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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
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告白する簀巻き

 テーブルに手をついて、スピアは頭を下げた。


「ごめんなさい。悪趣味な冗談でした」


 ユニに対して勝手な物語を作ったことだ。

 平和な世界なら、「そんなことあるか!」で済んだだろう。

 けれどこの世界は、すぐ隣に不幸が溢れている。

 それをスピアは忘れていた。だから素直に反省して、頭を下げる。


「……? ない。謝られることなんて、なにも……」

「でも、傷つけるような話をしちゃったし……」


 とん、とスピアの腕が小突かれた。

 隣に座っていたエキュリアが、にやりと笑って肘を当てていた。


「おまえも、素直に謝れるのだな。意外すぎて驚きだぞ」

「む……エキュリアさんは誤解してます。わたしはいつだって素直ですよ」


 唇を尖らせて反論する。

 珍しくペースを崩されているスピアに、エキュリアは優しげに頷いた。


「ああ、そうだな。悪かった。私も謝るから、それで水に流してくれ」


 気遣いだったのだろう。

 ユニはぼんやりとした表情のままだったけれど、口元には微かな笑みが滲んでいた。

 スピアも軽く会釈をすると、その流れに甘えることにした。


「……いくつか訂正。さっきの話、だいたい合ってると言ったけど……」


 一息ついたところで、ユニが控えめに手を上げた。

 エキュリアもスピアも頷いて、話を促す。


「紫妖族は、ほとんどが東の島国に住んでる。これは大陸でも知られてるはず」

「そうだな。海を挟んで、一定の交流はあると聞いている」


 大陸にいる紫妖族というのは珍しい。船を使っての交流はあっても、国家としての付き合いがあるくらいだ。魔法技能に長けているので、一部の者がその技術を伝えに来たりしている。

 だから、強引に転移させられたという話にも説得力が生まれていた。


「転移させられたのは、その通り。ただ、師匠の老魔術師はいない」

「ふむ。ならば、いったい誰が……」

「……両親の所業。嫌がる私を簀巻きにして、無理矢理に転移してくれやがった」

「は……?」


 呆気に取られるエキュリアの前で、ユニはぐぐっと拳を握って項垂れた。

 小刻みに肩を震えさせる。どうやら怒りを堪えているらしい。


「……外道。そして非道。いきなり何処とも分からない荒野に転がされて、本当に死ぬかと思った」

「あー……まあ確かに、なかなか有り得ぬ話だが……」


 エキュリアは言葉を濁す。

 普通に考えれば、親が子にするとは思えないほどに酷い所業だ。けれど一方だけの話を鵜呑みにはできないし、なにより、エキュリアは妙な予感を覚えた。


 これまでスピアに振り回されてきたからだろうか。

 どうにも、頭が痛くなる予感がするのだ。


「ほんのちょっと、お城を爆破しちゃっただけなのに。私は悪くない」

「ちょっとで済むか! 国から追われる大罪人ではないか!」


 エキュリアは声を荒げて立ち上がる。

 自白した犯人ユニは、すぐさま拘束された。








 縄で縛られ、猿轡も噛まされて、ユニは食堂の床に転がされた。


「ん~、んん~!!」


 芋虫のようにもがく。

 その姿にちょっぴり同情を覚えたスピアだが、だからといって助ける訳にもいかない。すぐに処刑されるでもないので、ひとまず様子を見ることにした。


 魔術師というのは油断ならない。

 杖を取り上げ、口を封じても、無詠唱で魔法を放ったりもする。その一撃で状況が逆転することもある。

 だからエキュリアも、険しい眼差しをユニへ向けていた。


「でも、話くらいは聞いてあげてもいいと思います」

「散々に掻き回したおまえが言うか?」


 鋭く切り返されて、スピアはそっぽを向く。顎に手を乗せて難しい顔も作ってみた。でも、それは逆効果だったらしい。

 ビキリ、とエキュリアが眉間に皺を寄せる。

 握った拳を、スピアのコメカミにぐりぐりと捻じ込んだ。


「いたいいたい。エキュリアさん、すとっぷです!」

「いいか、城を爆破したと言ったんだぞ。どこの国であろうと大罪だ。それを、騎士である私が見過ごせると思うのか!?」

「むぅ。そう言われると、縛り首でも正しい気がします」

「そ、それは、困る」


 床から声が上がる。

 懸命にもがいたユニが、器用に猿轡を外していた。


「私だって、わざとお城を壊したんじゃない。事故で、殲滅魔法が暴走して、だから島流しで済んだ」

「島流しっていうより、大陸流しですよね?」

「どちらでもいい……しかしその話が本当ならば、すでに罰は受けているということか」


 エキュリアは纏っていた緊迫感を僅かに緩める。

 娘の極刑を避けるために両親が密かに逃がした、というなら見過ごせないところだった。たとえ国の枠を越えても、罪人は罪人だ。住民として認めるには特別な許可が必要になる。


「……荒野に放り出された私は、まず北によるアルヘイスの街に辿り着いた。そこで魔法薬作りをして、しばらくは糧を得ていた。一応、冒険者ギルドにも入って……立派な魔術師になるのが目標、というのもスピアが言ったとおり。いつか、大手を振って故郷へ帰るつもり」

「む。これは噂に聞く、唐突な自分語りですね」

「混ぜっ返すな! それに、この屋敷に来た経緯は聞いておくべきだ」


 怒られて、スピアは両手を自分の口に当てる。

 茶々を入れられたユニだが、真剣な表情のまま話を続けた。


「……魔物討伐……魔術師として認められるには、それが一番だと考えた」

「そうなんですか?」

「まあ間違ってはいないな。魔物の巣を強力な魔術で一掃して、そこに作られた街もあるくらいだ。その魔術師はいまでも英雄として讃えられている」


 銅像とか建てられてるのかなあ、とスピアは想像した。

 ともかくも、ユニが憧れても無理はない。

 英雄とまで讃えられる魔術師になれば、故郷への凱旋も叶うだろう。


 そして極光殲滅魔法が使えるというなら、その機会はあった。

 つい先日までは。


「この街がオークの軍勢に襲われていると聞き、駆けつけてきてくれたのか」

「……そう。私の殲滅魔法なら、何千もの魔物でも一掃できる」


 屋敷の門衛から事実を聞き、緊張の糸が切れて、空腹で倒れたという訳だ。


 スピアはちょっぴり後ろめたさを感じてしまう。

 もしもスピアが行動しなければ、ユニの活躍によってオークの軍勢は倒されていたかも知れない。英雄が生まれる可能性を潰してしまったとも言える。


 故郷へ帰れた可能性、と考えるとスピアの胸がちくりと痛んだ。

 帰りたくても帰れないのは、スピアも同じだから。


 とはいえ、罪悪感というほどのものでもない。

 指で引っ掻かれた程度の後ろめたさ。

 それも、すぐに消えた。


「まあ、魔法が上手く発動すればの話だったけど……」

「おい。いまなんと言った?」

「……なにも。私の殲滅魔法は最強」


 きりっ、とユニは顔を引き締めて断言する。

 けれど縛られたままでは、格好がつくはずもなかった。

 エキュリアは白けた眼差しを向けて、やれやれと息を落とす。


「我が領地でも、有能な魔術師は迎え入れたいところだ。しかし紫妖族というだけでは、父に紹介するワケにもいかん」


 それに、とエキュリアはまじまじとユニを観察する。


「おまえは、まだ子供ではないか。紫妖族については詳しくないが、成人すると正しく妖艶な姿になると聞いているぞ。体格に恵まれた者ほど、魔法にも長けているという話もあったぞ?」

「ぅ……それは、きっと迷信。個人差による」

「……何故、同じ紫妖族のおまえが”きっと”などと自信なさげに言う?」


 ユニは虚空に視線を彷徨わせる。

 どうやらまだ言いたくないことを抱えているらしい。

 怪しさたっぷりだったが、それでもスピアは助け舟を出すことにした。


「まあ待ってください。折角、わざわざ街まで来てもらったんです。ここはひとつ、実力を見せてもらったらどうですか?」


 一介の平民からの申し出など、本来なら取り合いもしないところだ。

 おまけにいまは領地が騒がしく、エキュリアも暇ではない。


 けれど極光殲滅魔法というのは気になった。

 歴史上でも数名しか使いこなせなかったという強力な魔法だ。もしもユニの言葉が本当ならば、ここで置き捨てるのは惜しい。

 スピアが提案したことで、”領内の有力者からの紹介”という形も整った。


「わたしも、その殲滅魔法っていうのには興味があります」


 領地のため、といった深い考えはスピアにはない。

 ただ、ユニを応援したくなった。


 結果的に間に合わなかったとはいえ、ユニはこの街にやって来てくれた。

 逃げ出す住民も多かった街に、危険を覚悟してまで。オークに捕まればどんな目に遭わされるか、ユニだって承知していたはずなのに。


 そこには自分の目的もあっただろう。

 だけど、行動の根底には確かな善意もあったはず―――、

 そう信じたからこそ、スピアは強い眼差しで訴えた。


「そうだな……スピアが言うのならば無碍にもできん。これも何かの縁か」


 甘い判断だな、とエキュリアは苦笑を零す。

 また仕事が増えることになるのだが、そちらは気にも留めていない。領地が危機に陥っていた時と比べれば、苦労とも言えなかった。


「何処か広い場所で見せてもらえばよいだろう。まさか実際に、街を脅かすほどの魔物などそうそう現れるはずもないし……」


 そう言い掛けた時だ。

 ゴォン!、と落雷にも似た重い衝撃音が響いてきた。

 まるで街全体を震え上がらせるような、凄まじい轟音だった。


「な、何事? 逃げる? 逃げるべき? 逃げるしかない?」

「お、落ち着け。迂闊に動くな」

「……エキュリアさんが、壮大なフラグを立てた気がします」


 只事ではないと察して、スピアも真剣な顔になる。素早くユニの拘束を解くと、ひとまず三人は食堂の外へと出た。


 すぐに伝令の兵士が屋敷へ駆け込んでくる。

 そうして告げられた。


「ほ、報告します! 外に、巨大な魔物が……単眼巨鬼サイクロプス・オーガーが現れました!」


 その言葉に、エキュリアとユニは揃って蒼褪めた顔をした。



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