表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
36/157

良薬口に苦し


 いきなり地面に現れた小瓶。

 薬が入ってると言われても、それを飲むのは躊躇うだろう。


 普通なら、入念に調べて安全を確かめるところだ。

 しかしディティモーブは一気に飲み干した。


「まだ、あげるとも言ってないんですけど……まあいっか」


 呟くスピアを余所に、ディティモーブは海へ向けて走り出した。

 バシャバシャと水飛沫を上げる。そのまま泳ぎ出すと、水中へ潜っていった。

 一緒にいたギルド職員二名が慌てた声を上げるが、その時にはもうディティモーブの姿は水面の下へと消えていた。


「元気な奴じゃのう」

「そうですねぇ」

「そしておぬしは、呑気な奴じゃ」

「いえいえ。それほどでもありません」

「だから、誉めておらんわい!」


 ロウリェは眉を吊り上げる。

 けれど本気では怒っておらず、頬を膨らませる様子はやはり子供みたいだった。


 そうしている間に、ディティモーブが海から上がってくる。

 寒さで全身を縮こまらせていたが、その顔は上機嫌に緩んでいた。


「本当に水中呼吸の効果があった。あれはどうやって出したんだ?」

「秘密です!」


 スピアは元気よく答える。勢いで誤魔化すことにしたのだ。

 ダンジョンに置く宝物の中から選んで“創造召喚”した、とは言えない。


 さすがに初対面の相手だ。ダンジョン魔法のことを打ち明けるのはよろしくないだろう。

 それくらいの分別はスピアだって持っていた。


「秘密か……いや、ともかく本物なんだな?」

「鑑定魔法とか掛けてくれてもいいですよ。効果時間は半日ほどです」

「これまでの薬と同じくらいか。よし、譲ってくれ。いまなら三割、いや五割増しの価格で……」

「それはダメです」


 スピアは手を上げて、ディティモーブの言葉を止めた。

 横で話を聞いていたロウリェを一瞥、それからユニへと目を向けなおす。

 珍しく、真面目な顔になって問い掛けた。


「ユニちゃんは、自分でダンジョン攻略したいかな?」


 水中呼吸薬が冒険者たちへ渡れば、ダンジョンの攻略は進むだろう。

 けれどそれは、ユニが望まないことかも知れない。

 ダンジョンへの憎悪にも似た執着を、ユニは見せていたから―――、


 そうスピアは思案した。

 ユニはぼんやりと話を聞いていたが、静かに首を振った。


「……構わない。ダンジョン攻略が進むなら、誰の手であっても」

「そっか。よかった」


 にんまりと笑って、スピアは呼吸薬を差し出す。

 ディティモーブへではなく、ロウリェへと。


「贈り物です。受け取ってください」

「……おぬし、何を考えておる?」

「殲滅魔法を撃ちまくるので、許可をください」


 ロウリェは額に手を当てて、ディティモーブは目を白黒させる。

 唐突すぎる話の流れに追いつくのも難しいだろう。

 殲滅魔法という物騒な言葉を出されては、驚くのも無理はない。


「あと、いくつか魔石も貰えると嬉しいです」


 ともあれ、交渉の主導権はスピアが握ったようだった。








 百個の水中呼吸薬を抱えて、ディティモーブはほくほく顔で去っていった。

 元々、諦め半分で頼みにきていたそうだ。

 そこで上々の成果を得られたのだから、喜ぶのも当然だろう。

 少々の出費はあったが、それも計算の内。ダンジョン攻略が進むなら安いものだ。


 冒険者ギルドと、人魚と、そしてスピアと、三者の思惑が入り混じった交渉は少しばかり混乱した。主にスピアの所為で。

 それでも結局は、其々が満足する形で交渉はまとまった。


「しかしおぬし、欲がないのう」

「そうですか? けっこう欲張ったつもりですよ」


 ロウリェの手元には、金貨の入った革袋と、一枚の契約書が残された。スピアから贈られた水中呼吸薬を、ギルドへと売りつけたのだ。

 ただで手に入った物を右から左へ流すだけで、金貨ががっぽりと得られた。

 ついでに、無理な要求に煩わされることもなくなった。

 人魚丸儲けである。


 上機嫌らしく、ロウリェはびちびちと尾びれを揺らして岩肌を叩いていた。

 それに、スピアは気づいていないが―――、

 人魚の族長として、将来の憂いを排除できたというのもある。


 もしも呼吸薬が足りないまま、ダンジョン攻略も進まなければ、冒険者からの不満が人魚に向かったかも知れない。魔物が溢れて街への被害が出れば、住民からの怒りや恨みも加わっただろう。

 人魚が協力しなかったから被害が出たのだ、と。


 理屈では人魚たちは悪くないのだが、感情の問題だ。

 いざとなれば人魚の戦士を集めてのダンジョン攻略も、ロウリェは考えていた。

 そんな不安を取り除いてもらえたのだ。

 安堵し、上機嫌にもなる。


 一方で、スピアも満足できる結果となった。

 殲滅魔法の練習には、ロウリェが付き合ってくれることになった。

 派手にぶっ放しても安全な場所へ案内してくれるという。


 それだけでなく、可能な範囲で魔法の手ほどきもすると約束してもらえた。

 人魚は水の精霊魔法が得意で、ロウリェは他の魔法にも通じている。

 良い教師になってくれるだろう。


「あまりにも破壊が広がるようなら止めるがのう。まあ、母なる海は寛大じゃ。魔法の百発や二百発では傷にすらならんわい」


 さらに魔石も、冒険者ギルドから譲ってもらえることになった。

 オークを倒して得られる程度の下級魔石だが、それを百個。

 魔力量にして、およそ五百といったところだ。


 実のところ、それを呼吸薬に換算すると、千個は作れる計算になる。

 スピアも丸儲けだった。


「長生きしておると、魔法に関してもそれなりに詳しくなってのう」


 いまスピアとユニは、ロウリェに連れられて浜辺を移動していた。

 魔法の練習をするのに適した、見晴らしの良い場所があるという。


「しかし、おぬしが使ったような魔法は見たことがない。あれは何じゃ?」

「大したものじゃありません」

「誤魔化されぬぞ。あれだけ複雑で緻密な魔法陣、宮廷魔術師でも扱いきれぬほどのものではないか」

「宮廷魔術師って、カッコイイ響きですね」

「そうではなくてじゃな……はぁ、もうよいわ」


 ロウリェは軽く肩をすくめる。呆れたとか諦めたとかではなく、言葉通り、単純に追及する気がなくなったらしい。

 長寿であっても、やはり人魚は大らかな性格をしているようだ。


 そんな話をしている間に、砂浜は途切れて、三人は高い崖の上へと辿り着いた。

 見渡す限りの広い海が続いている。

 崖下には、激しい波が繰り返し叩きつけてきていた。


「犯人が追いつめられそうな崖ですね」

「なんじゃ、それは? 人間には犯罪者を崖から突き落とす風習でもあるのか?」

「もしくは、自殺の名所になりそうです」

「訳が分からぬわ!」


 声を荒げてから、ともかく、とロウリェは広い海を指し示した。


「ここから先の海ならば、船も人魚も立ち入らぬ。潮流が激しくてのう。貝は潜んでおるかも知れぬが、魚すら避けるようなところじゃ」

「いくつか島があるみたいですけど?」

「ほとんど岩のようなものじゃ。少なくとも、人は住んでおらぬ」


 念の為に、スピアはトマホークに指示を出した。

 上空を舞っていたトマホークは、一鳴きすると、岩礁が並ぶ辺りを旋回していく。そうして一巡りすると降りてきて、スピアの掲げた腕へ止まった。


 大きな鷹の姿に、ロウリェがまた目を見開く。


「魔物使いでもあったのか……おぬし、本当に何者なんじゃ?」

「ただの、ひよこ村村長です」

「はぁ? おまけに村長じゃと? さっぱり意味が分からぬわ!」


 怒鳴り声から目を背けつつ、スピアはトマホークを地面へ降ろした。

 それよりも、と話を移す。


「やっぱり人は居ないですね。ただ、岩場に大きな蛇の魔物がいるみたいです」

「蛇の魔物? シーサーペントかのう。あやつは海の中で隠れるように育って、姿を見せる時は大物ばかりじゃから厄介なのじゃ」


 むしろ倒してくれれば助かる、と言いながらロウリェは身を屈めた。

 どうやらトマホークが気になるらしい。


 そっと手を伸ばして羽毛に触れようとする。

 だけど嘴で突かれそうになると、慌てて手を引っ込める。

 そんな仕草は、本当に子供みたいだった。


「なんにしても、殲滅魔法を撃っても大丈夫ってことですね」

「うむ。派手にやるがよい」


 話がまとまって、スピアとロウリェは振り返る。

 二人の視線の先には、これまでずっと静かだったユニがいた。

 海風を受けて、三角帽子を押さえながら佇んでいる。


「ふっ……」


 口元を薄めて片手を上げる。

 海を指差して、妙なポーズを取ってみせた。


「このまま忘れ去られるかと思った。だけど……ここからは私の独壇場。渾身の殲滅魔法で、海ごと消し飛ばしてみせる」

「……こやつもまた、随分と変わっておるのう」

「さすがに海を消し飛ばすのは難しそうだけど……でも、その気迫は大切だよね」


 うんうんと頷きながら、スピアは手元に『倉庫』の影を浮かべた。

 そこからエキュリアに取り上げられていた黒杖を引き出す。

 またもロウリェが驚いた顔をしていたが、スピアは気づきもしなかった。


「それじゃあ、解放の時だよ。思いきり撃っちゃおう」

「待ち侘びた。今こそ、私の全力を……?」


 力強く頷いたユニだが、黒杖を受け取ったところで首を傾げる。

 杖の先に付けられている三つの魔石を見つめて、不安そうに眉根を寄せた。


「あの……スピア? この魔石、ひとつしか光ってないんだけど?」

「うん。控えめにしておいたよ。そっちの方が安全だからね」

「そんな……」


 がっくりと項垂れて、ユニは地面に両手をつく。

 よっぽど最大威力の一撃を楽しみにしていたようだ。


 だけど黒杖に備えられた魔石は上質な物なので、ひとつ分でも充分に事足りる。

 それに、スピアはまた別の備えもしてあった。


「そんなに落ち込まないで。今回は練習が目的なんだから、質より量だよ」

「……? どういう意味?」

「目標は、一日二十発だね」


 ユニとロウリェが、ぱちくりと瞬きを繰り返す。

 殲滅魔法による消費魔力は膨大だ。とても日に何発も撃てるものではない。

 魔石を使ったとしても金が掛かる―――、

 そんな疑問を二人が覚えるのは当然だった。


 けれどスピアは自信たっぷりに、『倉庫』からいくつかの小瓶を取り出した。


「魔力を消費するなら、回復させればいいんです」

「なんじゃと……? まさか、魔力回復薬か? しかしあれも高価な代物じゃぞ?」

「はい。でもこれはとっても安いんですよ。露店でも投売りされるくらいに」


 スピアが小瓶の蓋を取る。

 途端に、筆舌に尽くしがたいほどの刺激臭が漂った。

 潮の香りも打ち消すほどの臭いに、ロウリェもユニも揃って鼻を摘む。


「ダンジョン名物、激マズ魔力回復薬です」


 それは一般にも広く知られている。

 主に、嫌がらせや罰ゲームに使う玩具として。

 オークすら悶絶すると言われる味なのに、薬としての効果はとても薄い。良薬口に苦し、といった意味の諺はこの国にもあるが、この薬には完全に否定される。


 ただ、臭くて不味いだけ。

 魔力回復を図るなら、瞑想でもした方がよっぽどマシなくらいだ。

 けっこうな頻度でダンジョンの宝箱から入手できるのだが、ぶっちぎりで一番の不人気アイテムだった。


「スピア……まさか、それをガブ飲みしろと?」


 ユニは身の危険を感じて後ずさりする。

 背後は崖だが、まるで追いつめられた犯人みたいな必死の表情だ。


「違うよ。わたしだって、そこまで鬼じゃないんだから」


 だけど、とスピアはまた別の小瓶を取り出す。

 そちらも蓋を開けると、また違った悪臭が漂い始めた。


「こっちもダンジョン名物、激マズ強壮薬です。こっちはそれなりに効果のある薬ですけど、やっぱり不味さの方が知られてますよね。でも、こうすれば……」


 二種類の薬、さらにもうひとつ謎の錠剤を、別の瓶へと注いで混ぜ合わせる。

 もちろんスピア本人も、しっかりと鼻を摘んでいた。


 ほどなくして、ボンッ、と小さな煙が上がる。

 また漂う悪臭。しかも先程の二種類よりも濃厚な臭みになっている。

 半透明の瓶の中で、ゴボゴボと紫色の液体が泡立っていた。


「完成! 超激マズ魔力回復薬です! こっちは本当に効果があるんですよ」


 鼻を摘んだまま、スピアが小瓶を差し出す。

 やはりユニも鼻を摘んだまま後ずさる。

 ロウリェはすでに海へと飛び込んで逃げ出していた。


「ま、まさか……それを飲んで、撃ちまくれと……?」

「大丈夫。シロガネに毒見もしてもらったから」

「……ちなみに、その時のシロガネの反応は?」


 問われて、スピアはにっこりと微笑む。

 この日の海には、派手な爆発音と、吐瀉物ゲロまじりの悲鳴が響き渡った。



ようやく修行回?です。

次回更新は月曜日、だいたい月水土の週三回ペースでいく予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ