閑話 美味しい野菜の育て方
芝生の上で大きな魔法陣が輝く。
大勢の子供たちが、興味津々といった様子で見つめていた。
ほどなくして、何十個ものカボチャが召喚される。
「うん。今度は魔物なんて混じってないね」
安全を確認して、スピアはにんまりと頷いた。
子供たちを呼び集めると、召喚したカボチャを厨房へと運んでもらう。
皆、これから作られる料理に期待しながら、素直に協力してくれた。
「うわ。これけっこう硬いな。本当に食べれるのか?」
「トマトとかよりずっと大きいよね。りぃちゃん、無理しないでいいよ」
「ううん。あたしも、おてつだいしゅるの!」
数日ぶりに、スピアは街を訪れていた。
歩いても半日程度の距離なので、ぷるるんに頑張ってもらえばもっと早く、散歩気分で遊びに来れる。孤児院を訪れたのは、ちょっとした用件もあったからだ。
カボチャ召喚も、その用件に含まれている。
ひとまず成功はした。ただ、以前とはまた違った召喚事故も起こっていた。
「ご主人様、こちらは如何いたしましょう?」
シロガネが、綺麗な白い布を掲げてみせる。
それが今回の召喚事故によるもの。かぼちゃパンツだ。
いったい何処の誰の物なのか、どうして召喚されたのか、まったくの謎だった。
「ん~……折角なので、マリューエルさんに差し上げます」
「えっと、ありがとう?」
どうしましょうか、とマリューエルは首を傾げていた。
スピアも答えを持たなかったので、そそくさと厨房へ向かう。シロガネや子供たちにも調理法を教えて、適当な大きさに切ったカボチャを煮込んでいく。
望めるなら、カボチャは採ってから熟成させた方が美味しい。
けれど見たところ、実の色も悪くなかったので、試しに調理してみることにした。
「うっわぁ。金色に輝いてるよ! 美味しそう!」
「ぷるるんみたい!」
「サツマイモとも似てるね。でもこっちは、舌の上で溶けるみたいだよ」
大好評だった。
ほくほくとした果肉には贅沢なほどに甘味が詰まっている。野生の物のはずなのに、スピアが知っている食用品と比べても遜色無い。
少々の不思議を覚えながらも、スピアは頬を緩めていた。
「今日は本当にありがとう。おかげで、子供たちも大喜びよ」
「大したことはしてません」
「ううん。貴方にしか出来ないことよ。この街を救ってくれたことも含めてね」
だけど、とマリューエルは口元に人差し指を立てる。
「あまり大盤振る舞いはしない方がいいわ。今回のカボチャやサツマイモだって、商人に売り込めば、銀貨どころか金貨にもなったはずよ。育て方を含めれば、それこそ大手の商会が飛びつくくらいの話になるわ」
「ん~……わたしは商人じゃないですから」
「それでも、お金を使わないってことはないでしょう?」
スピアは少し神妙な顔をする。
ダンジョン魔法に頼れば、スピア一人なら食事に困ることもない。だからお金に対する意識は薄かった。
だけど無頓着でいてはいけない、という話も理解はできる。
「サツマイモの収獲ができるようになったら、また来てくれるかしら? 一度、商人との遣り取りを経験してみるのもいいと思うわ」
「そうですね。何事も経験です」
スピアはぐっと両拳を握って顔を上げる。
唇を引き結んで、そこにはいない敵を見据えるみたいに眼差しを鋭くした。
「畑との戦いに比べれば、商人さんとの戦いの方が楽ですよね」
「えっと、言い出したのは私だけど……優しさも忘れないようにね?」
そんな話をしながら、マリューエルとスピアはまた畑へと向かう。
料理の前に取り出しておいたカボチャの種を、畑の一角へぱらぱらと撒いた。本来なら乾燥させてから育てるものだが、たぶん大丈夫だとマリューエルは言う。
これが今回、孤児院を訪れた本来の用件だ。
マリューエルが使うという、大地の精霊術を見せてもらいたかった。
「わたしの魔法でも、一気に植物を育てたりは出来るんです。だけど随分と魔力消費が多いんですよね。一本の麦を育てるのに、オーク一匹分だったり」
ダンジョン魔法には便利なものが多い。
けれど妙に魔力効率が悪かったりもする。スライムのエロン種召喚がやたらと魔力を要求されるのが顕著な例だ。
だからもっと効率の良い手法があるのではないか、とスピアは考えた。
「よく分からないけれど、参考になるなら嬉しいわ」
マリューエルは手にした杖を掲げて、その先から魔力を溢れさせる。
正しく詠うように呪文が紡ぎだされて、輝く魔力粒子が踊りはじめる。スピアには精霊の存在は感じ取れないが、無数の光粒が踊る様子は、とても綺麗で神秘的だと思えた。
光粒が地面にゆっくりと降りていく。
ほどなくして、にょきにょきと小さな芽が顔を出した。
土の上に緑色が広がっていく。
「ん……ここまでね。一度に成長させるのは難しいし、土地も荒れてしまうの」
「なるほど。なんとなく分かりました」
ぎゅっと拳を握って、スピアは頷く。
地面に手をついて軽く魔力を流した。
「要するに、気合ですね」
ふぬぅ!、と唇を引き結ぶ。
途端ににょきにょきっと、生えたばかりの芽が伸びていった。
マリューエルは目蓋を伏せたままだったが、その表情は驚きと呆れに染まっていた。
「気合って……ええと、精霊魔法を根底から引っ繰り返された気がするのだけど?」
「そんなことありません。わたしのは、まだまだ荒っぽいですから」
スピアは畑に歩み寄って、小さな葉っぱを指で突つく。
さすがにまだ芽は成長しきっていない。収獲までには日数も必要だろう。
「それに、精霊と話せるって素敵です」
「……ええ、そうね。大切な仲間よ。ちょうど、あなたとぷるるんみたいな」
頭を抱えていたマリューエルだが、柔らかな笑みを取り戻す。
「ぷるるんも同じだって。大地の怒りとか使えちゃうかもね」
なにやら壮大な未来が語られた。
期待の眼差しを受けるぷるるんは、タイタン!、とでも言うように揺れる。
そんな遣り取りの隣で、マリューエルはまた笑顔を引き攣らせていた。