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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
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騒動の種を拾っていくスタイル

 東門の兵士には自由時間が多い。

 つまりは、そこを往来する者が限られている。

 街道が伸びる先にある隣の領地と、少々マズい関係になっているからだ。相手側が行き来を制限しているため、物流も滞っている。


 だから暇な方がいい。

 事が起きる時は、厄介なものだと決まっている。

 門に立つ兵士は少なく、怠けて見えても、近くの詰め所にはそれなりの数の兵士が常駐していた。自由時間も実質は訓練に充てられている。

 見張り塔からも目を光らせているし、厄介事が起きれば即応できる態勢だった。


「しかし、こいつは予想外だなあ……」


 溜め息混じりに呟いて、熟年兵士はそれを眺めた。

 大型の馬車がふたつ並んでいる。

 ただの馬車ならば放っておいてもよいが、隣接領地であるワイズバーン侯爵領の紋章を掲げていた。


 乗り込んでいたのは全員、侯爵家に仕える騎士だ。

 けれど叩きのめされ、拘束された状態で、いまは兵士詰め所に留め置かれている。罪状は少女への殺人未遂だが、どうなるかはクリムゾン伯爵の判断待ちだ。


 襲われた方の少女は、騎士たちを転がすとさっさと立ち去ってしまった。

 平然とした様子で、「蒲焼きが待ってます」とか言っていた。


「あの子、無理矢理にでも止めた方がよかったんじゃ……?」


 新人兵士が躊躇いがちに問い掛ける。退屈な仕事からいきなり解放されて、どうしていいのか戸惑ってばかりだ。

 熟年兵士にしても、状況に流されるしかなかった。


「おまえ、キングプルンをなんとか出来るのか?」

「え? それは……無理っすね。攻撃魔法も初歩のしか使えないっす」

「なら大人しくしとけ。俺たちが命懸けになるのは、命令された時だけでいいんだ」


 肩をすくめて、熟年兵士は街の方へと目を向ける。


「……また騒動の予感がしやがる。まあ、俺の予感はハズレが多いんだがな……」


 項垂れて、ガリガリと頭を掻く。

 クリムゾンの街の東門は、今日もとりあえずは平和だった。








 街に戻ったスピアは、露天商を巡っていた。

 ぷるるんに乗った姿はとても目立つ。

 初めてこの街を訪れた者などは、慌てて兵士を呼ぼうともする。けれど街の住民、とりわけ店を構える者には馴染みの光景だ。

 近くの店主がすぐに説明をして、それを商売の切っ掛けにもしている。


 キングプルンは珍しいが、単純に「大きなプルン」としか認識せず恐れない者もいた。それに、従魔という存在は一般にも知られている。

 好奇心の強い子供などは、黄金色の塊に手を伸ばしたりもする。

 それを親に止められるのも、スピアにとってはもう慣れた光景だ。


 いつもなら子供に構ってあげたりもするのだけど、いまは露店の商品を睨んで難しい顔をしていた。


「やっぱり醤油はないかあ。折角の蒲焼きなのに……」


 うっかりしてた、とスピアは項垂れる。

 顔馴染みとなった食材店の店主が、不思議そうに首を捻った。


「そのショーユってのは、そんなに美味い調味料なのか?」

「美味しいっていうよりも、何にでも合うんです。それがあるだけで料理の幅もグンと広がって……でも無いんじゃ仕方ないですね」


 顔を上げたスピアは、ついでなので塩を購入する。

 ひとまず蒲焼きは我慢した。『倉庫』に入れておいて、醤油が手に入った時に取り出せばいい。時間まで止まる倉庫は容量が限られているけれど、蒲焼きには、貴重な空間を使うだけの価値が充分にあるのだ。

 必ず醤油を手に入れると誓いつつ、いまは魚の塩焼きを味わうことにする。


「あれ? 塩がけっこう値上がりしてます?」

「前々から少しずつな。東から入ってこなくなって、あちこちで苦労してる。いまは景気がいいが、南の方からも妙な噂がなぁ……」


 雑談を交わしつつ、他にも幾つか食材を買い込む。

 オークの一件で、スピアは多額の報奨金を得ていた。しばらくは好き勝手に散財しても困らない。


 店主に手を振って離れたところで、背後から声が投げられた。


「―――スピア!」


 馴染みのある声に振り返るとエキュリアがいた。数名の兵士を従えている。


「こんにちは。お仕事中ですか?」

「ああ。仕事は仕事なのだが……おまえにも関係している」

「わたしに? まあ、塩焼きならエキュリアさんの分もありますけど……」

「なんだそれは? 東の街道で騒動を起こしただろう。その件だ」


 詰め寄られて、スピアはむぅっと唇を捻じ曲げる。

 騒動と言われるだけの自覚はある。

 だけどスピアも、精一杯穏便に済ませようとしたのだ。


「あれは向こうがいきなり襲ってきたんですよ。ぷるるんが新技を覚えてなかったら危ないところでした」

「なにも責めようと言うのでは……待て、新技とは何だ?」

「ぷるるんシュートです」

「名前を言われても分からん、が……また非常識の予感がするぞ」


 エキュリアは額に手を当てながらも、じっとりとした眼差しを向ける。

 スピアはそっと目を逸らした。


「そりゃぁまあ鉄板も切り裂ける威力は予想外でしたけど……」

「おい、なにやら不穏な言葉が聞こえたぞ!」

「そうだ。あの人たちって、いったい何者だったんです?」


 あからさまな話題逸らしだったが、気掛かりだったのも事実だ。

 他領の騎士だというのはスピアも聞いた。けれど騎士にしては、配慮に欠けるというか、粗暴な態度だったようにも感じられた。


「なんだかエキュリアさん以外には、まともな騎士に会ってない気がします」


 思い返すと、スピアは自然と眉根を寄せてしまう。

 この街へ来るまでに会った近衛騎士二名は、ひどく下衆な人間だった。鎧を着ていなければ、夜盗と言われてもすんなりと信じられただろう。


 あとはエキュリアの兄であるラスクードか。

 悪い人間でないのは、スピアも承知している。だけど意地になって勝負を挑んでくるので、好感度は低かった。


「むう……そう言われるのも仕方ない部分もあるか。しかし騎士とは本来、心も磨いているものなのだぞ。民の盾となり、主君の剣となり、退かず、屈せず、常に正義を抱いているのが騎士なのだ」

「まるでエキュリアさんみたいですね」

「なっ、なな、なにを言っている!? 私など、まだまだで……」


 しどろもどろになって、エキュリアは耳まで真っ赤に染める。

 傍から見れば、まるで恋する乙女みたいだ。


「なんてチョロイン……」

「ん? なんだ、ちょろいんというのは?」

「いえ。エキュリアさんは、わたしが守ります」


 悪い男の人に騙されないように―――、

 そう胸の内で呟いて、スピアは小さな拳を握った。


「私がおまえを守るべきなのだが……いや、いまは置いておこう」


 話を区切って、エキュリアは歩き出した。先導される形でスピアも従う。


「ひとまず屋敷へ来てくれ。今回の件でおまえを煩わせるつもりはないが、関わってしまった以上は、事情を知っておいた方がいいだろう」

「分かりました。厨房を借りていいですか?」

「……構わんが、おまえはいつも唐突だな」


 エキュリアは苦笑いを零す。

 そうは言われても、スピアからすれば騎士たちとの遭遇が唐突だったのだ。

 お腹の予定は蒲焼きに決まっていたし、そちらは断念したけれど、塩焼きまでは譲れない。


 こんがり焼けた魚を想像して、あ!、とスピアは思い出す。


「エキュリアさん、大変です!」

「む、どうした?」

「お米がないのに気づきました。そういえば、お味噌も……折角の美味しそうなお魚なのに、大失敗です」

「……よく分からんが、大した問題ではなさそうだな」


 スピアは頭を抱えるが、エキュリアは呆れた声で受け流した。

 そんな雑談を交わしつつ、街路を進む。やがて伯爵邸の大きな門が見えてきた。


「ん? 客人か……?」


 門の前に一人の少女がいて、見張りの兵士となにやら話をしていた。

 領主の館には、街の有力者など訪れる者は多い。けれど少女が一人というのは、領主と面会するには奇妙だった。


 格好からして魔術師なのだろう。濃紺色のローブを纏って、随分と年季の入った長い杖を手にしている。大きな三角帽子まで被っていて、これで実は剣が得意などとなったら、エキュリアが「詐欺だ!」と声を荒げるに違いない。

 スピアたちの位置からは後姿しか覗えない。

 三角帽子も合わせた背丈からすると、十四、五才くらいに見えるけれど―――、


「え……?」


 呆気に取られた声を漏らしたのはスピアだ。

 エキュリアや、周りにいた兵士たちも唖然として立ち尽くした。


 いきなり、少女が倒れたから。

 まるで糸が切れた人形みたいに、ばったりと。


「何があった? おい、大丈夫か!?」

「救急車を……って、ここじゃ無理でした! えっと、人工呼吸?」


 エキュリアもスピアも慌てて駆け寄る。

 魔術師風の少女はうつ伏せに倒れていたが、まだ息はある様子だった。

 微かに指先が動いた。直後、がっしりとスピアの足首を掴んでくる。


 スピアは思わず足を引こうとした。

 少女はさらに両手を伸ばすと、地面に擦られるのも構わずスピアの足に縋りつく。

 さほどの力ではない。けれど鬼気迫るものがあった。


 懸命になにかを訴えるように―――ぐきゅる、と派手な音が鳴った。


「……空腹……ご飯を、奢らせてあげてもいい……」


 震える声とともに、少女はじっとりとした眼差しで訴えてきた。



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