vsサイクロプス・オーガー 第一戦
城壁の一部が崩れている。
まだ魔物を侵入させるほどではないが、修復には時間が掛かるだろう。
同様の攻撃をあと何回耐えられるかも分からない。
そこには太い樹木が突き刺さっていた。
遠方に見える小山のような人型、単眼巨鬼が投げつけてきたものだ。
「うわぁ……本物の巨人って迫力ありますね。二十メートルくらいかな」
外壁の上から、スピアは巨大な人型を眺めていた。
単眼巨鬼―――、
頭部の半分ほどを単眼が占めていて、尖った牙を持つ口は大きく裂けている。額に二本の角が生えているけれど、”鬼”と呼ばれるのは別の理由もある。外見は人型なのに、亜人ではなく魔物と言われるのは、知能が低く暴力的だからだ。
喰えそうな獲物を見つければ襲い掛かる。巨体の力に頼って暴れまわる。
いざとなれば、共食いでさえ平然と行う。
そんな獣じみた行動ばかりするので、単眼巨鬼を追い払うだけならば難しくない。大きな眼を、弩弓や魔法で狙えばいいのだ。
ただし、その後に単眼巨鬼は嵐のように暴れる。
周囲にどれだけの被害が出るかは、完全に運任せになってしまう。
下手をすれば、強固な壁に守られた街だって廃墟にされかねない。たった一匹でも国を傾けかねない、”準災害級”の魔物だ。
だから単眼巨鬼が現れたというだけで、街全体が大騒ぎになっていた。
兵士は負傷者の救助を行いつつ、出撃の準備にも追われている。住民たちは我先に逃げようとしたり、喚きながら神に祈ったり、混乱している者ばかりだ。
「いまのところ、治療の手は足りてるんですよね?」
「ああ。発見も早かったおかげで、死者も出ていない」
兵士から報告を受けたエキュリアも、城壁の上へと駆けてきた。
ひとまず被害は少ないようで、スピアはほっと胸を撫で下ろす。もしも大惨事になっているのなら、急いでシロガネを呼び寄せるつもりだった。
「スピア……その、なんだ……こういうことを尋ねるのは、騎士として恥ずかしく、また申し訳なくも思うのだが……」
「え? こんな時に、いやらしい質問ですか?」
「違う! なんでそうなる!?」
怒鳴られて、スピアは微かに頬を染めたまま目を逸らす。
恥ずかしいという言葉に、いやらしいことを連想してしまうのも仕方ない。
それに言いよどむエキュリアの仕草は、女の子であるスピアから見ても艶っぽかったのだ。さすがは天然のくっころさん、と褒め称えたいくらいに。
そう思うスピアだけど、反論するのは薮蛇になりそうなのでやめておいた。
「ともかくだ。おまえの力なら、単眼巨鬼もどうにか出来るかと思ったのだが……」
「そうですねえ……」
頬に手を当てながら、スピアはちらりと横へ視線を向けた。
そこにはぷるるんがいて、なにかを言いたげに黄金色の体を揺らしている。
「ぷるるんのフルバーストなら倒せると思います」
「ふるばー……?」
「新技です。凄いですよ」
「待て。その名前だけで、なにやら物騒な予感がするぞ」
畏怖の混じったエキュリアの眼差しを、ぷるるんは呑気そうに揺れて受け流す。
仮にも王様だ。
あんなデカイだけの魔物など我の敵ではない―――、
黄金色の塊は、そう泰然と構えているように見えなくもなくもない。
「頼るのはどうにも不安が残るのだが……しかしキングプルンと相性が良いのは確かだな。単眼巨鬼は、魔法も使わん」
「そうですね。でも、折角ですから……」
スピアはまた視線をずらす。
ぷるるんの影に隠れるようにして、ユニがしゃがみ込んでいた。古びた杖を握り込んだまま、ガタガタと震えている。
表情だけは眠たげなままなのは、いっそ見上げたものだろう。
「……わ、私は最強ー。最強の魔術師ー。サイクロプスなんて怖くないー……」
「……あ、こっちへ向かってくるみたい」
「い、ぃぃ―――!!?」
わたわたと、ユニは四つん這いのまま逃げ出そうとする。
けれどぷるるんにローブの裾を掴まれて引き戻された。
「大丈夫。冗談だから安心して」
「……わ、分かっていた。私は冷静。怯えてもいない」
涙目になっているユニを宥めて、スピアは単眼巨鬼の様子を窺う。
こうして呑気に話をしていられるのも、暴力的なはずの魔物が動いていないからだ。街の外、弓矢も届かないほどの距離を置いて、ぼんやりと立っている。大きな口元は吊り上がっているので、住民の慌てる様子を楽しんでいるのかも知れない。
「知性がない、って感じじゃないですね?」
「言われてみると、確かに妙だな。しかし……」
エキュリアも単眼巨鬼を観察しつつ、まだ震えているユニへ目を向けた。
「攻撃する機会かも知れん。強力な魔法が撃てるならば、試してみるべきだろう」
「う……」
期待の眼差しを受けて、ユニは冷や汗を浮かべる。
それでも今度は逃げ出さなかった。しばらく杖に寄り掛かるようにして震えていたけれど、やがて顔を上げて、大きく息を吸い込む。
「……分かった。サイクロプスでもオーガーでも、私の殲滅魔法の敵ではない」
「サイクロプス・オーガーですけどね」
「いずれにせよ、やるならば早い方がいい。時間が掛かれば、先に兄上たちが出撃してしまう」
相手はまだ離れているが、そこらの木や岩を投げてくるだけでも脅威になる。いつまでも放置はしておけない。
門の辺りに兵士たちが集まり、投石器なども運ばれていた。
先のオーク襲撃でも鍛えられた兵士たちだ。テキパキと行動している。
それでも、単眼巨鬼に正面から挑めば犠牲は避けられない。早々に仕留められる手段があるのならば、そちらに頼った方が利口だろう。
「私が行って、こちらの事情を伝えてこよう。それで出撃は待ってもらえるはずだ。無理そうな時は伝えてくれ」
「分かりました。トマホークもいますし、こちらは任せてください」
「……本当は、おまえを一人にするのが一番心配なのだがな」
そう言って苦笑を零すと、エキュリアは階段を駆け下りていった。
後に残されたスピアは、ユニの肩をぽんと叩く。
「それじゃあユニちゃん、派手にやっちゃおう」
「……うん。やる。やれる。たぶん、やってみせりゅ―――」
ユニが杖を構えようとした途端に、単眼巨鬼が大声を上げた。
威嚇するような吠え声は、辺り一帯をビリビリを震えさせる。
「ひぃ―――!?」
頭を抱えたユニは、ぷるるんの下に逃げ込もうとする。
こうして、巨大な鬼と小さな魔術師の戦いは幕を開けた。
足を震えさせながらも、ユニは杖を構える。
古びた杖には三つの魔石が埋め込まれていて、そこに魔力が蓄えられている。
紫妖族であり、他の人種より保有魔力量は多いユニだが、極光殲滅魔法を使うには足りない。その不足分を魔石で補うのだ。
杖だけでなく、複雑な装飾のされた首飾りも身につけていた。
「……あの、スピア……いざっていう時は……」
「大丈夫。骨は拾ってあげるから」
「うん……いや、そうではない。ぷるるんで守って欲しい」
涙目のユニに、スピアはぐっと親指を伸ばして拳を掲げる。
応援したい気持ちに揺らぎはない。
ぷるるんも、委細承知!、と言うように力強く震えてみせた。
「……信じる。怖いけど、でも……私ならやれる」
杖を握る手に力を込めて、ユニはそっと目蓋を伏せた。
仄かな魔力の光が杖の先から浮かぶ。無数の光粒が、踊るように溢れてくる。
「すべての白より眩い光 すべての暗闇を貫く鋭刃 其は破壊の魂を満たすもの
満たせ 照らせ 降臨せよ 塵の一粒まで殲滅する極光よ―――」
呪文詠唱。それは音に合わせて魔力を躍らせる儀式だ。
正確な音を刻み、必要な魔力を注ぎ込むことで魔法効果を発動させられる。
極光殲滅魔法の呪文は少々特殊だが、基本は他のものと同じだ。
だから、詠唱を途切れさせたら効果を得られないのも同じで―――。
「いま 我が呼び掛けに応えぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ―――!?」
悲鳴を上げたユニの眼前に、大きな樹木が迫る。
単眼巨鬼が引っこ抜いたものを投げつけてきたのだ。そのままだったら、ユニは叩き潰されていただろう。
けれど、ぷるるんがいた。跳び上がって樹木を受け止める。
街の外壁を壊すほどの衝撃を、ぽよん、と弾き返した。
ゆっくりと空中を舞った樹木は、壁の外へと落ちる。
普通なら有り得ない光景に、周囲で警戒していた兵士や、攻撃してきた単眼巨鬼まで、ぽかんと口を開いて固まっていた。
当然ながら、ユニもへたり込んだまま呆気に取られている。
「ほら、ユニちゃん、大丈夫だよ。落ち着いてもう一回……?」
尻餅をついたユニへ、スピアは手を伸ばした。だけど首を傾げて止まる。
ほわほわと、湯気が立ちのぼってきた。
「……こ、腰が抜けた……」
ユニは石畳に手をついたまま気づいていない。
その服の裾、とりわけ股間あたりが濡れているのを。
スピアも見なかったことにして優しげな笑顔を浮かべる。
どうやら第一戦は、ユニの精神的敗北のようだった。