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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
35/157

人魚の○○○○


 交易港に隣接する形で、人魚たちが住む区画はある。

 けれどそこへ向かうには、少々入り組んだ道を進まないといけない。物珍しさから人魚を覗き見ようとする者を避けるためだろう。区画全体が、簡素ではあるが木の柵で囲まれてもいた。


 初めて街を訪れた人間では、まず辿り着けない。

 けれどスピアはぷるるんに乗って、迷いなく細い路地を進んでいた。


「あっちだね。ここからは一本道だよ」


 スピアが軽く手を振ると、上空でトマホークが一鳴きする。

 空の目があるので迷子になる心配はなかった。


「……スピア、交渉は最初が肝心」


 ユニも一緒にぷるるんに乗っている。

 肩を並べたスピアへ、真剣な様子で語り掛けた。


「交渉術の極意にして基礎。まず、挨拶は丁寧に」

「うん。そこは人付き合いでも大切だね」


「次に、贈り物をする」

「贈り物……魚を食べるなら、お醤油もいいかな」


「そして要求を告げる。多少無茶な要求でも、受け入れてくれるなら嬉しい、そう伝えるのが大切」

「なるほど。こっちが嬉しいと、相手も喜んでくれるよね」


 もしもこの場にエキュリアがいたら、頭を抱えていただろう。

 けれどいま、二人は解き放たれた。止める者はいない。


「でも人魚さんへの贈り物ってなると……半分が魚なら、虫も食べるのかな。ワーム系の魔物なら、千匹セットでお買い得なんだけど……」

「……私が魔導具を作ってもいい。まだ実験もしてないけど、設計図だけなら幾つか書ける」


 そんな会話をしながら、のんびりと路地を進んでいく。

 ほどなくして、大きな門が見えてきた。丸太をそのまま門柱として使っていて、簡素だが目立つ。門衛らしき人魚も、武器を構えて立っていた。


 スピアたちが近づくと、欠伸をしていた門衛が目を見開いた。

 警戒を露わにして身構える。

 だけど、さすがにスピアも学習していた。


「ぷるるん、ちょっと待っててね」


 黄金色の塊から降りて、門へと手を振って近づく。

 いきなり斬り掛かられでもしなければ、安全であるのを説明するのはそう難しくなかった。


「従魔なのね……でもキングプルンだなんて、初めて見たわ」

「首輪、というか鎖とかは付けないの?」

「前にリボンを付けたことはあります。でも、寝惚けて食べちゃったんですよ」


 スピアが言うと、ぷるるんが申し訳なさそうに縮まる。

 門衛の人魚二人は困惑混じりの笑みを浮かべていた。だけどその瞳には興味も混じっている。

 どうやら噂通り、人魚は大らかな者が多いらしい。


「ねえ、ちょっと触ってもいいかな?」

「あなた勇気あるわね。でも、私も少しなら……」


 ぷるるんは門で待機させることにして、スピアは村の中へと入った。

 門衛さんは、ぷにぷにの感触を突つきながら忠告してくれる。


「族長に会いたいなら、浜辺に行ったほうが早いよ。この時間は日向ぼっこして昼寝してるだろうから。ただ、さっきもお客さんが来てたから待たされると思う」


 スピアとユニは一礼すると、言われた通りに村の奥へと向かった。

 きっちりと区画整理された街とは、雰囲気がガラリと変わっていた。ぽつぽつと建つ家は木造のものばかりで、そこらの軒先で魚の干物を作っていたりもする。だけど貧しいのではなく、皆がのんびりと暮らしている様子だ。


 人の姿を取らないまま過ごしている人魚も多い。

 広場では、元気に走り回っている子供の姿もあった。まだ変化の魔法を上手く使えない子供もいて、びちびちと尾びれで地面を叩いたりもしていた。


 女性ばかりというのが、やはり少々奇妙に感じられる。

 だけどその点にだけ慣れれば、居心地は良さそうだった。


「ん~、考えてみれば、ひよこ村も女の人ばかりなんだよね」

「そうだけど……この村は、やっぱり決定的に違う」


 言いながら、ユニはじっとりとした眼差しを一段鋭くした。

 見つめる先には、変化の練習をしている子供たちがいる。

 その子供の胸元に、ユニは注目していた。


「……まさか、あんな子供にも負けるなんて……」


 がっくりと項垂れる。

 ユニを敗北感で打ちのめしたのは、背丈からすると十才にも満たない子供だった。

 スピアの方が頭半分ほど長身だ。

 なのに、その子供の胸元には緩やかな膨らみがあった。


「種族的特徴なのかもね。気にしたら、却って失礼だよ」

「ぐ……分かった。忘れる」


 ふらつくユニの手を引いて、スピアは足を進める。

 そんな二人の姿、というか外からの来客が、人魚たちには珍しいようだ。ちらほらと興味混じりの視線を向けてくる。


 スピアが幾度か会釈を返している内に、浜辺へと辿り着いていた。

 村は木柵と林に囲まれていたけれど、今度は一面の砂浜が広がっている。

 これから漁に出る人魚もいて、銛を携えて海へと入っていった。


「夏だったら、わたしも泳ぎたいんだけどなあ」


 ちょっと誘惑に駆られたスピアだが、さすがに季節外れなのでやめておく。

 それよりも、と首を左右に回した。


 こうして人魚の村を訪れたのは、族長に会うためだ。殲滅魔法の練習をするために話を通しておく必要がある。


 でも、どの人魚さんが族長なんだろう?

 それっぽい人はすぐに見つかると思っていたのに―――、

 そう小首を傾げたスピアの耳に、なにやら荒々しい声が飛び込んできた。


「―――母乳だけでもいいんだ!」


 ……は? いま、なんと?

 さすがに己の耳を疑って、スピアは唖然としてしまう。


「なんとか搾り出してくれないか!?」


 どうやら幻聴でも聞き間違いでもないらしい。

 スピアの隣では、ユニも目をぱちくりさせていた。


 声のした方へ目を向けると、ゴツゴツとした岩場に人影があった。

 屈強な体をした男が三名、小柄な人魚を囲んでいる。

 小柄、というか子供にしか見えない。

 ただし、その胸元には一部女性に敗北感を与えそうなほど豊かな膨らみがある。


 俗に言うロリ巨乳だ。

 そのロリ巨乳人魚を、むさ苦しい男たちが囲んでいる。

 そして母乳を要求している。


「変態確定! そこまでです!」


 断罪のため、スピアは駆け出した。








 まあ、結果として勘違いだった。


「よかった。襲われてる子供はいなかったんですね」

「まず言うことがそれか。おぬし、巨大イカの足並みに図太い神経しとるのう」

「いえいえ。それほどでもありません」

「誉めとらんわ! それよりも、そろそろ解放してやれ」


 スピアの足下では、男三名が山積みになって呻いていた。

 其々の手足が絡み合い、関節を固められている。上に立ったスピアの足一本で完全に押さえ込まれていた。


「そうですね。誤解してました、すみません」


 スピアは男たちの上から退くと、ぺこりと頭を下げる。

 解放された三名は砂浜を転がって、呻きながらも立ち上がった。

 一番大柄な男が恨めしそうにスピアを睨む。


「不意打ちだったとはいえ、あんな簡単にやられるとは……俺も鈍ったもんだな。しかもこんな子供に……」


 溜め息を吐いた男は、ディティモーブと名乗った。この街で冒険者ギルドのマスターを務めている。

 人魚の村を訪れたのも、ギルド長としての仕事の一環だ。

 族長であるロウリェに、人魚が作る『水中呼吸薬』の増産を依頼しに来ていた。


「まあ、あんな台詞を大声で言っていたおぬしも悪い。勘違いされるのも当然じゃ。スピアも素直に謝ったことであるし、許してやるがよい」


 悠然とした口調で告げるロウリェだが、やはり顔立ちは幼い子供だ。

 背丈はスピアと同じくらいしかない。藍色の長い髪を肩口で編んで垂らしている。下半身を覆う青い鱗の輝きは若々しい。深い海色の瞳も、純粋さを表すように綺麗な光彩を放っていた。


 けれど実際の年齢は、二百才を越えるそうだ。

 見た目はともあれ、ロウリェが人魚族を取りまとめているのは間違いない。


「どれだけ声を上げられたところで、あの薬は増やせぬからのう」

「他の薬草や、調合師はこちらで用意できるんだが……」

「嫌ではなく、無理じゃと言うておる。たとえこれから妊婦が増えたとしても、乳が出るまでには時間が掛かる。分かるじゃろう?」

「理解はしている。だが、こちらも切羽詰まっているんだ」


 ディティモーブは苦々しげに呟き、頭を掻く。


 『水中呼吸薬』は、ほとんど市場に出回らない。

 人魚のみが作れる薬だが、これまでは船乗りが事故に備えて持っているくらいしか用途がなかった。


 元々は、人魚の赤子に与えられるものだ。

 生まれたばかりの人魚の子供は、水中で満足に呼吸できない。けれど母乳を与えられれば、短い時間なら水中に適応できる。

 その人魚の乳を主原料に、薬草などと混ぜたのが『水中呼吸薬』だ。

 他の種族にも効果があり、持続時間も長くなるように改良してある。


「でも、どうして急にその薬が必要になったんですか? あんな恥ずかしいことを大声で言うくらいですから、本当に大変なんですよね?」

「おぬし、さり気なく棘を刺すのう」


 ロウリェは苦笑しつつ、まあよい、と言葉を繋げる。


「この街の近くにダンジョンが見つかったのは知っておるじゃろう?」

「はい。街の中も、その話題で持ちきりでした」

「そのダンジョンがな、水攻めの罠が多いそうじゃ。おかげで探索が進まず、犠牲も増えているという」


 語りながら、ロウリェは不機嫌そうに眉を顰める。

 人魚族には直接関係ない話とはいえ、けっして楽しい状況とは言えなかった。


「……相手が水攻めなら、こちらは殲滅魔法攻めをすべき」


 密かに呟くユニの主張も間違ってはいない。手法としてはともかくも。

 ダンジョンが生まれれば、そこからは様々な宝が得られる。冒険者をはじめとして街に人が訪れ、商売も繁盛し、住民にも金が流れていく。

 そこだけ取れば、ダンジョンは富の源泉だ。

 けれどやはり、早々に潰した方が安全なのだ。


 時間が経つほどにダンジョンは成長する。

 より深く、より強く、多くの罠や魔物を抱えるようになる。

 そしていつしか、溢れた魔物どもが街へと襲い掛かる。


 そうなった時の被害は計り知れない。

 だからギルドを預かるディティモーブとしては、早々に攻略を進めたかった。


「代わりに山羊や牛の乳なら用意できる。だから、子供に与える分を……」

「それも無理じゃ。我らは人魚じゃぞ。陸地だけで育てる訳にもいかぬ。いっそ専用の魔導具を開発した方が早いのではないか?」

「その依頼も出してるんだが、一朝一夕で作れるものではないからなあ」


 ディティモーブはまた溜め息を落とす。

 ロウリェも不機嫌そうに岩肌を尾びれで叩いている。


 そんな二人の横で、スピアはぼんやりと中空を眺めていた。

 なにも難しい話に飽きたのではない。

 頭の中では、自分の内にある知識を探っていて―――、


「ありました!」


 嬉しそうに声を上げると、スピアは地面に手をついた。

 そこに青白く輝く魔法陣を浮かべる。瞬く間に魔力の輝きは増していく。


「なんじゃ、この魔法陣は……召喚? しかし錬金術とも似ておる……」

「お、おい! おまえ、拳闘士じゃなかったのか!?」


 驚く二人を余所に、スピアは“召喚”を終える。

 光が治まると、砂の上には乳白色の液体を詰めた小瓶が並んでいた。


「とりあえず十個。お望みの、水中呼吸薬です」

「はぁぁっ!?」


 どういうことだ?

 本物なのか? いったい何をした?

 そんな疑問がたっぷり乗った視線を浴びながら、スピアは得意気に胸を張った。



サブタイトルは『人魚のおくすり』でした。

おっぱいではありません。


次回更新予定は土曜日です。

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