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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第一章 さすらいの少女(ダンジョンマスターvsオークキング)
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遠足の帰り道はみんなで笑って


 木々に挟まれた道を騎馬の隊列が進む。

 数台の馬車も混じっているが、かなりの速度が出ている。それでも馬車はほとんど揺れず、乗っている者たちも落ち着いて過ごせるだろう。


 スピアが創り出した馬車は、車輪や車軸に組み込まれた技術によって、魔法かと思えるほどに衝撃を吸収していた。

 馬については、兵士たちが乗っていたものを使わせてもらった。

 兵士はそのまま御者役となっている。


「さて、説明してもらうぞ」


 隊列の先頭で馬を駆りながら、エキュリアは隣へ目を向けた。

 ぷるるんに乗ったスピアがいる。ぽよんぽよんと駆ける粘液体の上で、緊張感の欠片もなく腰を落ち着けていた。


 それと、もう一人。

 ぷるるんの上には、涼やかな顔で直立しているメイドもいた。


「この子は、シロガネです」

「はじめまして。スピア様の筆頭侍女を務めさせていただいております」


 足下の揺れに一切乱されることなく、シロガネは一礼する。

 その見事な所作は、エキュリアが見惚れるほどだった。


「ああ、よろしく……って、そうじゃない!」


 エキュリアの声に合わせて、駆ける馬が同意するみたいに力強く嘶く。


「向こうの、馬車に乗っている者たちのことだ。オークに囚われていたというのは分かるが……それがなんで、おまえを神のように崇めている?」


 オークに囚われた女の扱いは悲惨なものだ。たとえ助け出されたとしても、身体は間違いなく壊されている。心の方も、教会に何年も篭もってようやく回復、となれば幸運なくらいだろう。

 たとえ無事に帰れたとしても、元の生活に戻れるとは限らない。

 穢れ者として村を追い出される、なんて話も珍しくなかった。


 エキュリアが想像していたのは、傷ついて虚ろな目をした女性たちだ。男を見るだけでも怯えるのでは、と危惧していた。

 けれどスピアを慕う彼女たちは、とても活き活きとした目をしていた。

 兵士たちに怯えるどころか、積極的に話し掛けて仕事を手伝おうとする。何かするたびに「スピア様のおかげです」と目を輝かせて語りだすが、元気であるのは間違いなかった。


 領民が希望を持って生きられるのであれば、エキュリアにとっても嬉しいことだ。

 けれど、どうも別方向で歪んでいる気がするのだ。


「わたしも、こうなるとは思っていませんでした」


 スピアは珍しく神妙な顔をする。

 ぷるるんに乗っている時点で巫山戯た格好なのだが、ともかくも真剣な眼差しを見せた。


「最初は酷い有り様で、わたしの手には余ると思いました」

「ふむ、やはりそうか。オークどもめ……」

「なので、シロガネを召喚したんです」

「うん? 召喚……?」

「支援能力をたっぷりと充実させました。注いだ魔力量はおよそ二万です」

「ちょっと待て。そこらへんの説明を……」

「そうしたら、こうなりました」

「訳が分からん!」


 バッサリと切り返されて、スピアはむぅっと唇を尖らせる。

 しっかり説明したつもりなのに、と小さく呟いた。


「ご主人様。よろしければ、わたくしが順を追って事情を説明いたします」

「ん~……じゃあ、お願いしようかな」


 一礼して、シロガネが歩み出る。

 ちょうどぷるるんが跳ねる方向を変えたけれど、姿勢はまったく崩さない。むしろ前を見ていなかったエキュリアの方が、馬の動きに慌てて手綱を握りなおした。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ……しかし其方は、本当に器用だな」

「すべては、ご主人様の御力によるものです」


 誇るでもなく、シロガネは当然のように述べる。

 エキュリアは呆れそうになるのを堪えて、話を促した。


「ご推察のとおり、彼女たちは酷い有り様でした。粗暴なオークに玩具として扱われていたため、体も心も修復不能となる一歩手前のような状態でした。体は治療魔法によって処置できますが、とりわけ難しいのは心の方です」

「……そうだろうな。いっそ記憶を失った方が楽だとも聞く」

「はい。次善策として、そちらも検討しておりました」


 やはり平然と述べたシロガネだが、対するエキュリアは目を白黒させる。

 記憶の操作や消去は、禁忌として、その魔法は国で管理されている。一部の者が秘術として伝えているだけだ。あるいは、暗殺者などが毒を使って同じ効果を得るという。


 そんな真似が可能だと、シロガネは言う。

 放っておいてよいものか、と微かな警戒心をエキュリアは抱いた。


「しかし記憶を捻じ曲げても、いずれ歪みは大きくなり、より酷い結果になるでしょう。ですので、彼女たちには生きる希望が必要だったのです」

「ふむ……記憶の操作などより、穏当な話になってきたようだが……」


 エキュリアの警戒心は薄らいでいく。

 でも、妙な予感に胸がざわついた。


「そこでご主人様の登場です。彼女たちの生きる道標となり、絶対の信仰を奉げる対象として、ご主人様以上に相応しい存在はありません」

「って、それも心を捻じ曲げているだろう!?」


 やっぱり洗脳ではないか!、そうエキュリアが喚く。

 けれどシロガネは冷然と、むしろ心外だと言うように、僅かに目蓋を下げただけだった。


「すべての存在は、スピア様に仕え、奉仕するのが正しい姿です。捻じ曲げたのではなく、正常な姿に戻したのです」

「どうしましょう、エキュリアさん。ウチの子が狂信者です」

「おまえも把握してなかったのか!」


 うがぁっ!、とエキュリアが頭を抱えて叫ぶ。

 それに反応したみたいに騎馬も高く嘶いた。上空ではトマホークも一鳴きする。


「ぷるっ!」

「やっぱり遠足は、ちょっと騒がしいくらいが楽しいですね」

「呑気に言うな! 遠足なんて気安い状況じゃない! あと、やっぱりキングプルンが喋るのはおかしいんだ!」


 一気にまくしたてて、エキュリアは大きく息を吐く。

 そんな騒動もあったが、街までの道のりは危険もなく長閑なものだった。








(おまけ)


 陽が暮れて、野営をして―――。


「エキュリアさん、見てください」


 焚火を囲いながら、スピアは手元に浮かべた『倉庫』に手を入れた。

 取り出したのは黄金色の長い板状のもの。ぷるぷるとしている。


「ぷるるんが、脱皮したんです」

「……は?」

「これは、その時の皮です。寒天みたいで美味しそうですよね」

「ちょっと待て。理解が追いつかない」


 困惑しながらも、エキュリアはちょうど火にかけていた鍋を守るように手を伸ばす。スピアの料理の腕は信用しているが、不可解な食材を入れられるのは勘弁してほしかった。


「ええとだな、まず、プルンが脱皮するという話が初耳なのだが?」

「はい。わたしも初耳でした。新発見ですね」

「それで……ぷるるんに、何か変化はあったのか?」

「これといって無いんですよね。元々、色艶はよかったですし」


 スピアが横へ視線を向ける。

 ぷるるんは、色艶!、と胸を張るように揺れていた。


「まあ、変なことが起こらなければ良い……いや待て、そもそもキングプルンが素直に従っていること自体が奇妙で……」

「でも、その内にカイザープルンに進化するかも知れません」

「は? 進化だと!?」


 エキュリアが目を白黒させて聞き返す。

 魔物が進化するというのは、一般にも知られている。オークメイジやオークロードも、ただのオークが経験や何かしらの切っ掛けを得て進化したものだという。

 プルンも、魔法を使う固体に進化したりするそうだ。

 しかし―――。


「キングプルンの進化など聞いたことがないぞ」

「んん~、わたしが調べられる『知識書庫』にも記録はないですね。でも、ぷるるんはまだ子供ですし、可能性はあると思います」

「……子供、だったのか?」


 ぐったりしながら、エキュリアは訝しげな視線を黄金色の塊に向ける。もう疑問だらけで頭が疲れてきた。

 ぷるるんの揺れる様子が癒しに思えてくる。


「それで、この皮なんですが」

「ん? ああ、そういえば、その話が最初だったな」

「どうも金を含んでるみたいなんです」

「……よし。待て。落ち着こう。とりあえず食べるのはやめておけよ?」

「見た目は本当に美味しそうなんですけどねえ」


 マンゴープリンみたいでもあるし。

 ぷるるんの皮を広げながら、スピアは残念そうに呟いた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ソッカー、スライムって脱皮スルンダ。シラナカッタナー?
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