押し掛けのエキュリア
ひよこ村に、また新しい住民が増えた。
「おまえたちを放っておくと、何を仕出かすか分からんからな!」
だから近くに居て見張ってやる。
長々とお説教をしたエキュリアは、そう締めくくった。
「エキュリアさん、わたしの国には押し掛け女房という言葉があるんですよ?」
「だ、誰が女房だ!」
ずっと正座させられていたスピアには、そう言って茶化す気力しか残っていなかった。いまは、ぐったりと床に突っ伏している。
横にいるユニも同じく。足の痺れに悶えて呻いている。
とはいえ、元より断ることでもない。
エキュリアが一緒に住んでくれるというなら大歓迎だ。
つい調子に乗って大きな屋敷を建ててしまったスピアだが、広すぎて寂しさも覚えていた。
「いずれ村を守る兵士も派遣する予定だ。私の家を建ててもいいのだが……」
「それはダメです。折角なんですから、一緒に暮らしましょう。どうしても嫌だって言うなら、わたしが屋敷を取り壊してエキュリアさんの家に行きます」
「勿体無い真似をするな!」
腕組みをして怒鳴りながらも、けれどまあ、とエキュリアは続ける。
「そこまで言うなら世話になろう。急造とは思えんほど、居心地のよさそうな屋敷でもあるからな」
そうして翌日には、エキュリアは引っ越してきた。
貴族の娘が家を出るとなれば、本来ならば一大事になる。けれど領内のことであるし、すぐ隣の村ということでクリムゾン伯爵も納得した。
たとえ反対したところで聞き入れはしない。
そんな娘の性格も、クリムゾンはよく承知していた。
エキュリア本人にしても、村での暮らしにすぐ馴染めそうだった。
「あのマットレスというのは、素晴らしい寝心地だな」
朝早くに起きるのも、エキュリアにはまったく問題にならない。
すっきりとした顔で挨拶を交わす。
「エキュリアさん、張り切ってますね」
「見張ってやると言っただろう? 怠けた生活を送るのも許さんからな」
「……怠けてない……睡眠も、修行の内……」
「おまえは昼間も半分以上は寝てただろうが! そんな修行があるか!」
布団大好きのユニも、陽が昇るとエキュリアに叩き起こされるようになった。
半ば引き摺られる形で、早朝の走り込みにも付き合わされる。
「魔力回復に睡眠が必要なのは知っているがな。それにしてもユニは生活を不規則にしすぎだ。なにより、身体を鍛えるのは魔術師にとっても損は無い」
ユニは迷惑そうな顔をしたが、張り切るエキュリアは止められない。
朝から元気一杯のエキュリアは、剣の稽古にも励んでいる。
スピアと一緒にぷるるんに挑む。
物理攻撃無効の相手なので、遠慮なく打ち込めるのはエキュリアも気に入っていた。時間を忘れるほど稽古に熱を入れていく。
ついでに、ユニへも杖術の指導を始めた。
「エキュリアさんは、剣以外も使えたんですね」
「まあ嗜み程度だ。しかしどれも才能が無くてな。だからオークにも苦戦する」
「……苦手なものより、長所を伸ばすべき。だから私は殲滅魔法を……」
「逃げるな! 基本を疎かにしては、長所も伸びなくなってしまうぞ」
襟首を掴まれて、ユニは引き戻される。
二人の遣り取りを、スピアは微笑ましく眺めていた。
「でも、ちょっと疑問があります」
スピアにはダンジョンコアから取り込んだ知識がある。そこには魔法に関するものも含まれている。
ただ、あくまで知識で、実践的なものは欠けていた。
「殲滅魔法の練習って、他の人はどうしてるんでしょう?」
「ん……? 他の人と言っても、そもそも殲滅魔法の使い手自体が少ないが……」
「でも、いきなり完璧に使いこなせる人はもっと少ないですよね? ユニちゃんみたいに狙いが定まらないとか、どうやって克服するんです?」
殲滅魔法は発動すら難しい。魔力消費も激しいので回数も重ねられない。
よしんば発動するとしても、派手な自滅をしてしまう恐れもある。
そんな魔法を、どうやって制御できるようになるのか?
「……スピアの疑問は当然」
呟いたユニは、きりっと引き締めた顔を上げた。
でも杖術の稽古で散々に絞られて、体は野原に横たわったままだ。
「答えは簡単。殲滅魔法を撃ちまくればいい」
「そんなワケあるか! もっと下位の魔法から制御の練習をするのだ!」
ちっ、と舌打ちしてユニは目を逸らす。
その頬っぺたに、エキュリアの剣の鞘がぐりぐりと押しつけられた。朝からの稽古で疲れきっているユニは満足な抵抗もできない。
「や、やめろぉー。私は最強の魔術師でー……」
「ああ、街を救ってくれたことには感謝しているぞ。だからこうして鍛えてやっているではないか」
楽しそうな二人を横目に、ふむぅん、とスピアは顎に手を当てた。
「でも確かに、自然破壊はよくないですね。安全に練習できるのなら、そっちの方がユニちゃんもいいんじゃないかな?」
「…………」
「ユニちゃん?」
スピアは小首を傾げて顔を覗き込む。
ユニはさっと目を背ける。
「……ない」
「ん?」
「……他の魔法は使えない。私は、殲滅魔法しか撃てない」
辛うじて聞き取れる声で、ユニはそう告白した。
スピアとエキュリアは揃って目を丸くする。
しばしの沈黙があって―――くるりと転がり立ち上がると、ユニは背を向けて駆け出した。
「待て。逃げるな」
一歩目で捕まった。
襟首を掴まれたユニは、「ぶえっ」と悲鳴を上げて地面に倒れ込む。そのまま背中からエキュリアに馬乗りにされた。
眉を吊り上げたエキュリアは、がっしりとユニの頭を掴む。
「つまりおまえは、そんな未熟な技量で、街を危険に晒すような魔法を撃ったというのだな?」
「し、仕方なかった。私は魔力量は多いけど、その分だけ制御が苦手。他の魔法だと発動とか制御以前の問題で……それに……」
「それに、何だ?」
「……かっこいい魔法が好きなので……」
「結局は、おまえの我が侭ではないか! それで街ごと消滅しかけたのだぞ!」
ぎりぎりと、エキュリアは腕に力を込める。
小さな頭をさらに縮小されそうになって、ユニは涙ながらに助けを求めた。
「まあエキュリアさんも落ち着いてください。好きこそ物の上手なれ、という諺だってあるんですから」
「こいつは上手どころか危険物だ!」
「言われてみると、それも間違ってない気もしますけど……」
わたわたと暴れるユニを横目に、スピアは思案する。
エキュリアの懸念も理解できる。何処に当たるか分からないビーム砲なんて、誰だって使いたいとは思わないだろう。
だけど折角の才能を伸ばさないのも惜しい。
それに、やはりスピアは、ユニを応援したいのだ。
「安全に殲滅魔法が撃てればいいんですよね。だったら……」
「スピア様ぁぁぁぁぁぁぁ! うぇぇぇぇぇい!」
突然の奇声に、スピアの思考は寸断された。
そちらへ目を向けると、村に住む女の子が笑顔で駆け寄ってくるところだった。
「ミュモザちゃん、何かあったの?」
「うぉぉぉっしゃあ! スピア様に名前を覚えてもらえたぜぇぇっ!」
「まあ、村の人はだいたい覚えてるけどね」
「大好きですっ! キスしていいっすか!?」
「それはダメ」
熱烈な申し出を、スピアはさらりと受け流す。
エキュリアとユニは目を白黒させていたが、これくらいの遣り取りは村内では珍しくもない。
「それで、本題は? また魔物でも出たの?」
「見た目は人間っすねぇ。でも腹の中は魔物よりもグチャグチャかも知れないっす」
ぐぐっと拳を握ってみせながら、ミュモザは村の入り口へと目を向ける。
どうやら面倒な客人が訪れたようだった。




