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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第一章 さすらいの少女(ダンジョンマスターvsオークキング)
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次の一歩へ


 街の門は大きく開かれて、大勢の人々を迎え入れている。

 クリムゾンの街を襲っていたオークどもは殲滅された。その報せは近隣領地にまで早々に広まって、避難していた住民も多くが帰ってきている。街の賑わいを目当てに訪れる商人も多い。中央通りに並ぶ露店は、久々の盛況ぶりに沸いていた。


 大きな魔物の群れが斃されたとなれば、そこから大量の魔石も得られる。魔導具を始めとして、魔石の用途は多岐に渡る。つまりは経済が潤う。

 安心感も財布の紐を緩めて、街の賑わいは日ごとに増していった。


 ただし、今回はオークからの魔石は得られなかった。

 それどころか、まともな死体も数えるほどだった。鉱山内で焙り殺されたものは別だが、ほとんどのオークは潰され、キングプルンに骨まで溶かされたのだから。

 そんな事情を知る者は少ないが、下手をすれば、まだ領地の危機は続いただろう。


 散々に荒らされるだけで、得るものが何もなかったというのは辛い。

 けれど魔石の代わりとなる収入はあった。鉄だ。

 オークが巣としていた元鉱山街に、大量の鉄塊が転がっていた。鉄鉱石ではなく、そのまま精製する必要もなく使える鉄の塊だ。しかもかなり良質で、鉱山で採れる量の数年分にも及ぶ。


 何故、そんなものが転がっていたのか?

 領主であるクリムゾン伯爵も答えを得られなかった。


 ともあれ、捨て置く選択肢はない。領地の兵士が動員され、その鉄塊は回収された。同時に鉱山周辺の安全を確かめるため、森でも大規模な狩りが行われた。

 季節は秋の中頃。オークに荒らされたとはいえ、収獲は充分に得られた。

 そうして森の様々な食材も市場へと流されて、人々を潤すことになる。


「昨日も、もっと卸す野菜を増やせないかと言われました」


 孤児院の一室、畑で作業をする子供たちの声を窓越しに聞きながら、マリューエルは涼しげに微笑んだ。


「鉄の値は下がっているが、他が少々上がっているようだな。不便はないか?」

「ええ。懇意にしている商会の方が、安く譲ってくださいます」


 エキュリアは孤児院の様子を見るためにやってきていた。

 と言うのは建て前で、息抜きを兼ねている。

 ここ最近、領地が賑わっているのは嬉しいのだが、その分だけエキュリアも騎士としての仕事に追われていた。


「こう言ってはなんだが、いまの表通りは騒がしすぎる」

「ふふっ、エキュリア様はとりわけ注目の的ですものね?」

「ここにも、あの話は届いているのか?」

「ええ。きっとあとで、子供たちに話をせがまれますよ。みんな、勇者様に会いたいと、はしゃいでいましたから」


 人が集まれば、それだけ多くの話も溢れてくる。

 いま街で流れているのは、当然、オーク討伐に関する噂話だ。

 領地ひとつを呑み込むほど大規模なオークの軍勢が、どうしていきなり壊滅したのか? その詳細についての公的な発表はなく、様々な憶測を呼んでいる。


 凄腕の冒険者パーティがやって来たとか。

 領主様が神より恩寵を授かったとか。

 オークよりも恐ろしい魔物が現れて、そいつの餌になったとか。

 伝説の勇者様が復活したとか―――。


「まあ、勇者の復活は事あるごとに噂となるからな。それは分かる。しかしどうしてそこで、私と恋に落ちたなどという話になるのだ?」


 そんな噂話が流れているから、エキュリアはおちおちと街の散策もできない。

 だからといって盛り上がる民衆に水を差すのも、仮にも貴族の振る舞いとして間違っている気がする。

 愚痴を零すしかない、とエキュリアは項垂れた。


「ですが、小さな勇者の活躍はあったのでしょう?」

「……それも精霊が教えてくれたのか?」

「明確なことはなにも。ただ、彼女はもっと大きな風を起こす気がします」


 目蓋を伏せたまま、マリューエルは窓の方へと顔を向ける。まるでずっと遠くの景色を眺めるみたいな眼差しだ。


「エキュリア様なら、その風を良い方向へ導けるのでは?」

「勘弁してくれ。あれには振り回されるばかりだ」


 項垂れて、エキュリアは溜め息を落とす。

 けれどその口元には、優しげな微笑も浮かんでいた。


「ところで……以前から、尋ねたかったのだが」

「なんでしょう?」

「そういった詩的な言い回しは、恥ずかしくならないのか?」


 問われて、マリューエルはそっと顔を背ける。

 だけどその長い耳は紅く染まっていた。


「……仕方ないんよ。銀霊族は神秘的って印象があるし、演出は大切なんやもん」


 訛り混じりの告白を、エキュリアは聞かなかったことにした。








 クリムゾンの街を出て北へ半日ほど歩くと、緩やかな丘陵地帯になる。

 友好領地であるアルヘイス領とを繋ぐ街道が通っている。広い草原が続き、所々に森があって、定期的に狩人や冒険者が訪れる場所だ。けれど稀に大型の魔物も現れるので、良い狩場とは言い難い。

 過去には開拓が試みられたこともあった。けれど尽く失敗している。


 この世界での開拓というのは、本当に命懸けだ。大規模な兵力で守りを固めて、急いで拠点を作らなければならない。もたもたしていると魔物がやって来て、まとめて蹴散らされてしまう。

 ただし、一度拠点が作られてしまえば危険は減る。

 攻撃しても痛い目を見る場所を、魔物たちは素早く学習するのだ。


「とりわけビート牛は、魔物たちが生存圏を知る指標になるとも言われております。これでしばらくは静かになるかと」

「そうなって欲しいね。あの集団突進にはビックリしたよ」


 スピアは石壁の上に立って、眼下を眺めていた。

 何十頭もの牛が、その壁から生えた棘に貫かれて食材になっている。つい先程、その何倍もの集団が猛然と襲ってきたのだ。


 ビート牛の集団突進。通称、開拓村潰し。

 ベルトゥーム王国の物騒な名物として知られている。


 見た目は普通の牛と変わらないビート牛だが、咽喉の下に魔石を持っている。食べられる魔物でもあるけれど、その肉は硬いのであまり市場には出回らない。そもそも一頭見れば十頭に襲われるという魔物なので、狩ろうとする者もいない。

 ビート牛怖いよビート牛。

 そんな言葉しか言えなくなって狩人をやめた者も多いとか。


「でも突進しかしないなら、お肉でしかないよね」


 スピアは魔力を流して、壁から生えた棘を戻した。

 ビート牛がばたばたと地面に落ちる。さらにその地面がせり上がって、石壁と同じ高さになって止まった。

 シロガネが両手に一頭ずつを掴んで、重いはずの牛を軽々と回収していく。

 ぷるるんも、数頭を一度に乗せて器用に運んでいく。


 石壁の下、拠点の内側では、住民である女性たちが準備を整えて待っていた。

 何頭もの牛を台に吊るし、元狩人だったという者の指示に従って、手早く処理していく。

 オークに囚われていた彼女たちは、凄惨な光景に嫌な覚えもあるだろう。

 けれど躊躇ない手付きで、次々と肉を捌いていく。

 ただ、時折、祈るような仕草をする。


「こうして仕事をいただけるのも、スピア様のおかげですね」

「ええ。魔物の集団も、スピア様の前では塵も同じですわ」

「あの堂々と立つ姿、凛々しい横顔、絵に描きたいほどに素敵です」

「スピア様に感謝を!、です!」


 ―――狂信っぷりがさらに激しく悪化してる!?

 スピアは額に手を当てつつ、あらためて辺りを見渡した。


 街道から少しだけ離れた場所に、石壁で囲まれた小さな集落ができている。集落を囲う壁も、ぽつぽつと建つ住居も、スピアがダンジョン魔法で用意したものだ。もちろん魔力の流れを切っても残るよう、きちんと処置してある。


 オークの駆除を行った後、クリムゾン伯爵から何か欲しいものはないかと尋ねられた。スピアは報酬目当てで行動したのではないが、落ち着ける場所は必要だと思えた。

 いつまでも伯爵家に居候しているのもよろしくない。

 相手が喜んで迎え入れると言ってくれても、自分の家とはやはり違う。


 それに、助けた女性たちも放り出したくなかった。

 狂信者のまま放っておくつもりもない。いずれは”まともな”精神状態に戻すよう、シロガネにも厳しく言ってある。


 そういった諸々の事情を考慮して、スピアは土地を貰うことにした。

 最初は街の中に大きな敷地を、と言われたけれど、それでは目立ってしまう。街の外ならいくらでも土地は余っていたので、そちらを貰い受けた。ダンジョン魔法を使えば、小さな集落を造るくらいは簡単だった。


 もっとも、一晩で集落が完成するのは充分に目立っていた。

 それでも街とは違って見物客が集まることはないので、スピアは呑気に過ごしている。


「魔力はほとんど無くなっちゃったけど……まあ、これだけの備えがあれば大丈夫かな」


 公的には、スピアは伯爵から開拓村村長の地位も貰っている。

 これはクリムゾン伯爵が、スピアをただの子供ではないと認めた、そういう意味も含んでいた。


 だからといって、地位に縛られるとかは、スピアは考えてもいない。相手の厚意を無碍にするな、という祖父の教えに従っただけだ。

 つまりは、貰えるものは貰っておく。


「しばらくはここで、畑を耕したり、稽古をしたりしよう」

「ぷるっ!」


 ひとしきり集落の様子を確認して、スピアは石壁から飛び降りる。

 建物数階分の高さはあったけれど、真下にいたぷるるんが受け止めてくれた。


「ぷるるんも、これからもよろしくね」


 ぺしぺしと黄金色の塊を撫でる。

 ぷるるんは嬉しそうに、頷くように震えていた。



ひとまず、第一章完結となります。

次回からはSS的な閑話。それを三つ挟んで、続けて第二章です。

もうしばらくは毎日更新の予定。


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