告白する簀巻き
テーブルに手をついて、スピアは頭を下げた。
「ごめんなさい。悪趣味な冗談でした」
ユニに対して勝手な物語を作ったことだ。
平和な世界なら、「そんなことあるか!」で済んだだろう。
けれどこの世界は、すぐ隣に不幸が溢れている。
それをスピアは忘れていた。だから素直に反省して、頭を下げる。
「……? ない。謝られることなんて、なにも……」
「でも、傷つけるような話をしちゃったし……」
とん、とスピアの腕が小突かれた。
隣に座っていたエキュリアが、にやりと笑って肘を当てていた。
「おまえも、素直に謝れるのだな。意外すぎて驚きだぞ」
「む……エキュリアさんは誤解してます。わたしはいつだって素直ですよ」
唇を尖らせて反論する。
珍しくペースを崩されているスピアに、エキュリアは優しげに頷いた。
「ああ、そうだな。悪かった。私も謝るから、それで水に流してくれ」
気遣いだったのだろう。
ユニはぼんやりとした表情のままだったけれど、口元には微かな笑みが滲んでいた。
スピアも軽く会釈をすると、その流れに甘えることにした。
「……いくつか訂正。さっきの話、だいたい合ってると言ったけど……」
一息ついたところで、ユニが控えめに手を上げた。
エキュリアもスピアも頷いて、話を促す。
「紫妖族は、ほとんどが東の島国に住んでる。これは大陸でも知られてるはず」
「そうだな。海を挟んで、一定の交流はあると聞いている」
大陸にいる紫妖族というのは珍しい。船を使っての交流はあっても、国家としての付き合いがあるくらいだ。魔法技能に長けているので、一部の者がその技術を伝えに来たりしている。
だから、強引に転移させられたという話にも説得力が生まれていた。
「転移させられたのは、その通り。ただ、師匠の老魔術師はいない」
「ふむ。ならば、いったい誰が……」
「……両親の所業。嫌がる私を簀巻きにして、無理矢理に転移してくれやがった」
「は……?」
呆気に取られるエキュリアの前で、ユニはぐぐっと拳を握って項垂れた。
小刻みに肩を震えさせる。どうやら怒りを堪えているらしい。
「……外道。そして非道。いきなり何処とも分からない荒野に転がされて、本当に死ぬかと思った」
「あー……まあ確かに、なかなか有り得ぬ話だが……」
エキュリアは言葉を濁す。
普通に考えれば、親が子にするとは思えないほどに酷い所業だ。けれど一方だけの話を鵜呑みにはできないし、なにより、エキュリアは妙な予感を覚えた。
これまでスピアに振り回されてきたからだろうか。
どうにも、頭が痛くなる予感がするのだ。
「ほんのちょっと、お城を爆破しちゃっただけなのに。私は悪くない」
「ちょっとで済むか! 国から追われる大罪人ではないか!」
エキュリアは声を荒げて立ち上がる。
自白した犯人は、すぐさま拘束された。
縄で縛られ、猿轡も噛まされて、ユニは食堂の床に転がされた。
「ん~、んん~!!」
芋虫のようにもがく。
その姿にちょっぴり同情を覚えたスピアだが、だからといって助ける訳にもいかない。すぐに処刑されるでもないので、ひとまず様子を見ることにした。
魔術師というのは油断ならない。
杖を取り上げ、口を封じても、無詠唱で魔法を放ったりもする。その一撃で状況が逆転することもある。
だからエキュリアも、険しい眼差しをユニへ向けていた。
「でも、話くらいは聞いてあげてもいいと思います」
「散々に掻き回したおまえが言うか?」
鋭く切り返されて、スピアはそっぽを向く。顎に手を乗せて難しい顔も作ってみた。でも、それは逆効果だったらしい。
ビキリ、とエキュリアが眉間に皺を寄せる。
握った拳を、スピアのコメカミにぐりぐりと捻じ込んだ。
「いたいいたい。エキュリアさん、すとっぷです!」
「いいか、城を爆破したと言ったんだぞ。どこの国であろうと大罪だ。それを、騎士である私が見過ごせると思うのか!?」
「むぅ。そう言われると、縛り首でも正しい気がします」
「そ、それは、困る」
床から声が上がる。
懸命にもがいたユニが、器用に猿轡を外していた。
「私だって、わざとお城を壊したんじゃない。事故で、殲滅魔法が暴走して、だから島流しで済んだ」
「島流しっていうより、大陸流しですよね?」
「どちらでもいい……しかしその話が本当ならば、すでに罰は受けているということか」
エキュリアは纏っていた緊迫感を僅かに緩める。
娘の極刑を避けるために両親が密かに逃がした、というなら見過ごせないところだった。たとえ国の枠を越えても、罪人は罪人だ。住民として認めるには特別な許可が必要になる。
「……荒野に放り出された私は、まず北によるアルヘイスの街に辿り着いた。そこで魔法薬作りをして、しばらくは糧を得ていた。一応、冒険者ギルドにも入って……立派な魔術師になるのが目標、というのもスピアが言ったとおり。いつか、大手を振って故郷へ帰るつもり」
「む。これは噂に聞く、唐突な自分語りですね」
「混ぜっ返すな! それに、この屋敷に来た経緯は聞いておくべきだ」
怒られて、スピアは両手を自分の口に当てる。
茶々を入れられたユニだが、真剣な表情のまま話を続けた。
「……魔物討伐……魔術師として認められるには、それが一番だと考えた」
「そうなんですか?」
「まあ間違ってはいないな。魔物の巣を強力な魔術で一掃して、そこに作られた街もあるくらいだ。その魔術師はいまでも英雄として讃えられている」
銅像とか建てられてるのかなあ、とスピアは想像した。
ともかくも、ユニが憧れても無理はない。
英雄とまで讃えられる魔術師になれば、故郷への凱旋も叶うだろう。
そして極光殲滅魔法が使えるというなら、その機会はあった。
つい先日までは。
「この街がオークの軍勢に襲われていると聞き、駆けつけてきてくれたのか」
「……そう。私の殲滅魔法なら、何千もの魔物でも一掃できる」
屋敷の門衛から事実を聞き、緊張の糸が切れて、空腹で倒れたという訳だ。
スピアはちょっぴり後ろめたさを感じてしまう。
もしもスピアが行動しなければ、ユニの活躍によってオークの軍勢は倒されていたかも知れない。英雄が生まれる可能性を潰してしまったとも言える。
故郷へ帰れた可能性、と考えるとスピアの胸がちくりと痛んだ。
帰りたくても帰れないのは、スピアも同じだから。
とはいえ、罪悪感というほどのものでもない。
指で引っ掻かれた程度の後ろめたさ。
それも、すぐに消えた。
「まあ、魔法が上手く発動すればの話だったけど……」
「おい。いまなんと言った?」
「……なにも。私の殲滅魔法は最強」
きりっ、とユニは顔を引き締めて断言する。
けれど縛られたままでは、格好がつくはずもなかった。
エキュリアは白けた眼差しを向けて、やれやれと息を落とす。
「我が領地でも、有能な魔術師は迎え入れたいところだ。しかし紫妖族というだけでは、父に紹介するワケにもいかん」
それに、とエキュリアはまじまじとユニを観察する。
「おまえは、まだ子供ではないか。紫妖族については詳しくないが、成人すると正しく妖艶な姿になると聞いているぞ。体格に恵まれた者ほど、魔法にも長けているという話もあったぞ?」
「ぅ……それは、きっと迷信。個人差による」
「……何故、同じ紫妖族のおまえが”きっと”などと自信なさげに言う?」
ユニは虚空に視線を彷徨わせる。
どうやらまだ言いたくないことを抱えているらしい。
怪しさたっぷりだったが、それでもスピアは助け舟を出すことにした。
「まあ待ってください。折角、わざわざ街まで来てもらったんです。ここはひとつ、実力を見せてもらったらどうですか?」
一介の平民からの申し出など、本来なら取り合いもしないところだ。
おまけにいまは領地が騒がしく、エキュリアも暇ではない。
けれど極光殲滅魔法というのは気になった。
歴史上でも数名しか使いこなせなかったという強力な魔法だ。もしもユニの言葉が本当ならば、ここで置き捨てるのは惜しい。
スピアが提案したことで、”領内の有力者からの紹介”という形も整った。
「わたしも、その殲滅魔法っていうのには興味があります」
領地のため、といった深い考えはスピアにはない。
ただ、ユニを応援したくなった。
結果的に間に合わなかったとはいえ、ユニはこの街にやって来てくれた。
逃げ出す住民も多かった街に、危険を覚悟してまで。オークに捕まればどんな目に遭わされるか、ユニだって承知していたはずなのに。
そこには自分の目的もあっただろう。
だけど、行動の根底には確かな善意もあったはず―――、
そう信じたからこそ、スピアは強い眼差しで訴えた。
「そうだな……スピアが言うのならば無碍にもできん。これも何かの縁か」
甘い判断だな、とエキュリアは苦笑を零す。
また仕事が増えることになるのだが、そちらは気にも留めていない。領地が危機に陥っていた時と比べれば、苦労とも言えなかった。
「何処か広い場所で見せてもらえばよいだろう。まさか実際に、街を脅かすほどの魔物などそうそう現れるはずもないし……」
そう言い掛けた時だ。
ゴォン!、と落雷にも似た重い衝撃音が響いてきた。
まるで街全体を震え上がらせるような、凄まじい轟音だった。
「な、何事? 逃げる? 逃げるべき? 逃げるしかない?」
「お、落ち着け。迂闊に動くな」
「……エキュリアさんが、壮大なフラグを立てた気がします」
只事ではないと察して、スピアも真剣な顔になる。素早くユニの拘束を解くと、ひとまず三人は食堂の外へと出た。
すぐに伝令の兵士が屋敷へ駆け込んでくる。
そうして告げられた。
「ほ、報告します! 外に、巨大な魔物が……単眼巨鬼が現れました!」
その言葉に、エキュリアとユニは揃って蒼褪めた顔をした。