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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
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vsサイクロプス・オーガー 第一戦


 城壁の一部が崩れている。

 まだ魔物を侵入させるほどではないが、修復には時間が掛かるだろう。

 同様の攻撃をあと何回耐えられるかも分からない。


 そこには太い樹木が突き刺さっていた。

 遠方に見える小山のような人型、単眼巨鬼サイクロプス・オーガーが投げつけてきたものだ。


「うわぁ……本物の巨人って迫力ありますね。二十メートルくらいかな」


 外壁の上から、スピアは巨大な人型を眺めていた。

 単眼巨鬼サイクロプス・オーガー―――、

 頭部の半分ほどを単眼が占めていて、尖った牙を持つ口は大きく裂けている。額に二本の角が生えているけれど、”鬼”と呼ばれるのは別の理由もある。外見は人型なのに、亜人ではなく魔物と言われるのは、知能が低く暴力的だからだ。


 喰えそうな獲物を見つければ襲い掛かる。巨体の力に頼って暴れまわる。

 いざとなれば、共食いでさえ平然と行う。

 そんな獣じみた行動ばかりするので、単眼巨鬼サイクロプス・オーガーを追い払うだけならば難しくない。大きな眼を、弩弓や魔法で狙えばいいのだ。


 ただし、その後に単眼巨鬼サイクロプス・オーガーは嵐のように暴れる。

 周囲にどれだけの被害が出るかは、完全に運任せになってしまう。

 下手をすれば、強固な壁に守られた街だって廃墟にされかねない。たった一匹でも国を傾けかねない、”準災害級”の魔物だ。


 だから単眼巨鬼が現れたというだけで、街全体が大騒ぎになっていた。

 兵士は負傷者の救助を行いつつ、出撃の準備にも追われている。住民たちは我先に逃げようとしたり、喚きながら神に祈ったり、混乱している者ばかりだ。


「いまのところ、治療の手は足りてるんですよね?」

「ああ。発見も早かったおかげで、死者も出ていない」


 兵士から報告を受けたエキュリアも、城壁の上へと駆けてきた。

 ひとまず被害は少ないようで、スピアはほっと胸を撫で下ろす。もしも大惨事になっているのなら、急いでシロガネを呼び寄せるつもりだった。


「スピア……その、なんだ……こういうことを尋ねるのは、騎士として恥ずかしく、また申し訳なくも思うのだが……」

「え? こんな時に、いやらしい質問ですか?」

「違う! なんでそうなる!?」


 怒鳴られて、スピアは微かに頬を染めたまま目を逸らす。

 恥ずかしいという言葉に、いやらしいことを連想してしまうのも仕方ない。

 それに言いよどむエキュリアの仕草は、女の子であるスピアから見ても艶っぽかったのだ。さすがは天然のくっころさん、と褒め称えたいくらいに。

 そう思うスピアだけど、反論するのは薮蛇になりそうなのでやめておいた。


「ともかくだ。おまえの力なら、単眼巨鬼サイクロプス・オーガーもどうにか出来るかと思ったのだが……」

「そうですねえ……」


 頬に手を当てながら、スピアはちらりと横へ視線を向けた。

 そこにはぷるるんがいて、なにかを言いたげに黄金色の体を揺らしている。


「ぷるるんのフルバーストなら倒せると思います」

「ふるばー……?」

「新技です。凄いですよ」

「待て。その名前だけで、なにやら物騒な予感がするぞ」


 畏怖の混じったエキュリアの眼差しを、ぷるるんは呑気そうに揺れて受け流す。

 仮にも王様キングだ。

 あんなデカイだけの魔物など我の敵ではない―――、

 黄金色の塊は、そう泰然と構えているように見えなくもなくもない。


「頼るのはどうにも不安が残るのだが……しかしキングプルンと相性が良いのは確かだな。単眼巨鬼は、魔法も使わん」

「そうですね。でも、折角ですから……」


 スピアはまた視線をずらす。

 ぷるるんの影に隠れるようにして、ユニがしゃがみ込んでいた。古びた杖を握り込んだまま、ガタガタと震えている。

 表情だけは眠たげなままなのは、いっそ見上げたものだろう。


「……わ、私は最強ー。最強の魔術師ー。サイクロプスなんて怖くないー……」

「……あ、こっちへ向かってくるみたい」

「い、ぃぃ―――!!?」


 わたわたと、ユニは四つん這いのまま逃げ出そうとする。

 けれどぷるるんにローブの裾を掴まれて引き戻された。


「大丈夫。冗談だから安心して」

「……わ、分かっていた。私は冷静。怯えてもいない」


 涙目になっているユニを宥めて、スピアは単眼巨鬼の様子を窺う。

 こうして呑気に話をしていられるのも、暴力的なはずの魔物が動いていないからだ。街の外、弓矢も届かないほどの距離を置いて、ぼんやりと立っている。大きな口元は吊り上がっているので、住民の慌てる様子を楽しんでいるのかも知れない。


「知性がない、って感じじゃないですね?」

「言われてみると、確かに妙だな。しかし……」


 エキュリアも単眼巨鬼を観察しつつ、まだ震えているユニへ目を向けた。


「攻撃する機会かも知れん。強力な魔法が撃てるならば、試してみるべきだろう」

「う……」


 期待の眼差しを受けて、ユニは冷や汗を浮かべる。

 それでも今度は逃げ出さなかった。しばらく杖に寄り掛かるようにして震えていたけれど、やがて顔を上げて、大きく息を吸い込む。


「……分かった。サイクロプスでもオーガーでも、私の殲滅魔法の敵ではない」

「サイクロプス・オーガーですけどね」

「いずれにせよ、やるならば早い方がいい。時間が掛かれば、先に兄上たちが出撃してしまう」


 相手はまだ離れているが、そこらの木や岩を投げてくるだけでも脅威になる。いつまでも放置はしておけない。


 門の辺りに兵士たちが集まり、投石器なども運ばれていた。

 先のオーク襲撃でも鍛えられた兵士たちだ。テキパキと行動している。

 それでも、単眼巨鬼に正面から挑めば犠牲は避けられない。早々に仕留められる手段があるのならば、そちらに頼った方が利口だろう。


「私が行って、こちらの事情を伝えてこよう。それで出撃は待ってもらえるはずだ。無理そうな時は伝えてくれ」

「分かりました。トマホークもいますし、こちらは任せてください」

「……本当は、おまえを一人にするのが一番心配なのだがな」


 そう言って苦笑を零すと、エキュリアは階段を駆け下りていった。

 後に残されたスピアは、ユニの肩をぽんと叩く。


「それじゃあユニちゃん、派手にやっちゃおう」

「……うん。やる。やれる。たぶん、やってみせりゅ―――」


 ユニが杖を構えようとした途端に、単眼巨鬼が大声を上げた。

 威嚇するような吠え声は、辺り一帯をビリビリを震えさせる。


「ひぃ―――!?」


 頭を抱えたユニは、ぷるるんの下に逃げ込もうとする。

 こうして、巨大な鬼と小さな魔術師の戦いは幕を開けた。







 足を震えさせながらも、ユニは杖を構える。

 古びた杖には三つの魔石が埋め込まれていて、そこに魔力が蓄えられている。

 紫妖族であり、他の人種より保有魔力量は多いユニだが、極光殲滅魔法を使うには足りない。その不足分を魔石で補うのだ。

 杖だけでなく、複雑な装飾のされた首飾りも身につけていた。


「……あの、スピア……いざっていう時は……」

「大丈夫。骨は拾ってあげるから」

「うん……いや、そうではない。ぷるるんで守って欲しい」


 涙目のユニに、スピアはぐっと親指を伸ばして拳を掲げる。

 応援したい気持ちに揺らぎはない。

 ぷるるんも、委細承知!、と言うように力強く震えてみせた。


「……信じる。怖いけど、でも……私ならやれる」


 杖を握る手に力を込めて、ユニはそっと目蓋を伏せた。

 仄かな魔力の光が杖の先から浮かぶ。無数の光粒が、踊るように溢れてくる。


「すべての白より眩い光 すべての暗闇を貫く鋭刃 其は破壊の魂を満たすもの

 満たせ 照らせ 降臨せよ 塵の一粒まで殲滅する極光よ―――」


 呪文詠唱。それは音に合わせて魔力を躍らせる儀式だ。

 正確な音を刻み、必要な魔力を注ぎ込むことで魔法効果を発動させられる。

 極光殲滅魔法の呪文は少々特殊だが、基本は他のものと同じだ。


 だから、詠唱を途切れさせたら効果を得られないのも同じで―――。


「いま 我が呼び掛けに応えぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ―――!?」


 悲鳴を上げたユニの眼前に、大きな樹木が迫る。

 単眼巨鬼が引っこ抜いたものを投げつけてきたのだ。そのままだったら、ユニは叩き潰されていただろう。


 けれど、ぷるるんがいた。跳び上がって樹木を受け止める。

 街の外壁を壊すほどの衝撃を、ぽよん、と弾き返した。


 ゆっくりと空中を舞った樹木は、壁の外へと落ちる。

 普通なら有り得ない光景に、周囲で警戒していた兵士や、攻撃してきた単眼巨鬼まで、ぽかんと口を開いて固まっていた。

 当然ながら、ユニもへたり込んだまま呆気に取られている。


「ほら、ユニちゃん、大丈夫だよ。落ち着いてもう一回……?」


 尻餅をついたユニへ、スピアは手を伸ばした。だけど首を傾げて止まる。

 ほわほわと、湯気が立ちのぼってきた。


「……こ、腰が抜けた……」


 ユニは石畳に手をついたまま気づいていない。

 その服の裾、とりわけ股間あたりが濡れているのを。


 スピアも見なかったことにして優しげな笑顔を浮かべる。

 どうやら第一戦は、ユニの精神的敗北のようだった。



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