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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
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ダンジョンマスターvs詐欺商人


 ひよこ村は中途半端な場所に位置している。

 南にあるクリムゾンの街からは歩いても半日ほどと近い。けれど北にあるアルヘイスの街までは五日以上も掛かる。


 馬車ならばもっと早いが、ともあれ旅の間の宿場にするには微妙な位置だ。

 商人が行き来したところで得られるものは少ない。むしろ疲れるだけ。

 村民からしても、外から人を招き入れる理由はない。必要な物があれば、スピアやシロガネが街まで買出しに行けば事足りる。たまに旅商人が足を休めるために訪れるだけでも、刺激としては充分だった。


 まあ、新しい村ということで物珍しさに引かれる者もいる。

 そういった客人は放っておけばいい。

 何か珍しい物を持ってきてくれた商人などの場合、村からの待遇も良くなる。


 女ばかりの村と聞いて、よからぬことを企む者もいる。

 そういった手合いには骨の五、六本を折るサービスが提供される。

 シロガネが対処に当たった場合、ゴミを見るような眼差しも追加される。


 村長であるスピアが呼ばれるのは、もうちょっと面倒な相手が訪れた時だ。


「おお。貴方がスピア様ですな。噂で聞いた通りにキングプルンを連れて……その若さで村ひとつをまとめられているとは実にご立派ですな。しかも可憐で、美しい」


 今回の相手は、サギロフと名乗る小太りの商人だった。

 肉の余った顔でにこにこと笑顔を作っている。揉み手をしながら、歯が浮くような誉め言葉を並べ立てた。


 あからさまに胡散臭い。

 傍らで様子を窺うエキュリアやユニは、「うわぁ」という顔をしていた。

 ただ―――、


「はい。それほどでもあります」


 スピアは胸を張って満面の笑みを浮かべた。

 これにはサギロフの方が頬をヒクつかせる。だけどまたすぐに笑顔を取り繕うと、さらに賞讃の言葉をつらつらと繋げた。


 傷ついた女性たちを救う聖女だとか。

 いつかその美貌で王子すら魅了するに違いないとか。

 この村も大陸随一の繁栄を得られるだろうとか。


「それでですな……聡明なスピア様に、是非、見てもらいたい物があるのです」


 サギロフが取り出したのは、綺麗な石が埋め込まれた指輪だ。緑色の石を中心にして、細かな銀細工が施されている。


「こちらはいま密かに人気となっている細工職人ダマスノフが手掛けた逸品です。どうです? とても繊細で美しい品でしょう?」

「はい。玩具とは違いますね」


「さらにこの逸品には、特別な守りが施されております。王都の魔導研究所で研鑽を積んだ魔術師ナヴァカーリ様が秘術を施し、また、慈愛の女神より恩寵を賜ったという聖乙女ユウソフィア様が三日三晩に渡って祈りを奉げてくださいました」

「へえ。手間が掛かってるんですねえ」


 スピアは指輪を光にかざして、きらきらと目を輝かせる。

 サギロフの流暢な売り文句も熱を帯びていく。


 一方で、エキュリアとユニは「いつ止めようか?」と目配せをし合っていた。

 密かに人気って、それはもう一部の者しか知らないのだろう、とか。

 聖女はともかく聖乙女なんて称号はない、とか。

 ツッコミ処が満載だった。


「本来ならば、金貨百枚でも手が届かぬ品です。しかしこのサギロフを含め、製作に関わった者すべてが、スピア様の慈悲溢れる行動に感銘を受けました。そのために、大変お安く提供できるのです」


 熱弁を振るいながら、サギロフは用意してあった木箱を開ける。

 そこには同じ指輪が数十個、小箱に分けて並べられていた。


「いまならば、ひとつ金貨二枚。しかも村人全員に行き渡る数を用意してあります。この指輪を身につけていれば、あらゆる災厄を跳ね除け、幸運を呼び込んでくれるでしょう。今だけの、スピア様にだけの、特別のご提供でございます」


 金貨百枚以上の品が金貨二枚。いくらなんでも安くなり過ぎだろう。

 しかもそれだけの逸品が、どうして数を揃えられるのか。

 やはりツッコミ処だらけだった。


「すごいです、エキュリアさん。超レアな限定品ですよ」

「って、おい! まさか買うつもりか!?」

「だって、今だけですよ。逃がすのは勿体無いです」

「あのなあ。こんな物は、典型的な詐欺……ん?」


 どさり、と鈍い音がして、エキュリアはそちらへ目を向ける。

 サギロフが抱えていた木箱を取り落としていた。

 肉が余った顔を歪めて、だらだらと汗を流している。


「あ、あの、いまエキュリア様と……?」

「ああ、そうだ。貴様のような者に名乗るつもりはないが、これでも伯爵家の娘でな。それなりに物の目利きはできるぞ」


 この時点で、サギロフの失敗は確定した。

 いや、始めから彼の企みが成功することはなかっただろう。


「この指輪にしても、本物の宝石は使っていないな? 輝きが違う。適当な石をそれらしく磨いただけではないのか?」

「エキュリアさん、それは違いますよ」


 地面に散らばった指輪を拾いながら、スピアがそれをひとつずつ眺めている。


「どれも魔石に色を付けたものです。魔力は空っぽですけど」

「な、何故それを見抜いて……あ!」


 サギロフが慌てて自分の口を塞ぐが、もう遅い。

 ただのクズ魔石を宝石、しかも魔導具と偽って売ろうとしたのだ。明確な単語こそ口にしていないが、詐欺であるのは明らかだった。


 ただ、それでもまだスピアは呑気に首を捻っている。


「不思議ですよね。魔術的な効果でもなく、幸運を呼び込むって、どうなってるんでしょう? きっとすごい秘密があるに違いありません」

「……よし。おまえがとても純心なのは理解した」


 ぽん、とスピアの肩を叩く。エキュリアは静かに首を振った。


「だが、気づけ。これは明らかに詐欺だ」

「え……? ああ!」


 手を叩いて、スピアはすっきりとした顔をする。


「もちろん、分かってましたよ」

「誤魔化すな! すっかり騙されていたではないか!」

「違います。サギロフさんが正直に話してくれるのを待ってたんです」


 エキュリアの追及を受け流して、スピアは手元に『倉庫』の影を浮かべた。

 がさごそと手を動かして、ひとつの革袋を取り出す。


「その証拠に、これからサギロフさんを騙し返してみせます」

「いや、なんでそうなる?」

「金貨百枚くらい、わたしはいつでも取り返せるってことです」


 スピアは立ち上がると、一同を連れて村の入り口へと向かう。

 サギロフはひとまず従うしかない。

 エキュリアとユニも怪訝に眉を顰めながらも、後についていった。


「サギロフさんも、ビート牛については知ってますよね?」

「は、はぁ……開拓村潰しのことですな?」

「そうです。一頭見掛けたら十頭に襲われる。そんな魔物を簡単に追い払える手段があったら、いい商売ができると思いませんか?」


 スピアは手にしていた革袋を差し出す。

 もはや笑顔を作る余裕もないサギロフだが、その革袋は受け取るしかなかった。


「ここに村を作れた秘密が、それです」

「そう言われましても……」


 ビート牛を追い払う手段があるのは真実かも知れない、とサギロフは思う。

 開拓村を作るのにビート牛が脅威となるのは間違いないのだから。


 けれど、その手段を教えてもらえるとは思えない。

 騙すと宣言した相手の言葉を鵜呑みにするほど、サギロフは愚かではなかった。


「まあ、とりあえず中身を見てください」

「は、はぁ……」


 慎重に革袋を観察してから、サギロフは袋の口を開けた。

 途端に、もわっと鼻につく匂いが溢れ出す。袋の中には、半分腐ったような何かの草が細かく刻まれて詰められていた。


「な、なんですかな、これは……!?」

「うっかりです。間違えました」


 スピアがわざとらしく言う。

 直後に、サギロフの体が揺らいだ。地面ごと滑り出して、村の外へと放り出される。そして唖然とするサギロフの前で、頑丈な門がバタリと閉じられた。


「その匂い袋は、ビート牛を呼び寄せる方でした」

「え……?」


 門の向こうから投げられた声に、サギロフは唖然として立ち尽くす。

 しばしの間を置いて、その言葉の意味を理解した。


 サギロフが置かれたのは村の外。

 クリムゾンの街までは人の足では半日ほども掛かる。

 ビート牛に襲われたら逃げきれるはずがない。

 撃退するのだって、一介の商人には到底不可能だ。


「そ、そんな……開けてください! こんなのは、あまりに酷すぎる!」


 サギロフは血相を変えて門を叩く。

 その時、ぶもぉぉ、と牛の鳴き声が背後から響いてきた。

 振り返った先には平原が広がっているだけ。

 けれどその向こう、森の奥から、また遠吠えするような牛の声が上がった。


「この村に入りたいですか?」

「お願いします! 騙そうとしたのは謝りますから!」

「門の通行料は、金貨一千枚です」

「んなっ……!?」

「いまなら特別に、金貨百枚でいいですよ。分割払いでも構いません」


 明らかに法外な金額だ。

 けれど命を天秤に掛けられては、サギロフに選択肢など存在しなかった。






 十年掛けて金貨百枚を払う。

 契約書に記された内容は、要約するとそんなところだ。


「はは……まさか自分が、こんな借金を背負うことになるとは……」


 ぐったりとサギロフは項垂れている。命の危機にも晒されて、憔悴しきっている。

 対照的にスピアは上機嫌だ。

 むふぅん、と得意気に契約書を掲げてみせる。


「どうです? 詐欺師さんを騙し返してやりましたよ」

「いや、あれはもう騙すというより脅迫だろう」


 やれやれと、エキュリアは苦笑混じりに溜め息を落とす。

 たとえ金貨十枚でも、そこらの商人が払える額ではない。けれど捕捉事項として、サギロフが真面目に働いている限りは取立てを免除する、と記されていた。


 魔法を施した契約書なので、逃れようとすれば今度こそ本当に命に関わる。

 つまりはもう、サギロフに残された道は真っ当な仕事をすることだけだ。


「これで村への出入り商人も確保できました。もっと賑やかになりますよ」

「まあ経緯はどうあれ、詐欺師への罰としては悪くないな」


 エキュリアは手を伸ばして、スピアの頭をぽんぽんと撫でる。

 まるで出来の良い妹を誉めるみたいに。

 子供扱いされるのは嬉しくないスピアだが、素直に誉められておくことにした。


「しかし、あの魔物寄せというのは本物なのだろう? この男が承諾せずに逃げ出したらどうするつもりだったのだ?」

「え? 考えてなかったです」


 おい、とエキュリアは頬を歪める。

 いくら詐欺師が相手とはいえ、魔物の餌食にするのは後味が悪過ぎる。


「まあ、ぷるるんに助けてもらうとか? あとは、ユニちゃんに殲滅魔法を撃ってもらってもよかったかも知れません」

「任された。なんなら、いますぐにでも」

「撃つな! 制御できるまで禁止だと言っただろう!」


 杖を構えようとした途端、ユニは頬っぺたを摘み上げられる。

 またエキュリアによるお説教が始まりそうだった。


「そうだ。制御で思い出しました」


 手を叩いて、スピアは声を上げる。

 先程、ユニの訓練方法について話していた時にも思いついたことだ。


「海に行きましょう」

「……は?」


 エキュリアとユニは、揃って間の抜けた顔をする。


「あ、でもその前に、お醤油と山葵は手に入れたいですね」


 美味しいお魚を想像して、スピアはにんまりと頬を緩めた。



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