閑話 冒険者ギルドのお約束
ちょっと時間を遡っての、短い閑話です。
閑古鳥が鳴くギルドホールをぼんやりと眺める。
受付カウンターに頬杖をつきながら、冒険者ギルドの支部長であるチョイモーブは溜め息を吐いた。
「オークって怖いんだなあ……」
今更ながらのことを呟いて、溜め息を繰り返す。
オークが群れで襲ってきたと聞いた時は、良い稼ぎになると思えた。実際、領主様からの緊急依頼があって、大勢の冒険者が集められた。普段は安酒を飲んでばかりの冒険者連中も、目を輝かせて武器の手入れをしていた。
―――オークなんざ俺の剣でまとめてぶった斬ってやるぜ。
―――伯爵様も、たまには気前がいいな。
―――オレ、無事に帰ってきたらアイツに結婚を申し込むんだ。
そんなことを言って意気込んでいた冒険者は帰ってこなかった。
予想外に数を増やしていたオークの軍勢によって、いまはこの街自体が存亡の危機にある。
冒険者たちも我先にと街から逃げ出した。
そこそこに賑わっていたこのギルド支部も、いまではギルド長自らが受付に立つ始末だ。まだ数名の冒険者がホールの席で雑談を交わしているが、それもあと何日かすれば消えるだろう。
良い報せと言えば、昨日、領主の娘が命懸けの偵察任務から帰ってきたくらいだ。
おかげで兵士たちの士気は若干ながら上がっている。
だからといって戦力の差が覆るものでもないが―――。
「……まあ、まだ絶望するには早いか」
誰にも聞かれぬ小声を落として、チョイモーブは入り口のドアを見つめる。
実は昨夜、チョイモーブは”とある夢”を見た。
一人の少女が冒険者として登録してくる夢だ。しかもその少女が、街を脅かすオークどもをあっという間に全滅させるというもの。
たかが夢、と馬鹿にできるものではない。
この世界では、神や精霊がそういった形で未来を告げたりもするのだ。
チョイモーブも現役冒険者だった頃、夢のおかげで命を救われたことがあった。
「お……!」
両開きの扉が押されて、一人の少女が入ってきた。
とても小柄な少女だ。夢では、その姿はぼやけていたけれど、冒険者ギルドを訪れる幼い少女など珍しい。
正しくお告げの通り!、とチョイモーブは目を輝かせた。
「おいおい、お嬢ちゃん。こんな場所に何の用だ?」
雑談をしていた冒険者の一人、ザコーブが少女に話し掛ける。それも夢であったのと同じ光景だった。
この後は、ザコーブが少女を小馬鹿にする。
そして可愛らしく頬を膨らませた少女が、ザコーブを叩きのめして―――。
「ちょっと興味があって覗いてみただけです」
「あ、あれ?」
くるり、と少女は踵を返した。そのままギルドから出て行ってしまう。
夢とはまるで違った展開だった。
ザコーブも少女を馬鹿にするでもなく、ただ一言を付け加えた。
「さっさと街から逃げた方がいいぜ。オークどもが攻めてくるからな」
「逃げません!」
少女も一言だけ言い返すと、表通りを駆けていった。小さな背はすぐに見えなくなる。
しばし呆然としていたチョイモーブだが、やがて大きく項垂れた。
「所詮、夢は夢ってことか……」
諦め混じりに呟いて、チョイモーブは席を立った。
もうギルドを開いておく理由もない。本部にも事情は知らせてあるし、今日にでも街を出る準備は整えてある。
残った冒険者連中にも支部閉鎖を告げて、さっさと追い出そうとした。
「どうした、ザコーブ? ぼうっと突っ立ってねえで、テメエもさっさと逃げろよ」
「……逃げねえ」
「あん? なに言ってんだ?」
「へへっ……思い出しちまったぜ。そうだよ、俺だって一流の冒険者に憧れて、あんな風に目を輝かせてたんだ。なのに……オークなんかにビビッていられるか! 人間の意地を見せてやる!」
いきなり叫び、拳を握ると、ザコーブは駆け出した。
後に残されたチョイモーブは、頭を掻きながらもギルドへと戻る。
「なんなんだ、いったい―――っ!?」
その時、やけに鮮明な光景が頭に浮かんだ。
街を襲った巨大な龍を、輝く剣を持った勇者が打ち倒すという光景だ。
大勢の人々に讃えられる、その勇者の顔は―――。
「……まさか、ザコーブが伝説の……? ありえねえ……」
果たしてそれは神や精霊のお告げだったのか?
それとも妖精の悪戯だったのか?
答えを得られるはずもなく、チョイモーブはただ立ち尽くしていた。