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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
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幕間 ひよこ村観察日記


 ひよこ村に着いて三日が過ぎた。

 可愛らし……奇抜な名前の村だが、住民の暮らしはとても安定している。

 畑はどれも見事に整えられていて、麦も野菜も育ちがよい。魔法による成長促進だけでなく、一手間を掛けて土に栄養を与えているという。

 こちらの手法はすぐにでも領地に取り入れられそうなので、詳細は別紙に記す。是非とも試してもらいたい。


 女性ばかりの村なので、畑仕事には苦労も多いだろうと思っていた。

 しかし皆、笑顔で働いている。疲労で倒れるような者もいない。

 村では山羊と鶏も飼育している。乳や卵が採れるだけでなく、街から食肉も潤沢に仕入れている。それらのおかげもあって食事が充実しているのだ。


 加えて、きちんと休憩時間が取られている。何日かに一度は、交代制で完全に休む日もある。

 そういった規則正しい生活を送ることにより、皆の健康が保たれているらしい。

 それに、鉄製の農具が行き渡っていることも大きいだろう。

 石や木製の物に比べると格段に仕事が楽だと、住民が言っていた。

 その鉄製農具は、スピアが用意した物だという。


 村を囲う壁と同じだ。彼女が使う魔法は、いまだに謎が多い。

 いや、魔法に限ったことではない。彼女自身が謎だらけだ。

 農業に関する知識は前述した通り。算術にも明るい。武芸や料理の心得もある。

 他にも、様々な知識を持ち合わせているようだ。


”マットレス”にも驚かされた。

 硬い金属のバネから柔らかな感触を生み出すという、その発想が素晴らしい。椅子や馬車にも応用できるそうだ。こちらも詳細は別に記す。


 使い方次第では一財産を得られる知識だろう。

 それをスピアは、惜しげもなく披露してくれた。

 迂闊だとは思わない。

 信頼してくれているのだと、有りがたく思う。


 私も彼女を信頼しているし、恩人であり、友人であると思っている。

 なかなか言葉にして告げるのは難しいが……、

 伯爵家の娘ではなく、一人の人間として、これからも良い関係を続けていきたい。


 少々短絡的なところもあるスピアだが、肝心なところでは利発さを発揮する。

 先日の詐欺師に対する裁定でも、その才を証明してみせた。単純に罰するのではなく、真面目な働き手として活かすのは、なかなかに出来ることではない。


 思うに、スピアの価値基準は、私を含めた他者とは違うのだろう。

 披露した知識も、彼女にとっては軽いものに過ぎない。

 無論、誰にでも伝えるものではないだろうが。

 その点は危うさがあると言える。どうにか私が支えていきたい。

 何をするか読めないので、それもまた難しそうではあるが。


 海に行く、というのも本気のようだ。

 南のセイラール子爵領では、新たな迷宮が発見されて騒動になっているという。

 またスピアが何かを起こす気がしてならない。

 けっして目を離してはいけないだろう。



 追記。夜中に、ユニがこっそりと殲滅魔法を撃とうとした。

 しばらく杖を没収することにする。こちらも目が離せない。







 ひよこ村での生活、四日目。

 平穏な日が続いている。

 スピアが妙なことをしているのも、いつも通りだ。


 海へ行く前に、どうして『ショーユ』とやらを手に入れたいらしい。

 魚によく合う調味料だそうだ。

 その材料となる大豆とやらは、例の召喚魔法で大量に手に入れていた。

 栽培も始めている。サツマイモやカボチャのように、育てるのはきっと上手くいくだろう。


 畑に種を撒いて、スピアがなにやらグッと気合を入れると芽が生えてくるのだ。

 相変わらず、ワケが分からない。

 精霊の助けを借りているのとは違うようだが、ひとまず魔法ということで納得しておく。


 しかしショーユの製造の方は、スピアも苦戦している。

 ワインやチーズと同じような手法で、適度に腐らせて作るものだという。年単位の時間が必要だそうだが、それをスピアは魔法で補おうとしている。

 時間を操る魔法など、神話や伝承でしか聞いたことがない。

 殲滅魔法以上に難しい魔法だろう。


 しかしスピアは諦める気はまったく無いようだ。しばらくは見守ることにする。

 まあ、成功する可能性も皆無とは言えない。

 あくまでスピアが目指しているのは”腐敗”の管理だ。”腐敗”を”植物の成長”に置き換えれば、同じことをすでに成功させているとも言える。


 闇魔法には、対象を腐らせる術式もある。

 それを告げると、スピアは手を叩いて喜んでいた。どうやら手掛かりになったらしい。シロガネとともに、大豆を詰め込んだ壺を見つめてあれこれと試していた。


 午後になって、ひとつの成果が出た。

 シロガネの手に、白くてぷるぷるとしたものが乗っていた。

 新種のプルンかとも思えたが違った。


「どうしてショーユを作ろうとしてオトーフになるかなあ」


 そうスピアが頭を抱えていた。

 彼女にとっても予想外だったようだ。


 オトーフとやらは、とても淡白で奇妙な食感だった。はっきり言って味がしない。

 しかし冬の鍋料理には欠かせない食材らしい。

 解せぬ、が、鍋料理には期待するとしよう。


 そういえば、もうじき冬になる。

 冬の旅など下手をすれば自殺行為だが、それでもスピアは海を目指すのだろうか?

 明日、聞いてみることにする。



 追記。また夜中に、ユニがこっそりと殲滅魔法を撃とうとした。

 結果は失敗。杖がないのに無理をしたために、魔力不足で昏倒していた。

 これで懲りてくれればよいのだが……やはりまだ目が離せない。







 ひよこ村での生活、五日目。

 ついに蒲焼き……いや、ショーユが完成した。

 大事なことなので最初に記しておく。


 ウナギの蒲焼き。あれは素晴らしい美味だった。

 誰かに伝えるのも惜しいと思えるほどだ。炊き上げた米に乗せて食べると、これ以上はないというほど極上の味がした。時間を忘れるくらい夢中になって食事をしたのは初めてだ。


 しかも焼いたウナギの脂によって、そのタレは味を増していくという。

 食べれば食べるほど深みが増す。

 何処までの美味になるというのか、想像するだけで涎が……いや、冷静になろう。淑女としての態度を忘れてはならない。


 ともかくも、ウナギとやらがあれほどの美味になるとは知らなかった。

 たしか奇形の魚として、漁師にも嫌われていたはずだ。

 是非、領地を挙げて保護するべきだろう。父上にも進言しておく。


 肝心のショーユの方も、スピアが言う”醸成魔法”で量産が可能なようだ。いまはスピアとシロガネしか作れないが、いずれは魔法に頼らずとも作れるという。

 今の内に職人を育てるべきだろう。

 こちらも合わせて、父上に進言しておくことにする。


 ただ、喜んでばかりもいられない。

 ショーユが完成したことで、スピアが明日にでも旅に出ると言い出した。

 やはり海に行くのを諦めていなかった。


「冬にしか採れないお魚もいます」


 そう言って、ぐぐっと拳を握り込んでいた。止めても無駄だった。


 まあ元より、私も旅に出る覚悟はしていた。

 スピアを故郷へ送り届ける。その誓いを違えるつもりはない。

 いまは少々遠回りをしているが、いずれ必ず果たしてみせる。

 そのために家も出たのだ。


 しかし……、

 もしやと思うが、スピア本人が忘れているのではなかろうか?

 未だに故郷の場所も分からない。探そうともしていない様子だ。

 ……いや、スピアなりに考えがあるのだろう。


 なんにせよ、彼女を支えていくことに変わりはない。

 父上に命じられずとも、私はきっとそうしていただろう。


 近い内に旅に出る。

 また驚かされるのだろうが、楽しみにしているのも否定できない。

 もしかしたら、私は騎士には不向きであるのかも知れない。

 これもまた新しい驚きだ。



 追記。さすがに今夜は、ユニも大人しかった。連日の夜更かしが堪えたらしい。

 しかし夜中に寝惚けて、私の布団に入ってきた。

 寝ている時は只の子供のようで……やはり、彼女からも目を離せない。







 ひよこ村での生活、六日目。

 メイドが増えた。


 朝起きると、二名のメイドがシロガネの部下として加わっていた。

 アカガネとクロガネという名前だそうだ。

 うむ。私にもよく分からない。


 召喚した、とスピアは言っていた。

 とりあえず、只のメイドではないと認識しておく。


 シロガネとともに留守を任せるつもりらしい。

 村の取りまとめ役がシロガネ一人というのは、確かに大変そうだ。

 人員の補充は当然だろう。


 恐らく、アカガネもクロガネも戦う力を備えている。

 きっと私よりも実力は上だ。ぷるるんほどではないと思う。

 あくまで感覚によるものだが……騎士として、少々悲しくなってきた。

 ともあれ、これでスピアが旅に出ても村の守りは万全という訳だ。


 しかし強さと言えば、スピアやシロガネの強さはどうにも把握できない。

 スピアはオークなどを軽々と屠っていた。シロガネも、ビート牛を指先ひとつで仕留めていたし、その死体を軽々と運んでもいた。


 戦闘力が高いのは明らかだ。しかし強者が放つ威圧感のようなものがない。

 計り知れない、ということなのだろうか。


 そんなスピアだが、旅となれば身の危険にも出遭うはずだ。

 元々、人攫いに遭ってこの地へとやって来たのだからな。

 スピアを攫える者というのも、なかなか想像が難しいが……。


 ともかくも旅の支度は念入りに整えるに越したことはない。

 今日一日を掛けて、必要な物を揃え、幾度も確認をした。スピアも真面目に準備をしていたので忘れ物も無いはずだ。


 まあ、『倉庫』の設定やら妙な魔法陣の設置やらと、よく分からないこともやっていたが……たぶん、必要なことなのだろう。


 村に帰ってくるのは、最低でも十日以上は後になる。

 セイラールでの滞在日数次第で、もっと長くもなるだろう。

 この時期ならば、まず雪が降ることもない。心配するとしたら帰りの道程か。

 あるいはセイラールで冬を越すことになるかも知れない。


 全員での無事帰還を祈りつつ、ひとまずこの日記を閉じることにする。

 旅の神、フリールニースの導きがあらんことを。




 追記。夜中、ユニが泣きながら部屋に駆け込んできた。

 「窓に! 窓に!」と錯乱していたので、一緒に部屋へと行ってみる。

 ……まあ、暗闇であれを見れば悪霊かなにかと勘違いしても仕方ない。

 窓に、ぷるるんが張り付いていた。

 寝惚けていたらしい。私が注意すると、「ぷるぅ……」と頭を下げるように震えて去っていった。

 今更だが……やはり、プルンが喋るのは納得できない。



予約投稿の新仕様で少々問題があって、一度公開されてしまいました。

今後は大丈夫な、はず。


だからという訳じゃありませんが、明日から更新ペースが変わります。

しばらくは週2~3回で。

まだ書き溜めがある内に、余裕のあるペースとします。



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