閑話 一部限定、街の守護者
領軍の大隊長の一人であるアクセルは、規則正しい生活を心掛けている。
朝早くに起き、軽く体操をしてから走り込みも行う。鈍った体で兵士の仕事をすれば命取りになりかねない。毎朝欠かさず、アクセルは街を一巡りしていた。
「うむ。異常無し」
陽も昇っていない時間なので、眠っている住民も多い。
時折立ち止まっては、アクセルは民家の窓からこっそりと中を覗っていく。
「シルカ君もリミィ君もミュウ君も、元気で可愛い寝顔であるな」
一歩間違えなくても覗きだった。
けれど誰にもバレてはいない。なので、犯罪ではない。
そうして街の平和、主に年端もいかない女の子たちの平穏を確かめながら、アクセルは外壁の上まで駆けていく。
以前は、街の門で夜番をしていた兵士たちに挨拶をするのが常だった。
最近になって順路を変えたのは、見張るべき場所が増えたからだ。
「ふむ。平穏な様子……であるのは良いことなのだが」
北側の壁に上って、アクセルは目を凝らす。魔法によって視力まで強化して、遠方にある新しい開拓村の様子を窺っていた。
黄金色の塊が、広い草地で跳ねているのが見える。
村の中央にある屋敷の屋根では、大きな鷹も羽を休めている。
「やはり昼間でなければ、スピア様のお姿は覗えぬか。折角のガラス窓だというのに……あのカーテンさえなんとか出来ればいいのだが……」
初めてアクセルがスピアを見たのは、彼女がこの街を訪れた時だ。伯爵邸へ第一報を伝えたのもアクセルだった。
その時から、時間が許す限りスピアの姿を追っている。
伯爵邸で美味しい食事に喜ぶ姿を見て、目を細めていた。
庭で稽古する姿を見て、汗を拭うタオルになりたいと願った。
勝負を申し込んで打ちのめされたラスクードには、激しい嫉妬を覚えた。自分も蹴っていただきたい!
「なんとかして御側に居たいのだが……あの村を守る新規兵団の話も止まったままであるからなあ。良い方法はないものか……」
「なるほど。悪意はなかったのですね」
「っ、!?」
突然の声に、アクセルは振り返る。
そこには一人のメイドが佇んでいた。銀色の瞳が冷ややかにアクセルを見据えている。
「おぬしは、シロガネ殿……?」
「わたくしのこともご存知でしたか。そういえば、エキュリア様に同行しておられましたね」
鉱山街へスピアを迎えに行った時のことだ。
三十名の兵士の中にアクセルも含まれていた。無論、真っ先に志願したのだ。
「妙な視線があると、ぷるるんやトマホークから報告がありました。なので確かめに来たのですが、問題はなかったようですね」
「当然だ。スピア様への愛に、悪意などあるはずもない」
「ふむ。信仰……とは少々違うようですが、敬愛というならば納得できます」
目礼すると、シロガネは壁の外へと足を向けた。
「ですが、その目が僅かでも濁った時は容赦しません。今後の精進を期待します」
一方的に告げて、シロガネは壁を蹴った。そのまま上空へと飛んで、あっという間に開拓村へと戻っていく。
残されたアクセルは渋い顔をしていた。
まさか気取られているとは思ってもみなかった。
しかも、待ち伏せまでされるとは―――。
「完敗だ……だが、このままで終わりはせんぞ。期待通りに精進してやろうではないか。すべての少女を守る務め、誰にも譲るつもりはない!」
昇る太陽に向かって拳を掲げて、アクセルは誓いを叫ぶ。
紛れもない犯罪宣言。
しかし迷いの欠片もなく堂々とした姿は、誇らしげに輝いていた。
感想欄で指摘されてましたが、バレバレでしたね。