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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
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押し掛けのエキュリア

 ひよこ村に、また新しい住民が増えた。


「おまえたちを放っておくと、何を仕出かすか分からんからな!」


 だから近くに居て見張ってやる。

 長々とお説教をしたエキュリアは、そう締めくくった。


「エキュリアさん、わたしの国には押し掛け女房という言葉があるんですよ?」

「だ、誰が女房だ!」


 ずっと正座させられていたスピアには、そう言って茶化す気力しか残っていなかった。いまは、ぐったりと床に突っ伏している。

 横にいるユニも同じく。足の痺れに悶えて呻いている。


 とはいえ、元より断ることでもない。

 エキュリアが一緒に住んでくれるというなら大歓迎だ。

 つい調子に乗って大きな屋敷を建ててしまったスピアだが、広すぎて寂しさも覚えていた。


「いずれ村を守る兵士も派遣する予定だ。私の家を建ててもいいのだが……」

「それはダメです。折角なんですから、一緒に暮らしましょう。どうしても嫌だって言うなら、わたしが屋敷を取り壊してエキュリアさんの家に行きます」

「勿体無い真似をするな!」


 腕組みをして怒鳴りながらも、けれどまあ、とエキュリアは続ける。


「そこまで言うなら世話になろう。急造とは思えんほど、居心地のよさそうな屋敷でもあるからな」


 そうして翌日には、エキュリアは引っ越してきた。

 貴族の娘が家を出るとなれば、本来ならば一大事になる。けれど領内のことであるし、すぐ隣の村ということでクリムゾン伯爵も納得した。


 たとえ反対したところで聞き入れはしない。

 そんなエキュリアの性格も、クリムゾンはよく承知していた。

 エキュリア本人にしても、村での暮らしにすぐ馴染めそうだった。


「あのマットレスというのは、素晴らしい寝心地だな」


 朝早くに起きるのも、エキュリアにはまったく問題にならない。

 すっきりとした顔で挨拶を交わす。


「エキュリアさん、張り切ってますね」

「見張ってやると言っただろう? 怠けた生活を送るのも許さんからな」

「……怠けてない……睡眠も、修行の内……」

「おまえは昼間も半分以上は寝てただろうが! そんな修行があるか!」


 布団大好きのユニも、陽が昇るとエキュリアに叩き起こされるようになった。

 半ば引き摺られる形で、早朝の走り込みにも付き合わされる。


「魔力回復に睡眠が必要なのは知っているがな。それにしてもユニは生活を不規則にしすぎだ。なにより、身体を鍛えるのは魔術師にとっても損は無い」


 ユニは迷惑そうな顔をしたが、張り切るエキュリアは止められない。

 朝から元気一杯のエキュリアは、剣の稽古にも励んでいる。


 スピアと一緒にぷるるんに挑む。

 物理攻撃無効の相手なので、遠慮なく打ち込めるのはエキュリアも気に入っていた。時間を忘れるほど稽古に熱を入れていく。

 ついでに、ユニへも杖術の指導を始めた。


「エキュリアさんは、剣以外も使えたんですね」

「まあ嗜み程度だ。しかしどれも才能が無くてな。だからオークにも苦戦する」

「……苦手なものより、長所を伸ばすべき。だから私は殲滅魔法を……」

「逃げるな! 基本を疎かにしては、長所も伸びなくなってしまうぞ」


 襟首を掴まれて、ユニは引き戻される。

 二人の遣り取りを、スピアは微笑ましく眺めていた。


「でも、ちょっと疑問があります」


 スピアにはダンジョンコアから取り込んだ知識がある。そこには魔法に関するものも含まれている。

 ただ、あくまで知識で、実践的なものは欠けていた。


「殲滅魔法の練習って、他の人はどうしてるんでしょう?」

「ん……? 他の人と言っても、そもそも殲滅魔法の使い手自体が少ないが……」

「でも、いきなり完璧に使いこなせる人はもっと少ないですよね? ユニちゃんみたいに狙いが定まらないとか、どうやって克服するんです?」


 殲滅魔法は発動すら難しい。魔力消費も激しいので回数も重ねられない。

 よしんば発動するとしても、派手な自滅をしてしまう恐れもある。

 そんな魔法を、どうやって制御できるようになるのか?


「……スピアの疑問は当然」


 呟いたユニは、きりっと引き締めた顔を上げた。

 でも杖術の稽古で散々に絞られて、体は野原に横たわったままだ。


「答えは簡単。殲滅魔法を撃ちまくればいい」

「そんなワケあるか! もっと下位の魔法から制御の練習をするのだ!」


 ちっ、と舌打ちしてユニは目を逸らす。

 その頬っぺたに、エキュリアの剣の鞘がぐりぐりと押しつけられた。朝からの稽古で疲れきっているユニは満足な抵抗もできない。


「や、やめろぉー。私は最強の魔術師でー……」

「ああ、街を救ってくれたことには感謝しているぞ。だからこうして鍛えてやっているではないか」


 楽しそうな二人を横目に、ふむぅん、とスピアは顎に手を当てた。


「でも確かに、自然破壊はよくないですね。安全に練習できるのなら、そっちの方がユニちゃんもいいんじゃないかな?」

「…………」

「ユニちゃん?」


 スピアは小首を傾げて顔を覗き込む。

 ユニはさっと目を背ける。


「……ない」

「ん?」

「……他の魔法は使えない。私は、殲滅魔法しか撃てない」


 辛うじて聞き取れる声で、ユニはそう告白した。

 スピアとエキュリアは揃って目を丸くする。

 しばしの沈黙があって―――くるりと転がり立ち上がると、ユニは背を向けて駆け出した。


「待て。逃げるな」


 一歩目で捕まった。

 襟首を掴まれたユニは、「ぶえっ」と悲鳴を上げて地面に倒れ込む。そのまま背中からエキュリアに馬乗りにされた。

 眉を吊り上げたエキュリアは、がっしりとユニの頭を掴む。


「つまりおまえは、そんな未熟な技量で、街を危険に晒すような魔法を撃ったというのだな?」

「し、仕方なかった。私は魔力量は多いけど、その分だけ制御が苦手。他の魔法だと発動とか制御以前の問題で……それに……」

「それに、何だ?」

「……かっこいい魔法が好きなので……」

「結局は、おまえの我が侭ではないか! それで街ごと消滅しかけたのだぞ!」


 ぎりぎりと、エキュリアは腕に力を込める。

 小さな頭をさらに縮小されそうになって、ユニは涙ながらに助けを求めた。


「まあエキュリアさんも落ち着いてください。好きこそ物の上手なれ、という諺だってあるんですから」

「こいつは上手どころか危険物だ!」

「言われてみると、それも間違ってない気もしますけど……」


 わたわたと暴れるユニを横目に、スピアは思案する。

 エキュリアの懸念も理解できる。何処に当たるか分からないビーム砲なんて、誰だって使いたいとは思わないだろう。


 だけど折角の才能を伸ばさないのも惜しい。

 それに、やはりスピアは、ユニを応援したいのだ。


「安全に殲滅魔法が撃てればいいんですよね。だったら……」

「スピア様ぁぁぁぁぁぁぁ! うぇぇぇぇぇい!」


 突然の奇声に、スピアの思考は寸断された。

 そちらへ目を向けると、村に住む女の子が笑顔で駆け寄ってくるところだった。


「ミュモザちゃん、何かあったの?」

「うぉぉぉっしゃあ! スピア様に名前を覚えてもらえたぜぇぇっ!」

「まあ、村の人はだいたい覚えてるけどね」

「大好きですっ! キスしていいっすか!?」

「それはダメ」


 熱烈な申し出を、スピアはさらりと受け流す。

 エキュリアとユニは目を白黒させていたが、これくらいの遣り取りは村内では珍しくもない。


「それで、本題は? また魔物でも出たの?」

「見た目は人間っすねぇ。でも腹の中は魔物よりもグチャグチャかも知れないっす」


 ぐぐっと拳を握ってみせながら、ミュモザは村の入り口へと目を向ける。

 どうやら面倒な客人が訪れたようだった。



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