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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
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小さな魔術師と焼き魚

 ごりごりと、鈍い音が繰り返されている。

 ごりごり、ごりごり、ごりごり……ちょっと休憩して、すり鉢をまた擦る。


「ユニ、手を止めるんじゃないよ」


 ほんの一呼吸休んだだけなのに叱咤が飛んできた。

 小さく頷いて、少女ユニは薬草をすり鉢で擦り続ける。


 不満はあるけれど文句は言えない。ユニはどれほど苦労しようとも、立派な魔術師になると心に誓った。父母が遺してくれたローブと三角帽子、それとボロボロの杖を肌身離さずに持っているのは、その誓いを忘れないためだ。


 立派な、一人前の魔術師となり、父母の仇を討つ―――、

 そのために師匠である老魔術師の理不尽な仕打ちにも、唯々諾々と従っていた。

 見た目は皺だらけの老婆で、ユニが小突いただけでも息を引き取りそうだ。けれど彼女は、魔法を得意とする紫妖族の中でもとりわけ腕が立つ。かつては国一番の魔術師とも言われて、その弟子にしても宮廷魔術師となる者が何名もいた。


 遠縁とはいえ、ユニはこの老魔術師の血縁にあった。

 それは幸運だったのだろう。

 ただ、老魔術師は才能の無い者にはトコトン厳しかった。


「ふん。薬を作る腕だけは、少しはマシになったようだね」


 元より曲がっていた腰をさらに屈めて、老魔術師は目を細めた。

 大きな鍋を満たした紫色の液体に指を伸ばして一舐めすると、つまらなそうに息を吐く。


「あと鍋二つ分作っておきな」


 言われるまま、ユニは材料を鍋へと入れていく。

 そうして掻き回しながら魔力を注ぐ。均一に魔力を注がないといけないので、魔術師にとって基本的な訓練になる。

 とはいえ、肉体的な疲労の方が大きい。

 腕の感覚がなくなるまで薬の調合をして、ようやく休息を許された。


「さっさと食事も作りな。言われなきゃ出来ないんだから、まったくグズだよ」


 調合室から出ると、クスクスと嘲笑が聞こえた。

 ユニが暮らしているのは、老魔術師の屋敷だ。他にも数名の弟子が共に暮らしている。まだ術式のひとつさえ満足に使えないユニは、いつも嘲笑の的だった。

 才能のある者なら、呪文を知っただけでもその術式を使いこなせる。

 客観的に見ても、ユニに魔法の才能がないのは明らかだった。


「さっさと出て行けばよろしいのに」

「本当にね。どこまで厚顔無恥なのかしら」

「田舎者だから、何が恥かも分からないのよ」


 そんな声を聞きながら、ユニは食事の支度や、掃除や洗濯といった仕事もこなしていく。皆が食事をした後片付けもして、残り物のパンとスープで空腹を満たす。

 自室に戻る頃には、へとへとですぐにでも眠ってしまいたくなる。


 重い目蓋を擦りながら、ユニは枕元にある魔法書を開いた。

 月明かりを頼りに読み進める。眠るまでの短い時間だけが、魔術師として学ぶ機会だった。

 この屋敷を出て行けば、魔法書を読むことさえ叶わなくなる。

 どれだけ辛くても、ユニには堪える以外の選択肢はなかった。


「……我慢……絶対に、立派な魔術師になる……」


 自分に言い聞かせながら、僅かに残った魔力を使って練習に励む。

 涙が零れそうになるのけれど、ぐっと唇を噛んで堪えた。

 ユニの伏し目がちな表情は、この頃に染み付いたのだろう。周囲からの嘲笑を見たくないから、ぼんやりとした眼差しをするようになった。余計なことを言えば叱られるから、声を絞るようになった。


「……お母さんも言ってた。私には、凄い才能がある……」


 先には暗闇しか見えないような過酷な日々―――、

 それは唐突に終わりを迎えた。


 魔物の侵攻によって、ユニが暮らす王国は存亡の危機に陥った。

 王都の壁を押し潰さんと迫り来る軍勢。その先頭に立つのは、城壁を越えるほどに巨大な魔物。竜と狼と山羊の頭を持ち、虫の足を生やした異形だった。

 その異形には剣も矢も効かず、魔法も尽くが掻き消された。

 ユニの師である老魔術師も打つ手がなく、忌々しげに顔を歪めるばかりだ。


 もう城壁も破られる。

 そんな時に、ユニの中に眠っていた力が目を覚ました。

 ドクン、と。

 胸の奥から膨大な魔力が湧き上がってくる。


「奇跡……ううん、違う。お母さんとお父さんが力を貸してくれてる。これまでの努力は無駄じゃなかった……」


 自身の内から溢れる魔力に導かれるように、ユニの口は呪文を紡ぎ出した。

 城壁の上から太い光が放たれる。あらん限りの魔力を注ぎ込んだ一撃は、正しく奇跡のように、魔物の軍勢を薙ぎ払った。これまですべての魔法を打ち消してきた異形の魔物も、ユニの一撃の前にはあっけなく滅ぼされた。


 誰も彼もが呆然としていた。何が起こったのか理解できなかった。

 そんな中で、老魔術師が真っ先に動いた。


「見たかい! これが私のとっておきの秘術だよ!」

「え……?」


 ユニも呆気に取られる。

 と同時に、魔法で作られた縄で拘束されていた。あっという間に全身を縛られて、声も上げられず、もがくことも叶わない。


 手柄の横取り―――、

 そう理解しても、ユニにはどうすることもできなかった。


「さあ、もっと讃えるんだよ。救国の英雄である、この私の名を―――」


 老魔術師の名を、皆が呼び讃える。

 ユニは愕然としていたが、その目蓋はゆっくりと閉じていく。限界以上の魔力を使ったために、意識を保っているのも難しかった。

 ただ、暗闇に飲み込まれていくなかで、皺がれた笑声が聞こえた。


「くかかっ、ユニ、おまえは本当に愚かな弟子だったねえ。両親の仇である私を信じて、こんな贈り物までくれたんだから」


 歓声が轟くなかで、ユニだけは絶望に突き落とされて意識を失った。

 その後、気づくと荒野に放り出されていた。

 恐らくは老魔術師によって転移させられたのだろう。両親の形見である装備一式があったのは、奇跡か、それとも老魔術師による悪意なのか。


 訳も分からないまま、ユニは疲れきった体を起こして歩き出した。

 まだ死ねない。誓いを果たしていない。

 そして、両親の仇も討たなければならない。

 執念にも近い想いを支えに、ユニはようやく街に辿り着く。

 このクリムゾンの街で、運命的な出逢いが待っているとも知らずに―――、











「―――っていう物語があったと思うんです」

「想像か! 私の涙を返せ!」


 怒鳴り声とともに、エキュリアがテーブルを叩く。

 スピアは目を逸らしつつ、焼き魚に箸を入れた。

 パリッと皮が割れる。綺麗な白身が姿を現す。元より漂っていた芳ばしい香りと、脂の乗った匂いが混じり合った。

 焦げて粒の大きくなった塩を軽く乗せて、弾力のある身を口へと運ぶ。

 魚の旨味がじんわりと口の中に広がった。


 スピアはうっとりと目を細めながら、白く炊けたご飯にも箸を伸ばす。

 味噌は手に入らなかったけれど、お米はダンジョン魔法の召喚で調達できた。


「んん~、懐かしい味です。やっぱりお米は魂の食べ物ですね」


 ぱくぱくと、スピアは箸を進めていく。

 部屋にも芳ばしい香りが充満していた。実に美味しそうな食べっぷりを見せられて、エキュリアもごくりと唾を呑む。


 テーブルの上には、エキュリアの分の焼き魚も並べられていた。

 ここは厨房と隣接した、使用人のための小食堂だ。屋敷の豪華な食卓よりも落ち着くからと、スピアが使わせてもらっている。

 狭い部屋であるため、食欲をそそる香りからの逃げ場はない。

 我を喰らえ!、と焼き魚が囁いてくるようだ。


「ま、まあ、悪い魔術師に苦しめられた者がいなかったのは良いことだな」


 咳払いをひとつして、エキュリアはフォークを手に取る。


「折角であるし、冷める前にいただくとしよう。しかし後で、ちゃんと話は聞かせてもらうからな」


 丁寧に魚をほぐして口へ運ぶ。簡素だが新鮮な味わいは、エキュリアの緊張もほぐしていった。

 小さなテーブルを囲んで、”三人”は夢中で食事を進めていく。


 スピアとエキュリアと、屋敷の前で倒れていた少女―――、

 ユニチャン、と彼女は名乗った。

 大陸では珍しい響きだが、紫妖族では由緒正しい名前らしい。

 青味がかった黒髪は短めに整えられている。十四歳という年齢にしては、小柄な体型をしている。というか、全体的に小さい。スピアよりは幾分か身長が高いけれど、ローブも三角帽子もぶかぶかだ。


 魔術師に憧れて仮装している子供にも見える。

 本人が言うには、極光殲滅魔法を使える凄腕の魔術師であるらしい。

 けれどいまは、夢中でお粥をむさぼっている。欠食児童にしか見えない。


「……美味。美味しい。人の情けが体中に染み渡る……」


 目蓋は眠たそうに半分閉じているけれど、金色の瞳は食欲に輝いていた。

 ちらちらと焼き魚にも視線を送る。

 けれど手を伸ばそうとすると、スピアが「めっ!」と怒る。

 意地悪ではない。腹ペコだったユニには、消化によい食べ物しか与えてはいけないのだ。胃がびっくりして、下手をすると命にも関わる。


 ちなみに、スピアの釣果はニジマスっぽいのが二匹と、アユっぽいのが一匹。

 いずれ蒲焼きになるウナギは大切に保管してある。

 二種類の焼き魚が、スピアの前には並んでいた。


「本当に意地悪じゃないんだよ」


 串焼きにしたアユっぽいのに齧りつきながら、スピアは厨房の方を指差す。


「いまリンゴも煮てるから。出来上がったら、ユニちゃんも一緒に食べよう」

「……感謝。この恩は忘れない」


 ぺこりと頭を下げて、淡白な口調で礼を述べる。そうしてユニはまたお粥を口へ運んだ。ようやく安心したのか、食べる勢いも落ち着いてきた。


 穏やかに食事は進む。

 ちょうど皿が空になる頃に、甘い匂いが漂ってきた。

 厨房から、ぷるるんがやって来る。リンゴを煮た鍋を乗せて。


「え……キングプルン?」

「ぷるるんだよ。わたしの友達」

「……びっくり。さすが大陸。常識がまるで違う……」

「いや、これを常識的な光景と思うのは間違っているからな」


 ほどよく煮えたリンゴを、スピアがそれぞれの皿に盛りつけていった。

 柔らかな甘味に、ユニもエキュリアもうっとりとして頬を緩める。

 蕩けるような味わいは、スピアにも満足できるものだった。


「酸っぱくなるかとも思ってましたけど、今回は上手に煮えました」

「……うん。ほっぺたが落ちそう」

「たしかにこれは美味いな。贅沢な味で……」


 と、エキュリアが手を止めた。

 きつく目蓋を伏せてから、ふぅっと息を吐く。


「あ~……なんだ、そろそろ話を聞かせてもらってもいいか?」

「蜂蜜を混ぜると、もっと柔らかくなるかも知れません」

「料理の話ではない! 彼女の、ユニの話だ!」


 美味しい料理に誤魔化されかけたエキュリアだが、本題を忘れてはいなかった。

 ばつの悪さを怒鳴り声で打ち消すと、あらためてユニを見据える。

 ユニの方は、フォークを咥えてぱちくりと瞬きを繰り返していた。


「……話?」


 小首を傾げたユニは、ひとつふたつと深呼吸をした。

 だけど抑揚のない口調は変わらない。


「……さっきスピアが語ったとおり。だいたい合ってる」

「え?」


 呆気に取られた声を漏らしたのはスピアだ。困惑顔のエキュリアと、ユニからも視線を向けられる。

 さすがにこれは予想外で―――、


 しばしの間を置いて、ぽん、とスピアは小さな手を打ち合わせた。

 胸を張って、得意気な顔を作る。


「思った通りです。わたしの予想は、だいたい当たるんですよ」

「誤魔化すな! え?、とか言ってただろう!」


 お腹が膨れたからか、エキュリアのツッコミも鋭さを取り戻していた。



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