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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
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vsサイクロプス・オーガー 第二戦&第三戦


 ダンジョン魔法の『浄化』はとても便利だ。

 本来は迷宮内の”ゴミ処理”を行うための魔法だが、洗濯代わりにも使える。

 ちょっと恥ずかしい理由で濡れてしまった服も元通りだ。


 ユニが漏らしたのも元通り。いや、無かったこと。

 ぷるぷると震えて耳まで真っ赤にしていたけれど、気分が高揚しただけだろう。

 そういうことに、スピアはしておいた。


「……乙女に恥をかかせた。あのデカブツは絶対に許さない」


 まあ結果としてユニが奮い立ったのは良いことかな。

 そう頷いて、スピアは第二戦の始まりを見守った。


 詠唱が途切れたため、ユニの魔力はまだ残っている。

 高々と杖を掲げると再び呪文を紡ぎ出した。


「灰塵と化せ、力持つ極光よ 我は求め、代償を捧ぐ者なり

 薙ぎ払い 天を焦がし 業火を以って指し示せ! 我らを導くは―――」


 先程と呪文が違うのは、それが極光殲滅魔法の特徴だからだ。

 神が伝えたとされる殲滅魔法の呪文だが、実に五十種類以上が存在する。得られる効果は同じでも、必要な呪文は、その時々の状況によって変わる。どの呪文が正しいのか、天候か、時間か、精霊の動きか、正確な条件は分かっていない。


 だから、この魔法を使いこなせる者は少ない。

 あるいは神の悪戯ではないかとも言われているが―――、

 本当に使いこなせる者ならば、正しい呪文を感覚で選べるという。


 果たして、ユニは正しい選択ができているのか?

 少なくとも、紡ぎ出される詠唱に迷いは無かった。

 単眼巨鬼にしても、今回は邪魔をしてこない。描き出された大きな魔法陣には気づいたようだが、にやけた笑みを浮かべて立っているだけだ。


「いまここに、滅びを顕現させよ―――『極光殲滅爆雷陣(オメガリカ・フレア)』!!」


 詠唱が終わり、空中に浮かんだ魔法陣が一際強い輝きを放つ。

 ユニの背丈の何倍もある大きな魔法陣だ。

 そこへ大量の魔力が一気に流し込まれて―――ついに、術式は完成した。


 魔法陣の紋様すべてが白で埋め尽くされる。

 目を眩ませるほどの白い輝きは、一筋の矢となって前方へ撃ち出された。


「うわ、ビーム砲みたい」


 子供の頃に見たアニメを思い出して、スピアが思わず声を上げた。

 極太の光は空中を焼きながら進む。

 壁の下にいた兵士も、遠方にいる単眼巨鬼も、魔法を放ったユニ自身さえも息を呑んでいた。これほどの魔法ならば一撃ですべてに片がつく、と誰もが思った。


 まあ、その期待も間違ってはいなかった。

 威力は申し分なかったのだから。


 けれど空中を焼いた光は、大きく曲線を描いて、あさっての方角へ飛んでいった。

 単眼巨鬼には掠りもせず、地平線の彼方へと消えていく。

 何処へ命中したのかも分からない。


 ただ、遥か彼方で、光の柱とともに激しい煙が上がったのは見えた。

 そうして静寂が訪れる。


「…………ふっ」


 沈黙を破ったのはユニだ。

 一筋の冷や汗を流しながら、ぎこちなく口元を薄めてみせる。


「ふははははー……見たか、これぞ我が極光殲滅魔法ぅー。デカイだけの魔物など敵ではないー。さあ、これを喰らいたくなかったら尻尾を巻いて逃げ―――」


 グォォォォォッ!、と。

 激しい咆哮とともに、単眼巨鬼が威嚇する。

 ユニは棒読み台詞で誤魔化すのも諦めて、一目散に逃げ出した。








 殲滅魔法は大きく狙いを外した。

 けれど単眼巨鬼サイクロプス・オーガーに警戒を覚えさせるには充分だったらしい。

 ドスドスと足音が迫ってくる。

 本格的に街を攻撃するつもりになったようだ。

 もっとも、それはけっして叶わないのだが。


「トマホーク、足を狙って!」


 スピアの呼び掛けに、上空から甲高い鳴き声が応えた。

 急降下してきた小さな影が、巨鬼の足下へと滑空する。青白い閃光を散らしながら綺麗な流線を描く。


 一瞬の間を置いて、単眼巨鬼の両足首から鮮血が吹き上がった。

 足首を半ばまで断ち切られたのだ。走るどころか、その巨躯を支えられもしない。

 単眼巨鬼は痛々しい咆哮を上げながら倒れ込んだ。


「さあユニちゃん、今の内だよ。殲滅魔法でトドメを」

「……は?」


 ぷるるんに捕まえられたユニは、また元の場所へ戻されていた。

 けれど、トドメと言われてもどうしようもない。

 頼りの殲滅魔法は狙いを外してしまった。それに―――。


「あの……鷹? トマホーク? そのままトドメを刺せるのでは……?」

「ダメだよ。それじゃあ、ユニちゃんが活躍できないもん」


 さらりと言い返されて、ユニは目を白黒させる。

 絶対にユニを活躍させる。単眼巨鬼をその魔術で倒させる。

 スピアの眼差しは、迷い無くそう語っていた。


「で、でも……もう魔力が足りない。魔石だってもう持ってないから……」

「大丈夫。こんなこともあろうかと!」


 手元に影を浮かべたスピアは、その『倉庫』から一本の杖を取り出した。

 ダンジョン魔法の『創造召喚』によって作り出したものだ。


 迷宮と言えば、侵入者を呼び込むための宝箱の存在は欠かせない。

 そこに入れられる宝物も必須だ。

 だから、そういった物品も幅広く作り出せる。


 ユニが持っていた杖と形状は似ている。

 三つの魔石が埋め込まれているのも同じ。だけど軽い金属製で、黒光りする表面に複雑な意匠が施されていた。

 ちなみに、消費した魔力量は二〇程度。

 魔石に込めた分は別だが、襲ってきた騎士の一団を無力化した際に、ちょうどそれくらいの魔力が吸収できていた。


「はい、どうぞ」


 差し出された杖を、ユニはなんとなく受け取ってしまう。

 それだけで感じ取れた。この杖はとんでもなく上質な物だ、と。


「……もしやミスリル? ううん、もっと稀少な黒ミスリル……? 魔石の輝きもまるで違う。魔力の伝わり方も滑らか……これ、本当に使っていいの?」

「うん。遠慮なく使って。そのために作ったんだから」


 作った、というのはユニには意味が分からなかった。

 けれど渡された黒杖を使えば、もう一発くらいは殲滅魔法も撃てる。

 しかも単眼巨鬼は足を傷つけられて動けない。倒れ込んだまま暴れているが、近くには投げられそうな岩なども見当たらなかった。


 黒杖を握り締めて、ユニは三角帽子も深く被りなおす。


「……分かった。今度こそ、スピアの気持ちに応える」

「その意気だよ。ユニちゃんなら出来る!」


 スピアも小さな拳を握って励ます。

 その期待にもう一度頷いて、ユニは倒すべき巨鬼へと向き直った。


 今度は膝も震えていない。

 これまで散々に怖い目に遭わされて、感覚が麻痺してきたのもあっただろう。

 けれどなにより、スピアが「出来る」と断言してくれたことが嬉しかった。


 スピアが語った”想像”の中で、ユニが落ちこぼれ魔術師だという部分があった。

 それは間違っていない。

 事実、ユニは家族から侮られ、嘲笑を受ける日々を送っていた。

 だからこそ、強力な殲滅魔法に憧れた。


 まだまだ一流の魔術師にはなれていないけれど―――、

 そんなユニを、スピアは信じると言ってくれた。

 一点の疑いも無い眼差しが、背中を支えてくれる気がした。


 綺麗な瞳を裏切れない。応えたい。

 その想いも込めて、ユニは呪文を紡いでいく。

 朗々と響いた声とともに、再び空中に浮かんだ魔法陣が輝きを放つ。


「ここで失敗したら魔術師じゃない―――『極光殲滅爆雷陣(オメガリカ・フレア)』!!」


 気迫も込めて、一筋の閃光が放たれる。

 今度は捻じ曲がることもなく、破壊の光は真っ直ぐに大気を貫いた。倒れて暴れている単眼巨鬼へと突き進む。もはや遮るものはなく―――、


 命中し、凄まじい熱と衝撃が沸き上がった。

 太い光の柱が立ち、破壊の力は天空へと打ち上げられていく。

 柱の範囲内のすべてを”殲滅”するのだ。だから外部に漏れる余波は僅かなものだったが、それでも街の外壁がビリビリと震えるほどの衝撃だった。


 おまけに、柱はどんどん太くなっていく。

 それだけ広範囲に及び、威力の高い魔法という証明だ。


「うわぁ。こうして間近で見ると、本当に凄い迫力だね」


 真っ白い柱を見上げ、巻き起こる風に目を細めながらも、スピアは声を弾ませた。

 もはや脅威となる単眼巨鬼が消滅したのは疑いようがない。

 隣に立つユニも誇らしげに胸を張っていた、が、


「…………あれ?」


 上擦った声を漏らす。頬を引き攣らせて、一歩後ろへ下がる。

 挙動不審になったユニを見て、スピアも首を傾げた。


「どうかしたの?」

「……もしかしたら、あくまで、仮定。込めた魔力が多すぎた可能性がある……この杖の魔石、とても使い易かった。無駄な拡散もなく、普段の何倍もの量……」


 つまりは、それだけ魔法の威力も上がっているということ。

 そう言葉を交わしている間にも、光の柱は焼き尽くす範囲を広げていた。

 勢いは衰えそうもない。

 しかも内部に留まっている力が弾けたりしたら―――、


 確実に、街ひとつくらいは吹き飛ぶだろう。

 スピアも真剣な表情になると、迫りくる白柱を睨みつけた。


「―――ダンジョン領域拡大。トラップ設置、起動。魔法無効化壁マギストゥル・ウォール!」


 足下に手をつき、壁の外、地面へと魔力を流す。

 一拍の間を置いて、地面が線を引かれたように割れた。そこから巨大な壁がせり上がってくる。街の外壁よりも、さらに一段高い漆黒色の壁だ。


 まるで光を吸い込むように黒い粒子を散らしながら、白柱の前に聳え立つ。

 直後、轟音が響き渡った。

 広がり続けていた殲滅魔法が、ついに弾けたのだ。


「ふひゃっ、ぁ―――!?」


 悲鳴を上げたのはユニだけではない。

 街のそこかしこから、住民に限らず兵士まで混乱しきった声を上げた。

 けれどそんな大勢の悲鳴も轟音に掻き消される。そして、轟いた音の割には、街に伝わってきた衝撃は小さなものだった。


 爆発みたいな音だったのに、熱もほとんど伝わっていない。

 上空は白く焼けていたけれど、街の施設への被害は見当たらなかった。

 精々、驚いて転んだ者がいたくらいだ。

 殲滅魔法による衝撃も熱も、スピアが作り出した黒壁によって打ち消されていた。


「ふぅ……普段から魔力を溜めてなかったら危なかったよ」


 ほっと息を吐く。

 スピアが胸を撫で下ろしている間に、ガラガラと黒壁も崩れていった。


 咄嗟に作り出した魔法無効化壁だが、永続化させる余裕はなかった。ダンジョン内で魔法の使えない部屋などを作る際に設置するものだ。

 その特殊効果が有用である分だけ、多量の魔力も必要だった。


「ともかく、これで片付いたね」


 襲ってきた魔物を倒し、その後のちょっとした事故も抑え込んだ。

 ユニも大活躍だったし―――と、スピアは満足げに頷く。

 だけど隣に目を向けたところで首を傾げた。


 またユニが尻餅をついていた。しかも今度は気絶までしている。

 よっぽど怖かったらしい。


「……うん。これも見なかったことにしておこう」


 ちょろちょろと漏れている。

 乙女の失態。本日二度目。

 スピアは”浄化”を発動させると、本人が気絶している間に証拠隠滅を図ることにした。



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