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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第二章 ひよこ村村長編(ダンジョンマスターvsダンジョンマスター)
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新たなプロローグは川魚とともに


 クリムゾンの街は特需に沸いている。

 脅威であったオークの群れが討たれたというだけでも、人が浮かれるには充分な材料だ。おまけに特産品の話が、ちらほらと流れ始めている。


 曰く、クリムゾン領の鉄は魔力に馴染み易いという。


 とある職人が、これまで扱ってきた鉄との違和感に気づいたそうだ。試しに強度を上げる術式を組み込んでみたところ、良質な剣が出来上がった。これは凄いと、さらに強力な魔法剣を打とうとしたのだが、そちらは失敗して破裂してしまった。

 高価な魔鋼には及ばない。

 けれど普通の鉄よりも加工の幅が広がる。


 それはクリムゾン鋼と呼ばれて、職人や商人の間で話は一気に広がった。次には鉄を必要とする貴族や冒険者にも話が流れる。噂を聞きつけた魔法研究者なども、目を輝かせた。

 そうして街を訪れる人が増えれば、商売も盛況になる。

 露店通りなどは歩くだけで肩が触れ合うほどで、ほんの少し前の寂しげな風景が嘘のようだった。


「―――という訳で、人が増えれば犯罪者も増える。俺たちの仕事も気が抜けねえ」

「はぁ。そりゃあ気を抜くつもりはないっすけど……」


 街を守る外壁、その門の脇に二人の兵士が立っている。

 一人は大柄な熟年の兵士で、朗らかに語りながらも姿勢を崩していない。

 もう一人は若い新人兵士で、支給品の長槍に寄り掛かるようにして立っていた。

 もう陽は中天を過ぎて、昼寝がしたくなる時間でもある。


「でもこっちの東門は、ほとんど人が来ませんよね?」

「暇な方がいいんだよ」

「それはそうかも知れませんけど……」


 新人兵士は不満げな顔をして言葉を濁す。

 忙しかったり、魔物と命懸けで戦ったりするのも嫌だけれど、それでも仕事の充実感は欲しい。

 だけどぼやいても仕方ないか、と新人兵士は話題を移すことにした。


「ここから東って、王都まで繋がってるんですよね?」

「ああ。真っ直ぐ行くとワイズバーン侯爵領で、そのさらに東が……」


 言葉を止めて、熟年兵士が振り返る。

 街の方から黄金色の塊が迫ってきた。ぽよんぽよんと跳ねながら。

 奇抜すぎる光景に、新人兵士は唖然として大口を開けてしまった。


「ぷ、プルン? それも、あんな大型の、まさかキングプルン!?」

「武器を下ろせ。あれは伯爵様の客人だ」


 厳しい声を投げられ、はっとして新人兵士は身を引く。

 言われてみれば覚えがあった。伯爵様の下には、凄腕の従魔使いがいると。先立ってのオーク討伐でも大活躍したと、兵士の間で噂になっていた。


「え? でも、あんな子供が……?」


 新人兵士はまじまじと目を見開く。

 キングプルンの上に、十才くらいにしか見えない子供が乗っていた。藍色のシャツと短いズボン、瑞々しい太股を晒している。大人びた乳白色のコートを羽織っているが、やや余った裾が子供っぽさを強調していた。


 門の前で黄金色の塊は止まる。

 少女はその上に乗ったまま、黒髪を揺らして一礼した。


「こんにちは。はじめまして」

「はじめまして。スピア殿ですな? 本日は、どういった御用件で?」


 熟年兵士が真面目な口調で問い掛ける。その変わりっぷりにも、新人兵士は目を白黒させていた。


「この門から少し歩くと、川が流れてるって聞きました。魚釣りです」

「は、はぁ。確かに、川魚なども採れますが……」

「ニジマスとかいるんですか? アユも美味しいですよね」


 声を弾ませながら、スピアは手元に円形の影を浮かべた。

 魔法!?、と熟年兵士が反応して肩を揺らす。


「これを見せれば、街の出入りは自由だって聞きました」


 影からは一本の短剣が取り出された。

 鞘付きの、手の込んだ装飾がされた短剣だ。クリムゾン伯爵家の紋章が彫金細工で取り付けられていた。


「はい、確かに……ですが街の外は魔物も出ますので、その……」

「大丈夫です。ぷるるんもいますから」


 自信たっぷりに述べると、スピアは黄金色の塊を撫でた。

 そうして跳ねて外へと向かう。ぷよんぷよんと。

 門を出たところで高々と跳ねた。

 あっという間に小さくなっていく一人と一体を、兵士二名は無言のまま見送った。







 街道に沿って進む。というか、跳ねる。

 しばらくすると、上空を行くトマホークが一鳴きして旋回した。

 それに合わせて、スピアもぷるるんへ進行方向を指示する。道沿いの林に入ると、すぐに水の流れる音が聞こえてきた。


「わぁっ、綺麗な川だね。清流だよ」


 スピアは目を輝かせて川岸へと駆け寄った。

 手を伸ばして、冷たい水の流れを確かめる。澄み切った水をすくって口に含んでみた。


「柔らかくて美味しい。魚もよく育ちそう」


 隣では、ぷるるんも体を伸ばして水をがぶがぶと飲んでいる。黄金色の体が心なしか薄くなったけれど、またすぐに元の色へと戻った。

 川幅は広いが、流れは緩やかだ。

 小柄なスピアが飛び込んでも、簡単には流されないだろう。


「電撃漁とかやってもいいけど……折角だから、のんびり釣ってみよう」


 手元に影を浮かべて、『倉庫』から釣り竿を取り出す。川があると聞いて、市場で買っておいたものだ。

 餌は、ちょっと地面を掘るとミミズがうようよと見つかった。

 釣り糸を垂らして、スピアは近くの岩に腰掛ける。


「ぷるるんも休んでていい……よっ!」


 早速、魚が掛かった。

 勢いよく釣り上げると、ピチピチと空中で魚が跳ねる。

 そのまま川岸へと降ろして、地面の一部を『氷結床アイシクルフロア』にした。新鮮な魚が、その鮮度を保ったまま瞬く間に氷漬けになる。


「うわ、おっきい。これだけでお腹いっぱいになりそう」


 長さはスピアの腕ほどもある、丸々と太った魚だ。

 いきなりの大物に、スピアは笑顔を輝かせた。


「あんまり漁をする人はいないみたいだし、魚も警戒心が薄いのかもね」


 上機嫌のスピアは、再び釣り糸を垂らした。

 まだすぐに反応がある。二匹、三匹と釣り上げていく。

 さすがに一匹目よりは小ぶりな魚だけれど、一食分には充分な大物ばかりだ。


 そして四匹目―――、

 やけに強い手応えに、スピアは思わず竿を放しそうになった。


「む、この反応は……ヌシに間違いないね!」


 そんなものが存在するのかどうかも知らない。

 だけどヌシだと決めつけて、スピアは腰を落とす。ぐっと竿を握り込む。

 バシャバシャと川面に激しい水飛沫が上がった。


 竿が右へ左へと引っ張られる。スピアは足場の岩を踏みしめて堪える。

 格闘はしばらく続いて―――、


「え……わぁっ!?」


 いきなり抵抗がなくなって、スピアは尻餅をついた。

 見上げる先には太く長い影。

 樹木みたいに巨大なウナギが空中を舞っていた。

 川岸に上がった巨大ウナギだが、そのまま長い体を捻って林へ逃げようとする。


「ぷるるん、捕まえて!」


 スピアが慌てて声を上げる。

 ぷるるんはすぐに反応すると、巨大ウナギの進路を防ぐように素早く移動した。その黄金色の体で、巨大ウナギを包み込んで捕らえようとする。


「ぷるっ!?」

 ぬるっ、と巨大ウナギは抜け出した。


 粘液体を貫く形で、そのまま林へと飛び込んでいく。

 これにはスピアも驚かされた。けれど、すぐに追って走り出す。


 巨大ウナギは器用に木々の間を抜けていく。

 上空からトマホークが襲い掛かっても、紙一重のところで身を捻って避けた。


「手強い……さすが蒲焼き、ううんヌシ様、ただのウナギじゃないね」


 まるで好敵手を見つけたみたいに、スピアは声を弾ませる。

 敬意を持って美味しく食べようと拳を握った。


 でもそんな決意は、巨大ウナギにとっては迷惑でしかなかっただろう。必死になって身をくねらせ、林を抜ける。

 草原に出たところで、スピアが仕掛けた。


 巨大ウナギの進路上に壁を作り出す。地面から突然生えた壁に、巨大ウナギは止まることも避けることも出来ずにそのまま突っ込む。

 並のウナギなら、そこで頭を打って昏倒していただろう。

 けれど巨大ウナギは、体を覆うぬめりを活かして壁に張り付いた。

 あっという間に壁を登っていく。さらにまた逃げ続けようとする。

 だが唐突に、壁が崩れた。


 さすがに重力には逆らえず、巨大ウナギは地面に叩きつけられる。

 そこに振り下ろされたスピアの手刀が、エラの下にある咽喉を切り裂いた。

 ビタンビタンと激しくのたうつ。

 やがて動きが鈍くなって、巨大ウナギはその身を完全に横たえた。


「ふぅ……この世界に来て、一番の強敵だったね」


 激闘を制したスピアは、動かなくなった好敵手へ手を合わせる。

 隣でぷるるんも、黙祷!、と言いそうな感じで震えていた。


 そうしてスピアは巨大ウナギを回収しようとした。

 手を伸ばした直後、背後から大きな音が響いてきた。なにか重い物が揺れる音と、馬の嘶きだ。


 スピアが振り向くと、二台の馬車が急停止するところだった。

 四頭立ての馬車と、別に馬が二頭いる。

 どちらにも甲冑を着込んだ男たちが乗っていて、馬車には紋章も掲げられていた。どうやら騎士の一団らしい。


 スピアが立っているのは街道脇だ。

 けれどその街道は、ちょうど曲がりくねった形になっている。並木が影になって、馬車の一団からすれば待ち伏せのようにも見えたのだろう。

 街の外に一人で出る人間などそうそういない。

 しかもキングプルンを連れているなんて、スピア以外にいるはずもなかった。


「魔物の襲撃だ! 相手は大型のプルン、魔法で撃退しろ!」


 馬に乗っていた騎士が叫ぶ。

 馬車からも、それぞれ十名ずつの騎士が出てきて武器を構えた。素早い反応だ。

 前列の騎士が盾を掲げて、後列が魔法の詠唱に入る。


(えっと、これって……)


 目をぱちくりさせるスピアも、さすがに事情をなんとなく理解した。


(誤解されてるよね。ぷるるんも一応は魔物だから、エキュリアさんも最初は驚いてたし……とにかく事情を分かって貰わないとダメだね。相手は混乱してるみたいだから、簡潔に、要点だけを伝えないと……)


 焦りながらも、きりっとスピアは表情を引き締める。

 そして良く通る声で告げた。


「ぷるるんは、可愛いですよ」

「撃て!」


 懸命の訴えは、まったく無意味に終わった。

 ぷるるんへ向けて、一斉に攻撃魔法が放たれる。


「ぷるるん、迎撃!」

「ぷるっ!」


 黄金色の体が震えると、迫る魔法に対して数本の線が迎え撃った。

 体液を高圧で放ったのだ。若干の魔力も乗せた特異な攻撃で、迫り来る炎や光弾を次々と落としていく。


「な、なんだとぉっ!?」


 プルンと言えば、弱い魔物の代表みたいなものだ。

 それがキングプルンであっても、熟練の騎士ならばさして苦労もなく討伐できる。魔法という弱点があるからだ。


 けれどまさか、その魔法を迎撃されるとは思ってもいなかった。

 騎士たちは動揺して足踏みする。

 そんな様子を眺めながら、スピアは腕組みをして呻っていた。


「誤解だって言ってるのに……よし、やっちゃおう」


 怪我で収まる程度に―――、

 ぷるるんと、上空のトマホークにも指示を出す。

 スピアも身を屈めると、得体の知れない集団へ突撃した。



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