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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
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人魚さんに会おう


 潮の香りが街全体を包んでいる。

 海に面したセイラールの街は、豊かな鉱山を持つクリムゾンとはまた違った賑わいを見せていた。漁業とともに海上交易が盛んで、他国からの船も広く受け入れている。


 居住区の規模なら、クリムゾンの方が上だろう。

 けれどセイラールには広い港があって、そこでも住民の何割かは暮らしている。全体的に日に焼けた建物が多いのが街の特徴だ。

 ただ、もうじき冬なので陽射しは控えめになっている。

 風も冷たくなる季節だが、半裸で過ごしている少々”珍しい”人々も暮らしている。


「ここなら、ぷるるんも目立たないね」

「いや、充分に注目されているぞ」


 ぷるるんに乗って、スピアは大通りを進んでいた。

 両脇にもエキュリアとユニも並んでいるけれど、やはり黄金色の巨体が目立つ。

 街に着いたのはちょうど正午頃で、大通りには人が溢れていた。ぎょっと目を剥いて立ち止まる者も少なくない。


「ユニちゃんも、はぐれないように気をつけてね」

「……大丈夫。子供じゃない」


 海風に三角帽子を飛ばされないよう押さえながら、ユニは辺りを見回していた。

 言葉とは裏腹に、小柄なユニは人混みに流されそうだ。きょろきょろしていたら、迷子の子供と間違われるかも知れない。


「慣れない街では仕方ない。背伸びをしないのも大人の振る舞いだぞ、ほら」

「ん……」


 半ば強引に、エキュリアが手を握る。

 ユニは恥ずかしそうに俯いたけれど素直に従った。


 一時はダンジョン攻略に拘っていたユニだが、いまは落ち着いている。まだ攻略を諦めてはいなかったが、優先順位の確認はできていた。

 そもそも海を訪れようとしたのは、殲滅魔法の訓練をするためだ。

 言い出したのはスピアだが、ユニも乗り気になっていた。


 まずは、魔法の制御技術を磨かなければいけない。

 広い海に対してなら、さほど被害を気にせずに試し撃ちもできる。練習を重ねて、殲滅魔法の精度を上げられる。正確に狙いを定められるようになれば、ユニは魔術師として大きな武器を手に入れることになる。


 たとえ他の術式が使えなくとも、殲滅魔法の威力は充分に魅力的だ。

 撃てる回数が限られていても、その欠点は補える。

 魔術師として名を上げられるし、本当にダンジョンを消し飛ばすことも可能になるだろう。


「それにしても……」


 エキュリアに手を引かれながら、あらためてユニは通りを眺め回した。

 やはり半裸の、それも女性ばかりが目につく。

 胸と腰回りを簡素な服で隠している程度で、堂々と往来している。腰のくびれや、豊かな胸の曲線など、ある意味ではぷるるんよりも注目されているようだ。


「この街は……その、目のやり場に困る」

「わたしも変に思ってました。露出趣味の人が多いんでしょうか?」

「違う! 失礼なことを言うな! まあ、知らないのでは仕方ないが……」


 セイラールの街には、人魚が住んでいる。

 見た目から亜人と間違われそうな彼女たちだが、多くの国で善良な人類種と認められている。海の女神リミュラシエルを信奉していて、性格は全体的に大らか、そして圧倒的に女性が多い。


 というか、”外見は女性”である者しかいない。

 下半身は魚なので、基本的には陸上での生活には向かない。

 けれどほとんどの人魚は変化の魔法を心得ている。

 だから多少の制限はあっても、人魚たちは陸上でも暮らせる。


 薄着なのも、陸と海での生活をしているからだ。

 寒さに強い種族でもあるので、冬が近い季節でも刺激的な格好で過ごしていた。


「そういう訳で、あの格好も種族的特徴ということになる。好奇の目で見るのは無礼になるからな。注意するように」


 まるで新人兵士に教育するみたいに、エキュリアは真面目な口調で述べた。

 スピアとユニは素直に頷く。


 ただ、無礼を働くつもりはないが、やはり気になる部分もあった。

 人魚たちのほとんどは長いスカートを履いている。腰巻きとも言えるような、深くスリットの入った動き易く脱ぐのも簡単そうなものだ。

 変化を解いた時のことも考えているのだろうが―――。


「みんな、ノーパンなんですねえ」

「のーぱん、とは何だ?」

「下着を履いてないってことです。めくったら見えちゃいそうです」

「そ、そういうことを大っぴらに言うな!」


 エキュリアは頬を紅くしながら怒鳴る。

 ちょうどスピアの声が聞こえたのか、周りにいた男たちも急に挙動不審になった。ちらちらと視線を下方向へ巡らせる。

 一方で、人魚のお姉さんたちは余裕がある。「あらあらうふふ」とか言いそうな笑みを浮かべていた。


「……スピア、注目すべき場所が違う」


 ユニもなかなかに余裕がある。

 ざわつく周囲の様子も気に留めず、眠たそうな眼差しで“ある部分”ばかりを観察していた。


「……どうやらこの街は、私たちにとっては敵地らしい」


 ぺたぺたと、ユニは自身の胸に手を当てた。

 そこはとても平坦だ。

 対して、道行く人魚たちは揃って豊かな膨らみを持っている。

 あまつさえ、自身の胸元を抱えるようにして強調し、ユニに対して勝ち誇った笑みを浮かべる者もいた。


「くっ……いますぐ殲滅魔法で整地してやりたい」

「落ち着け。なんだか分からないが、それは八つ当たりな気がするぞ」

「……そういえば、エキュリアも敵側のような……」

「ど、何処を見ている!? 言っておくが、私は女である前に騎士だからな!」


 エキュリアは耳まで紅くして胸を隠す。

 そんな仕草にも、ユニは羨ましげな眼差しを向けていた。


「大丈夫だよ、ユニちゃん」


 ぷにょん、とした感触がユニの頭に乗せられた。

 ぷるるんが頭を撫でたのだが、その黄金色の上からスピアが自信たっぷりに言う。


「成長期はこれからだから。きっとわたしみたいにスタイル抜群になれるから」

「……スピアみたいに?」

「そう。将来のわたしみたいに」


 スピアは得意気に胸を張る。

 でも、そこに膨らみは無い。ユニよりもなだらかかも知れない。

 代わりに、ぷるるんがたゆんたゆんと揺れていた。


「……スピアは、私より年上のはず?」

「言ってやるな。誰だって夢を見るのは自由だからな」


 エキュリアとユニは、揃って生温かい眼差しを向ける。

 大通りを行き交う人々も、うんうんと優しげに頷いていた。








 三人はひとまず宿を取って、これからの行動を話し合うことにした。

 ぷるるんが庭を借りるのも許してもらえた。人の出入りが多い街なので、従魔連れの人間も偶に訪れるらしい。


「まあ、人魚も住んでるんだ。半分魚なのも、全部が粘液なのも、さして変わりゃしないよ」


 宿の女将さんは、大らかで笑顔の似合う人だった。

 ついでなので、スピアは宿への差し入れもすることにした。


「ビート牛の挽き肉です。元は硬いですけど、しっかり叩いて小さくすると美味しくなるんですよ。魔法で氷漬けにもしてありますから、よかったら使ってください」


 もしも人気が出れば村の収益アップにもなる、という考えもあった。

 女将さんは喜んで受け取ってくれた。

 そうして三人はテーブルを囲んで、昼食を食べながら話を始める。


「あ、やっぱり魚料理が多いんですね」

「魚介類のスープか。この街で、私も幾度が食べたことがあるな」

「ん……エビも、ぷりぷり」


 初めて街を訪れる者は、魚料理に困惑したりもする。海老を虫と間違えたり、魚の目に嫌悪感を覚えたりする者もいた。

 けれどスピアは言わずもがな。どの食材にも慣れ親しんでいる。

 エキュリアも幾度かこの街を訪れて、すでに驚きは経験していた。

 ユニの故郷も島国なので、海の食材はむしろ懐かしい味だった。


「さて、午後の予定だが……」


 食事を進めながら、エキュリアが話を切り出す。


「まずは私が一人で、セイラール子爵に挨拶へ行こうと思う。いまの私は伯爵家とは無関係のつもりだが、完全に無視しては失礼にあたるからな」


 この街へ入る際にも、エキュリアは本名を名乗っていた。

 偽名を使っての完全なお忍びという案もあったが、交流のある領地なので、却って騒動の種になりかねない。実際、兵士の中にはエキュリアの顔を知っている者もいた。


 人目を避けつつも権威でスピアを守る、という意図もある。

 まあ、目立たないのは無理のありすぎる望みだったのだが―――。

 ともあれ、いずれにしても領主への挨拶は必要だったろう。


「殲滅魔法の試し撃ちとなれば、まず間違いなく騒ぎになるからな。海に向けてとはいえ、事前に許可を得ておくべきだろう」

「だったら、わたしたちも一緒に行った方がいいんじゃないですか?」

「いや、おまえたちは、その……」


 まず間違いなく騒動を起こすだろう、と引き攣った表情が語っていた。

 それでもエキュリアは咳払いをひとつして、真面目な顔を作りなおす。


「クリムゾンの街とは事情が違う。私は気にしないが、貴族と接するには、それなりの礼儀作法が必要だ」

「むぅ。それだとまるで、わたしたちが無作法者みたいじゃないですか」

「撤回を要求する。礼儀作法なら完璧」

「何処からその自信が出てくる! ともかく、ダメと言ったらダメだ!」


 スピアとユニは揃って唇を尖らせた。

 小さな肩同士を並べて、ぶぅぶぅと文句を投げる。

 傍目からは、子供が我が侭を言っているようにしか見えない。


 エキュリアは眉根を押さえながら、手を振って話を打ち切った。


「今日は宿で大人しくしていろ。明日、人魚の村への挨拶には連れていってやる」

「人魚の村? この街で一緒に暮らしてるんじゃないんですか?」


 強引に話を切り替えられたが、スピアもエキュリアを困らせるつもりはない。

 ユニも、スープからエビひとつを渡されると静かになった。


「村と呼ばれているが、街の中にある区画だな。海岸沿いに、人魚たちはまとまって暮らしている。海との付き合いは、彼女たちの方が長くて深い。やはり話を通す必要があるだろう」

「先住民ってことですか。そうですね、いくら海が広くても、変なところに撃ち込んだら大変ですし……」


 魚肉つみれを頬張って、もきゅもきゅとしながら、スピアは思案する。

 挨拶に行くことに異論は無い。

 人魚の村というのにも興味がある。

 美味しいお魚が手に入るかも知れない。

 ただ―――。


「だったら、午後の内にわたしとユニちゃんで挨拶に行きましょうか?」

「は? 待て、私も一緒に行った方が……」

「今日の内に済ませた方が早いですよ。諺にもあります。急がば突撃です」

「いや、だからおまえの諺はおかしい。それに……」


 目を離すと不安しか残らない、とエキュリアは眼差しで語る。

 だけど言い掛けて、唇を引き結んだ。

 溜め息を落としながら首を振る。


「無理に引き止めるのも筋が通らんか。私はおまえを支えるのであって、縛りつける役ではないのだからな」

「心配しなくても大丈夫ですよ。わたしたちだって子供じゃありません」

「ん……交渉術も、完璧」


 ぐっと拳を握ったスピアは、自信たっぷりに胸を張る。

 子供にしか見えない二人が頷き合う。


「だから、何処からその自信は出てくるんだ……」


 がっくりと項垂れながらも、エキュリアは軽く笑みも零す。

 また騒動が起こる予感がして仕方ない。

 だけど同時に、そう悪い事態にはならないとも思えるのだった。



次回更新予定は水曜日です。

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[一言] プルンを召喚して胸に詰めるんだ!
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