南方、セイラールの街へ
①
クリムゾンの街からは南にも街道が伸びている。
街道と言っても、ただ迷わない程度に踏み慣らされた道が続いているだけだ。宿場も無いので野営の準備は必須。腕に自信がなければ護衛を雇う必要もある。
そんな道が、馬車の速度でも五日ほど続く。
けっして安全とは言えないが、ベルトゥーム王国の街道はどこも似たようなものだ。
それでもクリムゾンとセイラール、両領地の間には一定の交流がある。定期的に兵士による街道巡回が行われて、商人の行き来を後押しもしている。
そういった一団に同行すれば、まず平穏な旅路を過ごせただろう。
相手側にしても、キングプルンが警護役となれば心強かったはずだ。
だけどスピアは思いつきで行動する。
集団に合わせた日程調整など考えもしなかった。
旅の準備に一日掛けただけでも、スピアには”とっても計画的”だった。
ユニにしても、一日も早い出立を待ち侘びていた。
海に行く。殲滅魔法をぶっ放す。
平原や山の形を変えるのがダメなら、海で撃てばいいじゃない。
これが、旅の目的のひとつだからだ。
暴走しがちな二人を止めるのはエキュリアの役目なのだが―――、
エキュリアも気を回す余裕がなかった。街道警備の経験はあったけれど、その時は指揮する立場だったし、日程も商人などの付いて来る側が合わせていた。
今回はまるで立場が逆になる。
伯爵家の権威を使えば、緊急で十数名程度の兵士を動かすのも可能だった。けれどスピアとともに行動している間は、謂わば、お忍びのようなものだ。そもそも権威で無理を利かせるのは、エキュリアの嫌うところでもある。
そんな事情が重なって、スピア一行は三人のみで街道を進んでいた。
正確にはぷるるんとトマホーク、そしてエキュリアが乗る馬も含めて数は倍になるのだが。
ともあれ女性のみであることに違いはない。
結果として、これが不幸を生んだ。
もっとも、不幸になったのは盗賊団だけだが。
「へへっ、女だけで旅をするとどんな目に遭う、がぼぁっ!?」
「お、親分!? なんだコイツは!?」
「た、ただのプルンじゃねえのか? くそっ、デカイからって調子にぶわぁっ!」
どうやらキングプルンの存在そのものを知らなかったらしい。
まあ学のない盗賊なら当然とも言える。
プルンはともかく、キングプルンはとても珍しい魔物だ。街でも「大きなプルン」としか認識していない者もいた。
ただのプルンなら、あっさりと剣で切り倒せる。
大人の男が殴っただけで飛散してしまうくらいだ。
けれどキングプルンであるぷるるんは違う。
振り下ろされた剣ごと絡め取って盗賊を押し潰す。
突進ひとつで数人をまとめて弾き飛ばす。
逃げ出そうとした者も、長く伸びた黄金色の体に薙ぎ倒された。
「ぷるるん、息の根を止めない程度に手加減してあげてね」
一方的な蹂躙を、スピアたちは高見の見物と洒落込んでいる。
三名の足下は円柱状に地面から屹立して、盗賊たちからは手出しできなくなっていた。もちろんそれは、スピアがダンジョン魔法で行ったものだ。
ただ、ユニとエキュリアは頬を引きつらせていた。
「……やっぱり、スピアは常識外れ」
「これに慣れるべきなのか、慣れてはいけないのか、迷うところだ……」
二人が呆れている内に、戦いの決着はついていた。
スピアたちも地面に降りて、盗賊たちを縛り上げていく。
「全員、ちゃんと息はあるね。ぷるるんも手加減が上手くなったねえ」
黄金色の塊を、スピアはぺしぺしと撫でる。
ぷるるんは嬉しそうに揺れていた。
「……キングプルンが、手加減?」
「言いたいことは分かる。私だって何度も頭を抱えたものだ」
二人はやはり呆れ顔を隠せない。
ともあれ、旅は順調に進みそうだった。
捕らえた盗賊十数名は、まとめて荷車に乗せられた。
スピアの『倉庫』があるので荷車なんて用意していなかった。けれどそれもダンジョン魔法の”創造召喚”に頼れば問題にならなかった。
大きな荷車を、ぷるるんが引きながら跳ねていく。
「けっこうな重量のはずだが、本当に大丈夫なのか?」
「はい。ぷるるんは力持ちですから」
ぷるっ!、と跳ねる黄金色の塊は疲労も感じていない様子だ。
その上に乗るスピアが撫でてやると、嬉しそうに跳ねる速度を上げる。
背後では、派手に揺られる盗賊たちの悲鳴が大きくなった。
「……ああはなりたくない。これからも真面目に生きる」
「いや、おまえは充分にふざけた生き方をしているぞ」
盗賊団との騒動から一日、街道は静かなものだった。
やがて上空のトマホークが高い声を上げる。
ほどなくして、セイラール領との境にある関所が見えてきた。
石壁で囲まれた建物には見張り塔も併設されている。高い塀越しに、幾名かの兵士が立っているのも見えた。
「関所っていうか、砦みたいですね」
「あれくらいは頑丈に作らないと、魔物の襲撃でやられるからな」
さて、とエキュリアが馬の速度を上げて前に出る。
「おまえたちは少し離れて待っていろ。キングプルンを見て警戒されるかも知れないからな。私が話をつけてくる」
エキュリアの言葉に従って、スピアはぷるるんの速度を緩める。
関所には、両領地から兵士が派遣されていた。エキュリアの顔を知っている者もいたので、事情説明は簡単に終わった。
盗賊団の受け渡しも、すんなりと行われる。
クリムゾン領内のことだが、セイラール領の兵士も喜んでいた。
「こいつらは以前、セイラールでも暴れていたんだ。だけど冒険者が増えてから逃げたみたいでな。捕まえてくれて安心したよ」
「わたしじゃなくて、ぷるるんのお手柄です」
「お、おお。そうか。しかしキングプルンがなあ……」
応対に当たってくれたのは気の良い兵士だったが、さすがにキングプルンと向き合うと表情を強張らせていた。
関所の中にいたのは兵士だけではない。
広場には幾つかの天幕が張られて、小さな市場のようになっていた。商人や旅人ばかりでなく、とりわけ冒険者風の姿が目立つ。
露店も出ていたので、スピアもなんとなしに巡ってみる。
「んなっ……なんだ、あのデカいプルンは!?」
「落ち着け、従魔ってやつだろ」
「そういえば噂になってたな。クリムゾンの街に、凄腕の魔物使いがいるって」
「ああ。五千匹のオークを一人で片付けたらしいぞ」
「プルンの目から光線を放つとかも聞いたな。あと、踊るとか……」
「目って何処だよ」
あれこれと妙な噂が囁かれている。
どうやら商人だけでなく、冒険者にも耳聡い者は多いらしい。
そんな噂を聞き流しつつも、スピアは首を傾げた。
「関所に人が集まってるって、変ですよね?」
「なんでもこの近くでダンジョンが発見されたそうだ。その攻略のため、拠点代わりに使っているようだな」
答えたのは、隣を歩いていたエキュリアだ。
それにユニが反応した。
「ダンジョン……!」
「ユニちゃん、どうかしたの?」
尋ねるスピアに答えもせず、ユニはすっと足の向きを変えた。
「ちょっとそのダンジョンを殴ってくる」
「行くな! 殴ってどうする!」
エキュリアに襟首を掴まれて引き戻される。
そこで大人しくなったユニだが、不満げに唇を尖らせてさらに主張した。
「……寄り道したい。そのダンジョンへ」
いつものように口調は控えめだった。けれどユニの瞳には真剣な色が宿っている。
殲滅魔法以外のことでそんな反応をするのは珍しかった。
どうしたものか、とスピアも真面目に思案する。
新しいダンジョンと聞いて、興味を引かれないでもなかった。
もしかしたら、自分と同じようにダンジョンマスターを強制された人間がいるのかも知れない。
だとしたら、話をしてみたい。
仕方なくダンジョンを管理しているのなら、助けられる可能性もある。
そうでなくとも放っておいていいものか―――。
「待て。私たちは探索の準備などしていないぞ。行ってどうするつもりだ?」
考え込むスピアに代わって、エキュリアが冷静に意見を返す。
ユニも難しい顔をしていたが、その口調に迷いはなかった。
「ダンジョンは、早く潰すべき」
「それは当然だが……しかしいま言った通り、準備も無しでは自殺行為だ」
「……殲滅魔法で丸ごと消し去る」
「中の冒険者まで消え去るではないか! とにかく、ダメだ!」
いつもなら、エキュリアは頬っぺたを抓るくらいはしただろう。
けれど怒鳴るだけに留めた。
ユニは沈黙して肩を落とす。だけどその様子も、普段よりどこか刺々しかった。
まるで、なにか辛いことを我慢しているようで―――。
「ユニちゃん……」
スピアも神妙な顔をして、ぽん、と優しくユニの肩を叩いた。
「トイレなら、あっちだよ」
「……違うから。あんな醜態は、もう二度と晒さないから」
眉根を寄せながらも、ユニの態度は心なしか柔らかくなる。
ひとまず、魔法の暴走は避けられそうだった。