡単だった。


 隣に杖を置いたユニも、静かに腰を下ろした。


「……スピア、ひとつ聞きたい」


 ぼんやりとした眼差しで、ユニはスピアを見つめた。

 眠たそうな表情はいつものものだけど、少しの疲れも滲んでいる。大きな魔法を何度も撃つのは、肉体にも負担となるのだろう。


 それでも、ユニは一度も弱音を吐かない。

 超激マズ回復薬を嫌がってはいても、本気で逃げ出そうとはしなかった。

 その点はロウリェも誉めていた通りで、スピアも感心していた。


「わたしに質問? 他に珍しい海産物なら……」

「そうじゃない。真面目な話」


 ユニは正座をして背筋を伸ばす。

 ふざけてはいけない空気を察して、スピアも真面目な顔で向き合った。


「……どうしてスピアは、ここまで協力してくれる?」

「協力って、魔法の特訓のこと?」

「そう。スピアに悪意があるとは思っていない。だけど……」


 ユニは俯くと、視線を地面に彷徨わせながら言葉を繋げた。


「住む所を用意してくれたり、隣町まで護衛してくれたり、人魚との交渉をまとめてくれたり、杖や魔石をくれたり……私は何かを返すどころか、食費さえ稼いでいないのに……」

「まるっきりヒモだね!」

「は、はっきり言わないで欲しい!」


 耳まで真っ赤にして、ユニは抗議する。

 だけどその肩を、スピアはぽんと叩いた。


「ユニちゃんを応援するのは、わたしがそうしたいって思ったからだよ。だから返すとか、借りとか、そんなこと考えなくてもいいの」

「……でも、それじゃぁ……」


 尚も抗弁しようとするユニを抑えて、スピアは朗らかな笑みをみせた。


「わたしも帰れないんだ」

「え……?」

「エキュリアさんにも話したけど……人攫いに遭って、何処かも分からない洞窟にいたの。望めるなら、いますぐにでも家に帰りたい。だけど、とても遠くて……」


 だから―――ごめんね、とスピアは困ったように目を細めた。


「ユニちゃんを故郷まで送り届けたい。これは、同情なんかじゃない。見返りも期待してない。だって、わたしの我が侭だから。それくらい簡単に出来なきゃ、わたしも家に帰れないと思うから」


 違う者が言えば、それは重い覚悟に聞こえたかも知れない。

 だけどスピアは、なんでもないことのように言ってのけた。

 まるで夕食になにを食べたいのか言うみたいに―――。


「あ! ロウリェさんにアワビもお願いすればよかった!」

「……えっと、スピア? いま大事な話をしていたと思うんだけど……?」

「アワビだって大事だよ!」


 むぅ、とスピアは唇を尖らせる。

 けれどひとつ息を吐くと、またすぐに柔和な笑みを浮かべた。


「まあいいか。海は逃げないからね」

「食材は逃げるかも知れないけど……」

「とにかく、ユニちゃんは魔法の練習を頑張ってくれればいいの。ユニちゃんが諦めないでいてくれるのは、わたしの励みにもなるんだからね」


 ぺしぺしと岩肌を叩きながら述べて、スピアは話を打ち切った。

 その耳は微かに紅潮していた。

 照れているのは明らかだったけれど、ユニは茶化しはしなかった。


「ありがとう、スピア」


 小さく頭を下げたユニは、口元を綻ばせる。

 それはとても自然な微笑みだった。

 これまでも二人は気を許してはいた。だけどいま確かになにかが取り除かれた。


「ついでに、ひとつ聞いてほしい。私がダンジョンに拘る理由」

「うん。聞くよ。どーんと!」

「……えっと、そこまで身構えられても困る……」


 戸惑い、苦笑しながらも、ユニはあらためて真面目な顔をする。


「よくある話。私の故郷の街は、近くにダンジョンがあった。最初の内は、そこから得られる宝などで街が栄えていた。だけどやがて、魔物が溢れて―――」


 スピアはしっかりと口を閉じて話を聞いていた。

 遮るつもりなんてなかった。

 だけど上空で、トマホークが甲高い声を上げた。それは警戒を促す声だ。


「―――ユニちゃん!」

「え……わぁっ!?」


 スピアがユニの腕を引く。

 ほぼ同時に、太く長い影が二人の頭上に現れた。


 崖下から一気に飛び上がってきたそれは、巨大な鮫だった。

 人間数名を丸呑みにできそうなほどの体躯は尋常ではない。さながら数百年を生きた巨木を思わせる。


 巨大鮫は僅かに滞空し、ギロリと二人を睨んだ。

 そして落下。重力とともに身を捻って加速し、牙の生えた口を開く。

 岩ごと喰らってやる、と鋭利な牙が語っているようだった。


 もしもスピアがユニを抱えて跳び退かなければ、そのとおりになっていただろう。

 思い切り跳んだ二人は、砂浜まで落ちてゴロゴロと転がった。


 その間に、ガリガリと岩場が削られる。

 獲物を捉え損なった牙だけでなく、硬い鮫の肌が荒々しい音を立てて通過した。

 突っ込んできた勢いをそのままに砂浜を滑っていく。


「なんじゃ!? コヤツは……!」


 海に潜っていたロウリェも、異常を察して戻ってくる。

 銛を構えて、素早くスピアたちの前に立った。


 砂浜を滑った巨大鮫も、くるりと身を翻す。

 三人と一匹は、静かに睨み合った。


「あの背の角、ただの鮫ではない……」


 ロウリェが見据える先、巨大鮫の背には確かに尖った角が生えていた。

 まるで棘のように白い突起が三本、仄かに青白い光も纏っている。


「まさか、暴嵐鮫ストラム・ヴルクか!」

「そんな……あの暴嵐鮫ストラム・ヴルクが!?」

「うむ、おぬしでも驚くか。無理もないがここは冷静に……」

「あ、いえ。勢いで言ってみただけです」


 あっけらかんと述べたスピアに、ロウリェが頬を引きつらせる。

 危うく銛を取り落としかけたが、そこは辛うじて堪えていた。


「と、ともかく、尋常な魔物ではないのじゃ!」


 ロウリェの言葉を肯定するように、暴嵐鮫の背で角が輝きを増した。

 途端に、周囲の砂が舞い上がる。


 ”嵐”の名を冠している通りに、巨大な全身を竜巻のような風で覆っていく。

 轟音が響き、砂浜が削られる。

 なにもかもを跳ね除けそうな威圧に、押し寄せる波まで怯えているようだった。


「あれが暴嵐鮫の厄介な能力……嵐で守られ、近づいただけでも肉が削がれるのじゃ。地上でも、もちろん水中でものう。あれを仕留めるには持久戦に引き込むしかない。子供には無理じゃ。ここはワシに任せて、おぬしらは逃げるのじゃ」


 ロウリェとて、伊達に大勢の人魚から族長として認められてはいない。

 その判断は適切だった。

 ただしこの場合は必ずしも正しくはなかった。

 少なくとも、言葉の選択だけは間違っていた。


「逃げません!」


 ほとんど反射的に言い返して、スピアは駆け出す。

 嵐の中心へ。躊躇いもなく。

 狂暴な牙を睨んで、スピアは一直線に突撃していった。



真面目な話をしようとすると邪魔が入る。

それもダンジョンではよくあることですね?


そして海と言えばサメ。

次回は、他にも海の定番が出るかも知れません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ