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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第一章 さすらいの少女(ダンジョンマスターvsオークキング)
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くっころさんとテンダーフロア

 洞窟から出ると、眩しいほどの木洩れ日が降り注いだ。

 およそ半日ぶりに外へと出た少女、スピアは目を細める。その斜め後には、お饅頭みたいな黄金色の塊、ぷるるんが付き従っている。


「森だねぇ」


 スピアは首を左右へ回した。

 辺りには高い樹木が生い茂っている。人が踏み入ったような跡もなく、雑草も伸び放題で、小柄なスピアでは数歩先も見えない。目立つ特徴と言えば、洞窟の入り口のあった部分が切り立った斜面になっているくらいだ。


 ここは何処なのか?

 ヒントは深い森というだけ。

 正解を出すのは子供でなくとも無理だろう。


「…………どうしよおぉぉぉ~~~」


 いきなり蹲って、スピアは膝を抱えた。くしゃくしゃくに顔を歪めて、いやいやをするみたいに頭を振る。

 辛うじて、泣き出してしまうのは我慢した。


「無理! 無理です! 絶対無理だよぅ!」


 我慢しても涙目になるのは堪えきれない。

 弱気な言葉ばかりが口をつく。


「こんな状況で生き残って、おまけに神をブチ殺さなきゃいけないなんて!」


 この少女、弱気なのに過激な思考の持ち主だった。

 十才くらいの子供に見えるスピアだが、実際の年齢はもう少し上だ。来年には高校受験も控えている。中学校の部活動では部長を務めていた。新入部員には同級生と勘違いもされたが。

 ちなみに、お料理研究会だ。

 隠しきれない隠し味が伝統の、アグレッシブな部活だった。


 ともあれ、スピアには”子供”と一括りにされる程度の知識と経験しかない。

 人外魔境とも言える場所に放り出されては、生き延びるだけでも難しいと思えた。


「うぅ~……泣いてても仕方ないよね。まずは状況、手持ちの武器を確認」


 最初の賭けには勝った。

 ダンジョンコアを自身に取り込めた。これは大きい。

 異物を取り込むという行為に抵抗がなかった、と言えば嘘になる。けれどスピアにとっては、野菜や肉を食べるのと同じだ。自分とは異なるものを自分の一部にする。それで多少の変化が起こるとしても、”自分”が失われなければいい。

 それよりも、暗い穴倉から出られないことの方が怖かった。

 いまはまだ一部の知識と機能しかモノにしていないけれど、活用すれば大きな武器になる。


 あとの持ち物は制服。ポケットにはハンカチと、スマートフォンもある。でも当然ながら電話もネットも繋がらない。頑丈な機種ではあるけれど、鈍器として振り回しても役には立たないだろう。

 少々デザインの古い学校制服は、野外で過ごすには心許ない服装ではある。

 だけどスカートの下にスパッツを履いていたのは幸運だ。

 これで無茶な動きもできる。男の子の悔しがる声なんて聞こえない。

 他には―――、


「お爺ちゃんから教わった護身術くらいかな。頼れるのは。でもドラゴンとかに襲われたら食べられちゃうよね。大きな魔物とか戦ったこともないし……」


 もっと真面目に稽古しておけばよかった。

 お爺ちゃん、助けにきてくれないかな。

 ほら、可愛い孫の危機だよ。第六感とか、地獄耳とか働かせてよ。

 いまなら、”槍子”とか名付けられた恨みも忘れてあげるから―――、


 そんな現実逃避な思考を巡らせながら、スピアは天に祈ってみる。

 恥ずかしさを我慢して、森へ向けて大声で助けを呼んでもみた。

 だけど助けなんて来るはずもない。

 青々とした空が広がっているだけ。

 代わりに、ぷよん、とした感触が頭に当てられた。


「ぷるるん……慰めてくれるの?」


 振り返ると、黄金色の塊が緩やかに揺れていた。

 スピアが最初にぷるるんを召喚したのは、頼りになる仲間が欲しかったからだ。

 ダンジョンを作るつもりなんて皆無だった。そもそも人間と争う理由がない。神の思惑なんて知ったことじゃない。


 罠の活用とか、複雑な構造とか、そういった知恵に自信がないというのもある。

 学校でも数字が絡む勉強は苦手だったし。

 先生には、もっと落ち着きましょうとよく注意されていたし。

 ダンジョンから出られないままでも、侵入者と正面から対峙するのが一番だ。

 だったら頼りになる魔物を召喚した方がいい―――そうスピアは考えた。


 そして、与えられた魔力量は1000。

 それで召喚できる魔物の中では、キングプルンが最も強くて可愛らしかった。


「うん……そうだよね。落ち込んでたって仕方ない。まずは何処か、人が住む場所を目指してみよう」


 スピアは拳を固めて立ち上がった。

 表情を引き締め、あらためて決意を言葉にする。


「私は家に帰る。絶対に。神だかなんだか知らないけど、負けるもんか!」


 ぷるるんを撫でてから、スピアは適当な方向を指差した。太陽の位置からすると、たぶん東だろうと思える。

 一度決定すれば迷わないのがスピアの長所だ。踏み出した足は力強く道を作る。

 ぷるるんも後に続いた。ぽよんぽよんと跳ねていく。


 鬱蒼と茂る森には、およそ道らしきものは見当たらない。ただ歩くだけでも苦労させられる。子供体型のスピアならば尚更だ。

 野外をねり歩く趣味も、スピアは持ち合わせていない。むしろ家に引き篭もっている方が好みだ。ずっと本を読んでいるだけでも飽きないだろう。


 ただ、田舎育ちなおかげで、自然と触れ合うことには慣れていた。

 虫や蜥蜴を見ても悲鳴を上げたりはしない。

 触れたらいけない草木も、なんとなく見分けられる。コアから得た知識の助けもある。

 そして、お腹が空いているいま、スピアの嗅覚は冴え渡っていた。


「このキノコは食べられるね。ぷるるんは、毒も大丈夫だよね?」


 草を掻き分けて進みながら、スピアは食べられそうなものを探す。安全な食材は大きな葉っぱに包んで持っていく。危ない食材は、ぷるるんへと放り投げた。

 ぷるるんは嬉しそうに震える。

 明らかに毒だと分かる赤紫色のキノコも、黄金色の体に取り込んで溶かしていった。


「あ、リンゴだよ。ちょっと高いけど届くかな?」


 問い掛けられて、ぷるるんが跳躍した。体当たりで枝をへし折る。

 枝には三つのリンゴが付いていた。ひとつは落ちた際に少し潰れてしまったので、ぷるるんの養分になった。

 黄金色の体がまた嬉しそうに跳ねる。草を掻き分けて道を作っていく。

 スピアはリンゴを齧りながら、ぷるるんに先導を任せることにした。


「迷子だからって焦るのは禁物だよね。同じ方向に進めば、街道くらいならきっと見つかるはずだし」


 冷静だが大雑把な状況判断をしつつ、スピアは森を進んでいった。

 少しだけ足に疲労を覚えてきたところで、上空を見上げる。


「そろそろ、お昼かな」


 リンゴふたつは完食したけれど、スピアのお腹はまた空腹を訴えてくる。

 歩くだけなら問題はない。だけど野外ではなにが起こるか分からない。体調は万全にしておくべきだろう、とスピアは足を緩めた。


 少し拓けた場所に出てから、抱えていた茸や山菜を置く。

 薪になる乾いた小枝を集める。ぷるるんも器用に枝葉を拾ってきた。

 あと必要なのは火種だが―――、


「うん。私自身の魔力でも大丈夫そうだね」


 集められた薪が燃え始める。地面の一部を、スピアが『燃える床(テンダーフロア)』へと変えていた。

 ほんの僅か、子供の拳くらいの狭い面積だったので魔力消費もほとんどない。最初からコアに蓄えられていた魔力は使ってしまったが、スピア自身の魔力でも充分だった。


 まだスピアは、完全にはコアの機能を掌握していない。詰め込まれていた知識も膨大だったので、自分のものとするには時間が掛かる。家へ帰る方法を探しながら、焦らずに学んでいくつもりだった。


「まずは魔力の扱いを覚えた。一歩前進だね」


 赤く燃える薪を横目に、スピアは地面に手をかざした。

 青白い輝きとともに、複雑な紋様を描く召喚魔法陣が浮かび上がる。


「お鍋と水と、あとは塩くらいなら用意できるかな」


 少しの間を置いて、スピアの要求した物が順番に現れた。

 小さな鍋を火にくべて、千切った茸を投入していく。香りの強い山菜と塩で味付けをして、野性味たっぷりスープの出来上がりだ。


 鍋から直接にスプーンですくって口へ運ぶ。

 ちょっぴり贅沢をしている気分になって、スピアはにんまりと頬を緩ませた。


「……みんなにも食べさせてあげたいなぁ」


 ぷるるんにも大きめの茸をあげてから、スピアはほふぅっと息を吐いた。

 新鮮素材の活きたスープは美味しい。

 でも少しだけ、寂しい味だった。







 森を進む。

 黄金色の塊が跳ね、転がって作った道を、少女が小さな足で踏み入っていく。

 スピアとぷるるんは、かれこれ三日も歩き続けていた。


 夜に見た星の位置から、ここが西方大陸の何処かなのは分かっている。東方向へ進み続けているのも間違いない。ダンジョンコアにあった機能のおかげで、歩いた場所は地図として記録されていた。

 一方向に進んでいるのだから、いずれ森を抜けられるだろう。街道や人の住む場所に出られたら、誰かに聞いて何処なのか教えてもらえばいい。

 そう考えて、スピアはゆっくりと進んでいる。


 しっかりと食事を取って、ぷるるんと軽く稽古をして、お昼寝もして―――、

 襲ってきた魔物と命懸けの戦いもした。


「今夜もご馳走だね」


 にっこりと微笑んで、スピアは頬の血を拭った。その足下には、刺々しい角を生やした異形の鹿が首を刎ねられて倒れている。

 三日間で四回、魔物たちは昼も夜もなく襲ってきた。

 この地域が特別に危ない、ということでもないだろう。都市や街を守る外壁から一歩でも踏み出せば、そこはもう狂暴な魔物も跋扈する無法地帯だ。ちょっと元気なだけの少女が生き残れるような場所ではない。


 コアから得られた知識には、そういった一般常識も含まれていた。

 スピアが知る世界の常識とは違ったので、驚かされはしたけれど―――、


 それでもスピアには、ぷるるんがいた。物理攻撃無効の頼もしい友達だ。ダンジョンマスターとしての能力も使えば、さして知恵のない魔物くらいなら返り討ちにするのは簡単だった。


 生命を奪うのに抵抗がなかった、と言えば嘘になる。

 だけど生き残るためだと割り切れた。

 鹿や狼の首をへし折るくらいなら、護身術の稽古でも経験していた。

 あくまでも護身術。客観的には凶悪な技が含まれていても。

 少なくとも、スピアはそう信じきっている。


「お爺ちゃんにも感謝しておこう」


 スピアは魔物の死体へ向けて手を合わせる。

 この世界では人間の敵となっている魔物だが、スピアにとってはご飯になってくれる動物とさして違いはない。


「頭は食べていいよ。あとは血抜きをしながら、ぷるるんが運んで」


 スピアが大きな鉈を握って、鹿の首を完全に斬り落とす。鮮血が派手に散って、綺麗な黒髪や白い服を汚した。

 けれどそれもすぐに消える。ダンジョンに備えられた『浄化』機能のおかげだ。

 服も肌も綺麗な白色を取り戻した。


 そうしてスピアはまた森を進む。首無し鹿を乗せたぷるるんと一緒に。

 美味しい鹿鍋を食べて、四日目の朝―――。


 この日、スピアが目を覚ました時には、陽が高く昇っていた。普段から早寝早起きをしているスピアだが、慣れない状況での疲れもあった。

 ぷるるんの背から身を起こす。

 まだ重たい目蓋を擦って、ぼんやりと辺りを見渡した。


「ぷるるんも聞こえた?」


 ぷるっ!、と黄金色の塊が震える。頷いているみたいだ。

 スピアは水を召喚すると、顔を洗いながら森の奥へ注意を向ける。

 耳についたのは甲高い音だ。金属同士をぶつけ合うような荒々しい音が響いてくる。それに獣じみた声と、人間のものらしい声も混じっていた。


「ん……誰かいるみたいだね。行ってみよう」


 考えたのは、ほんの一呼吸ほどの間だけ。

 物騒な音がする方向へと、スピアは軽い足取りで踏み出した。






 ◇ ◇ ◇


 重い棍棒での一撃を受けて、エキュリアは弾き飛ばされた。

 両手に持った剣で防ごうとした。けれど剣ごと砕かれて、エキュリア自身も背後の木に激しく叩きつけられてしまう。

 吐き落とした息に血が混じった。


 膝をついたエキュリアの周囲では、数名いた仲間全員が倒れていた。

 鎧ごと身体を押し潰された者もいる。頭を捻じ切られた者もいる。一番悲惨だったのは、手足を噛み千切られた兵士だろう。生きたまま食われていた。

 けれどエキュリアは、もっと悲惨な目に遭うかも知れない。


 目の前にいるのは赤黒い肌をした豚の亜人(オーク)。エキュリアの胴回りよりも太い腕をしていて、全身を硬い肉に覆われている。

 そのオークたちは、最初は十匹以上の集団だった。エキュリアたちも奮戦したが、数の差は覆しきれなかった。

 残った三匹のオークが、鼻息を荒くしてエキュリアを囲んでいる。

 豚顔を歪めて、いやらしく舌なめずりしているオークもいた。


「くっ……殺せ」


 オークに捕まった女がどうなるか、エキュリアも知っていた。

 散々に嬲られ、弄ばれて、醜い亜人を産むための苗床にされる。身体も精神も壊されても解放されない。最後には豚の餌となる。


 騎士として鍛錬を積んできたエキュリアだが、白金色の髪は艶やかで、顔立ちも整っている。普通に街を歩くだけでも男たちの目を引きつけるだろう。いまは鎧の下に隠れているが、その胸や腰などは、女性らしい柔らかな曲線を描いている。


 オークたちも、上質な雌の匂いを嗅ぎ取っているようだ。

 涎を垂らしながら手を伸ばそうとした。


「ぷるるんタックルーーーーー!」


 横合いから飛び込んできた黄金色の塊が、オーク二匹をまとめて弾き飛ばした。

 エキュリアはぱちくりと瞬きを繰り返す。

 訳が分からない。


 気がつけば、黄金色の塊がオークをまとめて押し倒していた。豚頭二つを巨体で呑み込んでいる。オークはばたばたともがいていたが、やがて大人しくなった。

 その間に、もっと訳が分からないことも起きていた。

 森の奥から一人の少女が駆け出してきた。

 まだ子供と言える、小柄な少女だ。残った一匹のオークへと真っ直ぐに迫る。


「なっ……に、逃げろ!」

「逃げません!」


 少女は元気一杯に答えたが、それは無謀な突撃にしか見えなかった。

 対するオークは目を見張っていたが、我に返り、舌なめずりをする。美味そうな獲物が自分からやってきた、と思ったようだ。


 待ち構えるように、オークが一歩を踏み出す。

 直後、その足が地面に沈み込んで、体勢を崩した。オークは慌てて地面に手を伸ばす。屈んだ体勢は、ちょうど子供の手が届き易い位置に頭をさしだす形になった。


 絶妙なタイミングで、少女はオークに肉迫していた。

 そして拳を突き出す。

 小さな拳骨は、オークの頭頂部と激突した。鈍い音が響く。

 ぶもっ!、と低い悲鳴を上げたオークは、そのまま倒れ伏した。頭頂部を骨ごと砕かれたのだ。絶命していた。


「落とし穴正拳突きです!」


 脇に拳を構えたまま、少女は得意気に声を上げた。

 まるで勝利宣言みたいに。

 それでもしばらく少女は油断無く構えを続けていた。ゆっくりと辺りを見回す。やがて黄色い塊が跳ねながら寄ってきて、少女はほっと息を吐く。


「お疲れさま。やっぱり、ぷるるんは凄いね」


 ―――いや、凄いのはおまえの方だろう!

 心の中でツッコミを入れながらも、エキュリアは唖然として声も出せなかった。




しばらくは毎日更新です。

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